第4話

「えっと」

 流石の師匠も女の様に怯んだらしかった。

 それでもずんずんと女へと進んで行き、女を縛り上げた。まさかの物理だ。女は縛られる時散々喚いていたが、男と女の腕力の違いなのかあっさりと縛り上げられた。

 女を縛り上げるって場合によっては中々色っぽい行為だが、流石師匠だ。全くの作業にしか見えない。ここまで色気のない作業があるだろうか。

 女も髪を振り上げて開眼しながら呪ってやる、呪ってやると口にしている。怖すぎるが師匠は怯まない。

 一方状況について行けていない趙一家は不安げな目線を僕に向けた。ですよね、僕も同情いたします。

「呂明殿、これは一体何なんですか」

「あなた達が寺から拾ってきたものでもあります」

「こんなもの拾ってきた記憶はない」

「まぁ、勝手についてきたって言っても良いんですけど……そこの表現はどうでも良くて」

 師匠は律義に訂正をする。この人そういうみみっちいところがあるんだよなぁ。それこそ、そこ反応する必要なくない? っていう。

「三か月前、寺にいた有象無象の霊達が、なんだか波長が合って趙家についてきてしまったみたいですね。趙家は元々拾いやすい性質みたいなんですけど、立派な門が役目を果たして屋敷を守っていた。運悪く、門の一部が欠けていたので守りの力が弱まっていたみたいです。そしてそれを皮切りに、多くの霊が趙家のお屋敷に入り込んでしまった」

 経緯を追ってみると、小さな偶然が何個か重なって、女は趙家に憑りついていたらしい。

 でも、でも、と趙勝さん。

「私の寝室に来ていたのは、こんな良く分からない服装の女じゃなかった。ちゃんと現代の服を着た女だったよ! じゃなきゃ幾ら僕だって、良い夢だなぁなんて思わないでしょ」

 おい、夢って何のことだ、とお父さんが趙勝さんに問いただした。趙勝さんはびくりと肩を震わせてそれはその、と口をもごもごさせている。まさか自分の女癖が悪くて、女の人から恨まれまくっている、なんて経緯は説明しづらいらしい。

 趙勝さんは出会って丸一日も経ってないけど、なんか凄く分かりやすくて馬鹿だ。

 こういうところも母性本能をくすぐるっていうことなのかな? 女の人の気持ち何て良く分からないや。

「まぁ、庭で立ち話もなんですから、部屋の中に入りませんか?」

 師匠が依頼主に助け舟を出した。



「入ってきた霊達は、女たちのようでした。趙家にとても恨みを持っているようです。そしてこの女は趙一家が起こった古代、その頃の巫女です。もともと地縛霊のように趙家に憑いていました」

「それが何なのか、さっぱり分からんが」

「その時代の王朝、彼らは文字を作ったことでも知られています。王は神と繋がっていました。呪術や神の力を用いて国を治めていたのです。また彼らは巫女も戦力として戦場に従軍していました」

「この女がそれだと」

 趙勝さんのお父さん――趙旗ちょうきさんだと名前を教えてくれた――は眉をひそめた。

 何故そんな説明を受けるのか不愉快だと言わんばかりだ。

「装いから見てそうでしょうね」

 そんなこと分かるものなのか。女はなおも髪を振り乱して、呪ってやると呟いていた。怖すぎるのであまりそちらの方は向きたくない。師匠はちらっと巫女を見て、何も言わずに視線を戻した。

「敵のこの女を騙して裏切らせたのが趙一族の始祖」

「我が一門を愚弄するか!」

 何となく、趙旗さんは話の流れからそうなるのかなと思っていたようで、今まで我慢していた堪忍袋の緒が切れた。

 怖い。

 大人の男性が怒鳴るとどうしてこんなに身が竦んでしまうんだろう。

 僕が怒鳴られたわけでもないのに、じんわりと涙が滲んできた。

 師匠はさっと僕の前に手を出してくれた。

「子どもの前で怒鳴るのはやめてくれますか?」

 師匠は趙旗さんの粗野な振る舞いに些かご立腹だ。

 この程度で被害者ぶられては溜まらんわ、と趙旗さんは毒づいた。家族は慣れた様子で渋い顔をしていた。

「……そして」

 話を戻した師匠は趙勝さんを見た。続けていいのかどうか、趙勝さんに確認を取っているのだろう。

 趙勝さんは困った顔をしていたが、諦めたようにため息をついて先を促した。

 嘘をついて誤魔化せとも指示出来たのかもしれないが、意図せず涙ぐんだ僕の姿に思うところがあったようだ。

「親父は周囲に気遣われていることにも気づかない」

「趙勝、今なんて言った」

 信じられないように趙旗さんは自分の息子を見た。

「普段は役目を果たす門が欠けていた。守りが浅い状態で家の者が寺から霊達を拾い、それらが大量に入ることによって門は更に守護する機能を損なう。それに乗じてこの家の人間に弄ばれて捨てられた女たちの霊が入ってくる。そして地縛霊として趙家にいた、始祖に騙されたこの巫女の霊と出会う。巫女は禍を成す力が残っていなかったが、似ていた思念を持った霊に出会い、波長が一致してしまう。それが今回の事件です。趙勝さんの夢に出てきた女の人は具体的な誰かじゃなくて、そういう念が形を持ったものでしょう」

「私はご先祖様と似たようなことをやってたってわけか」

 趙勝さんは自嘲気味に呟いたけど、ご先祖様は不特定多数の人を弄んだなんて情報は入ってないんですけど。この人サラッとご先祖様を貶めたぞ。

「続けますけど」

 こほん、と師匠はわざとらしい咳をした。

「この女は一応古代の巫女です。通常の悪霊よりも更に力を持っているんですよ。悪霊を使役する立場にあった女ですから」

「どうしろというのですか」

 ずっと黙っていた趙施さんが口を挟んだ。

「あの方の代わりとして、趙家の男子が未練を絶ってやるのが一番かと」

 趙旗さんが憮然と息を吐き、趙勝さんががっくりと肩を落とした。

「別に趙勝さんじゃなくても良いんですけど。どちらかと言えば、当主である趙旗さんの方が適任ですよ」

「あなたの出番ですよ」

「お前正気か!? 何故私がそんなことをやらねばならぬ」

「勝は若い頃のあなたそっくりだわ」

 低い声だった。

 趙旗さんはぎょっとして妻にひるんだ。自分の妻が怒っていることに、趙旗さんはこの時初めて気づいたようだった。

「呂明さん、先ほどあなた、この家に対して恨みがある女たちの霊って仰いましたよね」

「はい」

「趙勝だけじゃないんでしょ」

「はい」

「あなた、若い頃から若い娘達と良く遊んでましたよね。散々娘達を弄んで、結局良家の子女だった私を嫁に貰った」

 いつか罰が当たると思っていたの、と趙施さんは言った。

 そこには中年の女性ではなく、嫁いできたばかりの気苦労が絶えなかったかつての若いお嫁さんがいた。

「身持ちを崩した女がどんな目で見られるのか知っている?」

 どうして私が後ろめたさを感じないといけないのよ、と声を震わせる趙施さん。

「どうしてうちに使用人が長くいないのか、私何となく分かってたわ。偶然なんかじゃないわ。必然だったのよ」

 この修羅場は僕であっても明るくは表現できない。

 どんよりとした空気が漂い、趙家の男たちは身を縮こまらせて呪ってやると呟き続ける女を他所に、趙施さんを気づかわし気に見ていた。情けなさすぎない?

「で、お清めのやり方なんですけどね」

 空気を読まない師匠は強い。

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