第九章 そこに貫く意地は固く

その36-1 覚悟は決めた あの日に決めた


 ドン――

 

 というその火薬の音を聞いた時。嫌な予感はもちろんしていた。

 はたして、響き渡った銃声にいざなわれ振り返った先には、ついに本性を現し狂ったように笑い叫ぶ白髪の狂人の姿。

 だがその狂人に銃口を突き付けられ、ぼんやりと虚空を眺める少女を視界に捉えると、驚愕や動揺よりも先に、英雄達の身体を突き動かしたのは『怒り』という名の激情だった。


 表彰に呼ばれ中央に集まっていたエリコとチョクも。

 観客席最前列にて朗らかに勝利を祝っていたカナコとシズカも――

 目の前でたった今起こったその状況に一驚しつつも、英雄達はほぼ同時に動き出していたのだ。

 だがしかし――

 

「ヒャハハハ! 俺の許可なく動くんじゃねえよてめえらっ! この女の頭が西瓜のように粉々になる所は見たくねえだろ?」


 ブスジマは即決動きを見せた彼等を威嚇するように言い放つと、徐に引き金に指をかけアイコのこめかみを軽く小突く。

 惜しい、あと五オクターブ――最も標的ターゲットに近づいていたお騒がせ王女はカツンと床を踏み鳴らしながら足を止めると、悔しそうに口の中で低く唸った。


「よーしいい子だてめーら! 気をつけろよ? それ以上おかしな動きをしたら次は容赦なくぶっ放すぜ?」

「ちょっとアンタぁ! 一体どういうつもりよ、その娘を放しなさい!」

「どういうつもりだって? 決まってんじゃあねえか、俺等を誰だと思ってやがる? 『神出鬼没のコル・レーニョ』だぜぇ? 神器の使い手も、お目当ての楽器も、そしてついでに賞金も全て頂戴しに来たに決まってんだろぉ?」

―コ、コル・レーニョだって!?―


 と、拡声された支配人の素っ頓狂な声が会場全体に響き渡る。

 あのバカ、余計な事を……魔法道具は切っておきなよ!――カナコは途端に苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをしていたがもう遅い。

 

「コ、コル・レーニョって、あの盗賊団か!?」

「どうしてこんなところに!?」

「そんな話聞いてないわっ! ちょっとどうするのよ?!」


 豪放磊落な組合長の懸念も虚しく、異様な出来事に静まり返っていた会場内は、一転して動揺と困惑の色に染まり騒然となる。

 そんな会場の様子を小気味よさげに眺めていた白髪の狂人は、やがて甲高い笑い声をあげながら頭上へと手を翳した。


「ヒャハハハ! 待たせたな野郎ども! さあ、狩りの時間だぜぇぇ!」


 刹那。


『イイイイイヤッホーーーーーーーウ!』



 彼の声に呼応するかの如く、会場の各所から歓喜に満ちた鬨の声があがったかと思うと、緑の外套を翻しコル・レーニョ盗賊団は次々とその姿を露にした。


「う、うそっ!? いつの間にこんなにいっぱい!?」

「既に会場に潜伏していたようですね……」


 しかしこれだけの数が潜んでいたとは……『神出鬼没』とはよく言ったものだ――

 一階席二階席果てはアリーナにまで姿を現し、武器を掲げて気勢をあげた盗賊達を一望しながら、流石の敏腕秘書も辟易したように顔を曇らせる。

 途端会場は蜂の巣を突ついたような大騒ぎとなった。

 絶叫と悲鳴の木霊する阿鼻叫喚の渦の中、観客達は我先にと出口目掛けて殺到し、リード河の如き人の濁流がたちまちのうちに会場を支配する。


「ヒャハハハ! いい眺めだぜぇ! 野郎ども、そいつらからも金目のものがあれば奪っときなァ! 抵抗する者は容赦なくぶち殺せ!」

『イイイィーーヤッホォーウ!』


 謳うようにして声高らかに『略奪許可』を下したボスに向け、歓喜に満ちた呼応をあげると盗賊達は散って行った。


「ムフ、チャンスディス、このまま逃げ――」

「ちょっと何言ってるのよ! ダメに決まってるでしょ!」


 と、ちゃっかり人の波に紛れ込んで逃げようとしたバカ少年の髪を引っ張り、アリはその額をペチンと叩いて制した。

 そして混乱となった会場を見上げ、可愛い顔を懸念で曇らせる。

 このままじゃまずい、何とかしないと――

 だがしかし、そんな少女の懸命な思案は無念ながら中断された。

 入口に向かって流れる人の濁流の中を器用に掻き分けて、こちらへとやってくる『緑の支流』に気づいて。

 

「母さん!」

「下がってなツンツン髪、アリを頼むよ」


 カナコが一歩前に出ながらそう言って、押し寄せてきた盗賊達に睨みを利かせた時にはもう遅かった。

 大挙して押し寄せてきた盗賊達は、鬨の声をあげつつ武器を構え、カジノブースの包囲網をあっという間に完成させる。

 囲まれた……これでもう逃げることもままならない――

 日笠さんは思わず一歩後退り、手に持っていた樫の杖をぎゅっと握りしめる。


 一方、カジノブースの中央では集合した部下達を侍らせて、白髪の狂人が得意絶頂の笑みを浮かべていた。

 べろりと長い舌を垂らし、そして抜け落ちた歯の隙間から歓喜と狂気と共に涎を垂らし――

 彼は正面に佇んでいる我儘少年の顔を覗き込む。


「お待たせカッシィィー? さて俺達ともゲームをしようぜ? 種目は狩猟ハンティング……もちろん獲物はてめーらだ」

「気安くカッシーっていうな!」

「ヒャハハハ! つれないねえ。俺がどんなにこの日を待ち詫びたことか――てめえら神器の使い手達を殺す事だけずっと牢屋で考えて、それで恋しくなって……逢いたくて逢いたくて、もぉどうしようもなくなって脱獄してきたんだぜぇ? 解ってくれよこの想いをよぉ!」

「知るかっつの気色悪い!」


 まったく呆れた執念だ。なんかあいつ性格変わってないか?――

 なんともエキセントリックに濁った狂気と憎悪を灯し、ハイテンションに笑い声をあげるブスジマを油断なく見据えながらも、なんだか背中がゾクゾクしてきたカッシーは思わず身震いした。


「おい三下。あんたこんな事して無事で済むと思ってんのかい? あの流れが収まれば直に警備隊が駆けつけてくるよ」


 そうなればこの市民ホールを包囲され、逃亡は不可能。

 出た途端にお前達はお縄頂戴。もたもたしている暇はないはずだ。

 聊か計画が杜撰じゃないかね?――

 観客席からブスジマを見据え、カナコは胆の座った堂々たる素振りで警告する。


「ご忠告ありがとう組合長。だがそんなことは百も承知よぉ。俺達がこの会場だけに潜んでたと思ってるのか? 既に街中で俺の手下が攪乱作戦の真っ最中よ!」

「アッハッハ、いけ好かない野郎だ」


 街中に散らばせた手下は百名。そしてこの会場にさらに百名。

 今頃警備隊はいたるところで同時に起こった騒ぎの鎮静のため、てんてこ舞いのはずだ。

 さらに道は商業祭のために人の群れで大渋滞中。やつらがここに辿り着く頃には、てめーらは全員あの世行き、そして俺達は余裕でとんずらという算段だ――

 組合長を揶揄するように一笑に付すと、白髪の狂人は心配ご無用と言わんばかりに肩を竦めてみせた。

 

 と――

 

「ブスジマ……てめぇ……」


 掠れた声が聞こえて来て、興を削がれたように笑顔を消すと、白髪の狂人はその声の主を向き直る。


「旦那ァ、まだ生きてたのかよ? アンタしぶといねえ」


 あの至近距離から鉄球の直撃を食らい死んでいないとはタフな野郎だ――

 床に突っ伏しながらも鋭い視線で自分を睨みつけていたツネムラに気づき、ブスジマは呆れたように片眉を吊り上げた。

 

「裏切りやがってこのクソ野郎――」

「ヒャハハハ! 頭領からの指示には続きがあってねえ! 旦那に協力して神器の使い手を捕まえろ……そして用が済んだら鼬は殺せ――ってなあ?」

「やってくれるじゃねえか……端から同盟なんて組むつもりはなかったわけだ?」

「そりゃあお互い様だろう? アンタが弱小連合組もうとしてることなんてこっちはお見通しなんだよ!」

「……クソッ!」

「まあそう落胆しなさんな、すぐにアンタもお仲間の下に送ってやるからさぁ?」

「……てめえまさか……俺の部下をどうした?」

「ヒャハハハ! 今頃は大河の底で魚と戯れてるんじゃねえか?」


 ざまあねえ、初めから奴等の掌の上で弄ばされていたわけか――

 ツネムラは文字通り『辛うじて』といった様子で呻き声をあげながら上半身を起こすと、口元から流れ出た血を拭う。

 だが途端に大量の血を口から吐き出し、彼は脇腹を抑えて蹲った。


「ツネムラっ!」


 と、近くにいたモッキーとこーへいが慌てて彼へと駆け寄りその身を支える。

 どうやら肋骨が折れて肺に刺さったらしい。だがそんなことはどうでもいい。

 こんな痛み屁でもねえ。それよりよくも俺の部下を。気のいい連中を――

 顔色を赤黒く染めあげ、鼬の長は怒りの形相で歯を食いしばりブスジマを睨みつけた。

 しかし動いた途端、激痛は肺腑の奥から込み上げ、彼は膝から崩れ落ちると大きく咳き込む。


「おーい、やばくね? 動かない方がいいってばよ?」

「くそっ……俺のシマを……荒らしやがって――」

「ご愁傷様旦那ァ? まあそこで大人しくこいつらを片付けるのを見てな……それとリュウ=イーソーだっけか?」


 忘れていたぜ――そう言いたげに狂気で濁った黒目をモッキーに向け、ブスジマは少年の名を呼んだ。

 そして鬱陶しそうに目だけを向けた少年に対してニヤリと笑い、こう釘を差す。


「てめえも妙な動きはするんじゃねえ、大人しく見てろよ?」

「……俺は関係ないだろ? 雇われただけだぴょん」

「とぼけんな。てめえも神器の使い手だろう? そっちのガキと何やら親しそうに話してたしなあ」

「……ちっちっ」

「んー、ばれちゃってたみたいだな?」

「先輩がペラペラ話しかけてくるから――」

「おーい酷くね? 俺のせいかよ?」


 お前だってノリノリでそれに応えてたじゃねーか――

 小さな溜息をついて、苛立たし気に頭を掻いた三白眼の少年を不満そうに見つめながら、クマ少年は眉尻を下げる。

 どちらにしろ起死回生の一手は封じられたようだ。

 こっそり胸ポケットにしまっておいたカードを放し、モッキーは無愛想に舌打ちした。


「ヒャハハハ、まあ抵抗しなけりゃ命だけは助けてやる。てめえとこの女……それにそっちのチビは頭領への手土産だ」

「ドゥッフ、ちょっと待ッテ! オレサマ達はどうするツモリ?!」

「決まってんだろう? 残りは俺の獲物だよ――」


 頭領からはこう言われている。

 神器の使い手達がもし抵抗するようなら、そして我等の手に余ると判断したら殺してかまわない――と。

 謂わば生殺与奪の権利を俺は与えられたのだ。

 ならばこいつらをどうしようと俺の自由。

 そう、チェロ村で屈辱を味わせてくれた、このガキ共の命をどうするかも俺の自由――


「さあ、それじゃあ狩りを始めようか……まずはてめえからだカッシィー?」


 いい悲鳴をあげてくれよ?――ゆっくりと手を上げて部下に合図を送ると、白髪の狂人は興奮した表情で我儘少年を向き直る。

 途端、彼の背後に控えていた盗賊達が手に持つ剣を構えながら、カッシーへと進みだした。


 前から迫るは盗賊五名。

 ぎょっと目を見開き我儘少年は慌ててブロードソードに手をかける。

 と、同時に背後からも自分に迫る気配を感じ、彼はマジか?――と、舌打ちしていた。

 

「カ、カッシー後ろ!」


 言うな日笠さん、なんとなくわかってる――途端にはらはら感満載の少女の声が聞こえてきてカッシーは口をへの字に曲げる。

 案の定ちらりと背後を覗いた少年の視界に見えたのは、さらに五名の盗賊の姿。

 手に持つナイフを逆手に構え、彼等はゆっくりと近づいてきていた。


「この卑怯者っ――」

「誰が動いていいと言ったァ! さっき俺が言っていたことが聞こえなかったのか?」


 見ていられずに観客席から飛び出そうとした東山さんに気づき、ブズジマは途端声を荒げて威嚇すると、アイコの顎を抑えてさらに激しく銃口を突き付ける。

 眉間にシワを寄せまくり、踏み出した足を留めると音高無双の委員長は悔しそうに拳を震わせた。

 

「狩りは順番だぜ、大人しく見ていろよ。仲間が一人ずつ嬲り殺されていくところをなあ?」

「ぐっ……」

「ヒャハハハ! おっとぉ、お前は別に抵抗してもいいんだぜぇカッシー、できるもんならよ?」


 獲物は少し活きが良いほうが殺りがいがあるというものだ。

 せいぜい足掻いて俺を満足させてくれ――

 近くない未来に垣間見る事であろう、待ち焦がれた愛憎の対象の断末魔を想像し、ブスジマはうずく自らの官能からうっとりと表情を歪める。 

 状況は最悪だ。ものの数秒もしないうちに前後左右を囲まれて、身動きが取れなくなるのは目に見えている。

 その後待っているのは、四方八方から振り下ろされる刃による斬処刑の刻だろう。

 冗談じゃない、やられてたまっかよ!――牽制するように腰を落とし、我儘少年は口の中で唸り声をあげた。


「あー、もうストレスたまるなぁ!」

「姫、しかし迂闊に動いては姉ちゃ……アイコさんが――」

「わかってるわよ、そんなことは!」


 一時はブスジマに詰め寄ることができていたお騒がせ王女は、その後大挙して押し寄せた手下達に牽制されてじわりじわりと角に追いつめられつつあった。そして彼女の横にはチョクの姿、その背後には怯えた表情で二人の影に隠れる支配人。


 もう、人質アイコさえなんとかなれば! 早くしないとカッシーがまずい!――

 ブスジマまではおよそ八オクターブ。カッシーまでもおよそ六オクターブ。

 どちらも鞭の間合いにはせめてあと一歩縮めたい距離だ。

 徐々に囲まれていく我儘少年と無抵抗で俯く少女を交互に眺め、エリコは悔しそうに歯軋りする。



 どうする? どうすればいい?

 迫りくる『運命の刻タイムリミット』を前に少年は考える。

 ブスジマまでは距離にして五メートル、立ち塞がる相手は十人。

 この囲みを突破し、全速力でブスジマに近づきアイコを奪還する――馬鹿げてる。無茶も甚だしい。神業もいいところだ。

 突破するのは至難の業、よしんばできてもあいつに近づくまで少女アイコが無事だという保証はない。


 だがそれでも――



 ケケケ。小僧、困ってるみたいじゃねえか?――


 刹那、脳に響き渡った人を食ったような声に、カッシーは眉根を寄せて盗賊達を一瞥する。

 不意に妙な顔つきで自分達を眺めてきた少年に気づき、盗賊達は訝し気に一瞬だが動きを止めた。


 おいおい、忘れたか? 俺だよ俺! てめーの腰にいるだろう?――


 ナマクラ?!

 やにわに、目を白黒させながら少年は腰に差してあった物言う妖刀に目を落とす。


 今おまえの心に直接語り掛けてんだ。俺の声はお前にしか聞こえねえ、だから黙って聞いてろよ小僧――

 なんだよこんな時に?――

 ケケケ、見たところ大分窮地じゃねえか。ざまあねえなあ、弱い癖に粋がるからこういうことになるんだよ――

 あのな、お前この状況で喧嘩売ってんのか? 悪いが今お前に構ってる暇はないんだよ! 黙ってろっつのボケ!――


 なんて嫌味な無機物だ。

 自分で言ったばかりの『こんな状況』にも拘わらず、我儘少年は口をへの字に曲げながら、ギロリと時任を睨みつけた。


 ケケケ、意地だけは一人前だなこの青二才。まあいい、久しぶりに暴れることができそうだしなあ……仕方ねえから力を貸してやる――

 は?――

 助けてやるって言ってんだよ。この時任様がな――

 ちょっと待て、刀にそんな事できてたまるかよ――

 いいやできるぜ。俺ならな?――

 できるって、一体どうやって……――

 

 と、鈍く鞘を輝かせ、いやに自信たっぷりにそう言い切った妖刀をまじまじと見つめながらカッシーは眉根を寄せる。

 

 もしかしてビームでも出せるのか?――

 びぃむ? なんだそりゃ?――

 それじゃ約束された勝利っぽい斬撃とか、逆手に持って剣に溜めた闘気を放てるとか?――

 できるかそんなもん! お前頭おかしいんじゃねえのか?――

 ぐっ、このっ……じゃあなんなんだよ?――

 小僧、お前の身体を俺に貸せ――


「…………は? はぁぁぁ!?」


 やにわに、会場に響き渡った大きな大きな驚愕の声に、盗賊達は得物を握りしめ思わず一歩飛び退いた。

 なによ突然?――盗賊達だけでなく、日笠さんやエリコ達もカッシーを剣呑な表情で眺める。

 だがそんな周囲の奇特な人物を見る視線にまったくもって気づかず、少年は自らの腰に下がっている妖刀を狐につままれたような顔で凝視していた。


 身体を貸すってどういうことだっつの?――

 ケケケ、そのまんまの意味だよ。俺がお前の身体を操る。俺ならこんな雑魚どもなんざ一瞬だ――

 で、できるのかよそんなこと?!――

 小僧、この時任様を侮るなよ? それよりいいのか?――

 ……え?――

 もう迷ってる時間はねえみたいだぜ?――

 

 ケケケ、という意地の悪い笑い声と共に妖刀が示唆するのと同時に、悲鳴に近い顔見知りの少女の声が、我儘少年の耳朶を打つ。


「カッシーっ!」

「っ!?」


 気が付けば少年を処刑するための包囲は完了していた。

 間近に迫った盗賊達の下卑た顔は、誰もかれもがこう宣言しているように見えた。

 あと一歩だ。あと一歩でお前も終わり――と。

 

 息がかかる程迫ってきていた『運命の刻タイムリミット』。

 少年は思わず息を呑んだ。

 妖刀はケケケと蠱惑的に笑いながら尚も囁く。

 

 お前の考えはさっきから読んでた。あの小娘人質も助けたい、仲間も護りたい、そしてあいつブスジマも倒す――本気の本気でなんとかしようと必死に考えてた。まったく大した『我儘』小僧だ。力もねえくせによくそこまで意地張れるなあ――

 う、うっさいつの! 人の思考勝手に読み漁りやがってこのナマクラっ!――

 その不屈の気構えは買ってやる。だから俺に身体を貸せ小僧……今も、そしてこれからも『強くなりたい』ならな?――

 ……くそっ!――


 心に語り掛けてきた妖刀のその言葉を聞き――

 少年はゆっくりと顔をあげる。

 

 あの日あいつブスジマが番えた矢を前にして、自分は一度逃げ出したいって思った。

 初めて体験する死への恐怖から、自分の中の意地と信念はへし折れた。

 情けなくて、悔しくて、涙が出て来て――そして決めたんだ。


 もう絶対逃げない、絶対諦めないと。


 そう、覚悟は決めた。あの日に決めた。

 俺は諦めが悪いんだ。絶対みんなで元の世界へ帰ってやるっつの!


 だから。


 強くなりたい、皆を護れる強さが欲しい。

 そのためならなんだってしてやる――

 

 決意を秘めた双眸で真っ直ぐに前を見据え、カッシーは時任の柄に手を掛けた。

 やにわに沸々と湧き上がりだした少年の気焔を感じ取り、妖刀はケケケと笑う。

 


「残念、時間切れだカッシー! せめて楽に死ねますように!……ヒャハハハハハ!」


 ああ見れる、観れる、看れる!

 今こそこいつの死にざまを、憎くて憎くて愛おしい神器の使い手の切り刻まれる断末魔を――

 白髪の狂人が掲げた左手が握られて、突き出されたその親指がゆっくりと地へ向けられる。

 

 

『イイイイヤッハアアアアアアアアーーっ!』



 刹那。

 仲間達が一心不乱、堪えるように見つめる中、少年を囲んでいた十枚の刃は一斉にその頭上へと振り下ろされた。

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