ACT97 決意

「いまさら何よッ!!」


 妹の悲しみと憎しみとが入り混じった叫びが耳に残っている。

 完全に嫌われちゃったなぁ……

 母の病室で一人私は項垂れていた。正確には母の居た病室か。

 結局私が病院に到着した時には母は帰らぬ人となっていた。

 過労死。たった三文字の言葉が私に重くのしかかった。私だって自分が、母の過労死の要因の一つだということくらい自覚している。だから謝りたかった。でも妹は私の顔を見るや怒鳴りつけた。

 当然の反応だ。

 私だって妹の立場なら同じように怒鳴りつけていたことだろう。

 因果応報。

 今までのツケが廻ってきたのだ。


「大丈夫かよ」


 気遣うように弟が声を掛けてくれる。

 私は「うん、大丈夫」と短く返すと笑顔を作った。

 大丈夫だと言葉以上に態度で示した。

 弟の顔が瞬く間に歪んだ。黙ってハンカチを差し出す。

 私はハンカチを受け取り顔を埋めた。


 どれだけの時間が経ったのだろうか。

 数時間にも数秒にも思える不思議な感覚の中、弟にハンカチを返す。


「いや……自分で選択してくれない?」


 私は、涙だったりありとあらゆる体液を吸い込んで色の変わってしまったハンカチを弟に押し付ける。

 ばっちぃ、と身体を遠ざけつつも、ちゃんとハンカチを受け取ってくれる弟。

 指先でつまむようにしてハンカチを受け取った弟は一言、


「頑張れよ」


 なんてことのない励まし、激励の言葉。

 でもなんでだろう。不思議と力が湧いてくる。


「生意気」


 胸を小突くと弟の身体が後ろへと傾く。


「急になんだよ。暴力だぞ」

「暴力の内に入らないわよ」


 思いの外、厚い胸板に弟の成長を感じた。

 もう身体は大人と変わらない。

 家の事は美波と翔太に任せられるかもしれない。

 私は母の代わりに働かなくてはならない。

 私が三島家の大黒柱にならなくてはならない。

 お金を稼ぐ。妹や弟たちには苦労をさせない。


「翔太。下の子たちのこと、よろしくね」

「分かってるよ」

「後、アンタもちゃんと勉強して大学くらい出なさいよ」

「姉さん、まだ高校生でしょ。自分も大学まだでしょ」

「私はいいの。働くから」

「でも高校くらいは出ときなよ」


 学業と仕事の両立など出来るのだろうか。

 まったくビジョンは描けなかったがやるしかない。

 取り敢えず目下の目標はアイドルとして売れること。そのためにはどんな手段も厭わない。

 売れなくてはならない。

 決意とともに病院を後にする。

 笑顔で見送ってくれる弟。

 ブンブンと手を振っている。

 私は小さく手を挙げることで応える。

 売れる売れる売れる……

 頭の中で反芻する。

 すると自然と熱いしずくが頬を伝った。




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