和泉楓-Episode4-
「にしても本当にひどい奴」
私は衣に置いていかれたことをまだ根に持っていた。
ぶつくさと文句を言いながら裏道をひたすら走る。
まだ雨は止まない。
それどころか更に雨が強くなる。
制服と髪はびしょ濡れで今にも風邪を引きそう。
「あぁ!早く標的とっ捕まえてあったかいお風呂に入ってやる!」
人通りのほとんど無い道で立ち止まり1人大声を出して叫んだ。
ガタッ
「んっ?」
どこからか物音が聞こえた。
恐る恐る辺りを見回すと、少し先の角からゴミ箱が倒れて転がっていた。
誰かいる…?
ゆっくりと足を前に進める。
脚のホルスターの銃に手をかけた。
少し早足をして角のそびえ立つ古っぽいビルのコンクリート壁に背中をつける。
血の臭い…?
生臭い臭いが鼻につき地面にそっと目を落とすと、薄い赤の水が流れていた。
被害者女性の血?
雨で濡れた背中に冷や汗をかいたのを感じた。
まさか標的の吸血鬼…
でも、まだ信濃町駅まで距離あるよね……?
戻って来たってこと?
他のメンバーは絶対気づいてない。
救援を呼ぶにもこの状況じゃ呼べない。
吸血鬼2人相手に戦うには私が不利。
なら、逃げないと。
一度正面から突撃してなら相手の不意をついてその隙に逃げる。
この作戦ならいけるかも。
唾を飲み込んで、突撃する決意を固める。
3つ数えたら突撃。
一息つく。
3……2……1…
素早く角を曲がり銃を構えた。
それと同時に正面から1人の男が襲いかかってきた。
「っ……‼︎」
驚いた私は思わず発砲した。
弾は男の肩口に命中し、動きが止まる。
もう1人は⁉︎
2人いるはずの標的が1人しかいない。
辺りを見渡すが、そこには男が1人しかいなかった。
「くっそガキが…!」
口元や歯に血がこびり付いている男は、私に撃たれた肩口を手で押さえ、その赤い瞳で私ん睨みつけた。
1人なら私だけで対処できるかも。
そう思い、作戦を変更し応戦態勢に移した。
「舐めた真似やがって……ぶっ殺してやる!」
敵意むき出しの男の正面に狙いを付けて、能力を使う。
男の目の前で爆発が起き、男は5mほど吹き飛ばされ仰向けに倒れる。
男が動かないことを確認して、一度冷静になった。
今は1人だけどいつもう1人の標的が現れるか分からない。
「今のうちに救援を」
呼ぼうとした時。
急に視界が逆さまになったのだ。
私には何が起きたのかさっぱり分からなかった。
倒れていたはずの男が私の首元を絞め、コンクリートの地面に押し倒したのだ。
少し油断した隙を突かれた。
「うっ……は…なし…て…!」
必死に抗おうとするが、人間と吸血鬼では力に差があり過ぎる。
かと言ってここで能力を使えば私も爆発の巻き添えになる。
どうすれば……
男の力はどんどん強くなり、息が止まりそうだった。
もうダメかもと思い、目を閉じる。
『あんたなんか、産まなきゃ良かったわ!』
え、何これ?
『死ね!死ね!死ね!』
頭に見たことのない映像が流れ始めた。
おかあ…さん?
私を殺そうとする母の姿。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
シニタクナイ
「死ねぇ‼︎」
-「私」の出番だね-
耳鳴りのような声が聞こえた。
すると、私の体が勝手に動き出す。
足で馬乗りになる男を思い切り蹴飛ばし退かすと、急いで立ち上がり銃を構える。
頭がぼーっとしていて思うように体が動かない。
「ふふふっ……久しぶりだなぁ…」
今喋ったのは誰?
「何だ…今のは……クソいてぇ」
腹に蹴りを入れられた男は腹を抑えて立ち上がると、驚いた顔で私を見た。
「お前…何者だ……」
「私?私は『私』。ね、私?」
「私」?
違う、だって私はここに!
何で、どうして喋れないし動けないの?
「こいつ片付けるからちょっと待っててね、私」
どういうこと?
訳が分からないままでいると、男の周囲が次々と爆発していた。
「あーあー、痛い痛い。でもね?私の方がもっと痛かったんだよ?」
男はボロボロになるが、立ち上がるたびにまた爆発に襲われる。
その繰り返し。
目も当てられないような酷い有様になった男。
回復力が爆発に追いついていないようだ。
遂に男は動かなくなり、私の体は男へと近づいていった。
「見てよ、あなたが首絞めたから指の跡残っちゃった。どうしてくれるの?」
「あ…が……」
足が動き、男の顔を踏みつける。
「何?聞こえない。もっとハッキリ言ったらどうなの?」
止めて…もう止めて……
あまりに酷い姿でとてもではないが見ていられなかった。
「うるさいなぁ。せっかく助けてあげたのに。あぁ、こいつ殺せば収まるか」
手に持っていた銃を男の胸に突きつけ安全装置を外した。
待って、止めて!
「じゃあね、バイバイ」
乾いた銃声が辺りに響いた。
男の胸元は真っ赤な血で溢れ、血は雨によって排水口へと流れていった。
私の願いも空しく男の心臓に銀の弾が撃ち込まれたのだ。
何でこんなこと……
「だって、私がうるさいから。殺しちゃった」
そんな……
「あらら、もう1人お客さんだ」
突然、顔が上を向いた。
男が立ってこちらを見つめている。
「仲間を殺された復讐?」
仲間…ってことはもう1人の標的!
「貴様何者だ」
「何者って、私は『私』。さっきから同じこと言わせないでよ」
私の口から答えを聞くなり、男は建物の屋上から一気に降下して私に襲いかかる。
それを迎え撃つようにまた爆発が起きる。
しかし、今度の男はその爆発をいとも容易く避けていく。
爆発の威力・精度が先ほどと比べて明らかに落ちているからだ。
「っち…時間切れか…」
悔しそうに私が舌打ちをした。
かと思うと、さっきまで動かなかった体が急に動くようになった。
下降する男は数メートル上空にまで迫っていた。
やばい、このままじゃ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます