その29-2 一番信じてる奴はダレダヨ?

同時刻。

パーカス北地区。馬車屋『アウローラ』屋根裏部屋―


 眠れない。

 いつもだったらもうベッドの中で素敵な夢を見ているはずだ。

 頑張って布団の中に潜ってみた。けれど眠れない。

 心がもやもやする。

 さっきから溜息しか出てこなかった。


 ベッドに寝転び、天窓から見える星空をぼんやりと眺めながら、アリは考える。

 

 父さんは奴隷だった。

 そして反乱を起こした犯罪者で、もうこの世にはいない。

 だから私は『大罪人』の娘。

 

 どうして母さんは嘘をついていたのだろう。

 私が悲しむと思ったから?

 それとも……私がお荷物だから?

 みんな嫌いだ。

 母さんも、父さんも、叔父さんも、シズカさんも――


 でも一番嫌いなのは自分だ。

 何一つ前に進めていない理由を、周りのせいにしている自分が嫌い。

 

 何であんなこと言っちゃったんだろう。

 自分が正しいって思ってた。母さんは間違ってるって思ってた。

 けれど、一生懸命考えてもあいつをぎゃふんと言わせられるような方法は思い浮かばない。



―じゃあ、ブチかましてやればいいジャン―

 

 あいつはほんとにブチかまして見せた。

 ブチかましたって何の解決にもならないのに。


 バチコーンって、ウエダのお尻を思いっきりひっぱたいてた。

 私のために――

 

 解決にならないとしても、あいつは一歩前に進んでみせたんだ。

 一歩も動かない私より、全然凄い。

 ねえ、カノー。私らしくって何だろう。

 どうすればいいんだろう。

 結局私は自分一人じゃ何もできない。

 私は……やっぱりお荷物なんだ。

 

―ガキはガキらしくぶちかましてサー、そんで蹴っ飛ばしてアイツとケンカすればいいジャン―

「カノー……」

 

 グッと口を噤み、あふれ出る涙を堪えようとしたが無理だった。

 ぐしぐしと鼻を啜り、少女は掌で目を抑え、乱暴に涙を拭う。

 そして大きな溜息を吐くと、天窓をぼんやりと眺めた。


 と――


 そこで少女は固まった。

 天窓に張り付き、中を覗いている怪異のような『( ̄▽ ̄)』顔を発見して。


「……ひっ!?」


 と、詰まった悲鳴をあげて、アリは目を見開いた。

 ゲジゲジ眉の下の糸目が少女を捉えると、その下の『▽』をした口がカパリと開き笑みをこぼす。

 刹那。

 ケタケタと不気味な笑い声をあげ、その怪異は天窓の上から少女に向けて手を振ってみせたのだ。

 

「カ、カノー!?」

 

 アリはベッドから身を起こすと、思わずバカ少年の名前を叫んでいた。

 と、怪異改めツンツン髪のバカ少年は、強引に天窓を開けてその隙間から中ににゅるりと侵入する。

 そして軽快に中へと飛び降りると、大きな鼻息をつきながらアリを向き直った。

 

「まったく、あなたはどこから現れるのよ……」


 こんな夜中に天窓から覗く顔なんて洒落にならない。

 本当に心臓が止まるかと思った――アリは胸を抑えつつほっと安堵の息をつく。

 そんな少女の心境など露知らず、少年はケタケタ笑いながらアリの顔を覗き込んだ。 


「ナンダヨ、結構元気ソーディスね」

「はあ……こんな時間に一体何の用よ?」

「ムフ、メシ持ってきた」


 と、ベッドの端に腰かけて手に持っていたそれをひょいと差し出し、かのーは得意気に鼻息をつく。

 碧い瞳をぱちくりさせながらアリが見ると、それは皿に盛られたサンドイッチ。

 途端にお腹が可愛い音を立てて食べ物を催促しだしたのに気づき、少女は恥ずかしそうに顔を赤くして俯く。

 

「紅茶もアルヨー」


 そう言ってポケットに差し込んでいた水筒を取り出し、かのーはサンドイッチと一緒にベッドの端に置いた。

 もごもごと口の中で言い訳を呟いていたアリは、やがてそっとサンドイッチに手を伸ばし、口に運ぶ。

 意地を張ったってお腹は減る。

 美味しかった。何も食べてなかったから当たり前だ。

 あっという間にサンドイッチを飲みこむと、アリは遠慮することなくおかわりを求め、皿に手を伸ばしていた。

 バカ少年はそれを見てムフン――と、鼻息を一つ吹かすと、頭の後ろで手を組んでベッドに寝転がる。


 しばらくの間、二人とも無言が続いた。

 黙々とサンドイッチを食べるアリの横で、かのーは黙って天窓から夜空を眺めているだけだった。

 

 と――

 

「スーさあー」


 唐突にそう呟きかのーはむくりと起き上がる。

 何?――と言いたげに、アリはサンドイッチを頬張りながら首を傾げた。

 

「……」

「……」

「……」

「……」


 と、話を切り出したものの、少年は急に腕を組み、頭の上に『?』を浮かべて固まってしまう。

 ややもって彼は、アリを向き直ると困ったように思いっきり首を傾げてみせた。

 訳が分からずアリは眉を顰める。

 

「何よ?」

「……エートネ」


 そこでようやく何かを思い出したかのように、少年は背筋をピンと伸ばし、頭の上に電球が見えるくらいわかり易いほどに顔を輝かせると、ぽんと手を打ちながらアリに顔を近づける。

 アリも顔を寄せ、一体何かと気になる様子で彼の言葉を待った。

 

「よく聞くのディース。テメーのダディはドレイだったのディスヨ」

「……何よ、あなた喧嘩売りに来たの?」

「Oh……」


 それは昼間聞いたから知っている――

 顔を顰め、アリはぷいっとそっぽを向くと再びサンドイッチを食べ始める。


 君からアリに話してくれないか?――

 そうトッシュから頼まれていたかのーは、バカ少年はバカ少年なりに何とかアリに伝えようとさっきから努力していたのだ。

 だがあろうことか、少年の少ない脳みそは、既にトッシュから聞いていた七年前の真相を半分以上忘れていたのである。

 さらにいうと、覚えていた残り半分も、その語尾力のなさからご覧の通り正確に伝えられないといったありさまであった。

 それでも何とか伝えようとかのーはしばらく考えていたが、やがて面倒くさくなってきた彼はとうとう断念し、ケタケタ笑いながら再びベッドに寝転んでいた。

 

 変な奴――と、アリは紅茶を飲みながら呆れたように横目でかのーを眺める。


「ドゥッフ、スーさあ?」


 と、かのーは足をぶらつかせながらまた話し始めた。

 

「……今度は何よ? このバカノー」

「オレサマ達、何しに飛び出して来たんディスカ?」


 気にしていることを問い詰められ、アリは水筒を持ちながら悔しそうに俯く。


「それは……ノトおばさんとハルカさんのお店を奪い返すためでしょ?」

「わかってんジャネーディスカ。ならさっさと続きやろーゼ?」

「……わかってるわよ。けど――」

「ケドなにー? イツマデくだらないコト悩んで引き籠ってるノー?」

「っ! くだらないってどういうことよ!?」


 あっけらかんと、何も考えずに言い放ったかのーを睨み付け、アリは怒りを露にする。

 かのーは相変わらずの何も考えていない顔のまま、怒れる少女の様子を眺めていた。


「私は反乱を起こした奴隷の娘だったのよ?! 犯罪者の娘なの、わかる!? その事を悩むのがくだらないことなの!? 簡単に言わないで!」

「ドゥフォフォー! あんなエセトルネコのいうコト信じてるノー? バカナノ?」


 揶揄うようにケタケタ笑い声をあげたかのーを見て、アリは息巻きながらさらに顔を近づけた。


「あ、あなたに何がわかるのよ!」

「わかるディス」


 少年は言い切った。

 はっきりと、断言するように。

 妙に自信たっぷりにそう言い放った少年を見て、アリは気勢を削がれたように言葉を詰まらせる。

 やにわにかのーは上半身を起こすと、糸のように細い自分の目を指さし、得意げに鼻息をついた。


「この目で見てナイ」

「……え?」

「この耳でもきいてナイ」

「……カノー」

「オレサマはオレサマが見たモノしか信じナイ。スー、テメーはダディが反乱起こしタの見たディスカ?」


 ズズイと顔を近づけ、どうだ?――とばかりにかのーは言った。

 あまりに突拍子もない少年のその発言に、アリは言葉を失い、ぽかんとする。

 だがすぐに、眉を顰め大きな溜息をついてかのーを睨み返した。

 

「何言ってんのよバカみたい……」

「じゃ、ダディから聞いたのカヨ、『オレ様が反乱起こしたヨー!』って言ってタノ?」

「ふざけないで! 父さんはもういないの! どうやってそんなこと――」

「ナラなんでエセトルネコのいう事信じてんダヨ」

「そ、それは――」

「スーさぁー、ダディのこと一番知ってるのは誰ディスカ? あのエセトルネコディスカ?」

「そんなわけないでしょっ!」


 言う事がいちいち本当に腹立つ奴だ。

 なのに、どうしてこうも言い返せなくなるのか――

 アリは悔しそうに口を閉じ、顔を紅潮させながら俯いてしまう。


「もっかいキクヨー? テメーが一番長く一緒にイテ、テメーが一番信じてる奴はダレダヨ?」

「そんなの一人しかいない――」

「誰ディスカ?」

「……母さん」


 しばしの間の後、アリは小さな声で答えた。

 かのーは少女の答えを聞くと、満足気に大きな鼻息をつき、ベッドからぴょんと跳ね起きて着地する。


「ズングリが言ったディスカ? スーのダディはハンザイシャだって」

「そんなの……まだ聞いてないからわからない」

「じゃあどっち信じるツモリナノ? ズングリ? エセトルネコ?」

「決まってるじゃない」

「ナラ、うじうじ悩んでんナヨ、バカスー」


 そう言って少年はアリの頭に手を乗せると、乱暴に少女の頭を撫でた。

 大きな手で頭を撫でられ、しかし少女はそれまでの抵抗もあって、不貞腐れたように膨れ面を浮かべる。

 だがやがて考えがまとまったのか、アリはかのーを見上げ、コクンと頷いてみせた。


「明日がショーネンバってやつディスよスー。店を奪い返して、アイツにもぶちかます!」


 そしたら、ズングリにダディの話聞きに行こうディス――

 ケタケタ笑いながらバカ少年は、どうだとばかりに胸を張った。

 

「……カノー、ありがとう」


 小さな声でそう礼を述べ、アリは照れくさそうに紅茶を飲む。

 ニヤリと笑ってかのーは少女の顔を覗き込んだ。


「ムフ、もっと敬え我がコブン」

「はいはい」


 クスリと笑った少女のその顔は、いつも通りの明朗快活な組合長の娘のものだった。

 

 だがしかし――


 刹那、響き渡ったガラスの割れる音。

 そして立て続けに聞こえて来たよく知る少女の悲鳴に、二人は何事か?――と扉を向き直る。

 

「今の声……アイコさん?」


 ただならぬアイコの悲鳴にアリは剣呑な表情を浮かべながら呟いた。

 続いて聞こえて来たのは叔父の切羽詰まった叫び声、そして誰かと揉め合うような物が倒れる音――

 

 何かが下で起きている。

 二人は顔を見合わせると、急いで床にあった蓋を開け外へ飛び出した。


「やめろっ! その子を離せっ!」


 今度は鮮明に聞こえた。間違いない、叔父の声だ。

 と、階下を覗き込むようにして見下ろしたアリの視界に、トッシュと数人の男達が取っ組み合うようにして動き回っているのが見えた。


「叔父さん!」


 少女の叫び声と同時に、かのーは階段の手摺に飛び乗り、器用に階下へと滑り降りていく。

 そして手にした棒を一回転させ、少年はトッシュと男達の間に割って入るようにして飛び込んだ。

 突如現れたかのーを警戒するように男達は一歩退き間合いを取る。

 数は四人、いずれの男達もよく手入れされたナイフを逆手に持ち、少年の隙を窺うように油断なく身構えていた。

 構え方からして素人ではなさそうだ。

 それに彼等が纏うその出で立ちと、手に持つナイフに刻まれた『蜷局を巻く蛇の紋章』には見覚えがあった。

 どっかで見た事あるディスヨー、こいつらかなりヤバイ奴等ディスヨ――

 それを目にしたバカ少年の本能が、途端に警告を告げ始め、かのーは早くも『逃げる』という選択肢を脳内コマンドから選ぼうとしていた。


「カノー君――」


 と、背中から聞こえて来たトッシュの声が、痛みに耐えるようなくぐもったものであることに気づき、少年はちらりと視界の端で彼の様子を窺う。 

 彼の右腕は朱に染まり、二の腕を抑えるその左手の隙間からは、今も血が漏れ続けていた。

 どうやら揉み合いになった際にナイフで切られたようだ。

 

「オッサン、ダイジョウブディスカ?」

「すまない、アイコちゃんが奴等に――」

「……ドゥッフ!?」


 そういえばあのタレパン娘の姿が見えない。

 それに先刻の悲鳴、あれはもしかして?!――

 途端に顔に縦線を描き、かのーは開きっぱなしになっていた店の入り口を凝視する。

 ちらりと見えたのは、男達に羽交い絞めにされ、外に止めてあった馬車に連れ込まれようとしているアイコの姿――


「ナニシテンノー! タレパン娘また捕まったディスカ?!」


 と――

 やにわに店の外から口笛が鳴り響いたかと思うと、ナイフを構えていた四名の男達はお互いを見合い、かのーを警戒しながら一斉に外へと駆けていった。

 助かったディス――と、ちょっとほっとしながら、バカ少年は構えを解く。

 

 刹那、響き渡る馬の嘶き。

 そして聞こえて来た馬車の車輪が地を擦る音――

 かのーは慌てて入口に駆け寄るが、既に馬車は荒ぶる馬に引っ張られ、坂道を下っていくところであった。

 そうはさせない!――とばかりに、少年の股下をくぐり、全力疾走で馬車を追いかける少女。

 

「待ちなさい!」

「アリ、よせっ!」

「このバカスーがあああ! 無理に決まってんデショ!」


 幼女の足で馬車に追いつけるわけがないのだ。

 しかも相手は盗賊。にも拘らず無謀にも追いかけていったアリを見て、何考えてるノー?――と、かのーは地団太を踏んだ。

 だがこれはまずい。あのタレパン娘は何としてでも奪い返さねば――

  

「カノー君、頼むアリとアイコちゃんを――」

「ハァー?! オッサン頼み事オオスギデショー?!」


 まったくズングリもオッサンもバカスーも、このファミリー手がかかり過ぎだ。

 でもどうやって馬車を追いかけようか――面倒くさそうに溜息を吐くとかのーは店の中を見渡した。

 ややもって――

 店の端に見えたとあるものを発見すると、少年はにんまりとほくそ笑む。

 

 面白いこと思いついたディスヨ♪――と。

 

 

♪♪♪♪



 同時刻。

 パーカス北地区 丘に続く坂路―


「遅いってのカッシー、早く!」


 エリコは息を弾ませながら後ろを振り返り、彼女を追うように坂を駆け上ってくるカッシーとこーへいを叱咤する。

 しかし二人はぜーは息を切らしながら、恨めしそうにエリコを見上げたのみだ。

 なんつー足の速さだ。本当にこの人、王女様かよ?――と。

 二人のそんな視線に気づき、エリコは情けないと言いたげに片眉をつりあげながら肩を竦めてみせる。


「仕方ないわね、二人で先に行ってるから後からちゃんと来なさいよ!」

 

 そう言ってエリコは傍らにいたチョクを向き直り、目で合図を送った。

 彼女にぴったりついてきていた眼鏡青年は、彼女の視線を受け、承知とばかりに頷いてみせる。

 刹那。

 坂の上から聞こえて来た馬の蹄音に気づき、二人は前方を振り返った。

 視界に見えたのは猛スピードで坂を駆け下り、こちらへと向かってくる馬車の姿。

 

「姫っ!」


 叫ぶや否や、チョクはエリコの身体を抱えて横っ飛びで地に伏せた。

 あわや激突という寸前で何とか回避し、しかし馬車はそんな二人に目をくれず速度を落とさず坂を下っていく。

 数瞬の後に、我儘少年とクマ少年の吃驚した声と地に滑り込む音が聞こえて来た。

 彼等もなんとか轢かれずに済んだようだ。

 

「何よ今の……?」

「危ないッスねえ、もう」


 チョクに抱き起こされ、ドレスの裾を払いながらエリコは剣呑な表情を浮かべる。

 こんな時間に暴走する馬車、しかも止まりもしない。

 何だか嫌な予感がして彼女は下唇を噛んだ。

 

 と――


「待ちなさいっ! その馬車止まれーっ!」


 またもや坂の上から、今度は可愛い叫び声が聞こえて来て、エリコは再度前方を振り返る。

 息を切らせて駆け下りて来たのは、親友の娘である碧眼紅髪の少女だ。

 こんな時間に何してんのよこの娘は――

 エリコは狐につままれたような表情を浮かべ、アリを凝視していた。

 

「アリちゃん!?」

「エリコ小母様! 今馬車が……通らなかった?」


 息も絶え絶えにそう尋ね、アリは切羽詰まった表情でエリコを見上げる。

 やはりただ事ではない。エリコは少女の肩を掴み落ち着かせながら口を開いた。

 

「通って行ったけど、あの馬車がどうしたの?」

「アイコさんが……誘拐されて……あの馬車に――」


 遅かった――

 もはや豆粒ほどにしか見えなくなっていた馬車を見下ろし、エリコは歯噛みする。

 ようやく駆けて来たカッシーとこーへいも、聞こえて来た少女の耳を疑うような言葉に、悔しそうに舌打ちしていた。


「こうなったらウエダの家にいっちょ、カチコミかけるしか――」

「ドゥフォフォフォー! なにコレー、意外とたっのしー!」


 だがそこで、またしても騒がしくなる坂の上。

 聞こえて来たのは、聞き覚えのあるけたたましい笑い声と、そして地を擦るローラー音――

 嫌な予感がしつつ、アリを含めた五人は三度前方を向き直った。

 

 と――

  

 見えたのは、木でできた台車をキックボードのように操って、坂を下ってくるバカ少年の姿。

 

『かのー!?』


 何やってんだコイツ?!

 カッシー達は顔に縦線を描き、素っ頓狂な声で少年の名前を叫ぶ。


「スー!」

「カノー?!」

「乗れーっ!」

「っ!?」


 何とも楽しそうにニヤリと笑い、かのーは台車をドリフトさせ少女目がけて手を伸ばした。

 瞬時に少年が何を考えているかを理解し、アリは意を決して伸ばされたその手を掴む。


「ドゥッフ、追うディスヨ!」

「うんっ!」


 すれ違いざまアリを引っ張りあげて台車に乗せると、かのーはケタケタと笑い声をあげながら坂を下って行った。

 猛スピードで加速する台車はあっという間に豆粒ほどの大きさになり、やがて角を曲がってその姿を消す。



「あいつ……何考えてんだ?」

「追うって、まさか台車で?」

「おーい、やばくね?」


 残されたカッシー達は、あっという間のその出来事に、ただただ呆然としながら佇んでいたのであった。

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