その36-2 妖刀

 ああ、やっぱりそうだよなあ?

 おまえなんかするつもりだろカッシー?――


 数十秒前。

 盗賊に囲まれた絶体絶命のその状況の中、それでもなお闘志を燃やす我儘少年の顔が見えて、こーへいはにんまりと笑う。

 それは傍らにいた不愛想な後輩も一緒だった。

 覚悟の光るその表情。あの先輩の顔はまだ諦めていない――

 

「なあ、モッキー。賭けといこうか?」

「……どんな?」

「この状況を覆せるか――ってのはどうだー?」

「それは賭けにならないぴょん」


 どっちに賭けるかなんて決まってる。

 あんたも俺も同じ賭けベットじゃ成立しないだろ?――

 モッキーは舌打ちしながら笑みを浮かべ、そして近くで興奮しながら処刑の刻を今か今かと凝視している盗賊達に気づかれぬよう、再び胸ポケットに手を忍ばせた。

 

 チャンスは一度きりだ。

 勝負師としての経験が、そして勘がそう告げている。

 希望を託してカッシーを見つめ、二人はその好機をじっと窺っていた。


「残念、時間切れだカッシー! せめて楽に死ねますように!……ヒャハハハハハ!」


 刹那。

 白髪の狂人が掲げた左手が握られて、突き出されたその親指がゆっくりと地へ向けられると、それを合図に我儘少年を囲んでいた盗賊達は一斉に剣を振り下ろした。

 甲高い剣戟の音色が会場に響き渡り、少年の姿は白刃に覆われて見えなくなる。



 と――

 

「ぁぁ……あああ、いやあっ! いやぁぁぁっ先輩! 柏木先輩!」

 

 人形のように白髪の狂人の腕の中佇んでいた垂れ目の少女の瞳に光が宿り、眼前でたった今起こった衝撃的な惨劇に対し悲鳴をあげる。

 あまりのショックに薬で抑えつけられていた感情が再び舞い戻ったのだ。


「ヒャハハハ! お目覚めかなぁ眠り姫様ぁ?」

「……酷い、酷い……なんてことを!」

「これくらいでビビッてもらっちゃ困るぜぇ、まだあと五人はいるんだ。いいか? てめえはこれから一時たりとも目を逸らすことは許さねえ! てめえの仲間がじわじわと嬲り殺されていく一部始終を、全てその目に焼き付けろ!」

「……ひっ!」

「ヒャハハハハハハ!」


 堪えきれず顔を逸らそうとしたアイコの顎を掴み、ブスジマはその喉元に銃口を突き付ける。

 少女の怯えきった悲鳴に思わず三白眼の少年は飛び出そうと身を屈めた。だが傍らにいたクマ少年がその肩を素早く掴み、咥え煙草をピコピコと動かして彼を制する。

 もう少し待て――と。


「カッシー……」


 嘘でしょ!? 冗談でしょ!? 

 やだ! やだ! やだ! 夢よ! こんなの悪い夢だ――

 血の気が引いていくのが自分でもわかった。

 目から伝わってくる情報を、脳が必死に拒否して思考を混乱させていた。

 日笠さんは両手で口を覆い、呆然自失その場に座り込む。


 だがしかし――


 彼女はそこで少年を囲んだ盗賊達の異変に気づき目をぱちくりさせた。

 目一杯に溜まっていた涙がその瞬きで押し出され、少女の頬を伝わっていく。


 刹那。

 顔を真っ赤にしながら必死に力を籠める盗賊達の刃が、不自然にも一向に下りていかないその光景を見つめ。

 そしてその刃の隙間からゆっくりと再び見え始めた少年の顔を発見すると――

 零れ落ちた涙をそのままに、日笠さんは悲愴漂う端正な顔を綻ばせていった。


 安堵と。

 そして希望と共に。


「カッシー!」

「くぅぅぅ……なろぉぉぉっっ!」


 殺 ら れ て た ま っ か !――

 まさに紙一重。何ともしぶとい我儘少年は、頭上に十字を描いて構えた西洋剣ブロードソード日本刀妖刀時任――二振りの刃によって迫りくる十枚の刃を受け止めていたのだ。

 よかった無事だった。けれどあの怪力は一体どうしたんだ?!――と、少女に続いて安堵と困惑、二つの相反する感情で同時に顔を染める彼の仲間達。

 そしてそれとは対極的に、それまでの愉悦の表情を消し去り、途端怒りと焦りを浮かべはじめる白髪の狂人――

 そんな中、全身全霊、力の籠った気合声と共に盗賊達を睨みつけ、カッシーは『力任せ』に十枚の凶刃を押し返し始める。

 血走った目を剥いて、ブスジマは狼狽しながら手下へを睨みつけた。


「何やってんだてめーらっ! ガキ一人だぞ! さっさとやっちまわねえか!」

「そうは言ってもお頭、こいつすげえ馬鹿力で――」

「ぐぎぎぎ……押しても押してもまったく降りねえ! クソッたれ!」

「バカな……一体どうなってんだこりゃあ?!」


 と――

 

―ケケケ、よくやった小僧。ギリギリだったがなあ―


 途端に聞こえてきた品のない笑い声に、ブスジマだけでなくその場にいた全員が目を白黒させながら周囲を見渡した。

 一体誰だ――と。

 だが我儘少年はそんな一同に構うことなく盗賊達の刃を押し上げながら、額の上の妖刀を睨みつける。


「ボケッ、身体貸してやったんだ。約束通り何とかしてみせろよこのナマクラ!」

―ケケケ任せとけ、久しぶりの身体だ。思う存分暴れさせてもらうっ!―

「ナ、ナマクラって……もしかして――」

「あの喋るカタナのこと?」

「アッハッハ、やるじゃないか妖刀!」


 いくぜブスジマっ!――

 ぎりりと奥歯を噛み締めてカッシーは刃の隙間から見えた白髪の狂人を見据えた。

 

 刹那。

 妖刀の操る少年の身体は超人的な動きを披露する。

 全身のバネを使って頭上を覆っていた十本の凶刃を一気に弾き返すと、彼が操る二振りの剣は、まるでそれぞれが別の生き物のように唸りをあげて空を切り裂いた。

 旋風のように回転する少年が放った斬撃が、瞬きするその合間に八つもの閃光を宙に描く。

 後を追うようにして響き渡った剣戟の音色に、盗賊達が呆気に取られて目を見開いた途端、彼等の身体は衝撃に弾かれ少年を中心に後方へと吹っ飛んだ。


 まるでそれは暁に蕾を開く椿の華の如く――

 

 やにわに背中を打ち付け鈍い唸り声をあげた盗賊達の真上から、弾き飛ばされ宙を舞っていた凶刃が雨のように降り注ぎ床に刺さる。

 

―奥義、八断跳はたんちょう……ケケケ、さあ行くぜ雑魚共っ!―


 意気揚々とその身を光らせ、時任は歌うようにそう宣戦布告した。

 なんという変わりよう。あれが先刻までと同じ少年だろうか。

 千変万化、剣豪の如き太刀筋を披露したカッシーを呆気に取られて眺めながら、日笠さん達はただただ刮目するばかりだった。


「バ、バカな……一体!?」


 ガキだぞ!? ただのチビなガキだったじゃあねえか?!

 チェロ村でだってこいつはヨーヘイの足を引っ張ってた。

 ついさっきまで、あの時と変わらねえケツの青いただのひよっ子だったはずだ。

 それが何だこの変わりようは? 大の大人が十人がかりで手に負えないだと?――

 突如として驚異的な身体能力を発揮した少年をまじまじと見据えながらブスジマは血相を変え、思わず震える銃口を彼へと向けていた。


 少女から狂気が逸れるその隙を待っていた。

 勝負師の二人はその機を見逃さない。

 勘が囁く。

 今が勝機ベットの時だ――と。

 

 胸ポケットから素早く取り出したのはスペードの『A』。先程こっそりテーブルから拝借しておいたものだ。

 当たれ――三白眼の少年は手首を捻って回転を付けると、白髪の狂人目がけてそれを放つ。

 

「てめえ、妙な真似をっ!?」


 と、傍にいた盗賊が少年の挙動に気づき慌てて阻止しようとナイフを振り上げ襲い掛かった。


「あーらよっと!」

 

 しかし、盗賊の一歩踏み出したその足は、そうはさせまじと真横から繰り出されたクマ少年の出足払いによって弾かれる。

 体重の乗った足を見事なまでに払われ、盗賊の身体は一回転する程の勢いで宙を舞った。

 とどめとばかりに宙に浮いた盗賊の喉元をぐわしと掴み、こーへいは彼の身体を思いきり床に叩きつける。

 哀れ盗賊は泡を吹いてピクリとも動かなくなった。

 さーていざ勝負ショウダウンだぜ?――クマ少年はにんまりと笑う。


「なっ!? おいてめえら! 動くなって――」


 はたして、ズシンと揺れたその振動に、我に返ったブスジマが何事かと少年二人を向き直った時には既に遅く。

 刹那、勝負師二人の賭けベットを乗せた回転する『エース』のカードは、白髪の狂人の左手に見事突き刺さった。


「ぐっ――」


 手の甲に鋭い痛みを覚え、少女を掴んでいたその左手を反射的に跳ね上げながらブスジマは短い悲鳴をあげる。

 拘束を解かれたアイコはふらりと後ろへよろめきながら、しかしその隙を逃さず白髪の狂人を突き飛ばして走り出す。

 

 逃 す か こ の ア マ っ !


 怒り心頭屈辱に目をギラつかせ、ブスジマは左手に刺さったカードを乱暴に抜き取ると、走り去ろうとした少女の背中に向けて躊躇せず銃口を向けた。

 同時に危機が迫った彼女に向かって、飛び込むように駆け寄る影が一つ。


「鈴村君っ!」


 弾む息と共にアイコは自分へと飛ぶように走り寄るその影の主を呼ぶ。


 必ず助ける。そう約束したんだ。

 間に合え……間に合ってくれ!――

 ちっちっ、と舌打ちしながらモッキーは手を伸ばした。

 だがしかし。


「ヒャハハ! せめて楽に死ねますよぉぉにィィィ!」


 無情にも砲筒の引き金に掛けられていた狂人の指は三白眼の少年の到着を待たずして引かれ――

 轟く火薬の爆発音と共に、アイコ目がけて鉄球は放たれる。


 近距離から放たれたその暴虐無慈悲な凶弾は、あっという間に着弾し『甲高い』衝撃音を会場へと響かせた。

 

 

 

 どうなった?――

 



 未だ耳の奥を打つような銃声がキンキンと響く中、捨て身の覚悟で飛び込んだモッキーはゆっくりと目を開ける。

 視界に映ったのは自分の腕の中で、ぎゅっと目を閉じ身を震わせる愛しき少女の姿。

 よかった無事だった。何とか間に合ったようだ――三白眼の少年はほっと安堵の吐息を漏らす。

 

 だがおかしい。

 自分も何ともない。痛みもないのだ。

 もしや外れたのだろうか? しかし確かに着弾の音が聞こえた――

 不可解そうに眉根を寄せ、モッキーはブスジマを振り返る。

 

 そして彼は一転その表情に驚きの色を浮かべ、自分もアイコも無事であった理由を把握した。

 彼とアイコを庇うようにして白髪の狂人の前に立ち塞がり、二振りの刃を十字に構えていた我儘少年に気づいて。

 

「柏木……先輩?」

「い、今のはちょっと死ぬかと思った――」


 ぽかんとする後輩に名前を呼ばれ、涙目になっていたカッシーはほっと息をつきながら剣の構えを解く。

 と、同時に遥か天上から降って来た鉄球が豪音をたてて彼の前に落下したかと思うと、ぱっくりと二つに割れて床に転がった。

 途端、時任の勝ち誇った笑い声が響き渡る。

 

―ケケケ、ありゃ種子島の一種だろ? 残念だったな、時任流に砲術は効かねえよ!―


 あの発砲の瞬間、縮地の勢いで間に割って入ったカッシー――もとい時任は、飛んできた鉄球を二刀を十字に重ねて受け止めたのだ。

 そして身を捻って凶弾の勢いを削ぐとそれを天高く跳ね上げたのである。

 なんという離れ業だろうか――

 一部始終を見ていたシズカは頬流れる冷や汗をそのままに息を呑んでいた。

 

 だが身体を貸している少年にとってはたまったものではない。

 条件反射的に避けたくても避けられず、なまじ飛躍的に上がった身体能力のおかげで迫ってくる鉄球がはっきりと見えてしまっていたのだ。

 結果的に弾き飛ばせていたとはいえ、この状況はとにかく心臓に悪い。

 だがそれもこれも全部こいつのせいだ――

 ぜーはーと荒い息をつきながら、カッシーは眼前で驚愕の表情を浮かべて佇むブスジマをギロリと睨む。

 

「あ、ありえねえ……鉄球を切り落としただと?!」

―ケケケ、阿呆め。俺を殺したきゃ大筒くにくずしでも持ってくるんだな!―

「ちょっと待て! 殺られるのは俺の身体だろがっ!」


 ふ ざ け ん な ボ ケ ッ !

 勝手な事いいやがってこのナマクラめ。

 絶対後で大河に捨ててやる!――

 大慌てで今度は妖刀を睨みつけ、カッシーは口をへの字に曲げる。


―ケケケ、まあいいじゃあねえか。それより助けてやったんだ。この好機を逃すんじゃねえぞ小僧―

「……わかってる」


 まったくもって憎たらしいナマクラだが、おかげで最悪の状況は免れることはできた。

 アイコ人質は取り返せた。みんなもまだ無事だ。

 なら今はやるべきことは一つ。

 そう、あの狂人にドカンと一発頭突きを食らわせてやる――


「いくぜっ! 反撃開始だボケッ!」


 小気味のよい二刀の唸りが会場に響く。

 左手に持つは西洋剣ブロードソード、右手に持つは日本刀時任

 和洋折衷アンバランスな二刀を『八』の字に構え、カッシーは半身に一歩踏み込んだ。

 ドン――と、威勢よく床を鳴らしたその音は、謂わば『反撃の狼煙』。




 覚悟しろよコル・レーニョ?――


 戦況を一転させた少年を呆気に取られて見つめていた『神器の使い手』と『英雄』達は、その音に我に返ると気焔をあげつつ身構えた。

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