9. オーディション

 前情報だけで判断するには限度があったから、オーディションをして決めることにした。

 その場には、前年度の副部長だった蒲田先輩、海平くんの兄の健司先輩、同級生の篠原くん、今年度副部長をしている弦バスの瀬川くん、そして私が集まった。


 「んじゃ、Fのメイジャーを下から吹いてみて」

 「Fメイジャー…?」

 健司先輩の指示に、先に吹くことになった海平くんは聞き返した。

 「Tippsの47番の音階、ほらソラシドレミファソでファに#が付いてるやつ」

 「ああなるほど…」


 教則本の練習番号で呼んでいるほど、普段ドイツ音名で話すことがないのが丸分かりだった。

 それでもチューバからは、ブランクを挟んだにしてはやけに豊かな音がした。

少し荒削りだったけど、あと2週間ほど練習すればコンクールにも対応できる。そう思った。


 溝渕さんが楽器を取って、息を吸った。まずその動作だけでも、ずいぶんと手慣れたものだ。

 海平くんは緊張しているにしても肩が上がりすぎだった。でも溝渕さんは、そもそもその場に緊張というものを抱いていないように見えた。なで肩を差し引いても、余裕が見え隠れする。

 しばらくして楽器から出てきた音も、もはやその場にいる面々に負けず劣らず、今すぐ演奏会に出ても良いと思えるほどの音色だった。全員で息を呑み、思わず拍手してしまった。


 話し合いはほとんど形だけで終わった。健司先輩はその場にいなかったけど、仮にいたとしても満場一致で決まっていただろう。

 篠原くんは、お兄さんのいる前では弟への指導が難しかったに違いない。

 それに瀬川くんは、表立ってではないけど健司先輩が苦手だと言う噂があった。

 海平くん本人も、これを機に新しい楽器を始めようと言っていた。

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