その30-2 好きなの持っていきな
パーカス中央地区 カナコ邸廊下。
AM6:30―
「相手は最終手段に出たんだ」
上等だ――そう言いたげに、不意にカナコは口を開く。
彼女を先頭にぞろぞろと歩いていた少年少女達は、その言葉に表情を強張らせた。
「最終手段?」
「今まで力技に出なかったウエダが、ついに誘拐っていう手段に出た。向こうも相当焦ってるって証拠だよ」
「どうして突然――」
「
日笠さんの問いかけに、カナコは答える。
そしてとある部屋の前までやってくると足を止め、シズカを振り返った。
そこは一階の隅、丁度西から七番目の部屋――カナコはさっき『倉庫』と言っていたが――ドアノブを堅固な鎖で縛られていた扉を眺め、日笠さんは目をぱちくりとさせる。
カナコの視線を受け、シズカは前に出ると持っていた鍵でドアノブに繋がれていた鎖を纏めている錠前に差し込む。
「アリが生まれてからはずっと施錠しっぱなしだったが――」
解かれていく鎖をじっと見つめながら、カナコは嘆息しながら呟いた。
やにわに施錠が解かれ、シズカはドアノブに手をかけた。
やや錆びついていたのであろう扉は鈍い軋みをあげながらゆっくりと開かれる。
「入っとくれ」
開き終えた扉の脇でシズカが一礼をしたのを見届け、カナコは一同にそう言って中に足を踏み入れた。
カッシー達は躊躇するようにその場に佇んでいたが、意気揚々とかのーが飛び込んで行ったのを見ると、やがて我儘少年を先頭に、どやどやと中に入っていく。
続いてついてきていたエリコとチョク、最後にシズカ。
中は真っ暗でカビ臭い匂いが鼻腔をついた。カナコの言う通り長い間施錠されっぱなしだったようだ。
と、不意に部屋の中が明るくなった。カナコが壁に付けられていたランプに火を灯して回ったのだ。
視界が鮮明になったその部屋を眺め、少年少女達は一様に驚きの溜息を吐く。
部屋の広さは先ほど自分達がいたサロンと同じくらい。だが窓はなく、年代物の白い煉瓦でできた壁に四方を囲まれた、まさに『倉庫』だった。
そこに見えたのは剣、槍、弓、こん棒、斧……果ては見た事もないような形状をした武器の数々――
それらが壁や展示台、そしてざっくばらんに置かれた木箱の中、部屋中所狭しと散在していたのだ。
「これって――」
「趣味で集めた武器のコレクションさ」
一時ではあるが、こういった武器の蒐集に凝っていた時期があったのだ――
ぽかんと居並ぶ武器の山を眺めて呟いたカッシーに、懐かしそうに部屋を一瞥しながらカナコは答える。
「懐かしー、アンタまだこれとっといたんだ」
彼女の蒐集癖は、十年以上前から知っている。
もう飽きたんで捨てた――そう聞いていたのだが、どうやらそれは嘘だったようだ。アリが生まれてからは施錠していた――さっきそうも言っていたし、理由を聞くのは野暮だろう――
壁に掛けてあった見事な彫金の施されたレイピアを手に取りながら、エリコも懐かしそうに笑う。
一頻り壮観なその部屋を眺めえ終えると、カナコはよし、と気合いを入れ、彼等を手招きした。
「あんた達、好きなの持っていきな」
「へ?」
「随分長い間放置しておいたから、使えないものもあるけどね。気に入ったものがあれば遠慮なく言っとくれ」
なんともまあ気前のいいことだ――
なんら躊躇する様子もなくそう言った彼女を向き直り、カッシー達は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を顔に浮かべた。
「いいんですかカナコさん?」
「ああ。あんた達のその装備じゃちょっと心もとないしね」
ちらりと少年少女達を一瞥してカナコは眉を顰める。
まともな武器と言えばカッシーの持っているブロードソードだけ。後は精々こーへいの
あとの四人は武器らしい武器もなし。まあ約一名、武器など必要ない『音高無双』がいるが、それは置いておいて――
「でも私達、武器の扱い方なんて知らないし――」
「時にははったりも必要さね。持ってるだけでも随分違うもんさ」
「ムフン、太っ腹ディース! ズングリだけに!」
そうは言われても本当にどうしよう?――
困ったように日笠さんとなっちゃん、ついでに東山さんが顔を見合わせていると、『遠慮』という二文字が頭の中に存在しないバカ少年がスキップしながらこちらへやってくるのが見えた。
その手には六尺ほどの立派な漆塗りの棒が握られていた。
少年が今まで虫捕り用に使っていた棒よりもう一回りは太く、両端が鉄板で補強されている本格的な棒術用の棒である。
どうやら彼はカナコが持っていけというより前に、既に勝手に武器を物色していたようだ。
と、かのーが持ってきたその棒を見て、カナコは懐かしそうに笑みを浮かべると大きく頷いてみせた。
「なかなか良いの選んだじゃないか。そいつは私の師匠の棒だよ」
「カナコさんの師匠って、棒術のですか?」
「ああ、貸してた金の肩代わりに貰ったもんだがね」
「か、貸してた?!」
弟子にお金を借りるなんてどんな師匠だっただろう――
あっさりと肯定したカナコを見ながら、日笠さんは思わず目をぱちくりとさせる。
そんな少女を余所目に、かのーはご機嫌で鼻息をつくと棒を一回転させ、脇に抑えめていた。
「ムフン、これ気に入ったディス。これ貰う」
「アッハッハ、好きにしな。あんた達もぼさっとしてないで、ちゃっちゃと選んじゃいなよ。時間がないんだし」
「で、でも――」
「僭越ながら私が相談に乗らせていただきます。わからない武器があればお尋ねください」
「俺も手伝うッス、一口に武器と言っても向き不向きもあるでしょうし」
と、なおの事固辞しようとした少女三人に向かってシズカとチョクが歩み寄ると、案ずるなかれと二人は笑ってみせた。
正直に言えば武器なんて手に持ったことすらない。だがこれからの旅の事を考えれば、カナコの言う通りはったりでも携帯しておいた方が良いのだろう。
この世界は元いた世界とは異なり、何が起こるかわからないのだから。
ましてやうちら、トラブルの神様に愛されているようだしなあ。
だめだだめだ、最近ネガティブに考えすぎている――
慌てて首を振って、自分を奮い立たせるように気合いを入れると、日笠さんはコクンと頷いてみせた。
「それじゃお言葉に甘えて――」
「まゆみ?」
「せっかくだから貰っときましょ、二人とも?」
「まあそこまで言うのなら」
と、なっちゃんと東山さんも賛同し――
少年少女達の
♪♪♪♪
三十分後――
「カッシー♪」
と、居並ぶ数々の武器を興味津々といった様子で眺めていた我儘少年は、名前を呼ばれてなんだ? と振り返る。
見えたのは満面のニコニコ顔でこちらにやってくるまとめ役の少女の姿だ。
その両手に大事そうに握られていたのは、年代物の樫の木でできた杖だった。
「日笠さん、決まったの?」
「うん。これにしたよ♪」
と、少女は得意げに手に持っていたその杖をカッシーに見せる。
最初は遠慮がちだったのに、時が経つにつれすっかり乗り気で武器を選んでいた少女の様子を思い出し、カッシーは苦笑しながら差し出されたその杖を見下ろした。
「杖ねえ――」
「シズカさんに選んでもらったの。特殊な加工をされた杖だから、この杖自体に魔力があるんだって。ほら、会長が言ってたじゃない? この世界では魔法と同じ原理で楽器の効果が発動する――って」
そういえばそんな事を言っていた気がする――
チェロ村を出立する前にササキが説明していた、この世界の『魔法原理』とやらの話を思い出しながら少年は相槌を打つ。
と、日笠さんはふふん――と、笑みをこぼし話を続けた。
「この杖ね、消費する魔力を少なくする効果と、魔法の威力を底上げしてくれる効果があるの。きっとペンダントの魔曲にも効果があるんじゃないかな」
「マジか。好都合じゃん」
「でしょでしょ? えへへ」
これで私も有事の際は、少しは役に立てるんじゃないだろうか――
そう思うと自然に笑みがこぼれてしまう。素直に感心の声をあげたカッシーに向かって、日笠さんは心底嬉しそうににっこりと微笑んでいた。
一方で我儘少年は、日笠さんますます魔法使いっぽくなってきたな――と、少女の出で立ちを上から下まで眺めながら、心の中で思っていたが。
「で、カッシーは何にするかもう決めた?」
「俺? 俺はいいよ。もうあるし」
「でも凄い武器もあるみたいだよ? 魔力が付いてる剣とか――」
「そんな武器貰っても扱えないっつの」
少女の問いかけに対し遠慮がちに手を振って、カッシーは口をへの字に曲げる。
何を隠そう少年はチェロ村を出て以来、毎日素振りをしたり自己鍛錬はそれなりに続けていた。
だがそうだとしても、まだまだ剣の腕前は素人に毛が生えた程度の物だろう。
それに自分にはヨーヘイに貰ったこの剣がある。思い入れもあるし、大分使い慣れて来たところなのだ。
やはり
「そう言わずに、見るだけでも見てみたら?」
「まあ見ている分には楽しいけどな」
少女の言葉に賛同するように、腕を組んで武器を眺めながらカッシーは頷いてみせた。
やはり男にとって武器は浪漫だし、見事なまでに磨かれた剣や槍を眺めている分には眼福なのだ。
しかし本当に様々な武器がある。剣一つとっても、少年が持っているブロードソードの他に、
カナコの蒐集に感心しながら、カッシーは壁に掛けられているそれら数々の名品を今一度しげしげと眺めていたが、しかし彼はふとその部屋の一番隅に掛けられていた――もとい、少年が感じた通りの表現を用いるとすれば、『縛りつけられて』いたとある武器に気づき、動きを止めた。
はたして、その武器は過剰な程に鎖によって雁字搦めにされ、壁に掛けられていたのだ。
なんだこりゃ?――ぴくりと片眉を上げつつ、少年はその武器の前に歩み寄る。
それは見事な漆塗りの鞘に収められた、怪しく禍々しい気を放つ――
「……日本刀?」
カッシーは思わず呟いた。
その形状には見覚えがあった。元の世界でも何度か目にしたことがある馴染み深い武器だ。
てっきりこの世界には自分達の世界で例えるところの、所謂西洋の武器しかないのかと思っていたが、どうも違ったようだ。
「この世界にも刀ってあるのかな?」
「さあ――」
少年の後を追ってきて、同じく壁に縛りつけられた刀に気づいた日笠さんも、目をぱちくりとさせながら呟いた。
しかしこの刀、なんだかやけに気味悪いな――眺めているとうっすら寒気を覚えるその異様な気配に、少年は剣呑な表情を浮かべる。
「あんた、それが気に入ったのかい?」
と、難しい顔をして雁字搦めの日本刀と睨めっこをしていた少年に気づき、カナコがのっしのっしとやってくる。
カッシーは彼女を振り返ると目礼して頷いた。
「カタナっていうんだ。東方の武器さね」
「やっぱり――」
「なんだ知ってるのかい? なら話は早い」
と言いつつ、カナコはやや難色を示すように顔を顰めていたが、やがて刀に手を伸ばし縛りつけていた鎖を解いていく。
そして鞘に貼りつけてあったお札らしき紙を剥がすと、それを手に取りカッシーへと差し出した。
何となく嫌な予感がして少年は差し出されたその刀をじっと見つめていたが、やがて意を決したように鞘を掴む。
手に持ったその刀は驚くほど軽かった。
まるで羽のように重さを感じさせず、自分の手と一体化したかのような錯覚に陥るほどだ。
ますますもってカッシーは違和感を感じつつも、彼は柄に手をかけゆっくりと鞘から抜き取った。
鈴のように澄んだ音を立ててその刀身が露になる。
と――
「この刀……刃がない?」
抜き放った打刀を翳しその刀身を検分するように眺めるや否や、我儘少年は呆気に取られて目を丸くした。
はたして彼の言う通り、その刀身は模造刀の如く刃がついておらず、ランプの灯りを反射して鈍い光を放っていたのだ。
それでも先刻感じた違和感から、少年はしばらくの間しげしげと刀を表に裏にしながら眺めていたが、やがて拍子抜けしたように翳していた其れを降ろす。
がっかりとした様子の少年を見てカナコは苦笑した。
「ま、ちょっとその刀はいわくつきでね」
「いわくつき? ただのナマクラにしか見えないけど――」
と、カッシーが不満そうに口をへの字に曲げた時である。
―誰がナマクラだこの野郎!―
「……へっ!?」
突然聞こえてきた低い怒鳴り声に我儘少年は目を見開き、背後にいた少女を振り返った。
だがその視線を受けた日笠さんは自分じゃないと言いたげに慌てて首を振ってみせる。
じゃあ誰だよ?――カッシーは訝し気に周囲を見渡したが、見えたのは向こう側でシズカと相談しながら、なっちゃんや東山さんが楽しそうに会話している姿のみだ。
やはりそれらしき声の主は見当たらなかった。
と、カナコは面倒臭そうに溜息をついて腰に手を当て、少年が手にしている刀を覗き込む。
「相変わらず口の悪い刀だね」
「口の悪い? ちょっと待て、じゃあ今の声は――」
―ケケケ、ここだここ。てめえの目の前にいるだろうがよ小僧!―
またもや聞こえた低い男の声。
だがもはや間違いではない。確かにその声は聞こえたのだ。
自分の手元から――
「刀が……喋った?」
冗談だろ?――
口の端を引き攣らせ、カッシーは持っていたその刀を恐る恐る見下ろした。
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