その35-4 まだゲームは終わってない

パーカス 中央地区 市民ホール。

カジノ大会 特設会場前広場――

PM 3:45


「みんなはやくはやく! こっちこっちー!」


 と、もはや定位置となったツンツン髪の少年の肩の上から、アリが後ろを振り返りその少し後ろを歩いていた集団へと笑顔で手を振る。


「ドゥッフ、オメーラ置いてっちゃうヨー!」

「かのー、あなたはもう少し集団行動を守りなさい!」


 まったくちょっと目を放すとスタコラサッサと先へ行ってしまうんだから――

 アリの下からケタケタと小馬鹿にするような笑い声をあげたかのーを睨みつけ、東山さんは釘を差した。


「イインチョーが遅いんデショー。早くシナイと終わっちゃうディスヨ」


 だがそんな音高無双の諫めもなんのその。バカ少年はアリを肩車しながら会場へと続く大階段を軽快に上がっていってしまう。


「あっ、ちょっと……もう! あのバカ――」

「恵美、馬鹿が感染うつるからもうほっときなさいよ」


 と、呼び止めた最中にあっという間に姿が見えなくなってしまったバカ少年に気づき、東山さんはやれやれと眉間を押さえて嘆息する。

 傍らを歩いていたなっちゃんは、かまうだけ無駄だ――と冷ややかな視線を少年が消えた階段上へ送りながら東山さんを慰めた。


「まあでも、あの底なしの体力はちょっと羨ましいかな……」


 と、東山さんとかのーのやり取りを傍観していた日笠さんは感心したように呟く。

 朝からあれだけ走って逃げ回ったというのに、まだ元気とは。夏休みに朝から日が暮れるまで遊び尽くす小学生みたいだ。自分なんか緊張しっぱなしだし魔曲も使用したしで結構へとへとなのに。

 

「アイコちゃん、無事だといいんですけど――」


 大会開始からそろそろ四時間が経過しようとしている。

 大事にそうにケースに入ったアイコのトロンボーンを両手で抱え、ハルカは見えてきた市民ホールを眺めた。

 

「なにツネムラの手に渡ったってんなら、逆に安心さね」

 

 あの男は女性に無粋な真似はしない。それにコル・レーニョやウエダと比べてまだ話が分かる男だ。

 剣呑な表情を浮かべるハルカをフォローするように、カナコは強気な笑みを浮かべてみせる。

 

 刹那。

 地響きのような空気の振動が、階段を上がり切った一同の身体を襲った。

 そして一瞬後に彼女達の耳朶を打つ、割れんばかりの大歓声。

  思わず身を竦ませていた日笠さん達はその歓声の発生元である市民ホール――即ちカジノ大会会場を見据え、各々怪訝そうな表情を顔に浮かべる。


 なんだろう? 何が起きているのだろうか?――と。


「何か動きがあった――と、見るべきでしょうか」

「よし、行ってみようかね」


 未だ止まらぬその歓声轟く建物を見つめ、シズカが呟くと、カナコも頷き皆を一瞥する。

 皆は足早に入口へと歩いて行ったのであった。



♪♪♪♪


パーカス 中央地区 市民ホール。

カジノ大会 特設会場―


 遡ること数分前。


 我々は夢でも見ているのだろうか。

 いやまて。もしやまたイカサマか?

 だがもしイカサマであればどうやって?

 あの少年は我々全員の双眸が穴の空く程注目していたこの山場クライマックスで、ただただ躊躇なくカードを選んでいった。

 これがもしイカサマだというのなら、それはもうこう呼ぶしかない。


 神まで気まぐれに加担した、『奇跡』という名の巧妙たる奇術と呼ぶしか――



 張り詰めた空気と、そして水を打ったように静まり返った会場の中央で、こーへいはたった今捲り終えた最後のカードを眺めながら、満足そうににんまりと笑った。

 表にされたそのカードに描かれていたのは、黒い鎌を翳して微笑む道化師の姿。

 即ち『ジョーカーワイルドカード』。

 これで彼の手札は左からスペードの『10』、『J』、『Q』、『K』、『ジョーカー』――

 

 ゆっくりと天を仰ぎ、咥えていた煙草を手に持つとクマ少年は美味そうに紫煙を吹かす。

 そして半身を乗り出し、彼はどうだ?――と謂わんばかりに三白眼の少年へ小首を傾げた。



「スペードのロイヤルストレートフラッシュ――俺の勝ちだぜ?」

 

 

 刹那。

 地響きのような空気の振動が会場を大きく揺るがしたかと思うと。

 割れんばかりの拍手と歓声が一斉に観客席から迸り、クマ少年の健闘を惜しむことなく称賛したのだった。


―なんという奇跡! まさに最後の最後になんというドラマティックな展開でしょうか! ナカイ選手ロイヤルストレートフラッシュです! そしてこれで十戦全てが終了。決勝戦はリュウ選手を抑え、ナカイ選手の勝利です!―

「よっしゃあーーー! よくやったわコーヘイ!」

「凄いっス! 俺、鳥肌が止まらないッス!」


 興奮のあまり絶叫に近い声で支配人が声高らかにこーへいの優勝を宣言する中、エリコとチョクは思わず席を立つと大はしゃぎでお互い抱き合って勝利の歓声をあげた。


 その傍らでカッシーはだらりと椅子にもたれ掛かり、前髪を吹かすようにして安堵の吐息をつく。

 だがのっそのっそとこちらに向かって歩んでくるこーへいの姿に気が付くと、彼はゆっくりと立ち上がりクマ少年を出迎えた。

 

「へっへーん、どーよカッシー? だから言っただろ、俺が勝つってさ?」

「ボケッ、寿命が十年は縮まったつーの! 本当にひやひやさせやがって!」

「んー、そりゃ悪かったな?」

「……おまえ、絶対悪い思ってないだろ?」

「おー、よくわかったな。凄くね?」


 まったくもうツッコミどころ満載だ。どこからツッコめばいいのかわからないくらい、このクマはとんでもないことを連続でしてくれた。

 けどきっと、一体どうやったらあんなことをできるんだ?―-と、尋ねてもどうせこいつは、お決まりの如く例の台詞を言うだけだろう。

 ならもういいか、とにかく今は一歩進めたんだから――

 咥え煙草の先からぷかりと紫煙を浮かべて猫口を作ったこーへいの顔をカッシーは、いっ!――と睨みつけ。

 だが即座ににへらと笑いながら彼に手を差し出す。

 

「おつかれっ! ナイスファイトだったぜこーへい」

「あいあい、あんがとさん♪」


 二人の少年はパンとお互いの手を打ち合って笑いあった。

 

 と――

 

「あっ、いたいた。カッシー! こーへいっ!」


 自分達を呼ぶ声が聞こえて来て、二人は客席を向き直る。

 そして観客席の通路を手を振りながら、こちらに向かって駆けて寄ってくる仲間の姿を発見し、各々笑みを浮かべて出迎えた。


「日笠さん!」

「あっ、カナコっ!」


 と、はしゃいでいたエリコとチョクもこちらにやってくる親友の姿に気づき、満面の笑みと共に手を振ってみせる。

 

「この騒ぎは一体何? 大会はどうなったの?」


 最前列までやって来て柵越しに身を乗り出すと、苦労人で心配性な少女は開口一番剣呑な表情で二人に尋ねた。

 はたしてカッシーとこーへいはお互いを見合った後、ニヤリと笑ってピースサインを彼女へと突き出す。


「見りゃわかんだろ?」 

「勝ったぞ! ばっちり優勝!」

「へっ!? ほ、ほんとに!?」


 ちょっと待って、ほんとのほんとに優勝しちゃったの? 強豪揃いのこの大会で?――

 目をぱちくりさせながら、日笠さんは裏返った声で思わず再確認してしまった。

 ぽかんとする少女の後ろで、二人の返答を聞いたなっちゃん達も狐につままれたような表情でまじまじとコーヘイを見つめているのがわかり、クマ少年は不満気に眉尻をさげる。

 

「おーい、ひどくね? なんだよおまえらその反応は?」

「ご、ごめん。ちょっともう感心するしかなくて――それじゃホルンは?」

「もちろん俺達のものだっつの。これから表彰式だ」


 それも心配ご無用――にへらと笑ったカッシーの顔を見て、ようやく実感がわいたのか日笠さん達は飛び跳ねながら喜んだ。


「アッハッハ、お疲れ様エリコ。上手くいったようじゃないか」

「まったくひやひやしっぱなしだったわよ、あのクマの後で説教よ、説教! で、そっちはどうだった?」


 同じく柵越しに労いの言葉をかけてきたカナコに向かって、エリコは渋い顔と共に肩を竦めてみせたが、返す言葉でオークションとアリの救出の顛末を尋ねる。

 だが結果を聞くまでもなく、彼女はハルカが抱えていた楽器のケースと、そしてツンツン髪の少年が肩車をしていた碧眼の少女の姿を視界に捉えると、カナコが浮かべた満面の笑みと共に嬉しそうに微笑んでいた。

 そっちも上手くいったようね――と。


「やるじゃんアンタ」

「ムフン、デショデショー? もっとホメテイイヨー」

「エリコ小母様、心配かけてごめんなさい」

「いいっていいって、無事でよかったわアリちゃん」


 かのーの上から申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた少女を見上げ、エリコは背伸びしてよしよし、と彼女の頭を撫でる。

 ならば残りはあと一つだ――

 お騒がせ王女はちらりと豪放磊落な組合長と、お付きの眼鏡青年へ視線を向けた。

 カナコとチョクは彼女の視線を受け小さく頷くと、中央カジノブースを振り返り、そして黒鼬の首領の傍らで未だ人形のように無表情で座っている少女を見つめながら眉根を寄せる。

 

 と――

 

―それでは表彰式を行いたいと思います。選手と登録者の方は一度中央までお越しください!―


 間が悪いわね――

 響き渡った支配人のアナウンスに気づき、お騒がせ王女は嘆息する。


「カナコ、チョク。続きは表彰式の後で――いいわね?」

「わかった、ここで待ってるよ」


 とりあえず行ってこい――と、小さく顎をあげてエリコを促すとカナコは強気な笑みを浮かべてみせた。

 その一方で。

 未だ歓声鳴りやまぬ会場の中央、席に黙して座っていたモッキーは静かに目を閉じる。

 全力を出し切ったつもりだった。

 だが先輩の言う通り、俺は選択を誤った。

 いつも通りの冷静さも、判断力も欠いていたかもしれない。

 勝負に対して二股をかけていたかもしれない。

 だとしても悔いはない。

 あれが今の俺の全力で、そして彼女なくしてあれだけの力を出し切ることはできなかったはずだから。

 ただ唯一、心残りがあるとすれば――

 

 モッキーはゆっくりと目を開け、テーブルに並んだ自分の手札フォーカードに三白眼を向ける。

 

「残念だったな――」


 刹那、背後から聞こえてきた低い声に、少年は顔を上げ振り返った。

 こちらを向き直った少年のその表情は相変わらずの無表情ポーカーフェイスだった。

 だがその表情の影に隠しきれずに現れている少年の無念さを感じ取りツネムラは苦笑する。


「すまない。約束は果たせなかったぴょん」

「まったくだぜ、期待してたのによ……これじゃ契約は不履行だ」


 ゆっくりとモッキーに歩み寄ると、ツネムラはサングラスの奥のその瞳で彼を見下ろした。

 少年は何も答えない。真っ直ぐにツネムラの目を見つめ、しかし何一つ言い訳をせず無言で頷いたのみだ。

 食えねえガキだ。いっぱしの勝負師気取りやがって――

 黒鼬の首領はサングラスを指で直し、鬱陶しそうに舌打ちをするとややもって言葉を続けた。


「だがその前に俺は重大な契約違反をしちまった……お前を信用せず、勝負の邪魔イカサマを働いたっていうな」

「……それはあいつだろ?」

「いくら屑でもあいつは俺の部下だ。ま、形式上だけだが」


 無理矢理押し付けられた副頭領――反吐が出る程納得いかねえが、堅気の者から見ればあいつも形だけは俺の部下。ならば部下の責任は上が取るのが筋というもの――

 ちらりとブスジマを睨みつけたモッキーに向かって、黒鼬の首領は苦虫を噛み潰したような顔つきで答える。

 

「というわけだ。契約は無効とさせてもらう……だがてめえが働いた分の報酬は払わないと筋が通らねえ――」

「……あんた――」

「喜べ、てめえが探していた女を見つけてやったぜ?」


 報酬にくれてやる。連れていけ――

 サングラスを少しずらし、モッキーの顔を覗き込みながらツネムラはその強面をニヤリと歪ませる。

 モッキーは訳がわからずしばしの間きょとんとしていたが、やがて吹き出すようにして笑い声をあげるとツネムラを見上げた。


「あんた、冗談が下手だな?」

「うるせえ、ほっとけ。それとあの取引の件だが――」


 アイコの代わりに自分をコル・レーニョに引き渡せ。そして俺がスパイをやる――

 予選後の控室で、迷いなくそう言い放った目の前の少年の事を思い出しながら、ツネムラは鼻で笑う。

 

「あんな『下の下』な取引はこちらからお断りだ」

「でもそれじゃあんた達は――」

「黒鼬も舐められたものだぜ……お前のようなガキの手なんぞ借りずとも俺達は十分コル・レーニョあいつらと張り合える」

「……」

「話は以上だ。契約はこれで切れた。お前と俺は以後赤の他人だ……わかったら、さっさとあの女を連れてどこかへ消えろ」

「……ありがとう」

「ふん、二度と面見せるんじゃあねえぞ?」


 寂しそうに、しかし嬉しそうに年相応の笑みを浮かべた勝負師の少年を見下ろし、ツネムラは不敵な笑みを浮かべて言った。

 そして彼は踵を返し、その場を去ろうと歩き出す。

 

 

 だがしかし――



 感謝と畏敬の眼差しと共に去っていく黒鼬の首領の背中を見送っていたモッキーは、次の瞬間自分の目を疑った。

 引き締まった彼の大柄な身体が、まるで壊れた玩具のようにくの字に曲がり、勢いよく真横へと吹っ飛んでいく姿を垣間見て――


 途端、会場に響く火薬特有の爆発音。

 

「ツネムラッ!」


 血のラインを床に描きながら、滑るようにして吹っ飛んでいくツネムラを眺め、少年は彼の名を叫ぶ。

 刹那、観客席のそこかしこから悲鳴があがり会場は騒然となった。


 そんな中――

 うつ伏せに床に倒れたまま動かないツネムラを小気味よさげに見下ろしながら、彼を穿った張本人である白髪の狂人は小気味よさげにべろりと舌を出す。

  

「さようなら鼬の旦那ァ? テメーはもう用済みだ」

「ブスジマ……おまえっ!」

「ヒャハハハハ! まだゲームは終わってないぜ神器の使い手ども! 次は俺等の相手をしてくれよぉ?」


 歯を食いしばり、怒りの形相で自分を睨む三白眼の少年に向けて、狂ったように笑い声をあげると――

 ブスジマは傍らに座っていたアイコを抱き寄せ、手に持っていた鉄球筒グレネードの先端を少女のこめかみに突きつけたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る