第五話 愛しき我が家
結局俺は、まるで何事もなかったかのように自分のベッドで朝を迎えていた。寝間着の青いジャージのまま、白い適当なTシャツのまま……。
アミに掴まれたときの爪痕を、軽い出血を、ハッキリと首筋に残して。
……危なかった。
今振り返ってみると、俺が一番最初に彼女らを怪しいと感じたのは、体に描かれていた謎の紋様への説明だった。最初にあの世界に降り立ったとき、俺は眩しくて右手を光にかざしたのを覚えている。そのときには俺の手に、あんな紋様は存在していなかった。つまり、あれは寝ている間に描かれたことになるのだが、彼女らはそれを勇者の証だと言ったのだ。疑ってかかるには十分な証拠である。
思い返せば、召喚されるやいなや気絶させられたのも意図的なものだったに違いない。都合のいい場所に運び込んで、異能の奪取から奴隷処置までを手早く済ませるために、わざわざ俺をどこかに運び込んだのだ。だから介抱されたあの部屋だけが豪華で、トイレはあんな様だったと。トイレの中で、バレずに絶妙な声でリターンと五回だけ唱えておくのはなかなか勇気がいる行為だった。
そんで、はじめっから俺に剣を突きつけて無理やり儀式に持ち込まなかった理由は……多分、俺が本当に強かったからなのかな。結局勇者の異能がどんなものかはわからなかったけど……でも、向こうからしたら、俺は突然何をしだすかわからないわけで、おっかないのも無理はない。
深く深く、深呼吸。
もし俺が、あのまま騙されて力を奪われていたら……。
鳥肌とともに、身震いする。
おぉ、怖っ……背筋が凍るなんてものじゃない。この一晩で、どうやら俺は人生最大の危機を乗り越えたようだ。しかしまぁ、異世界転生をそのまま使った美人局なんて、悪質にもほどがあるぜ。
いやまじで……下手こいたら奴隷労働って、シャレにならん。
おっかねぇー……。
が、なんにせよ俺は乗り越えた。
正直、ハニートラップは魅力的だったし、割りと深いところまで騙されていたのは認める。覚えてる景色の半分以上がサナリのおっぱいであることもまた偽らない。
が、しかしだ……。
なめられたものだな、俺も。
「……んっ」
俺の体の下で、
「もう……体調悪くて学校休んだんじゃないわけ? 全然元気じゃん」
優莉愛……俺の幼馴染で、大切な恋人。
素朴なのに、人を惹き付ける素敵な笑顔。
白い肌。
「……ありがとう」
「……え?」呆けたように荒く呼吸をしていた優莉愛が、俺を見上げた。「なに? どうしたの?」
「いや、なんでもない」
そうして俺達は、今ではすっかり慣れてしまった、熱いキッスを交わしあった。
……ナメるな、異世界。
例えそこがどれだけ理想的な場所であったとしても。
この俺が、優莉愛のいない世界で生きることなど、ありえないのだ。
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