その35-1 アンタにだけは負けたくない
パーカス 中央地区 市民ホール。
カジノ大会 特設会場―
PM 3:00
水を打ったように静まりかえった特設会場へ、やにわに一筋の光が差しこむ。
魔法でできたスポットライトの下、姿を露にしたカジノの支配人は、ぺこりと一礼をすると観客席を一瞥した。
―皆様お待たせいたしました。只今より、カジノ大会決勝戦をはじめます!―
満を持して発せられた彼の言葉に観客席から歓声があがる。
―はたして、大陸一……いえ、世界一のギャンブラーの栄光はどちらの選手が手に入れるのか? それでは、早速登場していただきましょう!―
口上と同時に両手を掲げた支配人の合図とともに、新たなスポットライトが二つ東西の
と、光の下入場を開始した決勝進出者達に対して惜し気のない声援と拍手が観客席から送られた。
―まずは東門よりご紹介、十七番コーヘイ=ナカイ選手です! 弦国チェロ村出身の十七歳、今回の出場者の中では最年少の選手となりますが、驚くべきその腕でなんと予選を一位通過しております!―
支配人のプロフィール紹介が会場に響く中、こーへいはにんまりと猫口を浮かべながら、ゆったりと中央へと歩いていく。
―そしてその後ろに続くのは彼の登録者、レッドカレー=べ=ト・オン様とその従者二名! 管国王室の関係者との噂がございますがそれ以外は一切の謎に包まれたミステリアスな女性です!―
赤……いや紅、それも深紅。
ロゼのドレスに紅いヒール、おまけに特注の紅い蝶を模したドミノマスクを着用したエリコは、満面の笑みと共に手を振り、観客の声援に応えながら花道を進んでいった。
一方でその後ろに付き従って入場していたチョクは、顔に縦線を描きなんとも恥ずかしそうに俯きながらとぼとぼと歩いていたが。
「ほーら見なさいチョク! ばれてないでしょ?」
「ばれてはいませんが、目立ちすぎッスよ……てかその恰好、別の意味で女王様に――」
「ああ? なんか言った?」
「いえ、なんでもないッス」
「でもさ、アンタもう少しましな変装はできなかったワケ?」
と、お騒がせ王女はちらりと後ろを振り返り、ほっかむりとパーティー用の鼻メガネを眼鏡の上からさらにかけるという、センスを疑うその容姿をしたチョクをまじまじと眺めながら呆れたように目を細める。
途端、誰のせいだよ?――と言わんばかりに眼鏡青年は不満そうに変装の奥の素顔を顰めていたが。
だが反論するだけ無駄だろうと誘った彼は、ややもって大きな溜息と共に顰め面を泣きっ面に変化させ、がっくりと肩を落としていた。
自分は観客席で応援するッスよ――顔が割れてはまずい彼は、そう言って決勝戦の立ち合いを辞退しようとしたのだが
何言ってんの? アンタももちろん立ち会うのよ!――
と、エリコが強引に彼を誘ったため、仕方なく彼は急場の変装をしてこうして付き従っていたわけだ。
「まあいいわ、それよりカッシー――」
そんな元お付きの青年の諦観に気づくことなく、エリコは彼のさらに後ろをぎこちない素振りで着いてきていた我儘少年へと声をかける。
「ひゃ、ひゃあい!?」
途端にびくりと身を竦ませ、左右の手足を一緒に前へと出しながら歩いていたカッシーは裏返った声で返事していた。
ダメだこりゃ、何でアンタがそんなに緊張してんのよ――相変わらず本番に弱い少年を眺め、エリコは肩を竦める。
「おーい、大丈夫かよカッシー?」
「だだだだ大丈夫だっつの! いいいいからおおおおおおまえは自分のことに集中しろ!」
「……へいへーい」
先頭を歩いていた緊張とは無縁のクマ少年が振り返って尋ねると、カッシーは心配無用と口の端を無理矢理引き攣らせ、笑顔を浮かべてみせた。
まったくほんと意地っ張りだな――こーへいはのほほんと返事をすると前を向き直り、そして西ゲートからやって来た好敵手の姿を視界に捉えると、強気ににんまりと笑う。
―続きまして西門より入場してきたのは三十八番リュウ=イーソー選手! 年齢、出身その他一切不明の謎に包まれた選手です! 予選通過はナカイ選手に続いて二位。今大会のダークホース的存在であった彼がまさか決勝まで勝ち残るとは誰が予想したでしょうか! そしてそんなリュウ選手と共に、姿を現したのは彼の登録者――パーカスの裏をしきるマフィア『
熱の入った支配人の紹介が会場内に響き渡る中、モッキーはポケットに手を突っ込み、
その後ろより堂に入った佇まいで続いて入場した黒鼬の首領は、サングラスを押し上げ会場を一瞥した後に、特に反応も示さず黙々と花道を歩いて行った。
来たわね――姿を現したモッキーとその後ろに見えたツネムラを見つめ、エリコはマスクの奥の栗色の瞳に不倶戴天の怒りを灯す。
だがしかし――
その黒鼬の首領に傍らで、彼に支えられるようにしてふらふらと花道を歩いていく少女の姿を発見し、エリコは瞳に灯す感情を怒りから困惑に変えていた。
いや、彼女だけではない。
チョクもカッシーも、そしてこーへいもだ。
何故彼女がここに?――と。
「アイコちゃん……」
一気に緊張が解けた。視界に見えた顔見知りの少女を見つめ、カッシーは目を見開く。
と、同時に。
彼はぞくりと背筋に悪寒を感じ思わず身震いした。
なんだ? なんだか見られてる気がする。愛憎入り混じった何とも奇妙な視線を感じる――
刹那、我儘少年はその視線の主を探るように周囲を見回すと、やがて西門に佇むその熱狂的視線を送っていた人物に気づき、口をへの字に曲げた。
汚い外套で全身を覆い、フードで顔を隠した背の高い男。
顔は見えない。だがちらりと見えたその鋭い目には見覚えがあった。
忘れもしない。忘れたくても忘れられない。チェロ村で死闘を繰り広げた、コル・レーニョ盗賊団パインロージン支部団長――
「ブスジマ……」
「ヒャハハハ……見つけたァ、逢いたかったよぉ? カッシィィィィィ?」
思わず呟いたカッシーに反応するように、白髪の狂人は嬉しそうに口元をニヤリと歪ませ、首を掻っ切る真似をしてみせる。
なるほど、既に
あいつがここにいるという事実がが全てを物語っている。
こりゃまずった、どうやって彼女を奪い返すか――カッシーは喉の奥で唸ると眉根を寄せつつアイコを見つめた。
だが懸念の色を浮かべる我儘少年に気づくと、エリコは案ずるなかれと強気な笑みを浮かべてみせる。
「大丈夫、あの子は最悪力づくでも奪い返してみせる」
「エリコ王女?」
「言ったでしょ? ドンパチするなら任せなさいって……それより今は集中! 楽器を奪還のチャンスはこれっきりなんだから。いいわねコーヘイ?」
「へいへーい、わかってんぜ?」
元よりそのつもりだぜ王女様?――
にんまりと笑って、クマ少年は振り返りもせずプラプラと手を振って、エリコの言葉に応えた。
そして彼はのっそりと支配人の待つ中央へ歩み寄ると、同じく歩み寄って来たモッキーと対峙するようにして足を止める。
よし!――と満足そうに頷き、エリコは用意されていた登録者用観覧席に腰かけた。
続いてチョクにカッシー。対面ではツネムラにアイコ、そしてブスジマもゆっくりと席に着く。
―それでは、決勝戦のゲーム種目を発表したいと思います―
主役は揃った。早くも熱い火花を散らし始めたこーへいとモッキーをちらりと一瞥し、支配人は観客席を声高らかに言い放った。
―決勝戦のゲーム種目は……『ポーカー』です!―
途端観客席からあがったどよめきの中、支配人は静粛に――と言わんばかりに両手を掲げて皆を制する。
ややもって彼は話を続けていった。
―ルールを説明します。勝負は十戦、各自のチップは百枚ずつと致します。
異論はないか?――そこまで言ってから確認するように支配人は二人の決勝進出者を一瞥する。
二人は無言で頷き、会場中央に用意されたポーカーブースへと一歩足を踏み出した。
初めての勝負は一年前の四月。
種目はコイントス。
部員募集のためチラシを配っていたこのクマ少年とばったり出会った廊下で、ひょんなことから百回以上繰り広げられることとなった。
だが結果は決着つかずの引き分けだった。しかしモッキーはそれがきっかけでオケに入部することになる。
以後二人はお互いを好敵手と認め、事あるごとに渡り合ってきた。
麻雀、ポーカー、バカラ、ブラックジャックにダイス――
一進一退の好勝負を繰り返すも結果は大体引き分けか、決着つかずで時間切れ。
未だにどちらも白星が付いていない状態が続いている。
そんな二人が数奇な運命の下、異世界で再会を果たし。
そして今それぞれの目的を背負い対峙することとなる。
「よぉー、元気そうじゃん?」
「……先輩もかわりなさそうで何よりッス」
「おーい、やっぱりモッキーじゃねえかよ? なんだあのネーミングセンスは?」
「ちっちっちっ……」
歩きながらそんな会話を交わし、二人はポーカーブースへ辿り着くとそれを挟んで対峙するように椅子に腰かけた。
「んー、一応言っとくわーモッキー?」
「なんスカ?」
「アイコちゃんもホルンも俺達がなんとかする。だからこの勝負……降りてもいいんだぜ?」
彼女を助け自分の楽器を奪い返すために、この少年が権謀術数素性を偽りこの大会に出場したことはクマ少年も知っている。
元を辿れば目的は一緒のはずだ。無理してんならあとは俺達に任せてもいいんだぜ?――
こーへいはそう言っているのだ。
だがクマ少年はそう尋ねつつ、好敵手の返答がいかなるものか既にわかっていた。自分が同じ立場ならそうするであろう答えを予測していた。
はたして。
三白眼の少年は、苦笑すると即座に首を振ってみせる。
自分のケツくらい自分で拭ける――と。
「その言葉、そっくりお返しするぴょん先輩。そっちこそあとは俺に任せて降りてくれないッスか?」
「おーい、生意気だな後輩?」
「もう約束しちゃったんで」
必ず助けるとアイコに言った。
彼女が無事ならそれでいいとも
男の約束に二言はない――ちっちっと舌打ちしつつ、モッキーはちらりと背後で自分を見守るツネムラとアイコを振り返る。
そしてもう一つ。
シンプルだが、決して譲れない理由。
それは――
「それにアンタにだけは負けたくない」
珍しく年相応の楽しそうな笑みを浮かべ、モッキーは付け加えた。
「んっふっふ~ん……だよなあ? そうこなくっちゃよ?」
それはお互い様だ――
こーへいはにんまりと猫口に笑みを浮かべ、懐から取り出した煙草を咥える。
会話はそこまでだった。
間もなくしてディーラーがカードを持ってやってくると、途端二人は勝負師の顔つきに代わり、その身より気焔を立ち昇らせ始める。
―時間は無制限です! それではさっそく始めましょう!―
支配人の宣言と共に一際大きな歓声が会場を埋め尽くした。
二人が
いよいよ始まった栄えある第一戦を固唾を呑んで各々の登録者が見守る中、二人の勝負師は場に伏せて配られた五枚のカードを手に取り、中身を確認した。
こーへいはのほほんと三枚のカードを交換
モッキーはちっちっちっと、二枚のカードを交換。
「ベットをお願いします――」
ややもって、壮年のディーラーが声を掛けると、二人はほぼ同時に積まれたチップを場へと押し出した。
刹那、再び沸き起こる会場からのどよめき。
そしてその場に差し出された両者のチップを見て、エリコもツネムラも、そしてカッシー達も絶句する。
―こっ、これは……ナカイ選手、リュウ選手共にベットは全額! 全額です! 早くも勝敗が決定となるのか?!―
「あいつ何考えてんのよ?!」
レイズもコールも必要ない、いきなりの
唖然としていた支配人のやや動揺した実況が会場に響き、どよめきはさらに広がっていく。
これで負けたら即終了だ。
絶句していたエリコは呆れを通り越して怒りの表情を浮かべながら、クマ少年の背中を睨みつけていた。
「ヒャハハ! こいつはおもしれえ! 止めないでいいのかい旦那? 終わっちまうぜ?」
「……構わねえ、あいつの好きにさせろ――」
俺はあいつに全てを賭けた。ならあいつを信じるのが男ってもんだ――
苦虫を噛み潰したような表情を顔に浮かべつつも、しかしツネムラはそう言って静観を決め込む。
「お、お二人とも……よろしいので?」
「どーぞどーぞ?」
「長ったらしいのは性に合わないぴょん」
場に積まれた両者のチップ全額を眺め、ディーラーは当惑するように両者に確認した。
しかし二人は当然だ、といわんばかりに顔色一つ変えず即答する。
やっぱりこいつらは本当におかしい。これでもし負けたら、最悪元の世界に戻れなくなるんだぞ?
なのになんだいきなりのこの全力投球は?
あの同級生のクマ少年も、後輩であるあの少年もまさにギャンブル狂――
なんだかバカバカしくなってきて、カッシーは椅子にもたれかかり乱暴に頭を掻いた。
「オープンをお願いします」
諦めたようにディーラーは二人へ開示を促した。
彼の合図を受けて二人は伏せていたカードを場へと開示する。
刹那、二人の示したその役を見て――
静まり返っていた会場から、再び割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。
こーへいの手札はスペードの4、5、6、7、8――
対するモッキーの手札はハートの4、5、6、7、8――
両者ともストレートフラッシュ、つまり引き分け。
―こ、これは……なんたる偶然! そしてのっけからなんという熱い戦いでしょうか! ナカイ選手、リュウ選手共にストレートフラッシュ! しかも数も同じという事で、これは引き分け! 引き分けとなります!―
引き分けの場合
助かった――ふうと大きな溜息をついて椅子に持たれかかるカッシー達を余所目に、再び返って来たチップを見下ろしながら、こーへいとモッキーは何とも楽しそうに不敵な笑みを浮かべていた。
―しょっぱなからなんとレベルの高い勝負でしょう! これはどちらが勝つか見当もつきません!―
「おーい、なんか妙にやる気じゃね? やっぱり恋人かかってると違うなあ?」
「言ったぴょん? あんたにだけは負けたくないって――」
勝つのは俺だ――
会場から声援が送られる中、互いを見据え両者は再び火花を散らす。
かくして、決勝戦は初っ端からど派手に幕を切って落とされたのであった。
「あ、あのーすいませんお二人とも……できれば全額ベットは辞めて欲しいのですが――」
「えー? だめなのかよ?」
「好きにやらせてほしいぴょん」
「ざけんなボケッ! 見てるこっちの身にもなれっ!」
「心臓に悪すぎよもう! チョクの髪がストレスでこれ以上抜けたらまずいでしょ!」
「ぬ、抜けないッスよ! それに俺ハゲじゃないッス!」
「そのー、場の盛り上がりもあるんで……決勝戦ですし。次から全額ベットはなしの方向で」
「ちぇー、へいへーい」
「ちっちっ……」
(まったく、緊張感のない奴等だ……)
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