その34-2 い る わ け ね ー だ ろ !

パーカス 中央地区

商業祭限定 オークション特設会場―

PM2:50


 会場は緊迫した雰囲気に包まれていた。

 晴天の下、特設会場にずらりと並んだ椅子は既に満席状態だ。

 大陸各地、いや世界各地から集まった人々が、今から競りが始まろうとしている『それ』を求めて集まっていた。

 はたして、赤い布に覆われた『それ』は数分前に会場のどよめきに歓迎されながらステージ上に運び込まれ、競りの開始を今か今かと待っているようだった。

 もちろん、誰もがその布の中身がなんであるかを知っている。

 今最も巷を賑わせている、ホットなその品とは――


「それではお待たせいたしました。本日最後の出品物となります」


 やや緊張気味の司会である女性の声が会場に響き渡る。

 ステージ中央に運ばれた『それ』をちらりと眺めながら彼女が手を挙げると、『それ』の傍らに待機していた組合の職員が徐に赤い布の端を握った。

 集まった人々の視線が一斉に『それ』に向けられる中、布が剥ぎ取られる。


 再びどよめきが会場を駆け抜けた。


「エントリーNO.150。『魔楽器(仮)』です!」

 

 現れたのは、皆の予想通りの品。

 『それ』とは――大きなベルと長くUの字にくねったスライド管が取り付けられた、金色に輝くボディーを持つ器物だった。

 即ち、少年少女達が元世界で『トロンボーン』と呼ばれる楽器。


「いつ、どこで造られたのか? どう演奏するのか? まったくもって全てが謎に包まれたこの商品……ただ一つ解っているのは、これが『楽器』であるということだけ――」


 手にしたメモを興奮した口調で読み上げながら、視界である女性はざわつく会場を一瞥する。


「――なお、現在大陸各地で不思議な現象を起こし噂になっている『神器の使い手』と呼ばれる者達が操る楽器の一種ではないかとの情報もございます――」

「あれに間違いないかい?」

「はい」


 楽器を凝視する三人娘をちらりと向き直り、カナコは確認するように尋ねた。

 相違ないと彼女達は一斉に頷く。

 それを受け、カナコは腕まくりをするとプレゼントを前にわくわくする子供のように目を輝かせた。

 よしよし、まあ見てろ――と。


 一方で会場の後方に座していた青年商人も、現れた楽器を親の仇のように凝視しながらどす黒い野望の炎をその身より立ち昇らせる。

 いいだろう組合長。小細工など弄さなくとも、私の方が上だという事を教えてやろうじゃあないか――と。


 負けてなるものか! このままでは私のプライドが許さない!

 公衆の面前であれほどの愚弄を受けたのだ。もはや引き下がるわけにはいかない。

 今まで儲けてきた全額を注ぎ込んででも、あの楽器は競り落としてやる!

 百万、二百万どころじゃあない。全部財産を合わせれば五千万ピースはある。

 どうだ五千万だ! その辺の城くらいなら買っても釣りが来る額だ。

 度肝を抜いてやろう組合長……ああ、早く見たい。あの女の悔しがる顔が――

 ギリリっと爪を噛みちぎり、ウエダは豪快な笑い声をあげて少女達と話をしているカナコの後姿を睨みつけていた。

 

「――と、皆様お待ちかねのようですし、細かい説明はここまでとして早速開始と致しましょう。それでは準備はよろしいですか?」


 そう言って司会の女性は皆を見渡す。

 会場の人々は一斉に声を発さず、ただ一回頷いたのみ。

 だがそれで十分であった。

 

「エントリーNO.150『魔楽器』……その初値は――」


 はたしていくらなのか。

 三人娘は固唾を呑んで、彼女の次の言葉を祈る様に待ち続ける。

 ややもって翳した彼女の手と共に、初値は会場へと言い渡された。


「五十万ピースからです!」


 五十万――ギオットーネの初値のおよそ十倍。

 ちょっと待ってあの楽器が?! 頭がおかしくなりそうだ。だってあれはただの楽器ですよ?

 それも世界に名だたる楽器職人が作ったものでもないよ? 多分町の楽器屋さんで買ったヤマ○製だよ?――

 五十万ピース。日本円で約五千万相当……即座に頭の中でその初値を換算してハルカは言葉を失う。

 だがしかし――


「六十万!」

「八十万ピースだ!」

「なんの! 百二十万ピース!」

「ど、どんどん上がっていくわね……」

「あ……今二億円超えましたよ?」

「……狂ってるわ」


 マメ娘のショート寸前の思考を余所に、会場から次々と声があがり入札額を更新していく。

 もはや彼女だけでなく、『魔楽器(仮)』の正体を知るなっちゃんも東山さんも開いた口が塞がらない状態だった。

 それでも、まだまだ入札は止まらない。

 我先にと競うようにして、会場各所から手があがり価格は鰻登りで上がっていった。

 

 そんな中――

 

「ヒ……ヒヒッ……フヒヒヒヒ!」


 青年商人はさも可笑しそうに、声を出して笑っていた。

 どいつもこいつもあの楽器の価値をわかっていない――と。

 なんだそのちんけな競りの額は? そんなせこせことした入札額であの楽器を落とそうというつもりか?――と。


 控えろ、価値が分からない三流商人ども。その品は私にこそふさわしいのだ。

 そして見るがいい組合長。これが私の商人としての実力だ。


 私だってこの地位に来るまで泥の中を這い、啜り、ひたすら耐えてやってきたのだ。

 それを全否定しやがってあの女め!

 何が誇りだ。これからの商人は義理も人情も必要ない!

 全ては現実を見据え、情報を制し、それに基づきビジネスに最上の手段を尽くすのが商人というものなのだ。

 ウエダは勝利を確信した余裕の笑みを浮かべ、王道を歩くがごとくゆっくりと手をあげる。

 そして彼はこの競りに終止符を打つべく、満を持して乾坤一擲の額を口から放ったのだ。





「五千ま――」


「十億!」





 刹那、青年商人の言葉を遮るようにして、明朗快活な声が会場に響き渡り――

 騒音に近い程競り声に溢れていた会場に、一瞬にして静寂が舞い戻る。

 時が止まったかのように動きを止め、誰もかれもがそのふざけた入札額を言い放った、豪放磊落な組合長をまじまじと見つめていた。

 

「じゅ……十億?」

「カナコさん? あ、あの……ゼロの数間違えたんですよね!? そうですよね!? ね? ね?」


 さしもの風紀委員長も、眉間にシワを寄せまくって絶句する中、マメ娘が傍らにいるカナコを慌てて向き直り、震える声で訂正を求める。

 だがしかし、カナコは競りの開始と変わらぬ堂々とした佇まいのまま、ニヤリと笑い首を振ってみせた。


「アッハッハ、間違えちゃいないさね。十億は十億だ」


 十億ピース、日本円にして一千億円――もし持ち主であるアイコがこの場にいたら、きっと気を失っていたかもしれない。

 即座に頭の中で換算を終えたハルカは、軽い眩暈を感じて思わず額を押さえる。

 と、ようやく持って皆の一同にショートしていた思考力が戻って来た。

 やにわにざわつきだした会場を収めようと、やはり呆気に取られて言葉を失っていた司会者はコホンと咳払いをする。


「え、えー……失礼致しました。組合長から十億の額が提示されました。さ、さあ……そ、その……他にいらっしゃいませんか?」


 何とも動揺を抑えきれない狼狽した彼女の声が相手を求めるように会場へと投げかけられた。

 その時確かに。

 会場にいた全員の思いが見事なまでに美しく、そして純粋に一致したのだ。



 い る わ け ね ー だ ろ !――と。



 誰もが目と表情でそう訴えているのがわかり、司会の女性は大きな大きな溜息を吐くと、手に持っていたハンマーを投げやり気味に振り上げていた。

 乾いた木の快音が落札を知らせる。


「それではNo.150『魔楽器(仮)』は、十億ピースにて組合長のカナコ様が落札です!」


 なんという非常識な力技だろう。セオリーも何もあったものじゃない。

 会場から沸き起こる拍手に称えられるカナコを見ながら、なっちゃんはやれやれと肩を竦める。

 

「アッハッハ、これで約束は果たしたよ!」

「いくらなんでも値を上げ過ぎですよカナコさん……」

「いいじゃないかい。落とせたんだから」

「ま、まあそうですけど――」


 何とも複雑な表情を浮かべながら三人娘はお互い顔を見合わせ、そして各々浮かべた表情に気づいて苦笑する。

 けれど、彼女のおかげで無事トロンボーンを取り返すことができたのだ。

 釈然としない部分はあるものの、とりあえず目的は達成――

 

「ありがとうございます、カナコさん!」

「礼は後でいいさね。さ、あんた達へのプレゼントだ。受け取ってきな」

「はい!」


 三人娘はぺこりとお辞儀をして、会場の拍手に見送られながらステージへと向かっていった。



♪♪♪♪



 じゅ、十億!? ばかな……ふざけすぎだろう!?

 あまりにも非常識なその顛末に、思考を停止させていたウエダは、ようやく我に返るとカナコを向き直る。

 しかし時既に遅し。

 彼の目に映ったのは、楽器の落札証を受け取って帰ってきた三人娘を、豪快な笑い声と共に出迎える組合長の姿だったのだ。


「あ……ああ……」


 終わった、全て終わった。こんな……こんなふざけた結末があってたまるか!――

 燃え尽きたようにがっくりと地に這いつくばると、ウエダは両こぶしを力いっぱい地に叩きつける。


 だがしかし――

 

 やにわに会場の入り口が騒がしくなり、彼は何事かと顔を上げた。

 会場の人々も入場してきたその集団に気づくと拍手を止め、剣呑な表情を浮かべだす。

 入って来たその集団とは、鎖帷子に身を包んだ男達。

 即ちパーカス警備隊だった。


「なんだね一体、騒々しいねえ?」

「なにかしら?」


 祝杯ムードに水を差され、カナコ達も訝し気にやってきた警備隊へと目を向ける。

 彼等は鎖帷子の音を立てながら会場半ばまでやってくると、誰かを捜すようにして来場者達を一瞥していた。

 だがややもってそのうちの一人が地に崩れ落ちていた青年商人を指差し、隊長らしき男へそれを伝えると、刹那、彼等は一斉に出入り口を封鎖しウエダの下へゆっくりと歩み寄ったのだ。


「な、何の用ですかあなた達?!」


 いかつい顔つきで近づいてくる警備隊を目を白黒させながらウエダは見上げる。


「奴隷商人コージ=ウエダで間違いないな?」


 と、先頭をきってやってきた隊長らしき警備隊が青年を見下ろしぶっきら棒に尋ねた。


「だったらなんだというのです?」

「略取・誘拐および脱税の容疑がかかっている。大人しく同行してもらおう」

「なっ!?」


 途端に騒がしくなる会場の中、青年商人は思わず顔を引きつらせた。

 だが野望高き彼は、すぐにその狼狽の表情を引っ込めると、代わりにお得意の営業スマイルを浮かべながらゆっくりと立ち上がる。

 

「これはこれは。冗談がきつい……何かの間違いではないでしょうか?」

「間違いではない」

「ハハハ、ならば証拠をご提示いただきたい。誓って私はそのような商人の掟に反することなど――」

「――お嬢様をこちらに!」


 と、誤魔化すように流暢に話始めたウエダの言葉を遮り、警備隊長は大声でそう言い放つと入口を振り返った。

 ……お嬢様? バカな! そんなバカな! まさか!?――

 刹那、警備隊長の視線を追うようにして入口を向き直った青年の表情から営業スマイルが滑り落ちる。

 その視界に映った、拉致したはずの碧眼赤髪の少女の姿を目の当たりにして。



「ウエダッ! よくもやってくれたわね! 覚悟なさい!」



 先刻の豪放磊落な組合長に、負けず劣らず張りのある可愛い少女の声が会場に響き渡ると――

 事の成り行きを傍観していたカナコと三人娘は、喜色を表情に浮かべ口々に彼女の名を呼んでいたのであった。

 


 PM 3:00 カナコ、ハルカ、なっちゃん、東山さん パン屋『ギオットーネ』とトロンボーンの奪還完了――

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