旅遊異聞
田中
1.趙家の話
第1話
「金、金、金がない」
目の前の若い男——僕の師匠は空を見上げ、口を開けて天に祈るように手を挙げた。
いささか詩的に表現したけど、この表現だと師匠は天に対する乞食になってしまう。
乞食!
僕は思わず吹き出した。それを耳ざとく気づいた師匠は、お前今俺のこと笑っただろうと胡乱な目を向けた。
露骨に拝金主義である僕の師匠は被害妄想が過ぎる。
いかに二人旅で寝ても覚めても師匠の顔を見ているからって、僕の中の師匠の割合は師匠が思っているほど占めていないんだから、自分を過大評価をしないで頂きたい。
「次の街は大きな街だから、きっと依頼者位簡単に見つかりますよ」
「そうだな、品行が悪くて恨まれている奴なんて大勢いるよな」
「嫌な感じに言い直した」
「まぁ、日頃の行いが良くても呪われるなんていう、不運が服を着ているような奴も中にはいるけど」
「更に嫌な言い方した」
師匠は僕とのお遊びのやり取りに気を良くしたようだった。時に複雑、時に単純なこの人は、まさに文字通り取らぬ狸の皮算用に勤しむことにしたらしい。
僕は師匠のことがいまだに良く分からない。
変な人。
依頼主はすぐに見つかった。
……作ったと言っても良いかもしれない。
よっぽど参っていたのか、師匠の手を握って顔を摺り寄せんばかりの有様で、これが綺麗な女の人だったら絵的には良かったのかもしれないが(いや、でも残り半分の師匠がどっちにしても絵的には良くはないか)残念ながら相手は優男だ。
白皙でいかにも貴族といった体の男と、いかにも胡散臭いといった体の師匠との二人はどうあってもチグハグが過ぎる。
一方師匠は裕福そうな依頼主に気を良くしたようで、持ち前の胡散臭さを引っ込めて、顔面一杯に同情心を見せ、そして切なげに手を握った。
愛おしそうに優男を見つめた師匠は、これまた愛おしそうに口を開いた。
「とりあえず、お代の話をしましょうか」
男は
幼い僕がこんなことを言うのは少し不似合いかもしれないけど、僕は師匠にくっついて以来こういう人種には良く出くわすのだ。なんでかと言うと、師匠が生業にしていることと関わってくるんだけど、まぁそれは追々。
「三か月位前からなんですけど、夢に女が現れるようになって、夢かなって思ってたんです。いい夢だな~って。欲求不満かもな~あっはっはなんて。でも段々あれっこれなんかおかしくないかって思うようになって」
興奮していたらしく、こっちに口を挟ませない速さで趙勝さんは話し出した。
師匠は口に手を当てて、黙って聞いている。
僕もそれに倣って黙って聞いていた。
ちょっと長いのでお粗末ながら僕が要約すると、事の始まりは三か月位前。
趙勝さんの夢に女の人が出てくるようになった。元はただの夢だと思っていたが、次第に生々しくなってきた。
元々は部屋の入口付近にいたのに、段々と立っている位置が寝台の方へと近づいている。もうそろそろ触れられそうな距離まで来ていると言う。
夢なのか、それとも現実なのか分からなくなってくる趙勝さん。
最近は眠るのが恐いという。
「もし襲われて、交わったらどうなるんだろうって思いますよね。今でさえ精気を奪われている感じがするのに本当に精を奪われたらって思うと」
「出さなきゃ良いんじゃないですか」
下ネタの入った師匠の突っ込み。
「やるからには、出すでしょう」
真顔の趙勝さん。
なんなんだこの空間は。少しは僕に配慮して欲しい。
「それで、心当たりはおありなんですか?」
「いやぁ、全く無いんですけどね……」
「
「はい」
「待った待った。言います、言いますから後生です」
趙勝さんは僕らの袖を引っ張った。この手の奴ってなんでこんなに保身的っていうか自己中心的っていうか、そんな感じなんだろう。
そもそも自己中心的だからこういう事件を引き起こすんだろうけど。
師匠は、呆れたようにため息をついた。
「あのね、趙勝さん。俺らはあなたの日頃の行いを断罪するようなことはしないんで、きちんと教えてくれなければ対処のしようが無いんですよ」
対処、そう。対処。
師匠が生業としていること。
師匠は人ではないものを相手にしている。妖怪、鬼、幽霊、普通の人が触れたり言葉を通わせたり出来ない物の怪。それに困っている人たちが師匠の依頼主だ。そういう人たちを相手に、師匠は各地を渡り歩いている。解決したら次の街へ、そして次の街へと旅する旅人だ。
師匠は街で趙勝さんを見て、一目でそういう事象に困っている人だと見抜き、少し脅しをかけた。無理やり妖の幻術を見せて、怯えたところを助けると言う自作自演っぷり。
先ほどの依頼主を“作った”って言い方はまぁそういうこと。
すっかりと師匠を信頼している趙勝さんは何度も何度も頷いて、肩を落として話を続けた。
「心当たりが複数あるので、一つずつ話していっても良いですか?」
「いやなんの拷問だよ」
「全くですね」
「さっき責めないって言いましたよね」
「責めてはいません」
ここ一番の渋い顔を作って、師匠は心を無にしていた。僕もそれに倣って、心を無にした。
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