第八章 Wake Up Get Up Get Out There

その33-1 俺もあいつらが嫌いだ

パーカス 中央地区 市民ホール。

カジノ大会 特設会場 選手控室―

PM 1:50


「やるじゃねえかリュウ。余裕で初戦突破とは恐れ入る」


 まさに有言実行。

 控室を訪れた黒鼬の首領は、珍しくその強面に満足そうな笑顔を浮かべていた。

 だがダントツの勢いで予選を突破してみせた三白眼の少年は、そんなツネムラの労いも余所目に、浮かない表情でじっと彼の傍らに連れ添うにして佇む少女を見つめていたが。

 それすらも少年の無表情ポーカーフェイスだと勘違いしたツネムラは、感心したように今度は苦笑いを浮かべる。

 

「少しは喜んだらどうだ?」

「まだ優勝したわけじゃない……」


 と、身体の前で手を組みモッキーは神妙な顔つきで答えた。

 そうだ。まだ優勝したわけじゃない。

 優勝するにはあの先輩に勝たなくてはならないのだ。

 それが一番の難関――だがそうだとしても。

 

 勝たなくてはならない。

 自分のため。

 いや……彼女のためだ。

 優勝できれば、ホルンが手に入れば。

 そう、条件は整う――

 

 虚ろな瞳は何を見て、何を映しているのだろう。

 今は人形と化した恋人を悲し気に見つめ、思案を続けていた勝負師は、やがて意を決したように口を開いた。

 

「話がある――」


 ――と。

 その真剣な眼差しにツネムラは浮かべていた笑みを引っ込め、なんだ?――と首を傾げる。


「前に頼んだ捜している女の子の話だ」

「なんだその話か、それなら――」


 もっと込み入った話が少年の口から飛び出すと思っていたツネムラは、肩透かしをくらったように表情を曇らせた。

 しかし彼のその返答に被せるようにして、モッキーは食い気味に言葉を放つ。


「もう見つかった」


 ――と。

 少年のその言葉に、黒鼬の首領は意外そうにサングラスの奥の目を見開き動きを止めた。

 モッキーはじっとツネムラを見たままだった。その視線に彼を責めるような感情は感じられない。

 だがツネムラはサングラスを外すと、ややもって非礼を詫びる様に頭を下げる。

 

「すまねえ、力になれなかったな」

「いや……」

「で、その女はどこにいたんだ?」

「目の前だ」


 こいつ、今なんといった?――

 たちまちの内にその強面を険しいものに変え、ツネムラは自分の傍らに佇む少女を顎で指した三白眼の少年を向き直った。

 モッキーは無言で頷いてみせる。


あいつブスジマが連れてきたその女の子だぴょん」

「待て……それじゃあてめえは?――」

「そう、あんた達が捜してる『神器の使い手』の一人だ。そしてこの大会の副賞になってるあの楽器ホルンは俺の楽器――」


 チッチッチ、と舌打ちしながらモッキーは彼の疑問に答える。

 と、ツネムラはやにわにくぐもった唸り声をあげ、握りしめた拳をわなわなと震わせながら、怒りと困惑の入り混じった凄まじい形相を顔に浮かべた。

 このガキ、端から俺を利用して女も楽器も掠め取ろうという魂胆だったわけか――と。

 

「てめえ騙してやがったな?」

「違う、『黙って』たんだ」


 堅気なら思わず目を逸らしてしまうであろう、黒鼬の首領のその『一睨み』を真っ向から受け止め、三白眼の少年は相変わらずの無表情ポーカーフェイスで首を振ってみせる。

 その堂々たる態度を見て、こみ上げてくる怒りとはまた別に、少年の勝負師としての底知れぬ素質を感じつつ、ツネムラは悔しそうに舌打ちした。

 しばらくして彼は諦めたように深い溜息をつき、幾分落ち着いた表情でモッキーを見下ろす。


「……まったく、この俺を欺くとは肝の据わったガキだ」

「仕方なかったんだ、こっちも必死だったから。でもそれも必要なくなった――」

「なくなった?」 

「取引がしたい。彼女を解放してほしい」

「何をいまさら……てめえ自分の立場わかってんのか? 調子に乗るなよ?」

「俺が代わりになる」

「……あん?」

「この大会が終わったら、俺をあいつらコル・レーニョに引き渡せ」


 あまりに唐突な少年の条件提示に、ツネムラは強面を鬼のような形相に変え、何かが飛び出しそうな勢いであんぐりと口を開く。


「……どういうつもりだ?」


 やっとのことで彼が口から出せたのはその一言のみだった。

 鉄拳の一発くらいもらうことを覚悟していたモッキーは、そこで初めて苦笑すると再び話を続ける。


「『神器の使い手』と『楽器』は両方揃わないと意味がない。この大会で優勝してあの楽器が俺の手に戻れば、俺の方が利用価値はある」


 彼女アイコは楽器を持っていない。これから楽器を捜すのは一手間なはずだ。

 しかし自分なら即楽器と一緒にコル・レーニョへ引き渡せる――

 トン、と自らの胸元を叩きながらモッキーは自らを売り込む様に取引を持ち掛けた。

 

「黒鼬も舐められたものだぜ。俺達マフィアが律儀にそんな約束を守っててめえだけ引き渡すと思ってるのか?」


 コル・レーニョが望んでいるのはより多くの『神器の使い手』だ。

 一人より二人、二人より三人……いればいるだけ向こうは喜ぶだろう。

 てめえは俺を信用しすぎだ、さらに言えばこの取引に何の得がある?――と。

 話を聞き終えたツネムラは、しかし鼻で笑いながら取引を持ち掛けた少年の顔を覗き込む。

 だが、モッキーは首を振ってみせた。自信ありげな視線と共に。

 

「あんたはそんなことしない」

「なんだと?」

「あんたはこの街を護りたいだけだ。だからしぶしぶ従ってる、いつかコル・レーニョあいつらに目に物見せてやるって思いながら――」

「……てめえ、どこでそれを――」

「情報は武器だぴょん」


 勝敗は戦う前から決定している。そのための事前情報収集ふせきは基本。

 少年は出場が決まってからこの一週間、単に暇を持て余してブラブラとしていたわけではない――

 ちっちっと舌打ちしながらモッキーは確認を求める様に、ツネムラへ向かって首を傾げてみせた。

 

 近年急激に勢力を拡大して来ているコル・レーニョ盗賊団の手は、この街パーカスにも及びつつあった。

 この街を裏から仕切る『黒い鼬』としても、それは見過ごせない問題だったのだ。

 どうしたものかと思案していたツネムラの下に、向こうから同盟の持ちかけがあったのはつい先月。

 同盟など体面的な上辺だけの話で、実態は傘下に入れという体の良い主従関係の打診である。

 ツネムラが激怒したのは言うまでもないだろう。

 しかし真っ向からぶつかっては、たとえ地の利アドバンテージがあったとしても、大陸各地に拠点を持ち、数で圧倒的に勝るコル・レーニョに勝つのは至難の業だった。

 そこであくまで対等の同盟を結ぶために、彼は手土産を提示したのだ。

 それが最近になってコル・レーニョが頻りに探し始めたという『神器の使い手』を差し出すことだった。

 だがこのままコル・レーニョと同盟関係を続けるつもりなど毛頭なかった。

 黒鼬は誰にもなつかない。

 この街は自分達の縄張りだ。あいつらなんかの好きにはさせねえ――

 そう考え、彼は一方で各地に点在する小規模な盗賊達に打診を送っていたのだ。


 コル・レーニョに一矢報いるため、連合を組まないか?――と。


「――だから敵の戦力に繋がる『神器の使い手』を、あんたがそうやすやすと何人もコル・レーニョあいつらに引き渡すとは思えない」

「クック……まったくてめえは食えないガキだ――」

 

 只の賭け事好きなクールな子供かと思っていたら、そこまで調べていたとは。

 もはや笑うしかないと、ツネムラは愉快そうに口元を歪める。


「しかしそこまで知ってるなら、ますますもっててめえを奴等に引き渡すわけにはいかねえな」


 『楽器』も揃った『神器の使い手』を相手に引き渡せば、それこそ奴等の力は飛躍的に増すだろう。

 それにこいつは自分達の目論見を知っている。万が一にもこいつがその事を奴等に話すとも限らない。

 ならば楽器が揃っていないこの女を引き渡す方が得策なのだ。

 残念だが諦めろ――

 ツネムラはそう言いたげにモッキーへ首を振ってみせる。


 だがしかし。

 その発言も想定内だ――といわんばかりに。

 三白眼の少年はちっちっと二回舌打ちしながらかまわず話を続けた。

 

「だから取引と言っている」

「……あん?」

「俺を引き渡せば、あんたはコル・レーニョあいつらの内情を知ることができる」

「てめえ……スパイをやるっていうのか?」


 少年の提案を聞き、狐につままれたような表情を浮かべていたツネムラは、ややもって三白眼を見開きながら懐疑的な眼差しを少年へと向ける。

 その視線を受けてなお、モッキーはその表情を微動たりとも変えなかった。

 彼は無表情ポーカーフェイスを維持したまま、無言でゆっくりとその問いかけに頷いてみせる。

 

「これでコル・レーニョあいつらへの同盟条件も果たせる。そしてあんたは向こうの内情も知ることができる……悪くない条件だろ?」

「……どうしてだ?」

「なにが?」

「どうしてそこまでてめえがする必要がある? もしかするともう二度と戻れねえかもしれないんだぞ?」


 『神器の使い手』としてコル・レーニョに引き渡されれば、待っているのは武器として使役される過酷な運命だ。

 来る日も来る日も略奪のために曲を奏で、そして弦管両国を相手に前線に駆り出され、最悪命を落とすかもしれない。

 それだけではない。もしスパイとして内情を外に漏らしていることが奴等にばれたらやはりただでは済まないだろう。

 勝負師である切れ者のこの少年がそれをわかっていないとは思えない。

 彼がどうしてここまで割に合わないこの取引を敢えて持ち掛けて来るのか――

 ツネムラはそれがわからず、理由を尋ねていた。

 だが黒鼬の首領のその問いかけに対する、少年の答えはとても簡単だった。


「俺もあいつらが嫌いだから」

「……クックック、ふざけんじゃねえ。真面目に聞いてんだよ」


 笑えねえ冗談だ――呆れたように顔を顰め、ツネムラは少年の本音を問い詰める。

 モッキーはしばしの間、思案するように下唇を弄っていたが、やがて虚ろな目で佇む恋人アイコを向き直り、ぼそりとこう呟いたのだ。


……彼女が無事ならそれでいい――と。


 たった一言、はにかむようにそう言って、少年は不器用に笑ってみせた。

 その真っすぐに少女を見つめる少年の視線に一切の躊躇はなく――

 そしてその口から放たれた言葉には、微塵たりとも迷いの響きはなかった。

 そんな少年を見つめ、ツネムラは悔しそうに歯を食いしばり、喉の奥で唸り声をあげる。

 ややもって、ツネムラの視線に気が付いたモッキーは、アイコから視線を逸らすと、ちっちっと舌打ちしながら照れくさそうに頬を掻いた。


 と――


「お待たせいたしました! まもなくトーナメント戦を開始します。予選通過者四名の選手は会場に集合してください。繰り返します――」


 控室に響き渡った支配人のアナウンスを聞き終え、モッキーは中折れ帽子を手に取るとそれを目深に被った。

 途端に少年の顔が勝負師の顔つきに変わる。


「じゃあ行ってくる」

「ああ……」

「今の話考えておいてくれ。もしOKなら、今大会に出場してるこーへいっていう先輩に彼女を引き渡してほしい」

「……」


 ツネムラから返事はなかった。彼は何かに耐えるようにして口を噤み、じっと少年を見据えていた。

 やがて折れたように溜息を吐くと、モッキーはツネムラの横を通過して入口へと歩き出す。

 と、呼び止めるようにして黒鼬の首領は顔をあげた。

 

「待てリュウ――」

「ああ、それ偽名だぴょん」

「……ちっ、じゃあなんていうんだ?」

「裕也、鈴村裕也――みんなからはモッキーって呼ばれてる」


 素性どころか名前まで欺いていやがったとは。最初から最後までやはり食えないガキだ――

 苦笑しながら振り返りツネムラは、こちらを見上げていたモッキーの顔を見据える。


「さっきの話、考えておいてやる……勝てよモッキー」

「……ああ」


 強面に不器用な笑顔を浮かべそう言ったツネムラに対し、モッキーは短く返事すると部屋を出て行った。

 部屋に立った二人、残った黒鼬の首領は傍らに立ち尽くす少女アイコをちらりと眺め、険しい表情のまま溜息を吐く。

 少女は相も変わらず無表情のままだ。恐らく今の会話も聞こえていなかっただろう。

 

 彼女が無事ならそれでいい――

 

 懐かしい言葉だった。

 あの時、あいつもそう言っていた。

 だがそのせいであいつは結局命を落とした。

 馬鹿な奴だ……俺に無茶な約束だけ残して先に逝っちまいやがって。

 死んじまったら元も子もないのによ――

 

 悔恨の表情を浮かべながら眉根を寄せ、彼は深い溜息と共に目を閉じる。

 数十秒後。

 再び目を開けたツネムラの表情は、もういつもの威圧ある黒鼬の首領に戻っていた。



 静かに胸ポケットに仕舞っていたサングラスを取り出してそれをかけ、彼はアイコ共に控室を後にした。

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