その31-2 生意気な後輩だなー?

パーカス 中央地区 市民ホール。

カジノ大会 特設会場―


AM 11:00 中央区 大カジノ場


 臨時で設けられた中央のカジノブースを囲うようにして広がる観客席。娯楽堂『ミリオナリオ』の支配人が、心血を注いでこの日のために創り上げた、まるで元の世界の闘技場コロッセオを彷彿させるその会場の片隅で、三白眼の少年は人知れず目を見開いていた。

 

 嗚呼、見つけた――と。

 

「どうした?」

「別に……」


 一瞬ではあるが、傍らの少年が驚きの表情を見せたように感じ、ツネムラは不思議そうに彼を見る。

 しかし少年――鈴村祐也モッキーは、再会の嬉しさと興奮をひた隠し、いつもの無表情ポーカーフェイスを浮かべながら不愛想にそう言い放つ。

 そしてツネムラから顔を背けた。

 少年とツネムラが会場入りしたのはつい先ほどだ。

 会場の場所は知らされていたが、待ち合わせ場所は特に決まっていなかった。

 だが、なんとなく行けば会える――モッキーはそう感じて、ぶらりと会場に足を運んでいたのだ。

 はたして、会場入り口でばったりと出くわした、その行雲流水な少年の姿を見てツネムラはにやりと笑う。

 ほんとに食えねえガキだ――と。

 

 しかし会場内に足を踏み入れた二人を待っていたのは、予想もしていなかった二人の人物だった。

 一人はフード付きの外套を目深に被り、狂った輝きをその目に秘める白髪長身痩躯の男。

 そしてもう一人は、その男に連れられてやってきていた、少年が良く知る、やや垂れ目の気弱そうな少女――

 

 その少女を一目見るなり、モッキーはすぐにでも彼女の手を掴み、引き寄せたい衝動に駆られた。

 だが冷静で判断力に富む少年は、何かがひっかかりその衝動を抑えこむ。

 少女の様子が明らかにおかしいのだ。

 彼女は傍らの白髪の男に誘われるがままに、ただただその場に佇んでいた。

 自分にまったくもって反応を示さず、ぼんやりと虚空を眺め、その光の消えた瞳は何も映していないようだった。

 

「なんのようだ? ブスジマ」


 努めてポーカーフェイスを崩さぬように、アイコの様子を窺っていたモッキーは、黒鼬の首領が不機嫌そうに放ったその言葉で、我に返ったように彼を向き直る。

 モッキーの視界に映ったツネムラは、露骨に嫌悪を顔に浮かべ、顎をしゃくりながら白髪の男を睨みつけていた。

 

「ヒャハハ、ウエダから頼まれてね。アンタが捜してた『神器の使い手』を連れてきてやったぜ?」

「なんだと?」


 フードの奥の目を光らせ、少女の背中を軽く押してツネムラへ差し出すと、ブスジマは確認しろ――と、言いたげに小首を傾げてみせる。

 アイコは何ら抵抗を見せず、男に押されるがままに一歩前へとその身体を進めていた。やはりその表情はまったくもって微動だに変化せず、まるで人形のように無感情のままだ。

 と、ツネムラも少女の放つ違和感に気づき、彼女の顔を覗き込むと、その眼前で意識を確認するように数度、手を振ってみせる。

 そして予想通り何の反応も示さない少女を見て舌打ちすると、鋭い視線をブスジマに浴びせかけたのだった。


「てめえ一体何をした?」

「来る途中、あんまり暴れるんで大人しくしてもらっただけだ」

「……薬か?」

「ヒャハハ心配いらねえよ。ただの鎮静剤だ、数時間もすれば元に戻る」


 なお訝し気な視線をこちらへ向けるツネムラに対し、白髪の狂人は大袈裟に肩を竦め、甲高い笑い声をあげる。

 なるほど道理で――話を聞いたモッキーは内心納得しながらも、しかしよくも彼女に、と沸き上がる怒りに堪えるようにして人知れず拳を握りしめた。


「確かに届けたぜ、副頭領殿?」

「チッ、余計な事をしやがって――」

「ヒャハハ、いらねえのかよ? なら俺がもらいうけるぜえ、遅かれ早かれうちらの手に入るモンだしなあ?」


 頭領の命令でアンタに協力してやっただけだ。

 それにどのみちその女は、コル・レーニョうちらへの貢ぎ物にするつもりだろ?

 だったら回りくどいことせずにこの場で引き取ってやる――

 長い舌でべろりと口の端を舐め、ブスジマは挑発するようにツネムラへと顔を突き出す。

 屈辱的な茶番だ――

 悔しそうに奥歯を噛み締め、しかし商人の街の掟に従いツネムラは差し出されたその『商品』を不承不承ながら引き取った。

 

「それよりアンタの方は大丈夫なんだろうなぁ? 副賞の楽器はちゃんと手に入れられんのか?」

「心配いらねえ、黙って見てろ」

「ヒャハ? こんなガキが代理人とはねえ」


 本当にコイツ強いのか?――

 爛々と瞳を輝かせながら、ブスジマは訝しそうにモッキーの顔を覗き込む。

 モッキーは鬱陶しそうに僅かに眉を顰めたが、それ以上は何ら反応を見せずそっぽを向いたのみだ。

 相変わらずのクールな少年の態度に、小気味よさげに笑みを浮かべツネムラは白髪の狂人を向き直る。

 

「蛇の道は蛇だ。こいつに任せておけ」

「ヒャハハ! ま、困ることがあったらまた呼んでくれよ。いつでも力になるぜぇ?」

「はっ! いらねえよ、これ以上余計な真似するんじゃあねえ。大人しくしてろ」

「へえへえ、そこまで言うなら黒鼬のお手並み拝見と行こうか……ヒャハハハ!」


 ハセガワはそう言って近くに控えていた数名の手下を向き直り合図を送る。

 そして彼等と共に観客席へと姿を消していった。

 心底いけすかねえ野郎だ、人の縄張りで勝手やりやがって――

 苛立たし気にブスジマを見据えていたツネムラは、やがてモッキーを向き直ると、サングラスを押し上げながら彼の眼を見下ろす。

 

「てなわけだリュウ。覚悟はいいか?」

「ああ……」

「どうした、まさか緊張してんのか?」


 傍らに立つ少女をじっと見つめて続けていたモッキーは、やにわに投げかけられたツネムラの言葉に、思わず抑揚のない返答をしてしまっていた。

 だが慌てて我に返ると、チッチッ――と舌打ちしながら誤魔化すようにポリポリと頬を掻く。幸いにもツネムラは気づかなかったようだ。彼は珍しそうに少年を見下ろしながら揶揄う様にそう尋ねていた。

  

「いや……大丈夫、任しておくぴょん」

「頼んだぜ。俺はお前に全てを賭ける」

「わかってる。必ず楽器を手にしてみせる」

「期待してるぜ……じゃあいくか」


 出場者は開始三十分前までに控室へ集合することになっている。

 アイコの背中に手を当て彼女を誘導しながら、ツネムラは踵を返して歩き出した。

 刹那、少年はしかし、その後に続くのを躊躇うように一歩踏み出した足を止め――

 そして直感的に感じた気配に誘われるようにして、とある一点を向き直る。

 

 それはカジノブースを挟んで丁度反対側。向かって西側の会場入口。

 やにわに姿を現した、好敵手をその目に捉えると――

 勝負師は僅かであるがその口元に、『歓迎』の笑みをうかべたのだった。

 


♪♪♪♪



 笑ってやがんぜあいつ。生意気な後輩だなー?――

 彼の勘はすぐに教えてくれていた。『あいつモッキー』がどこにいるか。

 一歩会場に入るや否や、こちらに向けられていた勝負師のその視線に気づき、クマ少年はにんまりと笑う。

 何とも楽しそうに、わくわくしながら。


「こーへい?」

「んー?」


 だが後ろから続いて入って来た我儘少年の声に気がつくと、彼はその笑みを消し、咥えていた火の付いていない煙草をプラプラとさせながら振り返る。

 なんだかまたこいつの様子がおかしかったような気がしたが、杞憂だったか――

 振り返ったクマ少年がいつも通りの表情であったのを確認し、カッシーは何でもないと首を振ってみせた。

 

「おー、集まってる集まってる」

「これはまたかなりの観客になりそうッスね」


 と、二人の後に続いて最後に会場へ足を踏み入れたエリコとチョクが、開始一時間前だというのに既に埋まりつつある観客席を一望しながら感嘆の声をあげる。

 つられて観客席を見渡した我儘少年は、途端に顔に縦線を描き、そそくさと掌に人の字を書いて呑み込んでいた。

 それを見て呆れたようにエリコは眉根を寄せる。


「ちょっと、アンタが緊張してどうすんのよカッシー」

「んな事言ったって、こんなに観客がいるなんて聞いてなかったしさ……なあこーへい?」

「んー、いいねえ。わくわくしてきたぜ?」

「……おまえは緊張とは無縁の男だったな」


 そもそもいつでもどこでもお気楽極楽マイペースなこの少年が緊張することなどあるのだろうか――

 同意を求めてクマ少年を振り返ったカッシーは、緊張の『き』の字も見せず、何とも楽しそうに観客席を眺めていた彼に気づくとやれやれとため息をついた。

 

「さてと、それじゃ控室に行きましょうか。着替えなきゃいけないしね」

「へいへーい」

「ひ、姫……本当に『あれ』に着替えるんですか?」

「あったり前でしょ? せっかくカナコから借りたんだしさあ。それともアンタ、私が素顔で出席してばれてもいいの?」

「それはそうですが、せめてもう少し別のがあったのでは?」

「やーだ。あれがいい」

「トホホホホ……」


 と、消極的に諌言を放ったチョクを向き直り、エリコはジト目で彼を見据えて首を振る。

 やれやれと眼鏡を指で直し、気苦労の絶えない元お付きの青年は肩を落としていたが。

 お騒がせ王女はそんな眼鏡青年を余所目に踵を返し、意気揚々と控室へと歩いて行く。

 クマ少年はもう一度、確認するように会場の反対側を一瞥していた。しかしそこには好敵手である三白眼の少年の姿は既になく――

 彼はにんまりと再び笑みを浮かべると、エリコの後を追うように歩き出す。


 開始まであと一時間。既に会場は観客の期待と、世界各国より集まった名うての勝負師ギャンブラー達の気焔によって、熱気を帯び始めていたのであった。

 


♪♪♪♪



パーカス 中央地区

商業祭限定 オークション特設会場―

AM11:40


 オークションが始まってはや一時間半強――

 様々な言語によるせり声と、落札ハンマープライスの度に会場から漏れる、喜怒哀楽の溜息と歓声。

 古今東西様々な品を求めて集まった、世界各国の商人、富豪、数寄物家コレクター達の我欲とプライドの入り混じった競り合いによって、会場は熱気に包まれていた。

 そしてそれは午前の部が終わろうとしていた頃合い。

 少女達が、いや、クリクリ瞳のマメ娘が、今か今かと待ち続けていた待望の出品物が競りに登場する。

 

「さて次なる出品はエントリーNO.51。東地区並木通り商店街のパン屋『ギオットーネ』です」


 司会進行役の商人組合に所属する女性が声高らかに品名をコールすると、ガラガラと台車に乗せられステージに運ばれてきたのは、ギオットーネの模型と、ボードに貼られた店の見取り図と、外観の描かれた絵。そして店の権利書である。

 やにわに会場は騒がしくなった。


「築二十年、二階建て南向き。おまけに日当たり良好。東地区並木商店街の一等地にありますこちらの物件は、これから新たに店を持とうというお方にとってはうってつけの掘り出し物となっております」


 いよいよだ――

 司会の説明を聞きながら、ぎゅっと両手を握りしめ、ハルカはじっとステージに展示された店の見取り図と模型を交互に見据える。

 一方で豪放磊落な組合長は、ちらりと会場を一瞥すると、相変わらずの張り付けたような笑みを浮かべつつ、臨戦態勢に入ろうとしていたウエダを発見し、面白そうに不敵に笑った。


「なあ、ハルカ――」


 やにわに彼女は隣に座っていたマメ娘を向き直り、なんだろうと首を傾げたその少女に向かってこう言ったのだ。


「――この競り、あんたがやってごらん」


 ――と。

 きょとんとしていたハルカは、すぐに我に返ると放たれたその言葉の意図を窺うようにカナコの目をじっと見つめる。

 対して、カナコは豪放な笑い声をあげた後、強気な微笑みを浮かべながら少女の視線を受け止めていた。


「ノトさんの店、自分の手で取り返したいだろ?」

「カナコさん……」

「好きにやってごらん、落し値は任せる。ただしできる限り抑えてやってみな」


 あんたならできるはずだ――

 そう付け加えると、カナコはポンと少女の肩を叩く。

 自分の手で納得のいく結果を出せるようにしてくれた彼女の粋な計らいに感謝しつつ、ハルカは力強く頷いてみせた。

 

「わかりました!」

「ハルカちゃん……大丈夫なの?」

「はい、あいつに一泡吹かせてやりたい――」


 正直言って競りの参加は初めてだ。

 けどこの一週間、シズカから教わってルールと基本は一応勉強してきた。

 心配そうに尋ねたなっちゃんに対し小さく首を振り、少女は俄然闘志を漲らせる。

 

「よし、その意気さね。気の済むようにやってみな!」

「はい!」


 お手並み拝見――満足そうに笑って腕を組み、椅子にもたれ掛かったカナコに対し元気よく返事をすると、ハルカは正面を向き直る。

 一方で、野望高き青年商人も開始の合図を今か今かと待ちながら身構えていた。

 さあ来なさい、そうやすやすとあなた達の思い通りにはさせません――と。

 そのやり取りの終わりを待っていたかのように、司会は説明を終えゆっくりと会場を見渡す。

 

「それでは競りを開始します。初値は――五万八千ピースからです!」



 少女にとってこれがこの世界で『商人』としてのデビュー戦――

 静まり返った会場に響き渡った司会のその声を皮切りに、彼女は商いの戦場へとその身を投じたのであった。

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