ACT96 合格者

**1**


 最終審査を終えた面接官たちは一同に会し、受験者の合否について話し合っていた。

 面接官の一人――クイーンレコード社長、相良圭介さがらけいすけは上機嫌だった。


「社長、いかがなさいました?」


 普段笑うことの無い人間が笑っていると不気味らしく、尋ねた声は僅かだが震えているようだった。

 相良は部下に尊大な態度でもって答える。


「この娘は金になる」


 そう言って一枚の写真を指で示す。

 写真には小奇麗な印象の少女が映っていた。

 顔の印象だけでは他の受験者に埋もれてしまうその顔を、面接官の皆が覚えていた。インパクトという事だけで言えば一番だった少女――母の危篤よりも自分の夢を選んだ少女の涙は忘れようがなかった。


「確かにやる気は感じましたが……」


 それだけではやっていけないのが芸能界だ。そう進言しようとした部下を相良は制した。

 ニタァと背筋が凍るような笑みを浮かべて、


「やる気なんてモンは当てになんねぇんだよ。そのさらに上の……そうだな、執念が金になるんだよ。なにを失ってでも芸能界この世界で成功するんだっていう執念――可愛いとか綺麗だとか整形でどうにでも出来る要素以上のモノが大切なんだろうが!」


 わかってんのか!? と舌打ちすると、相良は再び写真に目を落として笑った。



**2**



 合格の電話に出た彼女の声に覇気はなく、本当にアイドルになる娘なのだろうかと不安に駆られた。社長の相良は「問題ない」と断言していたが……


「今回のオーデションの結果ですが、合格通知書でもお知らせいたしましたように三島加奈さんは合格いたしました。つきましては契約等のお話をしたいのですが……」


「そちらの都合に合わせます」


 約束を取り付け電話を切った。

 本来であれば最終審査日当日に合否を発表していたはずなのに……

 最終オーディション当日。

 三島加奈以外にもイレギュラーがもう一人いたために合格発表を後日に延期したのだった。



**3**



 【最終審査から一時間後】


「それでは合格者はこちらの二名という事で」

「「異議なし」」


 満場一致で合格者が決定した。

 同じ養成所からの推薦組二人が見事に合格を勝ち取った。

 しかしこれは……


「出来レースぽくないですかね?」


 一人の面接官が――合格者のプロデューサー(予定)がぽつりと呟く。

 逡巡するもクイーンレコード社長の相良は、


「今回はあの二人しかいないだろ?」


「そうですね……」


 相良が「二人しかいない!」と断言しなかったのは最終審査(面接)の出来が全体的に悪いことに起因していた。

 三島加奈の一件があった後、それ以降の受験者がまともに喋れない。まあ、かなり異質なものを目の前で見た直後なのだから動揺するのは分かるのだが……それでも平静を装う必要があるのは言うまでもない。

 掘り出し物を見つけたはいいが、それ以外がイマイチ。そんな印象なのだろう。

 相良は仕方なく三島加奈ともう一人を選出したという形なのだ。


「しかし社長。取り敢えずで合格者を決定するのはいかがなものかと……」


「いいんだよ。実力はあるんだし、グループ内で人気が一番ないって言う確固たるポジションもできる訳だし、もしかしたらまかり間違って売れてくれるかもしれんだろ?」


 ブスなアイドル

 歌が下手なアイドル

 といった具合に◯◯なアイドルという何か――特徴があると売りやすい。

 それはポジティブなものでもネガティブなものでも構わない。一番人気がない。「一番」というのが大切なのだ。

 少し可哀想にも思うが、売れることが出来るのだから多少の我慢はしてもらう必要があるだろう。



「サガラ社長ですよね?」


 その声に一同足を止めた。

 そして視線を下へと下ろした。

 皆が抱いた感想は同じだった。


(小さい!?)


 なんで小学生がこんなところに?

 一体誰のお子さんだろう?

 などと思考を巡らせていると、


「ワタシを売ってください!」


 売る? ま、まさか……――ばいしゅn――


「面白い!!」


 相良は笑う。

 その瞳は爛々と輝いている。

 

「もちろんタダということはないよな?」


「タダ?……あぁ、무료! OKね! ワタシの持つすべてあげるヨ」


「コイツと話をする。少し待ってろ」


 それから二人は皆から少し離れた場所へ行くと小声で何事かを話し始めた。

 何かを確認しているようで、少女が相良の言葉に頷いている。

 最後に相良の口がOKと動いたのは見間違いではないだろう。

 満足気に笑みを浮かべた相良は、案の定無茶苦茶な事を言いだした。


「合格者は三島加奈と渡邊ひかるで決定だ!!」


 決定事項だと相良の目は言っている。

 皆呆れ顔で頭を抱えていた。

 相良と共に笑う渡邊ひかるという少女の中に、相良と同質の何か(あまり良くはないモノ)を皆がそれぞれ感じ取っていた――。

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