その35-2 これで終わりじゃあねーよなー?


パーカス 中央地区 市民ホール。

カジノ大会 特設会場―

PM 3:30


 決勝戦開始から三十分が経過。

 会場は、水を打ったように静まり返っていた。

 場に出されたのはそれぞれ三十枚ずつのチップ。

 咳払い一つ聞こえてこないその会場の中央で、ディーラーは目で二人の少年へ確認する。

 これ以上のレイズはないか?――と。


「オープンをお願いします」

「ツーペア」

「スリーカードだぴょん」


 こーへい、次いでモッキーと手札を開き、三白眼の少年は小さくガッツポーズを決める。

 俺の勝ちだ――と。

 これで九戦目が終了。

 会場からため息混じりの歓声があがる。

 

 モッキーが山から手繰り寄せたチップを合わせ、彼のチップはこれでぴったり百枚。

 対してこーへいも当たり前だが百枚。

 これでまた振出し、どちらが勝つかわからなくなった。

 

―只今の回はリュウ選手の勝利です。しかしなんという好勝負でしょうか! これでお互いのチップ数は振出しに戻り、九戦目が終了して現在引き分け。これはどちらが優勝するか本当に分からなくなってまいりました!―

「もう! 何やってんのよコーヘイ!」


 これで四連敗。

 お騒がせ王女が思わず前に身を乗り出しこーへいを叱咤する。

 序盤はこーへいの連勝だった。まさに豪運ともいうべき、大きな手役で一気に圧倒したのだ。

 二、三、四、五戦と勝利を収め、モッキーの持ちチップは残り十枚まで減っていたのだ。

 あと一度、クマ少年の勝利を収め、勝負はあっけなく決まる。

 誰もがこれで終わりか――そう思っていた。

 

 だが、そこから三白眼の少年の反撃が始まる。

 負けられない。自分の背後に座る二人の人物との約束を果たすため。

 ただそれだけだった。

 六戦目、得意の確率計算とカードカウンティングを駆使した堅実な読みを使い、モッキーは皆の予想を覆し勝利を収めた。

 続けて七戦目、八戦目も。

 そしてたった今九戦目が終了し、彼は遂に引き分けまで持ち直した。


 こんなに熱い奴だったんだ。

 もっと不愛想で、感情の起伏が乏しくクールな奴だと思ってた。

 後輩の意外な側面を垣間見て、カッシーはこんな状況ながら感心しながらモッキーを眺めていた。

 

 しかし残りあと一戦でイーブンにまで戻ったこの状況。

 支配人の実況通りもはや勝敗の行方は全く分からなくなった。

 いやしかし、流れを見れば勝ちの波に乗ったモッキーの方が今は有利に見える。

 勝てよこーへい――

 口をへの字に曲げ、微動だにせずじっと好敵手を見つめるこーへいの背中をカッシーは祈る様に見つめる。


「おーい、こりゃやばくね?」

「よく言うぴょん……そんなこと全然思ってもない癖に」


 モッキーはちっちっと舌打ちしながら場代アンティをテーブルに投げ置いた。

 その返答を受け、クマ少年はテーブルに頬杖をつきながらにんまりと笑う。


「なあモッキー?」

「なんスか先輩?」

「楽しいよなあ? ギリギリのゾクゾクがやってきてんぜ?」

「……そっちか」


 やばくね?――

 彼は言った。だがそれはいつもの意味とは少し違ったようだ。モッキーは気づいた。

 この『ギリギリ』で『ゾクゾク』の瀬戸際がたまらなくやばくね?――そういう意味だったのだと。

 にんまり笑ったこーへいの表情はいつもと変わらぬマイペースなクマ少年そのものだった。

 にも拘らず、その笑みを見た途端二の腕に鳥肌が立つのを感じ、モッキーはじっと自分の右腕に目を落とす。


 まったく、こっちは精一杯の無表情ポーカーフェイスのその実、心臓がどきどき鳴りっぱなしだというのに。

 乏しい特技と才能を奮ってなんとか並ぶまで持ち直せた――と冷や汗をかいているというのに。

 だがこの先輩は、引き分けイーブンにまで並ばれたこの状況を心底楽しんでいるのだ。

 どこまでずぶとい神経の持ち主なのだろう。そしてどこまでギャンブル狂な先輩なのだろう――

 

 だがしかし――


「先輩、俺はさっきからドキドキハラハラッス――」

「んー、そっかー?」

「けど……勝つのは俺だぴょん」

 

 この先輩との勝負はいつだって楽しかった。

 いつも自分の全力をぶつけられた。

 だが今は違う。約束をした。決して負けられない。

 恋人のために――モッキーは魂の奥底から込み上げてきた感情を正直に言葉にし、不器用に笑ってみせた。

 その笑みを受け、クマ少年は猫口の端に不敵な笑みを浮かべ返すと、場代アンティをテーブルに投げ置く。


 覚悟はできた。最終戦を始めよう――

 二人の少年は視線でそう会話をする

 ディーラーはそんな二人の様子を見届けるとやにわにカードを配りだした。



 と――

 

 

 丁度四枚目のカードを、ディーラーがそれぞれに配り終えた時だった。

 やにわに二人の挙動が変わる。

 クマ少年は、おーいマジか?――と、片眉をあげ、ディーラーへと視線を移し――

 そして三白眼の少年はちっちっち――と三回舌打ちをすると、無表情ポーカーフェイスを崩し、怒りを露にしてディーラーを見上げる。


「おい、邪魔すんなよ――」

「え……?」


 刹那、静まり返っていた会場に、モッキーの苛立った声が響き――

 どうしたのだろう?――と、急に怒りだした少年を見て、登録者席のエリコやツネムラは訝し気に表情を曇らせ彼へと注目する。

 少年の睨みつけるような視線を受け、丁度五枚目を配り終えていたディーラーは、しかしわかりやすい程に動揺していた。


「リュ、リュウ選手……いかがされました?」

「余計な事をするな」


 登録者席に続き、観客席もざわつき始める。

 何やら様子がおかしいと感じた支配人が実況を中断し、慌てて駆け寄ってくるとモッキーは依然としてディーラーから視線を逸らさないまま、さらに一言、怒声を放った。

 少年の怒りの理由が分からず、支配人は彼とディーラーを交互に見つめながら首を傾げる。

 

「うちのディーラーがどうかしましたか?」

「イカサマだぴょん」

「えっ!?」


 刹那、驚く支配人の言葉を待たずしてモッキーは自分に配られた五枚の手札を捲っていった。

 現れたのはエースのフォーカード。

 続けて彼は対面のクマ少年の手札に手を伸ばす。

 明らかなルール違反にも拘らず、しかしこーへいは止めずにその様子を静観していた。

 捲られたカードは、数も色もばらばらのハイカード……つまり『ブタ』――

 みるみるうちに支配人の顔が蒼白になっていく。

 彼が慌てて向き直ったディーラーは、床に視線を向け脂汗を垂らしながら表情を強張らせていた。


 このディーラーは最終戦になった途端、何故かカードを新品に変えた。今までしてこなかったのにだ。

 しかもシャッフルの仕方が今までと異なった。かなり巧妙な手さばきだったので、特殊な切り方をしていたのに気づいたは途中からだったが。

 とどめはセカンドディール二枚目配りを使っていたことだ。

 どう見ても不自然なその動きと采配に、モッキーは知識と洞察力で、そしてこーへいは勘で各々イカサマを察知したのであった。

 

「こ、これは一体……お前は一体なんということを!」

「も、申し訳ございません!」


 血相を変えて怒鳴り声をあげた支配人に対し、ディーラーは身を竦ませると震える声でぺこぺこと謝りだす。

 そのやり取りを見て確信すると、モッキーは不快を露にしながら黒鼬の首領を振り返っていた。

 

「どういうことだよあんた……俺が信用できないのか?」

 

 勝負に水を差した雇い主に、失望落胆少年は問いかける。

 だがツネムラはサングラスを外し、驚愕を露にしながら立ち上がるとモッキーのその言葉に首を振っていた。

 

「待て、俺じゃあねえ! 俺も今知った」

「じゃあ誰がこんなことを?」

「それは――」


 考えられるのは味方の差し金、でなければこんなイカサマをやるメリットがない――

 と、そこまで考えが至ると、ツネムラとモッキーは三白眼をそれぞれ見開き、ゆっくりと白髪の狂人を向き直る。

 まさか――と。

 はたして。


「ヒャハハ、せっかく勝たせてやろうと金を握らせたのによぉ?」


 フードの隙間から覗かせた狂った瞳を爛々と輝かせ、悪びれた様子もなくブスジマは肩を竦めてみせた。

 椅子を蹴り上げ、ツネムラは赤黒く顔色を変えながら白髪の狂人の胸倉を掴んで引き寄せる。

 

「ブスジマてめえ!」

「今更俺を殴ったところで、どうにもならねえよ鼬の旦那。あーあ黙ってりゃあ良かったのに、てめえからばらしてどうするんだよこのガキ」


 拳を振り上げたツネムラを余所目に、むしろ心外であると言いたげにモッキーを睨みつけブスジマは吐き捨てるように言った。


「……」

「すまん……リュウ」


 ここまでか。

 知らなかったなどと言っても今更理由にならない。

 不正がばれては勝負の続行は無理だろう。こちらの反則負けだ。

 悔しそうに項垂れるモッキーに気づき、ツネムラは歯を食いしばりながら呟いていた。


「卑怯者っ! アンタ達グルだったワケ!?」

「申し訳ございません、しかし私も今初めて知ったところでして――」


 一方、額に青筋を浮かべて立ち上がったエリコは、ツネムラ同様カツカツとヒールを鳴らしながら支配人へと詰め寄ると、怒りを隠さず彼を追及する。


「どうするつもりよ? この責任誰がとるの?」

「責任……と、言われましても」


 支配人は狼狽しながらも怒れるお騒がせ王女を必死に宥め、苦笑いを浮かべた。

 と、ざわつきながら中断された中央のポーカーブースを眺めていた観客達も、何やら様子がおかしいと気づき始め、途端会場は割れんばかりのブーイングに包まれていく。


―皆さま静粛に! 只今審議中です! ああっ、物を投げないで下さい。どうか落ち着いて!―


 観客席からは罵詈雑言と共に、しまいには物を投げ込む輩まで出始めていた。

 もはやこれでは決勝戦どころではない。

 嗚呼、なぜこうなったのだ。支配人生命を賭してこの大会を開いたというのに。

 このままではこの大会は大失敗。それだけでなく、恐らくカジノの経営にも影響が出るだろう――

 罵詈雑言鳴りやまぬ観客席を見渡して、支配人はがっくりと肩を落とす。


 と――


「おーい、マジかー? まさかこれで終わりじゃあねーよなー?」


 未だブーイング収まらないその会場の中央で、相も変らぬマイペースな声でそう言い放つ少年が一人。

 きょとんとしながら自分を振り返った一同に、こーへいはにんまりと笑ってみせた。


「先輩……」

「俺は別にかまわないぜ? お前もこれで終わりにするつもりはねえだろ……なあ、モッキー――」


 素直に驚愕の表情を顔に浮かべるモッキーに向かって、こーへいはあっさりとそう答え意志を示す。

 

 いいから続けよう――と。

 

 頭を抱えてその場に膝を折っていた支配人は、まさに起死回生の言葉を言い放った少年に慌てて詰め寄ると、顔を輝かせた。

 

「ちょっと待ちなさいよコーヘイ! アンタ本気?」

「んー、俺は本気だぜ? さっさとしてくんね?」

「よろしいのですか? あ、ありがとうございます! それでは急ぎ仕切り直しの準備を――」


 ディーラーも変える。カードも新しいのに変える。

 仕切り直しだ。そして誠心誠意今回の件は運営側も知らない事実であったと謝罪をすれば、なんとか観客も納得してもらえるはず。

 この少年の気が変わらないうちにさっさと準備だ!――

 支配人は狼狽えるようにして傍観していたバニーガール二名に指示を下そうと口を開きかけた。

 だがしかし――

 


「いや、このままでいい――」



 やはり先刻と変わらない。マイペースでのほほんとした穏やかな声。

 

 冗談だろう? おまえは今なんといった?――


 その発言を受け、カッシーもエリコもチョクも。

 そして、モッキーもツネムラも支配人ですらも。

 呆れを通り越し、流石に言葉を失い、目を白黒させながら一斉にクマ少年を向き直る。

 だがしかし、そんな彼等の茫然自失な視線を一身に浴びながらも、何とも楽しそうににんまりと笑うと――

 こーへいは胸ポケットから取り出した煙草に火をつけて、紫煙を燻らせながらさらにこう続けたのだ。

 

 

 

「カードは全てこのままでいいぜ? いや、このままがいい……続行だ」


 ――と。

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