その36-6 作戦完了!
パーカス 中央地区 市民ホール。
カジノ大会 特設会場裏通――
「ひぃ、ひぃぃ……なんだあいつ!? なんなんだあいつら! バケモンじゃねえか!」
裏通りに通じる市民ホールの扉を乱暴に蹴り開け、倒れ込むようにして裏通りに飛び出したブスジマは、這う這うの体で地にへたり込むと叫んだ。
百人だ。百人潜ませていたんだぞ? それが全滅。たった十人、しかも女子供が混じった十人に完膚なきまでに捻じ伏せられた。
あの組合長が英雄だとは知っていた。だがあのふざけた蝶仮面の女と、鼻メガネの男まで腕っぷしが立つとは聞いていねえ。あいつら何モンだ一体。
いやそれよりもなんだあの
聞いてねえ、まったくもって聞いてねえぞ!――
「チクショウ……チクショウ神器の使い手どもがああ!」
沸き上がる怨嗟と怒りを地へ乱暴に叩きつけ、白髪の狂人は目を剥いて呟く。
追い込んでも追い込んでも、しぶとく抗う。今回は油断もしていなかった。人質も取って一人ずつじっくりと殺すつもりだった。
それがこの有様だ。楽器も奪えず、神器の使い手も奪い返され、そして手下は全滅……これでは盗賊団にも戻れない。
チェロ村に続いて、一度ならず二度までも失敗したとなれば、頭領は今度こそ自分を許さないだろう――
「オノレガキどもっ! オノレカッシィィィー! 俺の邪魔ばっかりしやがって!」
狂気に満ちた咆哮を天高くあげて、ブスジマは近くにあった木箱を乱暴に蹴り散らす。
だが物にあたったとて、現状がどうこうなるわけもなく。
一頻り粉々になるまで木箱を蹴り散らした後、ブスジマは肩で息しながらわなわなと拳を震わせ始めた。
狂人は決断する。もはや盗賊団も何も関係がない。いつかあのガキどもに復讐してやると。
このまま逃げれば追っ手も来るだろう。だがかまうものか、逃げて逃げてあいつらのようにしぶとく生きて、必ずあいつらをこの手で嬲り殺してやると――
「ヒャハハハハハハハハ! 復讐だぁ! このままで済むと思うなよカッシィィー! いつか、いつか必ずぶっ殺してやる!」
血走った
だがしかし――
「いいや、てめえはここでおしまいだよ――」
背後から聞こえてきた、低く渋みのある声に白髪の狂人はぴたりと笑いを止め、そしてゆっくりとその声の主を振り返る。
彼の視界に映ったのは、壁に持たれながらもよろよろとこちらに向かって詰め寄ってくる、黒鼬の首領の姿――
「ツネムラァァァ!」
「鼬の縄張りを逃げられると思うなよブスジマぁ……てめえはこの場で俺がぶっ倒す」
獣の如く唸った白髪の狂人をギロリと睨み、ツネムラは血の混じった唾を地に吐くと、壁から離れて構えをとった。
満身創痍、言葉を紡ぐ度に折れた肋が刺さった肺が悲鳴をあげる。
だが心の底からこの身を突き動かす衝動は決して揺るがない。
闘志を三白眼に灯し、黒鼬の首領はゆっくりと腰を落とす。
「ヒャハハ! しぶてえなあ旦那ァ! その身体で俺をぶっ倒すって?」
「部下の仇だ……長年の付き合いだったんでね」
「泣かせるねえ。安心しなよ、今仲良くあの世に送ってやるからよぉ!」
くたばれ死にぞこないが――
懐から取り出した
それがどうしたこの狂人が――
鼬の首領は怯まない。まるで銃が見えていないかの如く、彼は一歩、また一歩と白髪の狂人との距離を詰めていった。
「ヒャハハハ! さよなら旦那ァ! せめてぇ……楽にぃ死ねますよぉに!」
躊躇せずに引き金を引いたブスジマの決め台詞が、言い終わるか終わらないかの刹那の間に、大きな火薬の点火音が轟いた。
無情な冷たい鉄球が黒鼬の首領の眉間目掛けて筒の中から迸る。
楽に死ねますように――か。
それができたらどんなにありがたいか。
だが生憎、約束しちまったんでな――
もう一度、あの海を旅したかった……
あん?
何でもない。一つお願いがある。
なんだ?
もし逃げ延びることができたら、どんな辛いことがあったとしても……生きて生きて、生き抜いてほしい
なんだそりゃ?
僕は君の恩人となるんだ。それくらい条件を付けてもいいだろう?
……クック、わかったよ。約束する。
ありがとう……君の幸運を祈る。
あんな約束しなけりゃよかった。
世の中反吐が出るような腐ったことばかりだった。
生きるってのは厳しいもんだ。生きぬくってのはもっと厳しいもんだった。
何度も何度ももうどうでもいいって思った。
けど、『男の約束』ってのは本当に面倒くせえ。
やはりまだ俺は死ねない。
―どんな辛いことがあったとしても……生きて生きて、生き抜いてほしい―
「うっせえなあ! わかってるよヨハン!」
刹那、そう叫ぶや三白眼を見開き、ツネムラは眉間に迫った鉄球目掛けて左手を振りかぶった。
唸りをあげて襲い掛かる鉄球を、あろうことか黒鼬の首領のその左手は真正面から掴んだのだ。
肺に激痛が走る。喉の奥から血が逆流してくる。
眩暈がするほど頭がガンガンする。
だがそれでも俺は生きてやる。それでも俺は約束を守る――
歯を食いしばり、左手に右手を添えてツネムラは地に踏ん張った。
空気が弾ける乾いた音と共に鉄球を鷲掴みにした彼の左手は、そのまま握りつぶすかの気迫で握りしめられ、そして凶弾はたちまちのうちにその速度を落としていく。
僅か数秒の攻防だった。
鉄球はツネムラのその身体を数十センチ後ろへと押し、そして土埃をその足元から舞い上がらせたのみで、完全に勢いを殺され彼の左手の中で動きを止める。
ありえねえ。ありえねえありえねえありえねえありえねえ!
何だこの街は、化け物の巣窟か!?
鉄球を素手で受け止めるとか、反則だろう!
そうだ、これは夢だ。何かの間違いだ! これは全て白昼夢。 俺の失敗も何もかもこれは全て幻なんだ!――
銃口から硝煙をあげる
だが非常識な結果を必死に否定し、引き攣った笑いを浮かべながら全力で現実逃避しようとした彼の目に飛び込んできたのは。
彼の全ての行いを清算するために迫りくる、
「ひ、ひぃぃぃぃ! まてっ! 頼む! わ、悪かった! 助けてくれ!」
「今更おせえっ!」
刹那。
見栄も外聞も捨てて命乞いをするブスジマの顔面に、鉄球を握りしめた文字通りの『
♪♪♪♪
「ツネムラっ!?」
点々と床に落ちていた血を辿り、裏通りに飛び出したモッキーは、見事なまでのストレートを顔面に食らい、弾丸のように螺旋を描いて吹っ飛んだ白髪の狂人の姿を目の当たりにして、三白眼を見開いていた。
間に合った、いや間に合わなかったというべきか。いずれにせよ決着はもう着いたようだ。
まさに完全KO。螺旋を描いて吹っ飛んだブスジマは、土埃を巻き上げながら落下すると、白目を剥いてピクリとも動かなくなった。
哀れその歯は全て折れ、治りかけていた鼻も再びあらぬ方向へ曲がってしまっているのが見て取れる。
無茶しやがって――モッキーの後に続いて裏通りに飛び出していたこーへいは、ボロ雑巾と化して地に伏したブスジマの姿を見て、南無三と合掌していた。
「お前は俺を舐め過ぎた……黒鼬の二つ名は伊達じゃねえんだよ」
この左手一本で成り上がって来た。泥水啜って、どん底から這い上がりこの街を裏で統べるまでな――
吐き捨てるように呟いてツネムラはぎゅっと鉄球を握りしめる。
途端、鉄球は粉々に砕け散り、彼の左手の中からぽろぽろと地に落ちていく。
だがそれが限界だった。
黒鼬の首領は途端に血反吐を地に吐き、大きな音を立ててその場に倒れた。
「ツネムラッ! おいっ!」
静観していたモッキーとこーへいは慌てて彼に駆け寄ると、大の字に倒れたツネムラのその上半身を起こし心配そうに覗き込む。
黒鼬の首領は呻き声をあげつつ、ゆっくりと目を開けて二人を見ると、うざったそうに舌打ちをする。
「てめえ……まだいやがったのかよ? 二度と面を見せるんじゃあねえ、って言ったろうが――」
「先に契約違反したのはそっちだろ?」
「……ああ?」
「これでお互い様だぴょん」
「……本当に食えねえガキだ」
にこりと不器用に笑ったモッキーを見て、ツネムラは苦笑すると脇腹を押さえてその身を起こす。
表通りに続く道が俄かに騒がしくなって来たのだ。
じきに警備隊がやってくるだろう――クマ少年はちらりとその方向を見つめながらピクリと眉を動かす。
「動かない方がいいぴょん」
「放せ。これくらい屁でもねえよ」
呻き声をあげながらも強情にそう言い放ち、黒鼬の首領は差し伸べられたモッキーの手を振り払うと立ち上がった。
警備隊がやって来て、今回の一件の調べが付けば『黒い鼬』がコル・レーニョと絡んでいたこともばれるだろう。
仲間も皆死んだ。この街に拘る理由ももうないが――と。
胸ポケットから取り出したサングラスを掛け、小さな溜息を吐くとツネムラは壁に持たれて歩き出す。
「おーい、どこいく気だ?」
「さあな……この街にももういられねえ」
「おっちゃんさー、自棄になるなよ?」
「バカ言ってんじゃねえ、死ぬ気なんか毛頭ねえよ。約束したんだ――」
「約束?」
「こっちの話だ」
手始めにあいつらの仇でも取りに行くか。
背中に向かって投げ掛けられたクマ少年の言葉に、ツネムラはしばしの間を置いて答えると屋根の隙間から見える碧い空を見上げた。
「そっちこそ死ぬんじゃねえぞ、神器の使い手」
「ツネムラ……」
「ま、生きてりゃそのうちまた会えるさ。じゃあな……」
肩越しに手を振ってそう言い残し、黒鼬の首領は再び歩き出す。
ややもって裏通りの奥にその姿を消えていなくなるまで、三白眼の少年はじっとその背中を見つめていた。
と――
「あっ、いたっ!」
「おいこーへい、モッキー!」
やにわに裏口の扉から仲間の声が聞こえて来て、こーへいはやってきていたカッシー達を向き直りにんまりと猫口に笑みを灯す。
「おー、どうしたん?」
「どうしたん?――じゃねーよボケッ!」
「そうよ、いきなり二人して姿が見えなくなったから心配したんだよ?」
「んー、わりーわりー」
だめだ、こいつ絶対反省してねえー―そのいつも通りののほほん顔を見るや、先頭をきってやって来ていた我儘少年と苦労人の少女はやれやれと溜息を吐いた。
だがそこで本題を思い出し、日笠さんは剣呑な表情に戻ると二人に詰め寄る。
「それよりブスジマとツネムラは!?」
「ブスジマならそこにいんぜ?」
胸ポケットをごそごそ漁り、取り出した煙草に火を付けながらこーへいは少女の問いかけに答える。
くいっとクマ少年が顎で指したその先で、白目を剥いて失神しているブスジマを発見すると日笠さんは目をぱちくりとさせた。
「こ、これあなたがやったの?」
「んにゃ、ツネムラだ」
「は? それじゃツネムラは?」
「んー、消えた」
「消えた……ってどこに?」
「さあねえ、ま、生きてりゃそのうち会えるだろ?」
彼の勘は言っていた。あいつとはきっとまたどこかで会うような気がすると。
だが敢えてそれを口には出さず、こーへいは旨そうに煙草を呑んで、ぷかりと紫煙を燻らせながらにんまりと笑ってみせた。
どことなく何かを含んだクマ少年のその物言いに、鈍い我儘少年は訳が分からず口をへの字に曲げる。
そんな彼等のやり取りを背中で聞きながら、モッキーは黒鼬の首領が消えていった路地をじっと見つめ続けていたが、ふと横に立つ気配に気づき彼はその人物を向き直った。
「井口……」
「鈴村君。あの、本当にごめんなさい……私のために……その、色々と――」
内気で大人しいやや垂れ目の少女は、顔を真っ赤にしながらそれでも少年から視線を逸らさず、精一杯の謝辞を述べる。
そんな少女の顔を見下ろし、モッキーは不愛想なその顔に不器用な微笑みを浮かべると、彼女の頭を優しく撫でた。
「井口が無事ならそれでいい」
「鈴村君?」
「こっちこそごめんな。助けるの遅くなって」
「ううん……ありがとう。本当にありがとう!」
きょとんしていたアイコは、しかしややもってはにかむ様ににこりと笑い少年の胸に飛び込む。
権謀術数。マフィアに盗賊団に果ては仲間まで、全てを欺き
値千金の笑顔。この笑顔が何よりの報酬だ――
モッキーはアイコの背中に手を回し、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
と――
そこで自分に向けられている複数の視線を感じ、モッキーははっとしながら恐る恐るその視線の主を向き直る。
そしてにやにやしながら自分とアイコを見ていたカッシー達に気づき、彼は照れくさそうに顔を赤くしながらちっちっち、と舌打ちした。
「お二人さーん、お熱いですねえ?」
「うっ、柏木先輩。い、いやこれは――」
「モッキーって、クールなイメージあったけど意外だね、かっこいい!」
「た、竹達まで……」
「ヒューヒュー、ピョンきちムッツリー!」
「鈴村君、男女の交遊は時と場合を弁えてね?」
「東山先輩……勘弁してください」
「おーい、そんくらいにしとけって。モッキー泣いちゃうだろ?」
「な、泣かないッス!」
耳まで真っ赤になったアイコを庇うように後ろに回し、モッキーは『いっ!』と揶揄う仲間を睨みつけた。
まあ色々あったけど、これにて一件落着――
やっぱり今回もトラブル満載。けれどなんとかなった。
一同はお互いを見合って誇らしげに笑う。
「んじゃ、戻ろっか。カナコさん達待ってるだろうし」
『おう!』
いざ凱旋。
パンと手を打ちそう言った日笠さんの言葉に皆はガッツポーズを掲げたのだった。
PM 4:26
神器の使い手と英雄達、
『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます