ACT72 アイドル襲来(下)

 MIKAが『今、旬のタレント――女性部門』において、堂々の第1位を獲得するのに時間はかからなかった。

 厳密には、真希からMIKAが大躍進の2位だと聞かされてから半月。

 彼女はテレビに引っ張りだこだ。テレビを点ければMIKAがいる。

 そんな状況の中、ついに結衣の心にも余裕がなくなりつつあった。


「私が11位?……」

「ようやく事の重大さが分かったのね」

 当たり前のように結衣の楽屋に居る真希が言う。

 ちなみに真希は12位だ。

 二人とも順当に順位を落としていた。


 MIKAのような新星などそうそう現れるものではない。

 順位を落とした主な原因は、二人が一向にバラエティーに順応出来ていない事にあった。

 普段エゴサーチなどしないのだが、世間のリアルな反応が気になり、ついつい見てしまったのだ。

 演技に関しては自信があるので見る必要は無いのだが、バラエティーに関してはことさら自信がなかった。



 案の定、ネットでは、


 結衣ちゃんはバラエティーに出る人じゃない。

 女優だからって適当に仕事しすぎじゃね?

 綾瀬よりマシってだけで、バラエティーにおいては無能。

 そもそも演技も微妙。

 新田結衣終了のお知らせ~



 割とマシなモノをいくつかピックアップしたけど……つらい。

 真希に比べればまだマシなんだけど。


 私はスマホの画面を見たまま固まっていた。

 液晶画面に視線を落とし、文字を目で追う最中開いた口からため息が漏れる。


「落ち込むくらいなら見なきゃいいのに」

 ネット上で叩かれる事に耐性があるのか、真希はそれらを一瞥し鼻で笑った。

「成功者を僻む無能な人間の道楽に、一喜一憂するなんて馬鹿げてると思わない?」

 その中には、自分のファンも含まれるということは失念しているらしい。

 実際のことは知らないが、真希の性格からして、十中八九エゴサーチを習慣にしていると思うのだが、それを言うと逆上しそうなので黙っておく事にする。


 MIKAちゃんはいい娘だと思うけど、そんな事を上から目線で言っていられなくなっていた。

 今回の収録からMIKAが福福亭晩春のアシスタント――事実上のMCを務める事になっていた。

 完全に番組内においてその立場は逆転。ハッキリと優劣がついた形である。

 芸能界の先輩としての威厳も何もない。完敗である。


「私たち、これからあの女に見下されるのよ。最悪の気分ね」

 そんな事はない、と言いかけて結衣は言いよどむ。

 もしかしたら……そんな考えが頭を過ぎってしまったのだ。

「早くあの女を引きずり下ろさないと……」

 そんな真希の呟きを聞きながら、私は盛大にため息をついた。

 楽屋を出てからも真希のぼやきは止まらない。

 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、結衣はスタジオへ向かった。


 …………

 ……

 …


 悔しいかな……今までの収録で一番ウケた。

 主に私たち(結衣&真希)の近頃の迷走ぶりをネタに盛り上がったのだ。

 今日の収録をお母さんが見たら卒倒するわね。

 新田結衣のイメージ的にダメな気がする。

 お母さん以上に広報を担当する松崎さんが激怒しそう。


 私――新田結衣ってどんなキャラクターだっけ? 何か最近同じような事で悩んだことがある気もするけど……はぁ……。

 楽屋で一人物思いにふける。

 何だか最近ため息ばかり。


 気分はブルー。真希じゃないけど相当気分は落ちてる。

 さっさと帰り支度して高野さんの迎えを待とう。

 高野さんは仕事の電話で席を外している。


 ノックも無しに楽屋の扉が開く。


「ちょっと! 結衣!?」

 ちょっとした錯乱状態の真希が訪ねてきた。

 正直、相手をしてやる余裕は今の私にはない。

 ヒステリックな声を上げる真希は、どこかお母さんに似ていた。


 その後、真希が言ったことの一割も覚えてはいなかったが、高野さんはから菓子家ファミリーのCMにMIKAが抜擢されたと報告を受けた。

 おそらくこの事を言っていたのだろう。

 スター街道を真っ直ぐに駆けてゆくMIKAは、結衣と真希にとってライバルとなっていた。

 勢いだけならMIKAが上だろう。

 このまま頂点を取ってしまうかもしれない。


 帰りの車の中で運転席の高野さんが、ぼそりと呟いた。

「負けっぱなしっていうのも癪よね」

「高野さん?」

「ついこの間出てきたような、ぽっと出のアイドルに劣ってる? そんな訳無いでしょ。芸能界はそんなに甘い世界じゃないわよ」

 なんだか、いつになく熱い。

 こんな高野さんを見るのは初めてかもしれない。

 

「そうね……」

 私は小さな声で答えた。


 真希が勝ち負けにこだわる理由が分かった気がする。

 自分の存在価値そのものが、芸能界での立ち位置と直結しているのだ。

 後輩にその立場を脅かされて初めて気がついた。


 私って真希に負けないくらい嫉妬深いみたい。


 大人気アイドル、上等だ。掛かって来い。相手してやる。

 伊達に芸歴積み重ねてないんだ。格(年期)の違いを見せてやる。

 この業界で負けを認めたら、後は落ちていくだけ。

 私はもっと上――高みを目指せる。


「バラエティーだろうが、何だろうが、負けたままじゃダメよね」

 決意を新たに襲来した脅威に真っ向から勝負を挑む――一応、先輩だから迎え撃つが正しいかな?


「やるぞー」

「おっ、その意気よ結衣」



《この先待ち受ける試練など知る由もない結衣は、車内で拳を突き上げた》

 

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