その32-1 商才の塊

パーカス 中央地区 市民ホール。

カジノ大会 特設会場―

AM 11:55


 龍の刺繍が施されたツェンファの礼装に身を包む浮世離れした雰囲気の初老の男性。

 見るからに堅気ではない雰囲気の長髪隻眼の男。

 白いドレスに身を包んだ蠱惑的なスタイルの金髪女性。

 裕福な身なりをした白髪の老人。

 どこかの国の王族らしき立派な正装に身を包んだ赤い髪の青年――


 おーいやばくね?――

 東西に用意されたゲートからカジノブースへ続々と入場してくる、揃い揃って一癖も二癖もありそうな出場者達。

 中央に既に並び終えたクマ少年は彼等を一瞥し、なんとも嬉しそうににんまりと笑う。

 かくいう彼も普段着なれたきこり風旅人の服より、カナコから借りたスタインウェイで流行しているという黒の『タキシード』へと着替えていた。普段より2割増しでオールバックもぴっちりと整えており、準備は万端のようだ。

 馬子にも衣装とはよく言ったもので、元々の体格の良さと、その独特の物怖じしないマイペースさと相まって、堂に入った勝負師ギャンブラーぶりだった。


 やるなら派手に! 優勝も副賞も真正面からドーンと勝ち取るわよ!


 というエリコの提案によるものである。ちなみに

 そのエリコ――もとい、彼を代理人として起用した登録者『レッドカレー=ベ=ト・オン』はというと、ド派手なロゼ色のパーティードレスに身を包み、これまたの真紅の蝶を模したドミノマスクを着用し、登録者専用のVIP席からクマ少年へエールを送っていたのであった。

 なるほど、あのマスクが彼女の言ってた身ばれ対策か。

 確かにあの仮面なら誰だかわからない。誰だかわからないが……でも目立ちすぎじゃね?――

 こちらに向かって笑顔で手を振るお騒がせ姫に気づき、クマ少年は猫口を引き攣らせる。

 その隣ではそんな彼女を横目で眺め、顔に縦線を描きながら深い溜息をつくチョクの姿と、やや緊張気味の面持ちでクマ少年を見守るカッシーの姿も確認できた。

 と、そこで彼は西のゲートから姿を現した好敵手に気づいてゆっくりと向き直る。

 やっときやがった――と。


 この街を裏で仕切る『黒い鼬ドンノラ・ネーロ』の戦闘服。

 即ち真っ黒なスーツと黒ネクタイに黒い革靴――全身漆黒に身を包み、リュウ=イーソーことモッキーは堂々たる入場を果たしていた。

 そして目深にかぶっていた中折れ帽子を僅かに上げると、彼はちらりと覗かせたその三白眼でクマ少年をじっと見据える。

 待たせたな先輩――と。

 

 

『レディース エンド ジェントルメン! お待たせいたしました皆様っ!』


 刹那、会場を照らしていた松明の灯りが一瞬にして全て消えたかと思うと、天井から降り注ぐようにして放たれた数本の光によって、カジノブース中央が照らされた。

 まるでスポットライトみたいだ。チョクの話によると、自在に光を集約して指向的に放つことができる魔法道具らしい。

 高価なのでそうそうお目にかかることはできないようだが、流石は何でもそろう商人の街といったところだろうか――

 様子を窺っていたカッシーは昂揚する気持ちを抑えつつ、その光の輪の中に姿を現した、カジノ支配人へと注目する。

 

「大陸一……いや、世界一のギャンブラーははたして誰なのか!? 本日皆様にお届けするのは、この疑問を解決すべく世界各地より集いし百名の勝負師ギャンブラー達による手に汗握る真剣勝負! どうか心行くまでご堪能ください」


 両手を広げて観客席に向かってそう口上を述べ、支配人は仰々しく一礼した。

 やにわにその指がぱちんと音を鳴らすと、彼のみを照らしていた照明は分岐してゆき、やがてあっという間にカジノブース全体を光の下へと誘った。


「優勝賞金百万ピースは誰の手に収まるのか? 只今よりカジノ大会を開催致します!」


 ずらりと居並ぶ、古今東西から集まった名うての勝負師達の姿が露になり、途端割れんばかりの拍手と歓声が特設会場を埋め尽くしていった。

 よし掴みはOKだ――

 主催者たる支配人は盛り上がる観客の様子を一望し、満足そうに頷いた後、ブースにて気焔を上げ始めた百名の勝負師達を向き直った。

 

「早速予選を開始しましょうか! ルールは簡単。皆さんに既にお配りしたコイン五十枚。これを今から一時間のうちにできる限り増やしてください! 残れるのは一時間後所持するコインの多い上位四名のみとなります――それではよーい、スタート!」


 支配人の合図と共に、端に控えていたバニーガールが大きな銅鑼を鳴らすと。

 勝つのは俺(私)だ!――

 百名の勝負師達は蜘蛛の子を散らすようにしてそれぞれの得意とするゲームのブースへと向かっていった。

 そんな中。少年は持っていたコインのうちの一枚を天高く弾く。

 

 「んじゃ、はじめっかねえ……女神さんよ?――」


 クルクルと回りながら落下してきたコインを快音響かせキャッチすると、クマ少年は不敵に笑いながら静かにやる気を漲らせた。

 


♪♪♪♪



パーカス 中央地区

オークション特設会場付近、カフェ―

PM0:30


「お疲れさまハルカちゃん」

「よく頑張ったわね竹達さん」

「ありがとうございます先輩方!」


 見事落札したギオットーネの権利書が入ったファイルを大事そうに両手に抱えながら、ハルカはホクホク顔で先輩二人の賛辞に礼を述べる。

 午前のオークションが終了し、一時間の休憩を挟んで午後の部は始まることとなっていた。

 少し時間が空くことになった四人は遅めの昼食を取ることを決め、こうしてオークション近くのカフェにやってきていたのである。

 

「本当に大したもんだ。よくやったねハルカ」

「そんな、カナコさんにそう言われると凄い嬉しいです」


 と、三人のやり取りを眺めていたカナコが太鼓判を押すように少女の敢闘を称えると、マメ娘はこそばゆそうに、はにかんでみせた。

 しかし組合長の称賛までもらう事ができてまんざらでもないようだ。


「でも、二十一万か……結構な大金になっちゃったわね」

「そうね、返済することを考えると確かに気が遠くなる金額かも」


 店は奪い返すことができた。

 それにカナコは無利子無期限で返済してくれれば良いと言ってくれていた。

 だとしても初値のおよそ四倍、一体いくつパンを売れば返済できるのか――

 それを考えると他人事ながら気が遠くなる思いがして、なっちゃんは同情するようにハルカを見る。

 彼女のその視線を受けて、しかしハルカは小さく首を振り、そして後悔のない笑顔を浮かべていた。


「確かに大金ですが、もっとかかると思ってたので……それを考えると気が楽です」

「え?」

「ハルカのいう通りさね、むしろあの金額で落札できたのは大したもんだと思うよ?」

「そ、そうなのカナコさん?」

「ああ、私の予想じゃもう十万は上乗せされると思っていたからね」


 あの金額よりさらに上?――

 狐につままれたような表情を浮かべながらなっちゃんが尋ねると、カナコは至って真顔で同意するように頷いてみせる。

 カナコの予想ではまだまだ競りは長引き、入札額はさらに上がると思っていたのだ。

 それをこの娘はぴしゃりと押さえ、初値の僅か四倍で落札した。

 大した駆け引きだ――とカナコは先刻から感心しっぱなしだったのである。


「物にもよるが、あれだけの人数が参加するオークションなら、大抵初値の十倍はいくもんなんだよ。悪戯半分で値を吊り上げるバカな奴等もいるしねえ」

「そ、そうなんですか?」

「はい、目玉商品だとそうですね……二十倍はいくんじゃないでしょうか」

「……そんなに?!」


 それじゃあうちらが狙っている目玉商品トロンボーンは一体いくらになるというのだろうか。

 カナコに続いて補足するようにそう付け加えたハルカの言葉を聞き、東山さんは絶句しながらまじまじと少女の顔を見つめる。

 

「そりゃあ是が非でも欲しいと思っている者が集まれば、それくらいにはなるさね。まあギオットーネは目玉ではないにせよ、競りにはそれなりの人数が当初参加してた。だからこの子は、まず本気で落札しようとしてない連中を振るい落そうとしたのさ」

「……なるほど、それでいきなり値を吊り上げたの?」


 十二万ピースでお願いします!――

 声高らかに一気に四万もの値を吊り上げていた少女の行動を思い出しながらなっちゃんが尋ねると、はたしてその通りとハルカは頷いていた。

 

「立地条件と築年数を考えれば、ギオットーネの相場は平均十万前後だと思ったんです。あ、これ……おばさんには内緒にしてくださいね?」

「もちろん、それで?――」

「だからそれよりちょっと高い値段を提示すれば、ただの『不動産』として店の購入を考えてる人達であれば手を退くかなあって」


 身もふたもない話をすれば、東地区というこの街に住む者達を対象として商いを営む地区にある、それも築二十年の物件など、探せば他にも見つかるレベルの代物なのである。

 競りに参加したのは、あわよくば相場より安く競り落とせそうな、掘り出し物件の『匂い』を感じて参加した者達がほとんどであろう。

 そう考えたからこそハルカは、あの場でライバルを一気に減らそうと敢えて値を吊り上げていたのだ。

 そこまで考えてこの後輩は競りに挑んでいたのか――

 説明を聞いてなっちゃんと東山さんはただただ感心することしかできなかった。


「これで大方のライバルは振るい落すことができた。それでも競りに参加する奴なんて、あの店ギオットーネに、ただの『不動産』以上の価値を見出してる奴しかいなくなる……まあそんな輩なんて、この子とあと一人くらいだろ?」


 ハルカにとって、ギオットーネはただの店ではなく、絶対に奪い返さなければならない『恩人の宝物』であった。

 そしてもう一人、ギオットーネに単なる『不動産』以上の価値を見出している人物といえば――

 

「ウエダ――」

「そう、あいつはあの店に、この子ハルカと同等の価値を見出してる」


 呟くように憎々しい青年商人の名をあげたなっちゃんに対し、カナコはご名答とばかりに頷いてみせた。

 ギオットーネをここで競り落とせば、ノトの店奪還の機会は潰えることになる。

 そうなれば、当初の予定通り店を盾にしてハルカの返還を迫ることができるのだ。

 そのためなら彼はたとえ相場より上の入札額が付くことになろうとも、食らいついてくるだろう。


「あいつの参戦は想定内でした。正直言うともっと値段が上がってから絡んでくると思ったんですけど」

「予想外に他のライバルがあっさり引いてくれて幸いだったね。出なけりゃもう少し落札額は上がってただろうさ」

「はい、ラッキーでした」


 他の競り手が早めに手を退き、司会が落札決定の素振りを初期の段階で見せたのでウエダも慌てたのだろう。

 予想通り、あいつはハルカの妨害をするため、競りに参加してきた。それもかなり早く。

 あとはウエダとの一騎打ちに、いかに勝つかだが――

 だが少女はそれも考え済みだったのである。


「ウエダの参加は見越してたので、あとはサシで競り合いになった際、どう落札額を押さえるかがポイントでした」

「でもあいつ、随分粘ってたくせにどうして最後は諦めたのかしら?」


 あいつにとってギオットーネを押さえることは、即ちハルカを手中に収めることと同義なはずだ。

 だったらいくら値が上がっても財力に物をいわせてもっと競り合ってきてもいいはずじゃないだろうか――

 ふとそう思い、東山さんは不可思議そうに眉間にシワを寄せる。

 と、ハルカはちらりとカナコを見た後、風紀委員長のその問いに回答していた。


「それはまだ楽器トロンボーンの競りが残っていたからだと思います」

「トロンボーンの?」

「はい。それと……私の背後にカナコさんがいるってこともあったかも――」

「どういうこと?」

「ウエダの中で店より楽器の方が優先順位は上なのさ。ここで店を落札できなくても、別の手段でハルカを手中に収める手がまだ残っているからね」


 例えば最悪の場合誘拐してしまうとか――そう、アイコのようにだ。

 話していて不快な気持ちになったのだろう。カナコは隠すことなく表情を曇らせながら、首を傾げていた東山さんに説明する。

 

「だが楽器の方はそうもいかない。ここで落札できなければ後々の奪還は困難となる。例えばもし、異国から来た商人が楽器を落札して持ち帰ってしまったらどうなると思う?」

「――ぞっとする話だわ」


 下手をすれば楽器は大陸の外へと流れ出て二度と取り戻せなくなるだろう。

 ウエダにとって楽器と神器の使い手は、一攫千金となる謂わば金剛石ダイヤの原石なのだ。それは困るのである。

 そしてそれはなっちゃん達、音オケ部員の皆にとっても同じことが言えた。

 この大陸内ですら、ひいこら言いながら部員や楽器を探し回っているのだ。それこそ広大な砂漠の中から一粒の砂金を見つけ出す思いで。

 それがもしこの大陸の外――つまり世界中を探し回らなければならない羽目になってしまったとすれば、まゆみなんか卒倒して三日三晩寝込んでしまうのではなかろうか――

 微笑みの少女はうんうんと唸る日笠さんの姿を想像して苦笑を浮かべつつも、すぐにその苦労を鑑みて額を押さえる。


「だからこそウエダは、トロンボーンを確実に落札するために、できるだけお金を取っておきたかったんだと思います。なにせ競りの相手はカナコさんなんですから」

「なるほどね――」


 競りの相手はパーカス組合長にして、この街一番の大商人である。

 はたして彼女がいくらまで出せるのかなど見当もつかない。

 ならば楽器落札のために、ここは一ピースでもセーブしておきたいところだ――

 自分がもし同じ立場ならそう考える――と、ハルカはそこまで考えてから、威風堂々腕を組んで揶揄うように笑っていたカナコに気づき、苦笑を浮かべる。

 やっぱりできる事なら敵に回したくないなあ――と。

 

「だからきっとウエダは『ボーダーライン』を決めて競りに来るはずだって睨んでたんです」

「そしてその『ボーダーライン』を越えたから、あいつは店の落札を断念したってこと?」

「はい」

「でも最後いきなり値を二十一万に吊り上げたのはどうしてなの?」

「ああそれは、入札額が細かくなってきていたから、なんとなく『ボーダーライン』がわかったので」

「……そういえば、確か十六万くらいからあがり方が細かくなったような――」

「きりのいいところで二十万くらいがボーダーじゃないかって思ったんです。それで一気に突き放して戦意を奪うために値を吊り上げてみました」


 ちなみに二十一万にしたのは念のためである。

 まったくもって抜かりない。聞けば聞く程この子の商才には閉口してしまう――

 一通りの説明を終え、アイスティーをストローで美味しそうに飲むマメ娘の顔をまじまじと眺めながら、なっちゃんと東山さんの二人は感服するように溜息を漏らしていた。

 そんな二人の様子に気づいたハルカは、不思議そうに首を傾げていたが。


「せ、先輩方? どうしました?」

「いいえ。我ながら凄い後輩をもってしまったなあと――」

「そうですかね?」

「そういう風にさらりと言えてしまうところもね」


 もはや呆れるしかない。

 二人はお互いの顔を見合わせた後、ピンと来ていない表情で可愛い唸り声をあげる後輩を眺めて苦笑する。

 そんな三人の様子を眺めていたカナコは、豪放な笑い声をあげてハルカを向き直った。


「アッハッハ、まあともあれ自分の手で店を取り戻せたんだ。やったじゃないかハルカ」

「はい! カナコさん機会チャンスを下さって本当にありがとうございます。私……何年掛かってでも必ず返済してみせますから!」

「あ、あの竹達さん――」

「何年もは……ちょっと困るかな?」


 気持ちはわかるが完済まで待っていては、いつまで経っても元の世界に帰れそうにない――

 気合充実、有言実行、そして初志貫徹――両手をグーに握りしめてそう宣言したマメ娘を二人は慌てて諫める。

 だが心配ないと言いたげに、カナコは首を振ってみせた。


「大丈夫さね。この子の才能ならきっとすぐに返済できるさ」

「カナコさん」

「あんたにその気があるのなら、私も協力は惜しまない。その代わり商売の道は厳しいよ? 覚悟はいいかい?」

「はい!」

「よし、いい返事だ」


 この子はまだまだ伸びる――

 商才の塊のようなこの少女のことを、すっかり気に入ってしまったカナコは、満足そうに微笑み返すと、深く頷いた。

 

 と――


ギオットーネ落札おめでとうございます、お嬢さん」


 やにわに背後から聞こえてきた、慇懃なれど酷く不快なその称賛の声に、それまでの喜びもたちどころに吹っ飛び――

 四人は怒りを露にしながら、声の主を振り返る。

 案の定、すぐ傍らで営業スマイルを浮かべながら佇んでいた恰幅の良い青年の姿に気づき、ハルカは彼を睨みつけた。

 刹那、ガタリと音を立てて東山さんが席を立つ。

 しかし手を伸ばして彼女を制し、カナコは鬱陶しそうに眉根を寄せながらウエダを向き直った。


「そりゃどうも、あんたわざわざ祝辞を述べに来てくれたのかい?」

「過ぎた事ですしね、もう店の件は諦めました。手を退くことにしますよ」

「アッハッハ、そりゃあいい。ついでに楽器も手を退いてくれないかね?」

「ハハハ、それは無理な相談です。あなたこそ手を退いてはいかがですか組合長?」


 お嬢様の身が心配ならね――

 張り付けたような笑みを浮かべ、上辺だけの会話を続けていたウエダはややもってそう付け加えると、その顔から初めて笑みを消し去った。

 一瞬にして空気が張り詰める。同時に動きを止め、四人は息を呑んだ。

 そんな四人を野望ギラつく冷酷な表情で一瞥した後、ウエダは組合長へ顔を向け、彼女の返答を待つようにして小首を傾げてみせた。


「もちろん、意味はおわかりですね?」

「……最低ッ!」

 

 もはや我慢の限界だった。

 バン――と、テーブルを叩きながら東山さんは身を乗り出し、ウエダの胸倉を掴んで引き寄せる。談笑していた他の客達が、いがみ合う二人へ、何事かと一斉に視線を集中させる中、ウエダは涼しい顔で風紀委員長の顔を覗き込み、口の端にニヤリと笑みを浮かべる。


「殴りますか? 別に私はかまいませんよ、ただお嬢様の身がどうなるか。その保証はできませんが――」

「……くっ」


 囁くようにそう言って、ウエダは肩を竦めてみせた。

 剛腕無双の風紀委員長は悔しそうに歯ぎしりをしながらしばらくの間彼を睨み続けていた。しかし、やがて諦めたように青年の胸倉を掴んでいた手を離し、少女は不承不承ながら着席する。

 やれやれと嘆息すると、ウエダは胸元の乱れた衣服を直し、改まってカナコを向き直った。


「オークションが終わればお嬢様は解放します。ですから午後のオークションは辞退して頂けると助かるのですが」

「アリは今どこにいるんだい?」

「私の店にいますよ。ご安心ください今は無事です。そう……今はね――」

「卑怯者、馬車に轢かれて死ねばいいのに^^」


 変わらぬ微笑を浮かべつつ、なっちゃんは久々の毒舌を披露する。

 だがテーブルの上に乗せていたその拳は怒りに打ち震えているのが見てとれた。

 そんな少女の非難を余所目に、青年商人はさらにカナコへと身を寄せる。

 

「いかがでしょう。悪くない条件だと思いますが?」


 私も必死なんですよ。どうかご理解いただけませんかね――

 そう付け加えつつウエダのその表情は、わかりやすいほどこう語っていた。


 答えなど既にわかりきっているだろう?

 そうだ、おまえのできる返事など、一つしかないのだ――と。


 そして彼は散々煮え湯を飲まされ続けてきた組合長の口から、そのわかりきった返事が聞こえてくるのを今か今かと心待ちにしていた。

 だがしかし。

 そんな若き青年商人に向かって、豪放磊落な組合長は態度を崩さず――

 むしろ強気な笑みを浮かべながら、吐き捨てるようにこう返事をしたのだ。



「お断りだこの若造」



 ――と。

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