ACT40 広報戦略

 詩乃の言葉がずっと引っかかっていた。

「早く追い付いてね。一度きちんとあなたとも合わせておきたいの」

 あの言葉が意味していたこととは一体……それに何か英語だよね? も言ってたけど全く聞き取れなかった。

 メイクなんちゃらかんちゃら。

 ほらね。ほとんど聞き取れてない。

 でも宿題だって言われたから一生懸命考えてるの。あれが友達の言葉じゃなったら無視してたかも。


 学校から帰って早々お母さんが私を呼びつける。

 リビングにはお母さんだけでなく、お父さんまでいる。加えて高野さんと松崎さんも同席している。

 何の話だろうか?

 お母さんと松崎さんの表情は暗い。

 この二人はどこか似ている。そして高野さんはそんな二人とそりが合わない。

 お父さんは正直、何を考えているのかわからない。


 沈黙が続く。


 なにこの雰囲気。シリアス展開? シリアス展開なのか!?

 松崎さんは難しい顔をして考え込んでいる。

 お母さんはどこかふてくされた様子を見せている。

 高野さんは眠たげに目を擦り、欠伸を噛み殺している。

 お父さんは無い顎鬚を撫でるように片手を顎へと宛がう。


 誰が話を切り出してくれるのだろう。

 私は気が短い。短気という意味ではないわよ。

 待たされるのが嫌いなの。だから行列に並ぶのも嫌い……って何話してたっけ?

 ――コホン

 ワザとらしく咳払いをして、お母さんが重い口を開けた。


「プロデューサーから広報に関する幾つかの条件が出されたのよ」

「条件?」

「ええ……そうなの」

 言葉に詰まるお母さんに代わって松崎さんが続きを話す。

「太刀川慶と一緒にプロモーション活動を行うように、だって」

 はぁ? 誰と誰が一緒にですって!?

 私の方を見て申し訳なさそうに手を合わせる松崎さんと高野さん。

 松崎さんからは謝罪の意が見て取れるが、高野さんの方からは「ご愁傷様です」と笑い混じりの心の声が聞こえた気がした。


「でもなんでアイツなんかと」

 チッと思わず舌打ちが出る。

 いつもであれば即座に注意されるところだが松崎さんは咎めない。

 きっと仕方のない事だと判っているのだ。


「つまりは、炎上商法って事でしょう? 王子映画のネームバリューだけで充分宣伝効果はあると思うけど……」

「別に王子監督が押し進めてる訳じゃないわ。早瀬がいつも使う手よ」と松崎さん。

「早瀬さん?」

「私と同じ広報の人間で、今はフリーで活動をしているわ。そして今回、王子作品の広報担当が」

「その早瀬って人なのね」

「その通り」

 犯罪などのスキャンダルでない限りは、いい宣伝になるという事なのだろう。

 だが、好きでもない男とあれこれ噂を立てられるのは勘弁ならない!


「安心して」

 力強い確固たる意志を感じさせる口調で続ける。

「早瀬なんかに好き勝手にさせるもんですか!」


 何か私怨が混じっている気がしないでもないけど……松崎さんを信じて、全てを任せる事にした。


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