和泉楓-Episode3-
私と衣は標的を見つけるべく、3区の建物の屋上を走り回った。
「なかなか見つからないなぁ」
追跡を始めてからかれこれ10分ほど経過したが、一向に標的と思わしき吸血鬼の姿が見つからない。
「もしかしたらもう地上に逃げてるかもな」
建物から建物へと飛び移りながら辺りをくまなく見回す。
自分の追跡能力に限界を感じ、ある提案をした。
「静華ちゃんに探索頼んだ方が良くない?」
「頼むまでも無くあいつならもうやってるだろ」
まぁ、確かにと思った。
雨の中、速度を落とすことなく走り続ける。
固いコンクリートに打ち付ける雨が少し強くなっていた。
黒い制服には水滴が付いていて、髪も濡れていた。
私は前髪からポタポタと垂れる水滴を気にもせず、通信機のマイクを口元に寄せた。
「こちら和泉です。静華ちゃん、もう探索始めてる?」
私たちの班で標的の探索を担当するのは、羅菜ちゃんと静華ちゃんのどちらか2人と決まっている。
羅菜ちゃんは特殊な条件じゃないと探索できないので、ほとんどの場合は静華ちゃんが担当する。
静華ちゃんの能力は「五感強化」と言う能力だ。
自分の五感、つまり、味覚・聴覚・嗅覚・触覚・視覚の五つの精度を上げることができる。
この能力で標的の足音や臭いを追うのだが、あいにく今日は雨で臭いがほとんど流されてしまっているため、人が多い場所や遠くまでは追えない。
となると、今日あてにできるのは足音だけ。
『はい、こちら京極です。既に探索を始めています。つい先ほどから逃げる足音が低い位置で聞こえるようになったので、標的は地上へ下りた思われます。位置は……』
『信濃町駅方面です。たった今カメラで標的2人を確認しました』
静華ちゃんの横から三木先輩が割り込んできた。
『了解しました。地上に下りて引き続き追跡します』
続いて藍沙ちゃんの声が聞こえた。
それと同じタイミングで私と衣は足を止めた。
私たちは目を合わせ頷くと、今いる建物の非常階段を一気に駆け下りる。
「私たちも地上に下りて追跡を続けます」
私の前を衣が駆け下りていく。
そこそこ高い建物の上にいたので下りるには時間がかかる。
「楓、つまづいて転げ落ちるなよ」
「分かってる!」
雨で足元が滑りやすいので、手すりを掴みながら慎重にかつ素早く駆け下りる。
先を下りていた衣がどんどん離れていく。
遂には見えなくなり、まぁ下で待っているだろうと思いそのままのスピードで下り続けた。
だが、かなりの時間を掛け、ようやく下りきった時には衣がもういなくなっていた。
「ちょ、衣!今どこいるの!」
通信機のマイクに呼び掛けた。
ザザッ
ノイズ音が入り、その奥から水が跳ねる音が聞こえた。
『お前が階段下りるの遅いから置いていった』
「はぁ⁉︎単独行動はするなって先輩が」
『お前を待ってる間にも標的は逃げる。それに、追っていれば鏡や京極たちとも合流できるかもしれないしな』
「くぅ……」
結局反論できず、私は置いていかれる羽目にあった。
今から追っても追いつける自信は無いが、動かないよりはマシだろう。
後で先輩たちに「楓はサボっていた」なんて言われた日にゃもうこの班でやっていけない。
「信濃町駅方面って言ってたよね…?裏道で信濃町駅まで先回りしたら見つかるかな……」
この安易な単独行動が後に悲劇になるのだが、そんなこと考えもせずに私は動き出した。
◆◆◆
「あれ、衣君?」
楓を置いて先に追跡を続けた俺は、四谷三丁目で鏡たちのペアと合流した。
「鏡か、丁度良かった。楓が遅いから置いてきたんだけど、単独行動はするなって言うから」
「いや、それは別に構わない……構わなくないわ!」
鏡による自作ボケツッコミ。
「楓ちゃん置いてくるとか何やってんの!あの子1人にしたら何しでかすか分からないでしょ!」
「落ち着きなさいよバカ忍者。楓なら1人でも道に迷わないわ」
鏡の後ろから堀間が走ってきた。
「あのね、こんな所で道に迷うの羅菜ちゃんぐらいだから。それに何より、私はこっちって言ったでしょ!」
「バカ忍者はツッコまないのかよ」
と言うか、道に迷ってたのか。
俺たちよりも先に追跡を始めたのに何でこんな所で会うのか不思議だったが、なるほど。
「まぁ、良いわ。とりあえずこのまま信濃町駅まで走りましょう」
「もう羅菜ちゃんってば……そうじゃなくて、楓ちゃんを1人にしてもし万が一のことがあったらどうするの」
真剣な表情をした鏡が俺に尋ねた。
「あいつならまだ離れた所にいるから俺たちより先に標的を見つけることはまず無いだろう」
そう、この時俺は何でこんなことを言ってしまったのだろう。
確かに、三木先輩は標的が信濃町駅方面のカメラに映ったと言った。
ただ、その後どこに映ったかはまだ確認されていない。
加えて標的は2人。
別々に行動する可能性だってあった。
その可能性を考えていなかった俺たちは、きっと目の先のことしか見えてなかったのだ。
更に、標的がカメラの無い裏道を使って逆方面に向かっていることなど想定すらしていなかった。
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