その31-1 あくまで私に挑む気かい?

パーカス 西地区ウエダの店 オフィス―

AM 8:10 


 してやったり――

 眼前にひれ伏すように座り込み、悔しそうにこちらを睨みつけている少女に組合長を投影させ。

 そして怯えた眼差しで震えながら自分を見上げるもう一人の少女に勝利の愉悦を覚え。

 青年商人はその二人を見下すように眺め、満面の笑みを浮かべる。


「ヒャハハ、お望み通り連れてきてやったぜぇ?」


 我が物顔でソファーにふんぞり返っていたブスジマは、どうだとばかりにニヤリと笑い、自分が連れ去って来た『戦利品』にご満悦な様子の依頼主ウエダを向き直った。

 

「ご苦労様ですウエダさん。しかも『おまけ』までつけてくれるとは……追加報酬ははずませてもらいますよ」

「毎度ォ。ちょろいもんよ」

「これで顧客ツネムラさんにも怒られないですみそうです」


 どうぞ――と言いたげに懐から取り出した金貨の詰まった袋を差し出しウエダは首を傾げる。

 べろりと舌を覗かせ白髪の狂人は、引っ手繰るようにしてその袋を受け取ると、中を覗いて目を輝かせていた。


「残るはあのパン屋の娘のみだ……見てなさい組合長。その余裕面がいつまで持つか見物です」

「……あなたなんかに母さんが負けるもんですか!」


 執念深き復讐の炎をその目に灯した青年少年の呟きを聞き、後ろ手に縛られ跪かされていたアリは、それでもなお屈服せずに彼を見据えていた。

 だがそんな少女を余裕の表情で見下ろしながら、彼は少女の頭にぐっと足を押し付ける。

 口の中で苦痛の呻き声をあげた少女を眺め、ウエダは嗜虐的な笑みをその口の下に浮かべてみせた。


「大罪人の娘が偉そうな口を――」

「……信じない……あなたの言う事なんか絶対に!」

「何と言おうとお前は奴隷の娘、罪人の娘。それは決して覆ること無い事実なんですよ」

「……嘘だ。絶対に信じない……母さんに聞くまで」


 ぐっと押し付けられたウエダの足を跳ねつける様に額に力を籠め、少女は口の中でそう繰り返していた。

 まったく一度どん底に突き落としてやったのに、あの忌々しい女に似てしぶといガキだ――

 決して屈さぬアリのその反発を見て、辟易したように舌打ちするとウエダは諦めたようにアリから足を離し、ブスジマを振り返る。


「ブスジマさん、すいませんがもう一働きお願いしたい。この奴隷をツネムラさんに届けてくれませんか?」

「ヒャハハ、構わねえぜ。んで、そっちのガキはどうするんだ?」

「人質です。組合長を揺さぶるのにせいぜい使わせてもらいますよ」

「……あなたって奴はどこまでっ――」

「まあしかし奴隷の娘だ。もしかすると組合長は貴女を切って捨てるかもしれませんが――」


 そうなったらそうなったで、奴隷として売り飛ばすのみだ。

 異国の血が混ざった娘を好む買い手もいる。まあそういった手合いに買われた奴隷の娘は大抵長生きはできないが。

 物を見る視線をアリへと向け、冷徹な口調でウエダは言い放つ。


「あなたなんか商人じゃないわ。ただの守銭奴よ」

「守銭奴ね……結構じゃないですか。商人は『利』によって動くべきだ。私はそれを徹底して来たからこそ、ここまで成功できた。商売に感情は不要。ましてや義理人情など決して挟んではいけないのですよ」


 そう、利用できるものはなんでも利用する。

 それが『利』に繋がるのならば、たとえ親だろうが、子だろうが――

 吐き捨てるようにそう言って、ウエダはアリを見下すように鼻で笑う。

 そして入り口付近に控えていた手下達に、顎をしゃくって合図をだした。

 彼等はその合図を受け、アリの下に歩み寄るとその両手を掴んで強引に立ち上がらせる。


「私には私の信条がある。貴女のお母様にもあるようにね。誰が正しくて誰が間違ってるなんてないでしょう?」


 連れていけ――

 手下達にそう指示を下し、ウエダはブスジマを振り返った。

 背中を押され無理矢理連行されながらも、少女は部屋を去るまで青年少年を睨み続けていた。

 と、アイコは決死の表情で顔をあげ、連れ去られるアリを助けようと立ち上がったが、白髪の狂人がその手を掴み強引に彼女を引き寄せる。

 

「ヒャハハ! てめえも相当捻くれた人生送って来たんだねえ」

「お互い様でしょう。この世界は綺麗事だけでは渡っていけないのですよ。それではその奴隷の事、頼みましたよはお願いしました。私はこれから出かけなくてはならなくてね」

「どこへ行く気だ?」

「なに、野暮用ですよ」


 もう一人の奴隷を手に入れるためには、少し時間がかかる。そのための布石は万全にしておきたい。

 それに直前で掴んだ新しい情報。もし本当ならば、『あれ』は新たな金づるだ――

 再びウエダは『作り笑い』の仮面をその顔にかぶり、しかし野望にぎらつく瞳でブスジマに向かって小首を傾げてみせた。

 青年のその目を見て、白髪の狂人はさも愉快そうに甲高い笑い声をあげる。


「ヒャハハ、まあせいぜい気をつけな」

「何にです?」

「決まってるだろ、『神器の使い手あのガキども』にだよ……あいつらはやたらしぶてえからな」


 勝ったと思っても、どん底まで蹴落としても、あのガキどもはしぶとく諦めないで歯向かってくる。

 チェロ村での苦い敗北を思い出し、ブスジマは一瞬ではあるが苦渋に満ちた表情を浮かべながら答えた。


「逆に一杯食わされねえようにな?」

「……ご忠告、ありがたく受け取っておきますよ」


 捨て台詞のようにそう付け加えて、嫌がる少女を引っ張りながら出て行ったブスジマを見送るようにそう返すと――

 ウエダは窓辺に歩み寄り、眼下に広がる広大なリード河を眺めて目を細めた。


「さて組合長、目に物みせてくれましょう。そろそろ世代交代の時期ですよ――」


 一人残った青年商人は、誰もいない部屋の中、静かに呟いたのだった。



♪♪♪♪


パーカス 中央地区 大通り―

AM 9:20


 商業祭。

 年に一度、五日間にわたたって開かれる、街をあげてのその祭は、つい先ほど幕を切って落とされた。

 オラトリオ大陸中、はては諸外国からも様々な品がこの街に集い、そしてそれらを求めて世界各国から人が集まる。

 この五日間、街は人種のるつぼと化す。

 通りを行きかう人々から聞こえてくる聞いたこともない言語、所狭しと並んだ露店に並ぶ珍品名品。そしてそれに群がる人だかり。

 見る物聴く物全てに圧倒されながら、なっちゃんと前田さん、それにハルカは、つい先ほど開会式を終えたカナコに案内され、オークションが行なわれる中央地区の広場へと向かっていた。


「なんて人の数かしら……」

「きょろきょろしてるとはぐれちまうよ」


 あっけに取られて目を白黒させる少女達を振り返り、先頭を歩いていたカナコは揶揄う様に声をかける。

 小柄なハルカは人の波に呑まれそうになりながらも必死に掻き分け、慌ててカナコの後を追い出した。


「す、すいません! おばさんから話は聞いてましたけど、ここまでとは思わなくて!」

「アッハッハ。まあしょうがないかね。初めてこの商業祭を見るんじゃあ」

「これ、一体どれくらいの人が集まってるの?」

「五日間の動員見込みはおよそ八十万人。収益目標は二十億ピース、ざっと管国国家予算の三割はいく見込みさ」

「そ、そんなにですか!?」


 カナコの口から出た言葉に、いの一番に目を白黒させたのはハルカだった。

 なっちゃんと東山さんは、その法外な桁数にいまいちピンとこないらしく、狐につままれたような表情をしていたが。

 この子はやはり商才があるね――数字の価値を的確に理解したマメ娘をちらりと見て、カナコは感嘆の表情を浮かべる。

 

「同時にパーカス町の住民にとっちゃ欠かせない祭りでもある」

「欠かせない? 売り上げだけじゃなくてですか?」

「ああ。今日は戦火によって荒廃したこの街が復興した日――」

「……なるほど」

「私達商人はこの日に感謝し、そしてこの日を決して忘れちゃいけないんだよ」


 ふと脳裏をよぎった夫の笑顔に僅かに悔恨の表情を浮かべ、しかしカナコはすぐにその感情を心の中にしまうと、人々で賑わう街を一望し誇らしげに笑ってみせた。

 と――


「まったくもってその通りです。流石は組合長、素晴らしいお言葉で」


 やにわに拍手と共に聞こえてきたその声に、カナコ達は会話を中断して向き直る。

 いわずもがな、彼女達のその視界に見えたのは、恰幅のいい青年商人の姿だった。

 途端に表情を強張らせ、ハルカは怯える様にさっとカナコの後ろに隠れる。

 微笑みの少女と剛腕無双の風紀委員長は、彼女を庇うように間髪入れずに間に割って入ると、何の用だとウエダを睨みつけた。

 そんな少女達に目もくれず、ウエダは相変わらずの慇懃な態度を変えぬままカナコに歩み寄るとぺこりと一礼してみせる。

 

「おはようございます組合長。いやはやよい天気に恵まれてよかった。今年の商業祭も盛況しそうですね」


 何を白々しい――

 たまらず東山さんはむっと眉間にシワを寄せ前に出ようとしたが、カナコがそれを制して代わりに一歩前に出た。


「アッハッハ、そうだねえ。おかげさまで今年もうまくいきそうだよ」

「ところで皆さん揃ってどちらへお出かけで?」

「ちょっとその先のオークションに野暮用でね。欲しい物があるのさ」

 

 いつもと変わらぬ堂々たる豪放な態度でそう答え、彼女は親指で背後に見えて来ていた広場を指す。

 その指の先にはずらりと並べられた椅子と即興で作られたステージが見えた。

 どうやらあれが会場のようだ――ちらりと振り返ってなっちゃんは確認してから彼女は再びウエダへと視線を戻す。

 と、ますますもって営業スマイルを顔に浮かべ、ちらりとカナコの差した指先へと視線を向けてから、ウエダはわざとらしく驚く素振りをみせた。


「それはそれは、何たる奇遇。実は私も野暮用でオークションへ向かう所だったのですよ」

「アッハッハ、なんだ知ってたのかね。こりゃ残念だ、今すぐ頭打って忘れてくれないかね?」


 まあ、これだけ執拗に『神器の使い手』を狙っている男が、オークションに出る楽器の情報を逃すはずがない。

 さらに言えば、楽器だけじゃないであろう。

 未だハルカの事も諦めていないこいつのことだ。恐らくギオットーネを奪還しようとしているこちらの目論見にも気づいているはず。

 絶対に何らかの妨害を仕掛け来るに違いない――カナコは内心そう思いつつ、半面これ以上隠すのも無駄とも悟り、皮肉を込めてそう言い放っていた。

 対してウエダは苦笑を浮かべ肩を竦めてみせる。

 相変わらず酷い言われようだ――と。

 

「クックック、それはできません、情報は商人にとって命ですから」

「あくまで私に挑む気かね?」

「仕事に信用がなくなると、商売あがったりなのでね」

「で、そのためにはどんな事でもすると――私の仲間とアリちゃんをどこへやったの?」


 と、面倒くさそうに顔を顰めたカナコの傍らから、微笑を浮かべなっちゃんがその前哨戦に参戦の意を示す。

 だが気持ちの良い程にワザとらしく、心外である――といった表情を作り、青年商人は少女の問いに首を傾げてみせた。

 

「さて……なんのことやら?」

「いい根性してるよ、あんた」

「褒め言葉と受け取っておきますよ組合長。それではまた会場でお会いしましょう」


 そう言って再びぺこりと一礼すると、ウエダはカナコの横を通り過ぎそそくさとオークション会場へと消えていった。

 少女達は心底深いそうに去っていくその青年の背中を睨みつけ、ほぼ同時にべっと舌を出す。


「あのメタボガマガエル……ほんと腹立つわね」

「ええ。許せないわ」

「アッハッハ、まああの商売に対する執念は嫌いじゃないがねえ。だが私もなめられたもんだ。伊達で組合長やってるわけじゃないってことを、あの若造にしっかり教え込んでやるよ」


 

 さて、それじゃあぼちぼち私達も行こうか――

 そう言って豪放磊落な組合長は再び歩き出す。

 なっちゃん達も気合の入った表情でお互い顔を見合わせると彼女の後を追って、オークション会場へと入場していった。

 

 

♪♪♪♪



パーカス 西地区ウエダの店 裏手―

AM 9:50


 巨大な倉庫を改築してできた、かの青年商人の店の裏。

 奴隷が逃げないように、また周囲から中の様子を窺われないように、故意に高く造られたそのレンガ造りの塀に一本の鍵付きロープがかけられる。

 やにわに現れた黒い影がそのロープを伝い身軽に塀を乗り越えたかと思うと、物音一つ立てずに内側へと着地した。

 その黒い影――シズカは油断なく辺りを見回し、周囲に人の気配がない事を確認すると外側へと合図を出す。

 と、新たな人影が、よいしょっと可愛い声をあげながらロープを伝い姿を現すと、壁を乗り越え、恐る恐るといった感じでぴょんと内側へ飛び降りた。

 

「気づかれませんでしたか?」

「ええ。大丈夫です――かのー、もういいよ。登り終わったから」


 新たな人影――日笠さんは、シズカの問いかけに端的にそう答え、壁の向こう側にいるはずの少年に小さな声を投げかける。

 刹那。合間を空けずに、トン――と、軽く壁を蹴る音がしたかと思うと、かのーは塀をひょいと軽々飛び越え少女の隣に着地した。

 ロープも使わず簡単に塀を飛び越えてきたバカ少年を見て、日笠さんは感心したように目を白黒とさせる。


「……ほんと身軽だよね、あなたって」

「ムフ、ロープ使うのメンドクセーディス」

「お二人とも準備の程はよろしいでしょうか」


 と、依然として警戒を続けていたシズカが二人を振り返り尋ねた。

 無駄話もここまで――日笠さんとかのーは、敏腕秘書のその問いかけに各々頷いてみせると、途端に気合の入った顔つきで彼女の横に屈みこむ。


「どうやら警備は手薄なようです」

「みんな商業祭に出払っちゃってるのかな?」

「だといいのですが――」

「それで、どうやってアイコちゃん達を探すつもりなんですか?」

「ドゥッフ、そんなの決まってんデショー! 手当たりシダイ部屋をマワル!」

「え?」

「そうですね……お嬢様達がどこに捕まっているか手がかりもありませんし――」

「え? え?」

「ムフ、じゃオレサマあっちサガスヨー」

「承知致しました、では私はこちらを」

「え? え? えええ?!」

「ソンジャマタネー」

「ええ、後程――」

「あ、ねえちょっと! 二人とも?」


 言うが早いがお互い頷きあい、あっという間に散開していってしまった二人を交互に眺め、一人取り残された日笠さんは呆気に取られて目をぱちくりとさせる。

 

「もう! ちょっとくらい待ってくれてもいいのに――」


 ややもって我に返ると、少女は苦労人特有の深い深い溜息を一つ吐き、追うようにしてその場を後にしたのであった。

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