その37-1 少女の独白

 謹啓。

 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。日笠まゆみです。

 

 オークションに流れてしまったトロンボーン、カジノ大会の優勝副賞品にあげられてしまったホルン。

 そして土壇場で誘拐されたアイコちゃんとアリちゃんを助けるために、みんなで手分けして当たることになった今回の一大作戦。

 

 本当に長い長い一日でした。

 そして今思えばよく全てを成功させることができたなあって……あれ、この台詞私この前も言っていた気が。

 だってつくづくそう思うんですもん。皆さんもそう思いませんか?

 こんなまとまりのない私達が、一度でも失敗すれば即アウトな『綱渡り』を見事渡り終えただなんて、まさに『奇跡』としか言いようがないって――

 しかも今回に至ってはなんだか個人的に楽しんでいた奴もいたようですし。クマとか、クマとか、クマとか。

 もうカッシーから聞いた時は開いた口が塞がりませんでしたよ。

 相手のイカサマを許して、そのイカサマに乗っちゃうだなんて。頭おかしいとか思えない。

 しかも全部引き直しての大勝だったらしいですね。

 まったくもう、勝ったからいいものの、もし負けてたら一体どうするつもりだったんでしょうあいつは。

 それを考えると私、胃が痛くなる思いです……とほほ。

 

 さて、無事に終わった一大作戦のその後を掻い摘んでお話しますと――

 

 まずえーっと、ブスジマ率いるコル・レーニョ盗賊団について。

 今回の騒動の元凶ともいえる復讐鬼と化したブスジマですが、こーへいとモッキーの話によると、逃走しようとしていたものの、ツネムラの一撃を食らってあえなくノックダウン。

 私もちょっと見ましたが、酷い顔になってました。あれはしばらく流動食しか食べられなさそうですね。

 一度捕まったにも関わらず脱獄した罪は相当重いらしく、警備隊の手を通して今度は管国に送られることになりました。


 管国うち弦国マーヤのとこほど甘くないから、覚悟しておきなさい。二度と逃げるとか甘い考え持てなくさせてあげるから? 

 と、両脇を警備隊に押さえつけられ、連行されていくブスジマに向かって言っていたエリコ王女の言葉が忘れられません。

 まああれだけの事やったわけですし、それに私達もこれ以上しつこく追われるのは本当勘弁してほしいですし……ちょっとだけ同情しちゃいますが、当然の報いですご愁傷様、南無南無――と。

 

 そして手下である盗賊達も、エリコ王女やチョクさん、それにカナコさんとシズカさん、そして我等がカッシーの八面六臂の大活躍もあってなんとか撃退することに成功しました。

 逃げようとしていた残党も到着した警備隊の手によって全員捕縛されたようです。

 幸い観客にも大きな怪我人は出ておらず、いくらか金品を強奪された方もいたようですが無事捕縛された盗賊から持ち主の手に戻ったとのこと。

 あ、ちなみに時を同じくして街の各所で騒ぎを起こしていた盗賊団の別動隊についても、警備隊の活躍により無事収拾したようです。

 カナコさん、事前の情報収集で既に盗賊団が潜伏し始めていることを察知して、こういった事態を想定し警備を強化しておいたんだそうで。流石ですね。

 結果、コル・レーニョ盗賊団およそ二百名はほぼ全員、あえなく捕縛となったのでした。

 

 でも警備隊長さん、凄い吃驚してました。

 彼、カナコさんと私達のことをとても心配して全力強行して駆けつけて来てくれたんです。

 でも私達が皆無事で、しかもあろうことかたった十人足らずで百名相手に大立ち回りして見事勝利を収めていたことに目を丸くしていました。

 まあそりゃそうですよね、普通だったら考えられない事ですもん。

 そこは英雄と呼ばれた三人、そしてシズカさんと妖刀時任様様、といったところでしょうか。

 本当に強かったなあエリコ王女。ただの派手好きなお騒がせ王女だと思っていたのですが……あ、今のは内緒でお願いします。

 

 で、カナコさんは、来るのが遅い! こんな奴等に何を手間取ってんたんだい?――と、最初は警備隊にお冠でしたが、彼等が街の各所の騒ぎを迅速に収拾していたこと、そして大混乱で会場から逃げ出していた観客達を無事に保護していた事などを後から聞いて、彼等についてはお咎めなしにしたそうです。

 結果的に盗賊団の襲撃を被害最小限に抑え、かつ見事に撃退したカナコさんと警備隊の株は上がったようで。

 気になる商業祭への影響もあまりなかったとのこと。

 よかったですね、警備隊長さん。面目躍如!


 えーと、ブスジマ達コル・レーニョ盗賊団のことはこれくらいでしょうかね。

 さて今回の騒動の元凶となったもう一人、奴隷商人のウエダですが――

 

 私達が忍び込み無事救出したアリちゃんの証言もあり、彼はオークション終了後、略取・誘拐の容疑で御用となりました。

 それだけでなく、シズカさんが彼の書斎で発見した収支報告書にも虚偽の報告があり、脱税の疑いも出て来たそうで。

 こちらについてはすぐにはわかりませんが、今後組合で正式な調査を行った後、厳正なる処罰を下すとのことです。

 シズカさん曰く、真っ黒です――とのことだから処罰を免れることはまずできないでしょう。

 余談ですが彼、なんと十九歳だったらしく……それでカナコさん若造、若造って言ってたんですね。

 私もっと年上だと思ってました。言っちゃ悪いけど三十くらいとか? だって凄い老け顔……コホン。

 

 まあそれはさておき。

 でもカナコさん、あんな酷い誹謗中傷を受けたにも拘わらずウエダのことは買っているようです。

 あの若造は考え方は間違っちゃいない。商人としての才能は大したもんだよ――全てが終わってカナコさんの家で開いた祝勝会の中で、彼女はそう言ってウエダのことを褒めていました。

 あんなにアリちゃんの事貶めた奴を褒めるなんて、まったく大した器というか公平無私というか。

 ああ、それと彼女こうも言っていたんです。

 

 うちらは商人なんだ。『利』を求めて動くことは当然さ。

 そしてそのために全力を尽くすことも間違ちゃいない。あいつのそこは評価する。

 

 だが問題はそうやって得た『利』をどう使うかだ。

 あいつはそれを誤った。そこが私が勝って、あいつが負けた理由さ。

 やはりまだまだ詰めが甘い――

 

 ――って。

 

 どういう意味ですか?――って、それはもう興味津々で話を聞いていたハルカちゃんは、カナコさんへ先を促したんです。

 カナコさんはそんな彼女に豪放な笑い声をあげてこう続けてました。

 

 あいつは目先しか見てなかった。だから生み出した利を金にしか変えてこなかった。金で買えるものにしか変えてこなかった。

 もしあいつがもっと先まで見ていたら、その利を金以外の物に変えていただろう。金で買えないものに変えていただろう。

 そうしたら私でも勝てなかったかもしれないね――と。

 

 お金で買えないものってなんだろう。

 話を聞いていた私も、その時は彼女の言っていることが分からず目をぱちくりさせてました。

 ハルカちゃんもそう思ったからこそ、さらに問い尋ねていたんです。

 それっていったい何ですか?――って。

 カナコさん、あっさりこう言ってました。


 この街と人の繋がりと、そして商人としての誇りだ――と。

 

 ハルカちゃん、それはもう目をキラッキラッさせて感動しながらしきりに頷いてましたよ。

 私も改めて思いました。こういう人だからきっとマーヤ女王もエリコ王女も彼女を信頼していて、そしてシズカさんを筆頭に街の人々もついてきているんだって。

 かっこいい女性ひとだなあ、私も大人になったらこうなりたいって、心底思ったんです。


 話がちょっとそれちゃいましたね。

 まあそんなわけでウエダの店もしばらくは休業。

 カナコさんも期待しているようですし、罪を償って出て来たら真っ当な商人として頑張って欲しいですが、はてさてどうなることでしょうね。

 

 えーっと、あとは……そう、マフィア『黒い鼬ドンノラ・ネーロ』について。

 まず首領であるツネムラですが、こーへいとモッキーの話によれば、ブスジマをノックアウトした後に姿を消したとのこと。

 警備隊も彼を追って街を捜索したそうですが、その消息は掴めなかったそうです。

 生きてりゃそのうちあえるだろ?――こーへいはそう言っていましたけど、あの人そんなに悪い人には思えなかったし、アイコちゃんを結果的に助けてくれたみたいだし、無事だといいのですが。


 そして、その後の警備隊の調べで分かったことですが、彼の部下も全員消息不明。

 あの時ブスジマが言っていたことがもし本当であれば、恐らくもう全員――

 結果としてパーカスを裏で仕切り、そして支えてきた国籍問わずの集団マフィアは一日にして消滅してしまったのです。

 彼等はならず者の集団ではあったものの、外敵からこの街を遠ざける抑止力を持っていた集団でした。

 その抑止がなくなった今、パーカスの裏を支配する新たな権力を求めて、それまで鳴りを潜めていた賊徒達の縄張り争いが始まる可能性が出てきたわけです。


 アッハッハ、この街を余所者の好きにはさせないさ。あいつの分まで商人組合うちらが気合入れてやってきゃいい話だ――カナコさんはそう言って苦笑していましたが、その目は笑っていませんでした。

 コル・レーニョ盗賊団も痛い目を見たものの、まだ諦めてはいないかもしれないですし、しばらくはこの街も予断を許さない状況になることになるでしょう。

 

 あー……ちょっと暗くなっちゃいましたね。

 そして最後となりますが、私達について。

 

 アイコちゃんもアリちゃんも無事救出し、そして楽器も無事取り戻せてモッキーとも合流。

 そうそう、ノトさんのパン屋ギオットーネもちゃんと買い戻すことができました。

 祝勝会は大盛り上がりのどんちゃん騒ぎ。


 そんな中、エリコ王女……じゃなかった、レッドカレー=ベ=ト・オン様から粋な計らいが。

 なんと彼女、カジノ大会の優勝賞金百万ピースをドーンと全額取っ払いで、私達に手渡してくれたのです。

 

 私は名前貸しただけだしね、アンタ達の好きに使いなさいよ――って。

 

 そう言って彼女は支配人から預かっていた百万ピースの小切手を、まるでどこぞの居酒屋の割引券を渡すくらい軽い様子でこーへいに差し出したのでした。

 そりゃあ私達みんな吃驚しましたよ。やっぱり王族ともなると金銭感覚が違うのかな。百万ピースもはした金なんですかね。

 あ、でも私達は庶民ですから! いつも通りののほほん顔で、大して興味なさげに受け取った小切手を見つめるこーへいの周りにここぞとばかりに集まって、まじまじと『0』が並ぶその小切手を拝ませてもらいました。

 だって百万ピースですよ百万ピース。ハルカちゃんがいうには日本円で一億円くらいの価値らしいし! 宝くじ当たったくらい凄い額です。

 

 とはいえ、うちらこの世界じゃ所謂住所不定無職の集団ですしね。

 一頻り百万ピース様を拝んで満足したら、いきなりこんな大金貰ってもどうしようか?ってことになって――

 で、みんなで話し合ったんですが、結局諸々の経費の清算に使う事にしたのでした。

 

 あ、経費の清算っていうのはつまりですね。

 ①アイコちゃんが逃げた奴隷商人へきちんと代金を払う

 ②ギオットーネを落札するためにかかった費用をカナコさんに返済

 ③オーボエの森に置いてきてしまった、旅を続けるための用品購入に充てる

 ③残りはせめてもって感じで、トロボーンの落札費の補填にカナコさんへ

 ――と、いった形に落ち着いた訳です。

 

 ①は結果的に人を買うってことになってあまり気乗りはしませんが、やっぱりその辺はけじめをつけないと黙認し続けてくれてるカナコさんにも悪いということで決定。

 ②はハルカちゃんとノトさんは自分達で何とかすると、必死に固辞してましたが流石に何年かかるかわからないので、全員で説得して承諾してもらい決定。

 ③はまあ必要経費ということで額を決めてちょっとだけ自分達の財布へ還元させてもらいました。

 そして④。これはその……いくら百万ピースといえど雀の涙ほどの補填にしかなりませんが、そこはまあ気持ちという事でカナコさんへ。

 もちろんカナコさんは気にしなくていいから持っていきなよ――と、受け取りを拒否していましたが、とはいえ十億ピースですよ?

 それを旅の餞別だ、持っていきな!――とか言われても流石にドン引きですって!

 だってこれから元の世界戻ったとしても、アイコちゃんがトロンボーンを吹く度に、ああ、あれ日本円にして一千億円の――とか思っちゃうわけですよ。

 そんなのこっちの身が持ちません。雀の涙だとしても、少しは受け取ってもらわないと自分達がプレッシャーでおかしくなりそう。

 で、結局全員で必死に詰め寄って、最後にはこちらがぺこぺこ頭を下げる形で渋々カナコさんに受け取ってもらいました。

 あ、ちなみにアイコちゃんには落札額は内緒にしてあります。

 彼女気が弱いし、本当のことを知ったらこのトロンボーン吹けなくなっちゃいそうですしね。

 

 まあそんなこんなで、立つ鳥跡を濁さず。

 無事お金絡みの問題も解決できて……えっと、まあ実際には一部かなりの額解決できていませんが、それはもうカナコさんの言葉に甘んじる形でさておいて――

 こうして、約一週間滞在したこのパーカスで起こった、数々の騒動もなんとか一件落着となったのでありました。


 みんな無事で本当によかった。

 でも、今回の一件が終わって、私ふと思ったんです。

 なんだかみんな、この世界に来てから変わったなあ――って。

 あ、変わったって言ってもいい意味で、なんですが。

 

 そのなんというか、この短期間で元の世界では考えられないくらいみんな成長しているような気がするんです。

 カッシーも元々無鉄砲な面はありましたが、最近は堂に入ってるというか、とっても勇敢に見える時があるし、あんなに度胸あったっけって思える時もあるし。

 こーへいも賭け事は強いって知ってましたが、まさか今回優勝しちゃうほどまで強いとは思わなかったし。

 なっちゃんも随所随所で見せる発想とか毎回感心しちゃうし、まあ元々頭の良い子だと思いってましたが、何か前にも増して冴えてきているっていうか。

 恵美の強さもなんだか拍が付いたし、かのーは……ああ、あいつは元からああいう感じですね。強いていうならギャグ体質に磨きがかかったかな。


 それにこの街で再会できた、ハルカちゃんの商才やモッキーの賭博の才能。

 みんな元々凄い長所の持ち主だとは思ってました。

 でもこの世界で改めてその才能を垣間見た時、なんだかみんな輪をかけて際立ってきているような、そんな印象を受けたんです。


 それはきっと、毎度毎度窮地に追い詰められて、それでも何とかしなきゃ――そう思ってみんな必死で足掻いた結果だと思います。

 でも――

 そんなみんなを見て、私はこう思ってしまったんです。



 私はどうなんだろう。

 私も……ちゃんと成長できてるのかな――って。



 マーヤ女王やエリコ王女、それにカナコさん達の助けもあって、なんとかみんな無事にここまでやってこれました。でも振り返ってみると一歩でも足を踏み外せば、そこで終わってたことなんていくらでもあった。

 そしてそれは、これからだって当然起こりうることなんです。


 だって『奇跡』がいつまで続くかなんてわからないから。


 でも、いつか唐突に終わりが来るのだけは絶対に、絶対に避けたくて。

 だからこそもっともっと強くならなきゃいけないってわかってる。

 そう、わかってる。けれど――


 本当に私達は『全員無事』で元の世界に戻れるのだろうか――

 一度そう考えてしまうと、怖くて、不安で、全てを否定したくて。


 この世界へみんなを巻き込んでしまったことに責任を感じているから。

 この世界に飛ばされたことを心の隅では恨んでいるから。

 こんな世界なんて来たくなかったって後悔してるから――


 カッシーは……彼はすごいと思う。

 だって、少なくとも彼はこの世界に立ち向かう覚悟をもう決めているから。

 そんな彼の背中が少しずつ離れていっているような気がして――

 それでも私はまだ迷っている。



 それでも私は……この世界を拒んで、歩みを止めている。


 私は――



 ごめんなさい、今のは……聞かなかったことにしてください……


 ともあれ一大作戦は無事成功。

 祝勝会も大盛り上がりで幕を閉じました。

 

 そして私達は新たな旅に出るための準備を始めたのです。

 話は商業祭の二日目、つまり翌日に進みます。

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