ACT39 課せられた宿題

「私が言うより聞く耳を持つでしょう」

 と言うと千鶴は話の輪から離れる。


「何言ってるの詩乃ちゃん」

「何って?」

「だから、私に余裕がないとかって話」

「わからない?」

 その一言は酷く冷たいものに感じられた。

 まるで、失望したと言わんばかりに突き放された気がした。


「余裕がないのは判ってる。でも息抜きは必要でしょ?」

「そんな答えが聞きたいわけじゃない」

 返ってくる言葉一つ一つに棘がある。

 息が詰まる。詩乃ってこんなに威圧的な子だった? どちらかと言えばおとなしい印象だったんだけどな……。


「ねぇ、結衣。あなたは女優でしょ? いいお手本が目の前に居るのに観察しないのはどうかと思うよ」

 いいお手本?

 一体誰の事を言っているのだろうか。

 私たちは互いに顔を見合す。すると、一人の人物のところで視線が止まる。みんなの視線を追って私も一人の人物へとたどり着く。


 ――鈴音? 


 彼女はどこにでもいる何の変哲もないギャルではないか。

 まあ、ギャルってだけで充分キャラは濃いけど。

 ギャルから見習うべきものとは一体なんだ?


 詩乃を見やる。

 しかし彼女は何も答えない。

 仕方がないので私は最後の頼みの綱である瑞樹へと目をやる。


 やれやれ、といった様子で答えてくれる。

 やっぱり瑞樹は最高の親友だわ!


「ある意味において鈴音は結衣と同じなのよ」

「同じ?」

「そう、もう一人の誰かを演じてる。元々鈴音はギャルなんかじゃないのよ」

「ん? よく判んない」

「だから、簡単に言うと高校デビューってヤツよ」

 よく漫画やラノベの登場人物が失敗してるヤツ? 俗に言うイメチェンである。

「えっ、てことは鈴音って地味なおかっぱメガネの優等生だったりしたの?」

「すごいねなんでわかったの?」

 鈴音の驚きの声が全てが真実だと教えてくれる。


 ん? でも、それとこれとは関係なくない? 私が鈴音を見習う……何をどう見習えばいいのだろう。

 疑問符が躍る。


「鈴音は役になりきってる。骨の髄まで役に浸ってる――役に身を預けてる。結衣にはそこまでの覚悟が出来てない」

 知ったような口利かないでよ!

 私にだってプライドはある。一人の女優として積み上げてきた12年もの歳月があるのだから。

「演技って一朝一夕に身に付くもの? 違うでしょ。だから私は何でも自分の糧にする。目に映るもの全てが私にとって教材。学ぶことだらけ。だから――」

 席を外す間際、耳元で聞こえるギリギリの音で、

「早く追い付いてね。一度きちんとあなたとも合わせておきたいの」


 ――Make the most of yourself, for that is all there is of you.


 えっ……。


「あなたに贈るわその言葉――英語の宿題よ」

 ウィンクを飛ばす彼女は妙に艶やかだった。

 その妙な艶っぽさには覚えがあった。


 まさか……


 疑念が確信に変わるのはまだずっと先の話。

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