その32-3 豪運の持主
同時刻
パーカス 中央地区
オークション特設会場付近、カフェ―
「クックック、これは面白い冗談を」
突然何を言い出すのかと思いきや、やはり精一杯の虚勢と言ったところだろうか。
あんなちっぽけな小娘に何ができる――
ウエダは首を振って彼女の放ったその言葉に対し失笑を浮かべる。
だがしかし。
ややもってから、彼は浮かべていたその失笑を表情から消しさり、代わりに疑問の色を露にした。
いや、まて……この女は今なんと言ったか?――と。
「冗談なんかじゃない。鍵閉めたくらいで私を揺するネタにできると思ってるんなら、甘い考えだ。もう一度言うよ? おまえは私の『家族』を舐め過ぎだ」
「……家族。貴女はまさか――」
ようやく気付いたか――と、豪放磊落な組合長は、にやりと不敵な笑みを浮かべウエダに向かって、身を乗り出すと話を続ける。
「そうさ家族だ。私にはお前と違って、頼り甲斐のある家族がいるんだ。誰かが困ってるとほっとけないお人よしの集団なんだけどね――」
何よ今の音? 誰か見つかったのかな?――
……上が騒がしい。もしや動きがあった?――
遅れること数時間、やっとのことで何とか一階まで侵入できていたまとめ役の少女。
そしてウエダの書斎で膨大な量の書類に目を通していた敏腕秘書は、階上で鳴り響いた破壊音に同時に顔をあげると、各々意を決したようにその場を離れていく。
「――だが本当に気のいい奴等さ。今そいつらが一丸となって動いてんだ。おまえが弄したくだらない下策から、全てを奪い返すためにだ――」
ああっとナカイ選手、なんとブラックジャックでベットMAXからの『BJ』です! おっとここでリュウ選手も負けてません! 対抗せんと言わんばかりにルーレットで九点賭け全部的中だーっ!――
おーい、やるじゃん?――
チッチッ、勝つのは俺だぴょん――
クマ少年と生粋の勝負師は、お互いを称えるように視線を交わす。
こーへい頑張れ! その調子だ!――
ちょっとコーヘイ! そんなぴょんぴょん言ってる奴なんかに負けんじゃないわよ!――
ひ、姫落ち着いてくださいッス! くっ、苦し……首を締めないで――
「だから私は信じて待ってればいいんだ。あんたの下らない下策を、あいつらがあっという間に破るのをね――」
カノー! 前! 前! 階段から上がってきてる!――
ムフ、ジャーこっちディスヨ――
ま、また梁の上?! ひゃあああ?!――
待てお前らっ! おのれちょこまかとっ!――
ドゥフォフォー! ターノシー!――
楽しくないっ!――
何とか二階までやってこれたが、これじゃあ降りれない――
階段を上がって来た新手に気づいたアリが悲鳴に近い声で知らせると、バカ少年はまたもや身軽に梁によじ登り、あろう事かまた三階へ逃げ出し始めた。
鬼ごっこは大得意だ。追ってくるウエダの手下達を上へ下へと翻弄し、少年は何とも楽しそうにケタケタと笑い声を響かせた。
「若造、おまえなんか一捻りに秒殺して、この街に居られなくさせることなんて簡単にできるんだ。それをあえて同じ土俵で勝負してやってんだよ? 力で押し通す事にうんざりしてたからねえ」
「な、なにを言って――」
「ここまでおまえに合わせてやってるんだ。へたな小細工使わずに商人らしく私に勝ってみたらどうだい?」
清々しいほどによく通る声で啖呵を切っていくカナコに、いつの間にか周囲にいた客達も魅入るようにして彼女へと視線を向けていた。
刹那、豪放磊落な組合長は、テーブルを叩きながら立ち上がると、ギロリとウエダを睨みつける。
「それができないなら、今すぐ商人なんてやめちまいな! このスットコドスコイ!」
口から何かが飛び出すような錯覚に陥る程、それはそれは凄まじい一喝だった。
もしエリコがこの場にいたら、きっと手を叩いて大喜びしたに違いない。
それでこそ
彼女も随分丸くなったな――カナコをよく知る者達は、口を揃えて言っていた。
だがそうじゃない。正しくは『我慢していた』と言うべきだろう。
それが今、久々に爆発したのだ。
それは即ち、タケウチの血が代々受け継ぐ、豪快かつ純粋な『商人の誇りを汚す者への怒り』――
何とも気風の良い彼女の口上を聞き終えた三人娘は、思わずカナコへと拍手を送っていた。
しんと静まり返ったカフェの中、カナコのあまりの気迫に本能的に一歩退いてしまっていたウエダは、猶の事酸欠の金魚の如く口をパクパクと開閉させていたが、やがて悔しそうにその口を噤み上目遣いで彼女を睨みつける。
「……くっ、ならばいいでしょう。後悔しない事ですね組合長!」
営業スマイルも見栄も体面も捨て、心からの敵愾心を初めてその顔に露にしながらそう言い放つと、ウエダは踵を返し店を後にしていった。
青年商人の姿が店から消えた途端、カナコはどかりと椅子に腰かける。
そしてすっきりした顔つきで大笑いを放っていた。
「アッハッハ、言いたいことを言うとすかっとするねえ。やっぱり腹に溜めるのは身体に毒だ」
「でも、カナコさんこのままだとアリちゃんが――」
「さっきも言っただろう? 心配いらないって。あんた達の仲間とシズカが助けに向かってるんだ」
「カナコさん――」
「だから私は信じて待ってりゃいいんだよ」
それが家長というものだ――
その顔にみじんも不安はなく、毅然とした表情のままだった。カナコはきっぱりとハルカの懸念に答えると、ぱちりとウインクしてみせる。。
マメ娘は彼女のその返答を受け、尊敬の眼差しと共に改めて嬉しそうに頷いた。
「さあ、そろそろ午後のオークションが始まるころだね。準備はいいかいあんた達? ちゃっちゃともう一仕事片付けちまうよ」
「はい!」
♪♪♪♪
パーカス 中央地区 市民ホール。
カジノ大会 特設会場―
PM 0:50
―ああっと九十四番シンドウ選手、残念ながらこれでコイン0枚となりました。ここまでとなります!―
カジノ会場に響く支配人の実況と共に、頭を抱えてその場に崩れ落ちる男が一人。
どうやら彼が今実況であがったシンドウという選手だろうか。
予選開始から五十分が経過。終了まで残り十分。
続々と
「ほいほいほい、っとな?」
と、何とも気の抜ける少年の掛け声と共に止まったドラムロールは、黄金色に光る『7』を見事三つ表示させた。
途端、派手に点滅しだしたスロットマシンの口から大量のコインが吐き出されていく。
―おおっとこれはすごい! 十七番ナカイ選手、ここに来てさらにスロットでスリーセブンです!―
絶叫に近い支配人のアナウンスと共に、天井に吊り下げられていた特設のスクリーンにクマ少年の顔がでかでかと表示される。
どうやらこれも魔法の道具のようだ。
途端にカメラはどっちだ?――と(カメラがあるかはわからないが)、こーへいはきょろきょろした後、にんまりと猫口を浮かべピースサインをしてみせた。
あいつは、調子に乗りやがって――
沸き起こる歓声の中、カッシーはやれやれと額を押さえて肩を落とす。
「やるじゃないコーヘイ! その調子!」
「凄いッス! ファイトッスコーヘイ!」
―ああーっと! 三十八番リュウ選手、またもやルーレット九点賭けで見事全て的中! 一気にコインゲットだーっ!―
だがエリコとチョクの声援はその半ばで、またしても響き渡った支配人のハイテンションなアナウンスに掻き消された。
スクリーンの映像が切り替わり、ルーレットブースで大量のコインをディーラーから受け取るモッキーの姿が映ると、お騒がせ王女はむむむ――と、悔しそうにその端正な眉を顰める。
「ヒャハハ! やるじゃねえかあのガキ!」
観客席で興奮気味足を踏み鳴らし、ブスジマはゲラゲラと笑いながら叫ぶ。
一方で、登録者用の席から微動だにせず成り行きを見守っていたツネムラも満足そうにニヤリと笑い、喜びもせず淡々とコインを箱に詰めていくモッキーを眺めていた。
当然だ、こうでなくては困る――と。
―さて、予選終了まで残り十分。はたして通過する四名は一体誰となるのか、これはまだまだわかりません!―
気焔をあげる選手達につられるようにして、会場はいやがうえにも歓声と熱に包まれていった。
♪♪♪♪
パーカス 中央地区 市民ホール。
カジノ大会 特設会場 選手控室―
PM 1:30
「おつかれ、こーへい!」
「アンタ凄いじゃない! 惚れそうになったわ」
控室へと入ってきたカッシー達を、煙草を呑んで一服していたクマ少年はにんまりと笑って出迎える。
予選は無事終了。
コイン集計のため、一時間のインターバルを挟み上位四名によるトーナメントが実施される予定となっていた。
さて気になる予選の結果だが。
「こーへい、手応えは?」
「んー、減った記憶はないけどなー?」
と、心配そうに尋ねたカッシーに対し、こーへいは指を折りながら頭の中で各ブースで稼いだコインの履歴を確認していく。
スロット、ポーカー、ルーレット、ダイス――どれもコインが減った記憶がない。
よっぽどの猛者がいなければ、ぶっちぎりで予選通過はまず間違いないだろう。
相変わらずのマイペースな口調であっさりとそう返事したクマ少年を見つめ、カッシーはほとほと感心したように溜息をつく。
「本当すげーなぁ、おまえ――」
「んー?」
「いや、まさかここまで賭け事強いとは思ってなかったからさ」
強い強いとは思っていたが、所詮は高校生レベルだと思っていた。
けれど異世界とはいえ、世界各国から集まったギャンブラー達の中でも引けを取らないこの勝負師ぶり。
大した度胸と、判断力、それに精神力だ――
我儘少年は心の底からこーへいを称賛する。
「んっふっふーん、将来はこれで食ってけるかもな?」
「いや、冗談に聞こえねっつの」
「あ、そう?」
「にしても、凄すぎない? どうやったらそこまで強くなれるのよ?」
「んーそりゃあ……勘かな?」
「……自信なくすわホント」
まるで彼の求める運命に結果が従ってついてくる――そんな錯覚さえ起こす程に、予選で見たクマ少年の勝ちっぷりは見事なものだったのだ。
ギャンブルは冷静な状況分析と数学的な要素で勝つものだと声高らかに持論を展開する者もいる。
けれどなんだかんだ言っても、やはり最後は時の運だ――とこのお騒がせ王女は思っている。
だとしてもだ。
目の前の少年のような煮詰めて煮詰めて凝縮したような『豪運』の持ち主を彼女は見た事がなかった。
それを『ただの勘』と、あっさりと言い放ったこーへいを見て、エリコはやれやれと肩を竦めるほかなかった。
と――
「やったッス! 予選通過ッス!」
息を切らせて控室に入って来たチョクが、開口一番そう言い放ち、思わずずり落ちてしまっていた眼鏡を指でなおす。
「マジ? 嘘じゃないでしょうね?」
「確かっスよ、もうホールにでかでかと結果が出てるッス」
聞いた途端エリコとカッシーは同時に拳を握ってガッツポーズを取っていた。
こーへいは、僅かに口元に笑みを浮かべて煙草を吹かしたのみだ。
結果はわかってた、まるでそう言いたげな反応だった。
「他の予選通過者は?」
「えっと――九番ナタリー=シルバーマン、十七番コーヘイ=ナカイ、三十八番リュウ=イーソー、六十四番カルロス=ミゲル=プリエト――以上のようッス」
チョクの読み上げた予選通過者を聞いてお騒がせ王女と我儘少年はお互いを見合う。
聞き覚えのある名前が飛び出していた。やはりあいつも残ったか――と。
「やるじゃん……やっぱそうでなきゃなあ?」
と、聞こえて来たクマ少年の声に違和感を感じ、やにわにカッシーは向き直る。
視界に映ったこーへいの顔はいつも通り猫口を浮かべ、ぷかぷかと咥えた煙草の先から紫煙を燻らせていた。
しかしややうつむき加減に何もない床を見つめながらそう言い放った彼の口調は、どことなく嬉しそうで、そして妙にやる気に満ちているように感じ取れた。
普段から付き合いのある者にしかわからない程の、ほんの僅かな雰囲気の違い。
やっぱりこいつはよくわからん。本当に『狂ってる』って思うくらいわからん。
こいつにとって、やはり優勝なんて二の次なのだ。
いや、彼にとって優勝なんて『当たり前』であって、『できて当然』だと思っているからこそ、優勝なんてどうでもいいと思っている。
ホルンなんてもう手に入れたと思っている。
慢心でも油断でもない。彼は『優勝』を『そうなる結果』と思って行動している。
だからこいつはモッキーとの勝負に拘っているのだ。
もはや呆れるしかない。まったくどこからその自信が出て来るのか? まあそれを聞いても答えは一つだろう。
彼はやや考えたのか考えてないのかわからない間を置いた後、きっといつもと変わらない口調でこう答えるのだ。
んー……勘かな?――と。
ずっと感じていた違和感の答えがわかり、カッシーは辟易したように口をへの字に曲げていた。
カッシーのその視線に気づき、こーへいはなんだ?――と言いたげに小首を傾げてみせる。
「なんでもない」
「んーそうかー?」
「ああ。絶対勝てよ、『モッキー』にさ――」
「……んっふっふーん、もちろんだぜ?」
にへらと笑ってそう言った我儘少年に対し、こーへいはにんまりと笑って煙草の輪っかをプカリと浮かべたのであった。
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