その30-3 パーカス大作戦

 魔法もあるんだ。

 喋る刀があったってまあ不思議じゃないのかもしれない。

 それでもやっぱり吃驚するものは吃驚するわけで――

 少年の後ろから一部始終を眺めていた日笠さんは、やにわに言葉を発した刀を目をぱちくりさせて見つめながら、その無機物とは逆に言葉を失っていた。

 

「四十二代目時任ときとう作、『退魔守時任たいまのかみときとう』――東方三大大業物の一つらしいんだけど、いかんせんこの通りの妖刀でね」

「よ、妖刀……」


 呪われるんじゃないかと急に心配になり、カッシーは口をへの字に曲げる。

 そんな少年の様子に小気味よさげにケケケと笑い、刃のないその刀は鈍く刀身を光らせた。

 

「私の国では『妖刀時任』と呼ばれている呪いの刀です。代々魔を討つ家系の刀鍛治が、自らの魂を封じ込めたと伝えられています」


 カナコの傍らへ歩み寄って来たシズカは、かつて父から聞いた話を思い出しながら、少年の持つ刀へ胡乱な物を見るような眼差しを向ける。

 と、やにわに話を聞いていた日笠さんはシズカの話に疑問を抱き、彼女を向き直った。


「私の国? それじゃシズカさんってこの大陸の人じゃないんですか?」

「はい、『エド』という国からきました」

「エド……」

「この大陸の東にある島国です」


 ちなみにシズカは『静』と書くのだそうで。苗字はないとのこと。

 初めてみた時のどことなく『和風美人』と感じた第一印象は誤ってはいなかったようだ。別の国から来たとなれば顔立ちが異なってもおかしくない。日笠さんは納得したように小さく頷いていた。

 と、そんな少女を余所目に、会話を聞いていた妖刀は、久々の解放感を味わうように爛々と刀身を光らせ、遺憾なくその毒舌を発揮しだす。


―てめえら! 黙って聞いてりゃ人の事を、妖刀だの呪いの刀だの好き放題いいやがって。ぶった切ってやる!―

「アッハッハ、できるもんならやってごらんよ、刃もない癖に」

―うるせえ女! こんなカビ臭い部屋に七年も閉じ込めてやがって、覚悟はできてんだろうな?―

「おまえなんかそのまま錆びちまえばよかったのにねえ。で、あんたどうするんだい?」

「へ?」

「ご覧の通りの口が汚いナマクラだがね、必要なら持っておいきよ」


 そう言ってカナコはカッシーを向き直った。

 この妖刀を彼女が手に入れたのは今から九年前のことだ。

 エドから来たという骨董品を扱う商人から、掘り出し物だと言われ買ったはいいものの、その実ご覧の通りの口やかましい喋る刀。

 おまけに使役しようにもこの刀には持ち主を選ぶとある秘密がある。騙されたと彼女が分かった時にはもう遅かった。

 使おうにも使えずに、仕方なくカナコは倉庫の奥深くにこうして封印しておいたのだ。

 だがこの少年は偶然かもしれないが、曰く付きの妖刀を手に取った。

 はたして、少年がやたら癖のあるこの妖刀を使役できるかは別として、だがこれは運命なのではないか――カナコは思ったのだ。

 しかし彼女の思惑を知らない我儘少年は、唐突に話を振られ、面喰って思わず言葉を失っていた。

 そしてどうしたものか、と困ったように時任を見下ろす。

 

「カタナを知ってたってことは、使い方も知ってるんだろ?」

「そりゃまあ一応は……でももうこの剣ブロードソードがあるし――」

―ケケケ、この小僧が俺を扱うってのか? なんだか頼りねえひよっこに見えるが大丈夫かよ?―

「ひ、ひよっこ……」

戦場いくさばに出たら、いの一番に討たれそうな新米の顔してるしな……こんな小僧に俺を使役できるたあ思えねえが―

「……」


 無機物に軽口を叩かれるのが、こんなにムカッと来るとは初めて知った。

 まあそんなこと今まであるわけなかったので、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 少年は時任の刀身を眼前まで持ってくると、八重歯を覗かせながらそれを睨みつける。


「何様のつもりだこのナマクラ……」

―ああ? 正直な感想を言ったまでだが? それとも小僧、おまえ俺を使いこなせる自信があるのか?―

「うっさいボケッ! ただの模造刀が喋れるだけの癖に、何でそんな偉そうなんだっつの!」

―模造刀いうんじゃねえ! 退魔の刀に刃はいらねえんだよ―

「退魔の刀? やっぱりナマクラじゃねーか!」

―ナマクラいうな! まあいい、正直一人前には程遠そうな小僧だが、鍛え甲斐はありそうだ―

「はあ? 鍛える?」

―俺を持ってけ小僧、強くなりたいならな―

「強く……?」


 カビ臭い倉庫で眠るのもそろそろ飽きてきた――

 ケケケと笑って時任は我儘少年に取引を持ち掛ける。

 一方でカッシーは額に二つほど青筋を浮かび上がらせ、引き攣った笑顔と共にわなわなと、そのナマクラの柄を握りしめていた。

 なんつー上から目線でクソ生意気な刀だ――と。

 

 だが、何故かこの時任ナマクラの言葉は耳に残った。

 強くなりたい。少年がこの世界に飛ばされてからずっと思っていることだ。

 皆を護れる強さがほしい。チェロ村でも、ヴァイオリンでもそう思ってた。

 そして多分これからもだ。

 もし強くなれるというのなら、皆を護れる力を得られるなら、なんだってやってやる。

 それがチェロ村を発つ時に決めた『覚悟』だから――


「本当に強くなれるんだろな?」

 

 はたして、懐疑的な視線を向けつつも少年は物言う刀にそう尋ね、口をへの字に曲げる。

 時任はまたしてもケケケと笑ったのみ。この小僧、良い目をしやがる。気合いだけは一人前だな――と。

 刹那。

 パチンと時任を鞘にしまい、意を決した双眸でカナコを振り返ると、カッシーはにへらと笑う。


「この刀、貰います」


 腕組みしてやりとりを眺めていたカナコは、少年の返答を聞いて豪快な笑い声をあげると頷いてみせた。

 なんだか、まんまと話す刀の脱出計画に乗せられてしまったような気もするが――と、日笠さんは一人肩を竦めていたが。

 だが少年はまだ知らない。これからの旅で、彼が毎度毎度地獄の苦しみを味わうことになることを――


―ケケケ、久々の娑婆だぜ。よっしゃ俺に任せておけ!―

「うっさいっつのボケッ! お前人前で喋るなよ? 俺が怪しまれるから」

「でもカッシー、そっちの剣はどうするの?」


 と、途端はしゃぎ始めた妖刀を、やっぱり失敗だったかもしれない――と後悔の眼差しで見据える少年に対し、日笠さんは彼の腰に差しているブロードソードを見ながら尋ねる。

 さて困った。せっかくヨーヘイから貰った剣ではあるが、武器は二つもいらないし嵩張るだけだ。

 どうしたものか――と、カッシーは思案するようにしばしの間唸っていたが、しかしやにわに時任がケケケと笑い声をあげたのに気づき、彼は心底鬱陶しそうに物言う刀を見下ろす。

 

―そのままでいい。その剣も差しておけ小僧―

「そのまま? ブロードソードこれどうする気だよ?」

―いずれわかる、とにかくとっとけ―


 自信たっぷりでそう言って、時任はその身を鈍く光らせた。

 仕方なくカッシーはブロードソードをそのままに、時任を左のベルトに差して片側に纏める。

 西洋剣ブロードソードと日本刀。和洋折衷であまり見栄えは良くないがこの際仕方ない。

 

「あらカッシー、その刀持っていくことにしたの?」

「おー、日本刀じゃん」


 と、ようやく武器選びを終えたなっちゃんと東山さん、そしてこーへいとハルカもやってきて、少年の腰に差された日本刀を物珍しそうに眺めながら感想を漏らした。

 彼等が物言う刀に気づいて先刻の少年同様吃驚するのは、もう少し先の話である。

 今は話を進めよう。


「で、なっちゃんはなんにしたの?」

「私? これよ」


 日笠さんの問いかけに、なっちゃんは腰に下げていたショートボウガンを手にとって見せた。

 チェロがあるため大きな武器は取り扱えないし、かつこれ以上重いのはもう勘弁――そう考えた彼女は、後方支援ができる軽量武器に絞って武器を選んでいたのだが、その結果がこの小型のボウガンだったのである。

 ちなみにシズカが選んでくれた巻上げ式のハンドル付なので、なっちゃんの力でも弦を引くことが可能な代物だ。


「で、委員長はヌンチャクか……」

「ええ、昨夜シズカさんに借りた時、割とうまく使えたから――」

「んー、うまく使えた――ねえ」

「……中井君?」

「なんでもないでーす」


 これ以上この子に武器なんかいらないんじゃね?――

 とクマ少年だけでなく、その場にいた全員が思っていたが、もちろんそんな事を言えるはずもなく……。

 誤魔化すようににんまり笑ったこーへいを、東山さんは不思議そうに眉間にシワを寄せ見ていたのだった。

 

「こーへいは?」

「んー、俺はいいや」


 少年の得意技は接近からの投げ技か絞め技だ。今ある投げ斧もせいぜい防御くらいにしか使ってないし、新たに武器は必要ない。

 こーへいは咥えていた煙草をプラプラさせながら、我儘少年の問いにのほほんと答える。

 

「あの、その……ごめんなさい先輩。私も剣を持ってみたのですが、重くて――」

「まあハルカちゃんはね」


 と、しょんぼりと肩を落とすクリクリ瞳の後輩を見下ろし、日笠さんは苦笑した。

 うんしょうんしょと持ち上げようとした両手剣に逆に潰されそうになり、可愛い悲鳴をあげていた彼女を見て、なっちゃんと東山さんだけでなくシズカまで密かに萌えていたのは内緒だ。


「エリコとチョクはいいのかい?」

「パース、使い慣れたのが一番♪」

「同じくッス」


 せっかくだから選んだらとカナコは伝えていたが、エリコはそんな彼女に遠慮しておく、とウインクする。

 とまあ、とりあえずはこれで全員準備完了という事になるが――


「さて、それじゃあ準備はいいかねあんた達?」


 確認するようにして、カナコが皆を一瞥すると、一同は気合の入った顔つきで彼女に頷いてみせる。

 

「オイ、ズングリもーいいデショー? さっさとエセトルネコの家教えるディス!」

「わかってる。あいつの家は西地区の港近くだ。店も兼ねてる大きな倉庫さね……オシズ」


 逸るように鼻息を吹かしたカノーに向かってそう答えると、カナコは信頼する敏腕秘書の名を読んで振り返る。

 一歩前に出るとシズカは軽く会釈をして手帳を開いていた。


「承りました」

「カナコさん?」

「商業祭が終わったら私が直接出向いてドンパチかけようと思ったが、コル・レーニョも動き出したとなっちゃ急いだほうが良さげだ。ここはオシズに任せることにする」

「でも、どうやって」

「ウエダ様の……いえ、ウエダの家に忍び込みます」

「し、忍び込むって?!」

「おーい、マジか?」

「心配無用さ、オシズの腕なら忍び込むくらい楽勝だ」

「お任せを、お嬢様とアイコ様のことは必ず助け出してみせます――」


 いつもと変わらぬ冷静な口調でそう言って、しかしシズカは珍しく自信ありげな微笑を口の端に浮かべてみせる。

 この人一体どういう人なのだろう、エドの国出身で、忍術使いで、しかも何でもできちゃう敏腕秘書。ますますもってわからなくなってきた――東山さんは昨夜見た彼女の華麗な体術を思い出しながら思わず眉間のシワを深いものにする。

 

「ドゥッフ、ズングリィー!」

「アッハッハ、もちろんあんたにも手伝ってもらうよ」


 カナコはそう言って、叫ぶかのーの肩にポンと手を乗せる。

 そして少年の目をじっと見つめこう言ったのだ。

 アリを、娘を頼む――と。

 言われなくてもわかってるディスヨ――

 バカ少年はゲジゲジ眉毛を気合と共に吊り上げそれに応えていた。


「あの、私も同行していいですか?」

「まゆみも?」


 と、話を聞いていたまとめ役の少女が意を決したように同行を申し出ると、東山さんとなっちゃんは心配そうに彼女を向き直る。

 忍び込んで助けるとなると一番危険な気がするが大丈夫だろうか――と。


「昨日会長から新しい魔曲を送ってもらったの。もしかすると役に立つかもしれないし。それに――」


 そう言って日笠さんはちらりとかのーの方を見て言葉を止めた。

 六人の中パーティで一番のトラブルメーカーであるバカ少年が行くとなれば、自分もお守りで着いていった方がいい――少女はそう考えたようだ。

 なるほどね、と思わず納得してしまい、カッシー達はそういう事ならと賛同する。


「いいでしょうかカナコさん」

「もちろん。よろしく頼むよ」

「それではお二人の救出は、マユミ様とカノー様、そして私で何とか致します。皆様は予定通り、楽器奪還のため商業祭へ向かってください――」


 開いていた手帳に目を落とし、シズカは本日の予定を再確認していく。


「オークションの開催は午前十時。今から約三時間後です。その二時間後の正午ジャストに『カジノ大会』の予選が開始となります」

「予定通り、私とハルカはオークションにいく、カジノ大会の方は任せたよエリコ」

「オッケーオッケー、任せておいて♪」


 準備はいいかい?――カナコはハルカを見て優しく微笑んだ。

 ハルカはやや緊張した顔でコクリと頷く。

 本来は店の受取のためにノトがカナコに同行することになっていたが、彼女は怪我をしたトッシュの看病に回ることになり、急遽留守番することが決まっていたのだ。

 だが自分達のために皆が奮闘しているというのに、自分だけ留守番してるなんて納得できない。私がおばさんの代わりに立ち会います!――と、健気な後輩は自らオークションへの同行を願い出ていたのであった。


「それじゃ私もオークションに行くわ」

「私もいいかしら」


 と、お互いを見合った後にそう申し出たのは微笑みの少女と、剛腕無双の風紀委員長だ。

 

「まあ大丈夫だとは思うけれど、万が一にもハルカちゃんが狙われる可能性が無きにしも非ずだし」

「そうなったら私が護ってみせる!」


 アイコの件もあるし、コル・レーニョが動いているとなると白昼堂々誘拐に出てくる可能性もある。

 機転の利くなっちゃんと、ボディガードにはうってつけの東山さんが同行するとなれば心強い。内心少し不安だったハルカが、感激しながら二人に礼を述べたのはいうまでもないだろう。


「そんじゃあ、残りはカジノ大会ってか?」


 にんまりと笑みを浮かべ、こーへいは隣に立っていた我儘少年を向き直る。

 よしと頷き、カッシーはにへらと笑ってみせた。


「いいコーヘイ? 絶対にリュウ=イーソーあいつに負けんじゃないわよ?」

「へいへーい、わかってるって」

「あの……姫、第一優先はカッシー達の楽器ッスからね?」


 なんだか目的が変わってきているお騒がせ王女を心配そうに見ながら、チョクは釘を差すように彼女を諫める。

 ともあれ、これで作戦方針の再確認もオッケー。

 残すところはあと一つ――


「そんじゃあ、まあ――」

「いつものやっとく?」


 にこりと微笑み、日笠さんが手を差し出すと、待ってましたとばかりに少年少女達はその上に手を乗せていく。

 

「懐かしい~! これ久しぶりですね!」

「なにやってんのアンタ達?」

「あーその……上手くいくようにおまじない」

「おまじない? 皆さんの世界のッスか?」

「んー、まあそんなとこ」


 と、ちょこんとその手を乗せたハルカに続き、面白そうだと歩み寄りエリコとチョクも後に続いて手を乗せた。


「カナコー、アンタもやれば?」

「アッハッハ、乗せりゃいいのかね?」

「失礼致します」


 一番最後にシズカが手を乗せ、ヴァイオリンに引き続き、某ファストフード店の巨大バーガー並みに重なった手の塔が完成すると―

 カッシー達はお互いを見合ってクスリと笑う。

 

「えーと、じゃ今回は誰がやる?」

「ハーイハーイハァァーイ! 今日こそはゼッタイオレサマガー!」

「もー煩いわねえ……じゃあいいわよ、かのーがやれば?」

「ブフォフォー! 流石ひよっチ話がワカルー!」


 仕方ないと肩を竦めた日笠さんが渋々ながら承諾すると、得意絶頂の満面ケタケタ笑いを披露してかのーは皆の顔を覗き込んだ。

 

「イヨッシャー! いいかオメーラ! 準備はいいディスカー!?」

「うるせえーっ! 声でかいっつのこのバカノー!」

「合言葉はサーチ! アーンド! デストローイ! 邪魔する奴はミナゴロシ!」

「いや、殺してどうするのよ……」

「目的変わってるじゃないの」

「おーい、てか長くね?」

「いいから黙ってツイテコイ! 行くディスヨーエブリワーン! レッツ・ビギン『パーカス大作戦オペレーション・パーカッション』! ヒアウィーーーゴォォォォーーーーッ!!」

『お、おー?』


 二兎追う者一兎も得ず。もとい今回はさらに一つ増えて三つ――いや脱出も含めれば四つだが。

 その全て奪還が絶対条件。楽器も、お店ギオットーネも、そしてアイコもアリも。

 大丈夫、きっと全部取り返してみせる――

 かくして、『神器の使い手』と『英雄』は決意を胸に秘め、一大作戦を決行に移したのであった。


 

 そう、彼等のトラブル満載な、長い長ーい一日は今、幕を開けたのだ。

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