その36-3 紫電一閃

「チョクッ!」

「オシズ!」


 気焔を上げた少年に呼応するように、お騒がせ王女と豪放磊落な組合長は同時に信頼する部下の名を声高らかに叫んでいた。

 主のその呼び声に機敏に反応したそれぞれの従者は二人に続き、眼前に立ちはだかる盗賊達の隙を突いて一気呵成に攻撃に転じる。

 

 大蛇おろちのようにしなる鞭と、緻密なる細剣レイピアの一撃。

 そして懐から取り出した伸縮性の仕込み棒による大振りな薙ぎ払いと、それを援護するように放たれた苦無の雨――

 

 一瞬にして彼等を囲んでいた盗賊達は悲鳴をあげる暇すらなく地に伏すこととなった。


「て、てめえらっ!?」

「人質がいなくなればこっちのもんよ! 今まで我慢した分大暴れさせてもらうわ!」

「さて三下、商いの場で暴れたんだ。覚悟はできてんだろうね?」


 中央のカジノブースからエリコ、そして観客席からはカナコがそれぞれ得物を構えて白髪の狂人を睨めつける。

 一瞬のうちに囲みを解いた『英雄』達を交互に眺め、ブスジマは動揺を隠すことなく顔に浮かべながら歯噛みした。

 

「カナコ、いくらいける?」

「そうだねえ……私とオシズで三十ってとこか。そっちはどうだい?」


 銭勘定をするように観客席の盗賊達を一瞥し、カナコは棒で肩を叩きながら顎を撫でる。

 と、その言葉を受け、カジノブースから会場を一望していたエリコは得意満面の笑みと共に指を四本立ててみせた。


「私とチョクで四十!」

「アッハッハ、強気に出たね」

「姫……俺を勝手に入れないで下さい」

「嫌なワケ? じゃアンタは見てなさいよ」

「はぁぁ、わかったッスよ。やればいいんでしょう!」

 

 窮地というのに何とも気楽な会話を交わした二人を見て、チョクはやれやれ――とずり落ちた眼鏡を指で直す。

 だが青年のその瞳は油断なく周囲を威圧し、隙あらば襲い掛かろうと近寄ってきていた盗賊達を牽制していた。

 今回ばかりは許せない。根が真面目で正義感溢れる彼は、俄然やる気で細剣を構える。

 

「そういうわけだ。聞いてたかいあんた達?」

「あのー……って、ことは――」

「アッハッハ、残りはあんた達でよろしく頼むよ」


 呆れた。三十、四十ってやっぱりそういうことだよね? ていうか、そんな簡単に言える数じゃないでしょう?――

 ようやくもってゆっくりと立ち上がっていた日笠さんは、カナコの言葉を聞いて口元を引き攣らせていた。

 だが何とか絶体絶命の窮地は脱することができたのだ。

 ならばやれるだけやってやる!――

 同じく傍らで顔に縦線を描きながらなっちゃんと東山さん、そして既に逃げ腰だったかのーも仕方なしと肩を竦め、途端臨戦態勢を取る。

 

―おいおい勝手に決めるなアマどもが! 獲物は全部この時任様のものだ、邪魔をするんじゃねえ!―

「お、おい! 気軽にいうなボケっ!!」


 何とも楽しそうな笑い声をあげながら二人のやり取りに割って入った時任へ、カッシーは血相を変えながら慌てて諫める。

 ざっと見てもまだ百人はいるんだぞ!? あいつら全部って無茶言うな!――と。


「アッハッハ、それじゃあ早いもの勝ちってことでいいかい?」

「オッケー、じゃそういうことで♪」

―ケケケ、その話乗った!―


 と、談笑交じりに会話を交わす彼等のそのやり取りに、怒髪天とばかりに沸点に達した者が一人。

 何という愚弄。何という三下扱いだろう。俺等は大陸有数の大盗賊団だぞ? 舐めやがって!――

 何とも簡単に『事実上の殲滅宣言』を放った英雄と神器の使い手達を睨みつけ、白髪の狂人は盗賊達を向き直る。


「ふ、ふ、ふざけやがってぇぇぇ! 皆殺しだ野郎ども! やっちまえっ!」


 ブスジマは怒りと憎悪を隠さず露にしながら床を蹴り鳴らした。

 刹那、会場に轟く鬨の声と共に殺気と怒りを立ち昇らせ、盗賊達は一斉に襲い掛かった。

 いざ尋常に!――百戦錬磨の妖刀はケケケと小粋に笑う。


―ひと暴れするぞ小僧、しっかりついてこい!―

「いっとくぞ、人殺しはなしだ!」

―ああん? ここまで来て何を甘っちょろい事を、覚悟は決めたんだろ?――

「『不殺それ』も込みで決めたんだよ!」

―ちっ……半殺しで我慢してやる―


 力量が伴わねえくせに言うことは一人前……まったくもって『我儘』な小僧だ。実に青臭い意地だがまあ今回ばかりは仕方ねえ――不承不承返事をすると、妖刀は再び自分の意思を少年の身体へと浸透させていく。全身に力が漲り、身体が羽のように軽くなっていく奇妙な感覚に囚われながら、カッシーは前方から迫りくる十数名の盗賊達を見据えた。


 途端に悪漢達の動きがまるで水中を泳ぐようにゆっくりとしたものに変化する。

 さっきもそうだった。動体視力の向上によるものなのはなんとなくわかる。

 一体どういう原理なのだろう。技法かそれとも魔法か何かなのか――

 そこまで考えてから少年は詮索をやめた。

 今はこれでいい、今は集中する時だ――と。

 自分の意思を離れ、盗賊達へ突撃を開始した身体にまさしく『身を任せ』て、カッシーは腹の底から気合を吐き出した。

 

「はああっ!」


 吶喊。

 地面すれすれを獣の如く突進し、妖刀の操る『少年の身体』は頭上から迫って来たいくつもの凶刃を半身をずらして回避した。そして素早く上半身を捻ると、逆風さかかぜに放ったブロードソードで相手の武器を振り払い、盗賊達の内懐深くへと潜り込む。

 刹那、そのまま独楽の如く一回転すると、少年は盗賊達の胴目がけて妖刀を繰り出した。

 鉄の棒で殴られるのと大差ない強烈な打撃がクリーンヒットし、彼等は泡を吹きつつその場に蹲る。


 闘争は終わらない。

 わかってる。

 見えている。

 左は上段、右は横凪ぎに胴目掛けてだ――


 続けざまに左右から同時に迫ってきた黒い影を視界に捉え、少年の意思と妖刀の動きが同調シンクロした。

 構えなおした双刃がそれぞれ剣戟の音を立ててその挟撃を受け止める。

 動きを止めた敵の刃を素早く手首を返して絡め取ると、カッシーはそれを宙へと弾き上げた。

 あっ――と、渾身の不意打ちをいとも簡単に止められた盗賊達が吃驚きっきょうするのと同時に、少年の放った妖刀の一撃が袈裟斬り、ついで逆袈裟斬りと盗賊達の鎖骨を粉々に砕く。

 グルンと白目を剥いて二人の盗賊がその場に崩れ落ちた。

 

 面倒だ、一気に片を付ける――

 刹那、残りの盗賊達を意志強き双眸で見据えた妖刀が操る少年の身体は、双剣を鞘に納め『居合』の構えを取る。

 

 紫電一閃。

 旋風の如く身を捻った上半身が風車のように舞い踊ると同時に、盗賊達目掛けて鞘からブロードソードが迸った。

 真一文字に前方を薙いだ剣閃が、いかずちの如く盗賊達の持っていた獲物を根元から真っ二つに折る。


 次いで二刃目、双子の抜刀――


 躊躇なく逆手に握った妖刀が、ブロードソードを追いかけて抜き放たれた。

 閃光が二つ走った。盗賊達にはそれだけが見えた。

 まさに青天の霹靂。何が起こったかもわからぬまま、その剣閃に薙がれた盗賊達はあっけなく地に伏すこととなる。

 その数八人。もはや周囲に動く影なし――

 

 奥義『居断弔いたんちょう』。

 返り血を払うように風を切って双剣を一振りし、まるで次なる獲物を探すようにして時任はケケケ、と笑い声をあげた。

 もはや呆れを通り越して言葉が出てこない。これを自分がやったなんて信じられるだろうか。まあその、実際は自分であって自分ではないのだが――

 右手に在る刀の『妖刀』と呼ばれる所以を『身に染みて』理解したカッシーは、瞬く間に無力化した盗賊達を眺め口をへの字に曲げる。

 

「この力、一体どうなってんだ?」

―種明かしは後でしてやる。それより小僧、身体は平気か?―

「……どういう意味だよ?」 

―ケケケ、まだいけそうだな。なら一気に畳みかけるぞ!―

「って、おいちょっと待――」


 特に身体に異常はないが、なんだかやけに引っかかる言葉だった。

 だが話の途中にも拘わらず身体が勝手に進みだし、カッシーは思わず目を見開いた。

 一足飛びで柵を越え妖刀と我儘少年は観客席へと身を躍らせる。

 しばしの間の後、観客席から新たな盗賊達の悲鳴が響き渡った。

 

 

♪♪♪♪

 


観客席西側一階席―


 盗賊達は絶句した。

 突如頭上から急襲し、まるで獲物に襲い掛かる梟のように舞い降りた、スーツ姿の和風美人の姿を目にして。

 恐れることなくその盗賊一団の中心地にふわりと着地したシズカは、殺気を含んだ冷たい視線で彼等を見上げる。

 刹那、円を描くようにして放たれた彼女の足払いは、突然の美女の襲来により固まっていた盗賊達の足下を見事に掬い上げ、彼等を宙へと誘った。

 

 と――

 

「それ! いくよあんた達!」


 のっしのっしと歩いてきた、豪放磊落な組合長の威勢のよい声が聞こえて来て、盗賊達は息を呑む。

 彼等の視界に等しく見えたのは、遠心力を加えて横薙ぎに繰り出された仕込み棒が、唸りをあげて自分達に迫る光景だった。

 足を払われ、一撃必殺放たれたカナコのその一撃を躱すこともできない彼等の末路は既に決まっており――

 やにわに息の詰まったような悲鳴をあげつつ、盗賊達の身体は一様に『かっ飛ばされ』て遥か彼方の床に落下すると、ピクリとも動かなくなる。

 

 一丁あがり。この辺の盗賊達はあらかた追い払うことができたようだ。

 肩をトントンと棒で叩きながら、カナコはしかし拍子抜けと言いたげに眉根を寄せる。

 なんとも温い相手だ。大陸一の盗賊団というからもっとこう歯ごたえのある敵を想定したのだが――と。


「コル・レーニョもこんなもんかね、十年前の冒険と比べりゃ欠伸が出るほど退屈な相手だよ」

「集団の動きがなってません。ただの烏合の衆ですね」


 そんな不完全燃焼な上司の憂鬱を慮り、シズカはスーツの裾をパッパッと払いながら淡々と所感を述べる。


「まったくだ。まさかこんな奴等に警備隊は手こずってるんじゃないだろうね? だとしたら減給モンだよ」

「では人員リストの見直しを致しますか?」

「そうしとくれ……ん? ハルカどうしたね?」

「い、いえ……な、なんでも――」


 何という豪快な一撃だろう。

 伏せていなハルカ!――そう言われてカナコの背後で頭を抑えて屈んでいたマメ娘は、目の前で繰り広げられたあっという間の掃討戦に、ただただぽかんとするしかなかった。

 

「社長、新手がきました」

「アッハッハ、数だけはいっちょ前にいやがるね」


 どれ、また蹴散らしてやろうか――

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で凝固するハルカを見てカナコは豪快な笑い声をあげていたが、やにわに再び騒がしくなった前方を向き直り、肩に担いでいた棒を構え直す。

 呼応するように敏腕秘書も手にした苦無を握りしめ、半身をずらして身構えた。

 

「ハルカ、さっきと一緒だ。私達の傍を離れるんじゃないよ?」

「ご安心を。指一本触れさせませんので……」

「はっ、はい!」


 元気いっぱい返事をしたマメ娘によし、と強気な笑いを浮かべ、カナコは大挙して押し寄せてきた盗賊達の迎撃を開始した。



♪♪♪♪



観客席北側二階席――


「てえええーっ!」


 気合のこもった掛け声と共に、風を切ってヌンチャクが振り下ろされる。

 脳天にきついその一撃をくらった盗賊は、目玉が飛び出る程、瞼を開きながらうめき声を上げて床に倒れた。

 振り返りざまの強烈な一撃を見事命中させた東山さんは、手首を上手く捻って返って来たヌンチャクを脇へ収めると、自分を追ってきていた残る盗賊達へと双眸を向け、眉間のシワを深いものとする。

 

 まだやる?――

 闘志あふれるその瞳は挑戦的にそう盗賊達に訴えていた。

 その無言の問いかけに対し、彼等はゆっくりと後退りを始める。

 些か分が悪い――そう応えるように。

 やにわに盗賊達は舌打ちしながら踵を返し、追撃を諦めて少女の下から去っていった。

 視界から完全に盗賊達の姿が消えるのを確認してから、東山さんは構えを解くと小さな溜息を吐く。

 そして額から流れる汗を拭いながら、心配そうに二階席から見える階下の様子を窺った。

 みんなはうまくやっているだろうか――と。

 

 なし崩し的に開始された戦闘の中、彼女は日笠さんやなっちゃんから盗賊達を引き離すため、身を挺して盗賊達の中に斬り込んでいた。

 理由はもちろん、彼女達が魔曲や演奏の準備をするための時間を稼ぐために他ならない。

 もちろん背後から日笠さんの心配そうな呼び声が聞こえていたが、自分風紀委員の役目は彼女達を護る事――自らの信念と正義の下少女は意を決して囲みを突破し、こうして盗賊達を誘導しながらヒットアンドアウェイを繰り返し、気が付けばここ二階まで辿り着いていたのである。

 

 一階の中央ではエリコとチョクが善戦しているのが見えた。

 観客席の西側ではカナコとシズカがハルカを護りつつ、やはり奮闘している。

 そして東側ではカッシーが単身、大勢の盗賊達を相手に大立ち回りを繰り広げているのが見えた。

 それにしても凄い。あの時任という刀の力であるとは思うが、あれが先日までの我儘少年と同一人物だなんて信じられない。

 何という変わりようだろうか――二刀流で次々と盗賊達を倒していくカッシーを見つめ、東山さんは呆れと感心半々の感情を顔に浮かべる。


 だがそこで少女は気づいた。

 一階席に、肝心の仲間達の姿が一人も見えないことに。

 まゆみとなっちゃんは一体どこに行ったのだろう。かのーとアリちゃんの姿もそういえば見当たらない。

 もしや盗賊達に追われて逃げ回っているのだろうか――

 途端に眉間のシワを深いものにしながら、東山さんは脳裏を過ぎった不安を振り払うようにして、パンと両頬を叩く。

 

 と――


「ドゥッフ!? コッチくるなってのオメーラ! シツコイディスヨ!」

「カ、カノー! そっちはダメ、右よ右!」


 やにわに二階廊下から聞こえてきた、聞き覚えのある仲間の声に東山さんは踵を返す。

 よかった、あの二人は無事のようね――と。

 

 はたして、数十秒の合間の後に、二階客席に飛び込むようにして姿を現したツンツン髪の少年とその肩の上にいた碧眼の少女を見て、東山さんはほっと安堵の吐息を漏らした。


 だがしかし――


 音高無双の少女が浮かべたその安堵の表情は、途端剣呑と驚愕に飲み込まれ僅か数秒で消え去る事となる。

 こちらへ向かって一目散に逃げてくるバカ少年を追うようにして二階席に現れた、怒りの形相を浮かべる大勢の盗賊達を目の当たりにして――




「ドゥフォフォー! イインチョーいいトコロに! コイツラやっつけチャッテー!」

「 何 や っ て ん の よ こ の バ カ ッ ! 」


 いくらなんでも多すぎだ!――

 悲鳴に近いツッコミを入れながら、東山さんは地響きをあげて迫りくる盗賊達を見据え、決死の覚悟でヌンチャクを構えた。

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