その36-5 おーい、マジか後輩?
観客席中央 カジノブース―
「伏せろ井口!」
「うん!」
ちっちっ、と舌打ちしながらモッキーは踵を返すと手にしたカードを構えた。
三白眼の少年の後をついて来ていた垂れ目の少女は、その声に従いぎゅっと目を閉じながら頭を下げる。
刹那、スナップを利かせて少年の手から放たれた数枚のカードは、少女の頭上を通過し背後から迫ってきていた盗賊達の手を正確に穿った。
と、手甲に走った痛みに顔を歪め、思わず武器を手放した盗賊達を、今度は横から振り下ろされた鞭が容赦なく追撃する。
乾いた音が響くと同時に皮膚が裂け血が滲み、激痛に身悶えながら悪漢達は身を竦ませた。
返す鞭をさらに繰り出し、お騒がせ王女は蹲った盗賊の首に鞭を巻き付けると、その背中にヒールを押し付け締め上げる。
「か弱い女の子狙ってんじゃないわよ、アンタの相手はこの私よ? ワ・タ・シ。わかってますかー? もしもーし?」
ガチョウの鳴き声のような詰まった悲鳴をあげた盗賊に顔を近づけ、エリコはギロリと睨みつけながら囁いた。
だが頸動脈を締め付けられ、既に白目を剥いて失神していた彼の耳にその言葉は届くことなく、途端抵抗しなくなった男に気が付くとエリコは拘束を解いてやれやれと息をつく。
「やるじゃないモッキー、アンタのアシスト大分助かったわ」
大した
先刻から隙を見てはカードによる援護をしてくれていた三白眼の少年を向き直り、エリコは感心しながら笑顔で礼を述べた。
元の世界にいた頃から投擲は十八番だ。リーチ棒に十円硬貨、果てはダーツに麻雀牌までコントロールはお手の物だ。礼は不要――とモッキーは軽く頭を下げてそれに応える。
「どういたしまして、あんたこそ。その――」
「ん?」
「いや、なんでもない」
大した鞭捌きだぴょん。どこぞのSM女王様みたいだな――
うっかり口が滑って言いそうになった少年は下唇をちょんちょんと弄り、口を噤んだ。
もしこーへいが聞いていたら、まあ半分は当たってるけどな?――などと冗談めいてにんまり笑っていたかもしれないが。
言葉を濁した三白眼の少年を見て、その蝶の仮面に紅いドレスなSM王女様は不思議そうに首を傾げていたが、まあいいかと鞭をたたみカジノブースの様子を窺う。
「アンタ達ー、そっちはどう?」
「あらかたは終わったッス」
「んー、問題ねえぜー?」
と、カジノブースの西側半分で戦っていたチョクとこーへいは彼女の問いかけに各々返事をした。
その返答通り、お互い死角をカバーするように背中を合わせて佇んでいた二人の周りには、ピクリとも動かなくなった盗賊達の山が出来上がっているのが見える。
どうやらこの辺の盗賊達は片付け終わったようだ――エリコはよし、と頷くとそこで傍らで腰を抜かして蹲っていた支配人に気が付いて彼を見下ろした。
「アンタ大丈夫?」
「え、ええ何とか……ありがとうございましたレッドカレー様。皆さんお強いんですね」
しかし蝶の仮面の危なげな女王様に、ほっかむりに鼻メガネの謎の従者。
おまけに賭博の腕だけでなくそれなりに腕の立つ少年二名……彼等は一体何者なのだろう――
震える声で礼を述べ、九死に一生を得た支配人は顔に縦線を描きつつエリコに礼を述べる。
だが当のお騒がせ王女は全くもって不完全燃焼であると言いたげに肩を竦めてみせていたが。
「別に。相手が弱すぎただけよ、こんなの準備運動にもならなかったわ」
「よ、弱すぎ?」
「あーもう、暴れたりないなあ。チョク、カナコの応援に行くわよ!」
「あーその……姫?」
「なによ? アンタまた嫌だっての? なら私一人で――」
「いや。どうやらここまでみたいッス」
「……へ?」
と、もうひと暴れしてやろうと腕をブンブン振り回して尋ね返したエリコに対し、元お付きの鼻メガネ青年は会場入り口を指差し苦笑を浮かべる。
何だろうと彼女がその指の先を辿って向き直った入口に見えたのは、ようやく持って駆けつけた警備隊の一軍が突入してくる光景であった。
「何よ今頃。遅いっての……」
途端に不機嫌な子供のように口を尖らせたエリコと対照的に、モッキーとアイコ、そしてこーへいはほっと安堵の吐息をついて思わず笑みを浮かべる。
やれやれ、なんとかなった――と。
♪♪♪♪
観客席一階 東側――
助かった――
最後の盗賊を右切り上げで薙ぎ伏せたカッシーは、入口から姿を現した警備隊に気づくと大きく息を吐いた。
―ケケケ、もう終わりかよ。まったくもって歯ごたえのない連中だったぜ―
「……おまえはあれだけ暴れておいてまだ足りないのか」
盗賊達を求めて会場内を所狭しと暴れ回っていた癖になんて奴だ。
途中からは戦意喪失し、背を見せて逃げる盗賊達まで問答無用で叩き伏せていたのだ。もはやどちらが悪役かわかったものじゃない――
辟易したように口をへの字に曲げ、カッシーは手中の妖刀を見下ろす。
―まあいいか、この辺で身体は返してやるよ小僧―
「……ナマクラ」
―なんだ?―
「ありがとう、助かった」
本当にコイツがいなけりゃあそこで終わっていただろう。なんだかんだで助けられたのだ。悔しいけれどそれは事実――
と、照れくさそうに礼を述べた少年に対し、妖刀は一瞬の間を置いてケケケ、と小馬鹿にしたように笑い声をあげた。
途端に身体の感覚が戻って来て、我儘少年は両手に握っていた双剣をじっと眺める。そしてその重さを実感しながら複雑な表情を浮かべ目を細めた。
と――
「カッシー!」
やにわに名を呼ばれ、少年は顔を上げる。
そしてこちらに向かって駆けてくる顔見知りの少女達に気づくと、それまでの憂慮の表情を消し去って彼はにへらと笑ってみせた。
「日笠さん、怪我ないか?」
「何言ってるのよ、そっちこそ平気なの?」
未だ魔曲の使用で顔の白い日笠さんは、そんな自分を差し置いて我儘少年の身体を心配そうに眺めながら尋ねていた。
問題ないと少女に向かって首を振りカッシーは両手に持っていた得物を鞘に納める。
だがそこで彼は少女の表情の変化に気づき思わず、うっと言葉を詰まらせた。
パーティーで一番の苦労人であるその少女の目は涙を堪えて真っ赤になっていた。
ぎゅっと薄い唇を噛みしめて泣くもんかと堪えていた。
「日笠さん、どうしたんだよ? どこか痛いのか?」
「……バカ。なんでもない」
言えるわけがない。
少年の頭上に一斉に刃が振り下ろされた、あの光景を思い出してしまったなんて。
そして今こうして彼の笑顔を見て、その無事を心底実感したら、急に涙が溢れてきてしまったなんて。
だってもう二度とこの笑顔を見ることができない。あの時はそう思ってしまったから。
ダメだなあ、私なんか最近凄く涙もろい――
鈍感な少年のなんとも的外れな問いかけを受け、日笠さんは顔を背けると目を擦りながら首を振り返す。
訳が分からずカッシーはぽりぽりと頭の後ろを掻きながら、そんな少女を見ていた。
「それよりそっちは大丈夫だった?」
「まあ辛勝だけどね、なんとかなったわ^^」
「そりゃよかった。やるじゃんそっちも」
「あなたの方がどうかしてるわよ。これ全部一人でやったんでしょう?」
「ああ。いやでも……俺の力じゃない」
周囲に何十人と倒れている盗賊達を一瞥しながら、東山さんは感心したように尋ねたが、カッシーは歯切れ悪く彼女の問いに答えると腰の妖刀に目を落とす。
そう、自分の力じゃない。全部
まだまだ自分一人じゃどうしようもならなかった。もっと強くならなければ――
自戒と自嘲の籠められた少年の言葉に対して首を傾げた東山さんを余所に、カッシーは浮かない表情で口をへの字に曲げていた。
「おーい、カッシー!」
だがそこでまたもや自分を呼ぶ声が聞こえて来て、カッシーは会場中央を振り返る。
そしてそこに見えたクマ少年に向かって首を傾げてみせた。
「どうしたこーへい」
「それがよー、ブスジマの姿が見えねーんだ」
「……え?」
途端に表情を険しくし、カッシー達は慌てて会場を見渡して白髪の狂人の姿を捜す。
しかし確かにクマ少年のいう通り、あれだけ目立つ男の姿を探し当てることは能わなかった。
「どういう事だよ? お前ら見てないのか?」
「んー、途中まではいたのは覚えてんだけどさ――」
途中から盗賊達の相手に手いっぱいの乱戦状態になったため、気が回らなくなったのは確かだ。
咥えた煙草の先からぷかりと煙を浮かべ、こーへいは困ったように眉尻を下げる。
と――
「先輩……」
「んー?」
やにわにやや緊張気味な三白眼の少年の声が聞こえて来て、クマ少年は振り返った。
そしてポケットに手を突っ込みながら剣呑な表情で床の一点をじっと見つめていたモッキーに気づくと、途端に彼の勘は警鐘を鳴らしだす。
「ツネムラの姿も見えないぴょん――」
はたして。
後輩の呟くようなその返答と、そして彼の視線の先に見えた点々と床に続く紅い染みを見つめ、こーへいは咥え煙草をピコピコと上下させながら眉根を寄せた。
おーい、マジか後輩?――と。
姿を消した二人の人物。そして床に続く血痕――
勘が鋭くなくとも、勝負師の経験もなくとも、何が起きているかなど容易に想像はつく。
次の瞬間、二人の少年はお互いを見合って頷くと床に続く血の跡を辿り駆けだしていた。
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