第2話
結論から言うと、趙勝さんは最低な男だった。
良くもまぁ、そんなにとっかえひっかえと他人を弄べるものだ。
呆れるのを通り越して、この優男のどこにそんな行動力があるのか不思議に思える。
「まぁ、金も身分も持っていて、この顔でしょう? そして優し気。そうなったら女が放っておかないんですよね」
聞いてない。反省の色が全く無い。この人生身の人間にも刺されて死ぬ恐れがあるんじゃないだろうか。そうなったら面白いなと思う自分を否定できない。
師匠は唸った。
「色んな恨みつらみが複数あって分かりづらいんだよな……」
「私ってそんなに恨まれてるんですか?」
今までの所業を考えると、その自覚はいささか図々しいのではないだろうかと僕は思ったけど、師匠は首を降った。
「それがあんた個人に向けてのものかどうか分からないんで、ちょっと調べる必要がありそうかな」
今日は趙勝さんちに泊まらせて頂くことになった。
貴族のお屋敷に泊まれて、尚且つ宿代が浮いた。僕はうきうきした。
趙勝さんは女癖を抜きにしたら、羽振りが良くて、まぁ良い人だった。あくまでも、女癖を抜きにしたらだけど。
師匠は家の中の至るところに足を向けた。ただし、趙勝さんのご両親の部屋以外だ。
趙勝さんの両親は息子の悩みに関与していないようだった。内容が内容だから、趙勝さんも息子として言い出しづらかったらしい。
そりゃそうだろうな。僕が両親だったら息子がそんなことで悩まされていたら泣くわ。
そんなわけで、使用人の人たちとお話させてもらった。
中には子どもの僕を可愛がってお菓子をくれる人もいた。優しい。
若様、つまり趙勝さんの女癖を抜きにしたら趙勝さん含め、このご一家は使用人に優しかった。
お給金も相場よりは良いはずなのに、何故か趙家には長く勤める使用人がいない。
何となく、そう。何となく皆辞めていってしまうのだそうだ。
暫くの沈黙の後、師匠は僕を見た。
「お前、どう思う?」
「え、僕ですか?」
ああ、間の抜けた返事をしてしまって自分がちょっと情けなくなった。僕は師匠の弟子なのに、いささか自覚が欠けているのかもしれない。
ええと、と間を取りながら僕はしどろもどろになって続けた。
「趙勝さんが夢に悩まされたのは三か月前ですよね。直接的な関係が見いだせないなって思うけど、その何となくって言うのも無関係って断定できないなって」
「うん」
師匠は僕の頭を撫でた、というかぽんと軽く抑えつけた。
バツが悪い僕は不満気な顔をわざと作って師匠に向けた。ちょっとした甘えだ。子どもだからそこら辺は許してほしい。
「何となくってことは、理由もなく居心地が悪いってことだ。理由がないってことは気分に由来する」
淡々と師匠は僕に話しかけた。
僕は師匠にとって押しかけ弟子でしかないが、師匠はそれでも義理固く僕を鍛えようとしてくれている。僕は大まじめになって師匠の言うことを一字一句逃さずに聞いた。
「土地に由来するのか、一族に由来するのか。それともこういった霊障とは全く無関係なのか」
ふむ、と師匠は思案した。
僕も真似して、ふむ、と手を顎に当てた。
趙勝さんにこの土地の歴史を聞くと、ここら辺は大昔、大きな国があった。そしてその国を大国にした立役者が亡くなった場所がこの街だと言う。これはなんかあんまり関係なさそうだなぁ。街全体じゃなくて、あくまでも趙家の話だし。
「その国は法治国家として大成した国なんだよ」
僕の師匠は中々に胡散臭い見た目と雰囲気を醸し出しているが、かなりの博識だった。
こういう時、スラスラと知識が出てくる。
「法とは約束事だろ。そういうのと縁深い土地で趙勝は不義理を続けてるってわけだ」
意地悪そうな顔。
師匠は年若いはずなのだが、年相応な顔をしないから胡散臭く見えるのだ。
「なぁ、なんで不思議なことが起こる時、夢うつつの時に行われるのか分かるか?」
「意識がはっきりしていない時の方が無防備だから、ですか?」
「そうだな。心身共にとても無防備だ。夢って言うのは古来、呪術を扱う巫女が使役する霊が夜に現れるものだと考えられていた。だから夢と霊的なことには親和性があるんだ。女って言うのも理にかなっている」
だが、と師匠は続けた。
「三か月前、三か月前にきっかけになるような何かがあるはずなんだ」
趙勝さんのお話を聞いてもこれだろうって決定的な人は分からなかった。
我が身可愛さから白状した方が身のためだと把握した趙勝さんは、それはあけっぴろげに女性関係について語ってくれた。
「三か月前だったら、旦那様達はお寺に行ってたのがその頃だったわよ」
話を聞いていた女中さんが、教えてくれた。
僕がお菓子を貰っている間に師匠と話していた女の人だ。
使用人が長く居つかないこのお屋敷で、子どものころからいるらしいから年若い女の人だったけど古株の一人である。
「ははぁ。寺ねぇ……」
師匠は僕を伴って、お屋敷の入口まで来た。改めて見ると立派なお屋敷だ。立派な正門が誰でも中に入れるわけではないと威圧している。門ってそういう役割なんだろうなって僕は思った。
だって、小さい勝手口みたいな門よりも、こんな風に大きな門の方がどうあっても威圧的だし、入りづらい。
人外の存在が中の人間に招かれない限り家の中には入れないって言うのは、門って役割が機能しているからだろうなぁって思った。師匠は小さく門を蹴った。門の石が少し欠けていた。
欠けていた?
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