その26-1 勝負師の一計
四日後。
パーカス西地区 港近くの酒場―
西地区の外れに、観光以外の目的でパーカスにやってきた異人達が多く逗留している区域がある。
商人、船員、移民――その目的は様々だ。だが彼等の中には、国を追われこの大陸へ逃げてきた者もいた。
そういった所謂ならず者達の集まりが、ツネムラ率いる『
カナコ率いるパーカス商人組合が街を表から総べる『陽』とすれば、ツネムラ率いるマフィアは、街を裏から仕切る『月』のような存在といえる。
そしてこの二つの勢力が、街を陰陽から支えてきたおかげで、パーカスは弦管どちらの勢力にもつかず、今も自治に近い市政を続けることができていたのである。
そんな黒い鼬達が溜り場としている小さな酒場に、薄汚い外套を羽織った三白眼の少年が訪れたのは夜も更けた頃合いだった。
年代物の樫の扉を開き、中に入ってきたその少年は被っていたフードを降ろすと、カウンターで一人酒を煽っていた大柄な男を視界に捉えゆっくりと歩きだす。
この酒場を鼬の巣であると知らないとは、よほどの阿呆かそれとも田舎者か――
酒場に屯していた金、黒、赤様々な髪色をした黒服の男達は、ぶらりと入ってきたその少年に気付くと、彼を追い出そうと一斉に席を立った。
「通してやれ――」
やにわに、低い声が彼等の動きを制し、マフィア達は自分達の首領である、その声の主へ一礼すると、再び席へと戻る。
灯りは壁にかかった小さなランプのみ。
その心細い光源が照らす胡桃でできたカウンターの一番奥、赤煉瓦でできた壁際――
そこが
「何の用だ?」
歩み寄って来た少年を振り返りもせず、ツネムラは変わらぬ低い声で尋ねる。
「別に……暇だったから寄っただけだぴょん」
威圧感のあるその声に、怯む様子もなく少年は
鬱陶しそうに薄い眉を顰め、ツネムラは手にしたグラスの中で琥珀色に輝く蒸留酒を口に運ぶ。
「アイスティーありなしで」
寄ってきた店の主人にそう注文すると、不愛想なその少年――リュウ=イーソーは、暇を持て余すようにカウンターに頬杖をついた。
しばらくの間無言が続く。
店の中には部下達がポーカーに没頭する喧騒だけが響いている。
暇だった?白々しい奴だ――
端から少年の理由が別にある事など見抜いていたツネムラは、やがて折れる様にして舌打ちと共にリュウをちらりと見た。
「用件があるならさっさと言え。酒がまずくなる」
「例の女の子、見つかったか?」
ならば遠慮なく――と、少年は頬杖を崩さず、三白眼のみを彼へと向け口を開く。
だが返ってきた言葉は短く早かった。
「依然捜索中だ」
――これのみである。
途端に少年は
「何だその目は?」
「本当に探してんの?」
「北地区に逃げて行ったという情報までは掴んだ。今部下に探らせてる」
「……」
「心配するな、約束は守る。俺に任せておけ」
そう言って一気にグラスの中の蒸留酒を飲み干すと、ツネムラはリュウを見て苦笑する。
チッチッチ、と無愛想に舌打ちすると、丁度運ばれてきたアイスミルクティーを手に取り、少年は静かにそれを傾けた。
その少年。
リュウ=イーソーこと、『
見た目からしてまったくもってそう見えないが、内心非常に焦っていた。
依然として
そう、微笑みの少女の予想は大方あたっていたのだ。
モッキーがこのパーカスにやって来たのは約二週間前。
彼もあの日以来この世界に飛ばされ、一人当てもなく彷徨っていた。
だが彼がハルカやアイコと違った所は、慌てず騒がず、そして客観的に状況を分析できる胆力の持ち主だったことだ。
きっとみんなもこの世界に来ているはずだ。とりあえず仲間を捜そう――
そう思い立ったモッキーは、ホルンケース片手に転々と小さな村や街を渡り歩き、宿の旅人相手にギャンブルで金を巻き上げて旅費とし、パーカスまでやってきていたのである。
理由は一つ、大きな街に来れば何かしらの情報が集められるだろうと考えていたからだ。
少年は『情報こそ武器である』ということを、よく知っていた。
だから酒場、カジノ、店、宿――様々な場所を回り、この世界の情報を集めた。
弦国に管国、コル・レーニョ盗賊団のこと。
西にある小さな村で起きた、奇妙な楽器を使う少年少女達の盗賊退治――
この世界がどんな世界なのかはあらかたわかった。
そして、パーカス滞在三日目、念願の仲間も発見できた。
情報収集のため偶然寄った奴隷市場で、運よく発見できた顔見知りの少女。
恋人の顔を見間違えるはずがない。
あまりの驚きに自分らしくない声でモッキーは彼女を呼んでしまった。
生気のない顔で、絶望に打ちひしがれていた少女は、少年に気づくと顔をくしゃくしゃにしながら泣いて飛びついていた。
助けなければ――少年はそう思った。
だが拒まれた。
この奴隷が欲しけりゃ金を払え――と。
下卑た笑を浮かべた店主らしき男を見て、久々に全身の血が沸き立つのがわかり、思わずモッキーは叫んでいた。
この娘は俺の仲間だ。奴隷なんて冗談じゃない――
気が付けば、彼は強引にアイコの手を引いていた。らしくないと自分でも思っていた。
この街の警備隊がこちらにやってくるのが見えた。
頻りに自分に向かって何かを叫んでいるのが聞こえ、仕方なくモッキーはアイコを向き直る。
待っててくれ、必ず助けに戻るぴょん――
そう言い残し、彼は警備隊の追跡から逃れるため人混みに紛れて逃げ出した。
冷静になれ。状況を把握しろ。
人を掻き分け、息を切らしながら少年は自分に言い聞かせる。
なんとかしてアイコを助けなくては。
そのためには金が要る。
だが手持ちは旅費の為に稼いだ僅かな金のみだ。
どうする? 今から賭博で稼ぐか?
いや、場末の奴等からちまちま巻き上げていては埒があかない。
ならば答えは一つしかないだろう。
おりしも巷で実しやかに囁かれだした『神器の使い手』の噂。
上手くいけば大金に換えられるはずだ――
思案した挙句、少年は大胆な行動に出た。
まとまった金を作るために、彼は自らの
宿屋の店主に教えてもらった闇市に向かい、二束三文で買い叩こうとする商人達と粘り強く交渉を続け、やっとのことで相応の金額と引き換えることができたのは四日後のことだった。
だがしかし――
再び市場にモッキーが戻った時、既にそこには少女の姿はなかった。
そう、既にアイコは商人の下から逃げ出した後だったのである。
そうとは知らないモッキーは焦りながら、アイコはどこだ、と店主に詰め寄った。
だが、奴隷に逃げられ憤慨していた店主は、知るわけねえだろの一点張り。
それどころか、おまえが逃がしたんだろう? と、あらぬ疑いをかけられる始末だった。
不運はさらに続く。
仕方なく彼がホルンを買い戻そうと闇市に戻るも、ホルンは既に売れてしまった後だったのである。
まさにドツボだ。これでとうとう、後にも退けなくなった。
ツキがない時は得てしてこういうものだ――と、少年は珍しく苦笑する。
だが生粋の勝負師である少年は知っていた。
どん底の時こそ、勝負どころであるということを――
チッチッチと舌打ちをしながら意を決し、モッキーは諦めずにアイコとホルンの行方を追う事にしたのだった。
その後、彼は地道に情報を集め、この街の裏社会を仕切っているツネムラと『
そのツネムラがコル・レーニョ盗賊団との取引のため、『神器の使い手』と楽器を狙っていることもを探り当てた。
そして自らのホルンが、カジノ大会の景品になっている事もだ。
パーカスの裏を仕切る彼ならば、行方の知れないアイコの事も何か知っているかもしれない。
それにこれはホルンを取り戻すチャンスでもある――
そう考えたモッキーは一計を案じ、大胆にも単身ツネムラとの接触を試みたのである。
もちろん、自分が『神器の使い手』という事を隠し、名前も『リュウ=イーソー』と偽って――
俺を代理人として雇ってくれないか?――
突如現れ大言を吐いたその無鉄砲な少年を見て、ツネムラは呆れたように眉を吊り上げた。おりしもその時、彼はカジノ大会の副賞となったホルンを入手するため、代理人を捜してカジノを訪れていたのだ。
だが、少年の放つ『勝負師』としての鋭い眼光と真剣な表情に気がつくと、彼はすぐに元の表情に戻り、面白い小僧だ――と、口の端を歪ませる。
雇ってほしけりゃ、一週間以内に百万枚稼いでみろ……それが条件だ――
黒鼬の提示したその条件に、『生粋の勝負師』は不敵に笑ってみせる。
余裕だぴょん――と。
はたして、一週間どころか六日で百万枚を稼いだモッキーは見事条件を達成し、ツネムラの代理人としてカジノ大会へ出場することとなったのだ。
そして彼はその見返りとして、アイコの捜索をツネムラに求めた。
すっかり少年の事を気に入った黒鼬の首領は、少年のその要求を、いいだろう――と快諾していた。
そして今に至るというわけだ。
余談だが、その間カジノで会っていたのが、先輩であるカッシーと、そして好敵手たるクマ少年だった。
しかし、もしかすると彼等は『神器の使い手』であるとツネムラに知られているかもしれない。
ここで彼等と知り合いという事がばれては、後々まずい事になるだろう――
そう考えたモッキーは、内心仲間と会えた嬉しさで一杯だったにもかかわらず、あえて初対面の別人であるふりをしていたのである。
話を元に戻そう。
「で――」
「何だぴょん?」
「捜しているその女ってのは、おまえのなんなんだ?」
「……別に。ただの仲間だ」
少し考えた後そう言い放ち、モッキーは努めて無感情にそう答えた。
「ただの仲間にしちゃ、やけにご執着に見えるが?」
「あんたそんなにお喋りだったっけ?」
「今日は酔ってるんでな?」
にやりと強面を崩し、ツネムラは揶揄うようにして鼻で笑う。
モッキーはチッチッと舌打ちし、誤魔化すように一気にアイスミルクティーを飲み干した。
そしてちらりと酒場の入口を目だけで確認し、そそくさと立ち上がる。
「いくのか?」
「ああ……あいつは好かない」
抑揚のない声でそう返事をすると、モッキーはフードを被り、ポケットに手を突っ込んだ。
と、ツネムラは少年のその視線を辿り、店に入って来たとある人物に気づくとなるほどな――と、納得したように途端に表情を顰める。
「捜索のほう、引き続き頼む」
「わかってる、お前も明後日は頼んだぜ? 期待してるからな」
「負けるつもりはないぴょん」
脳裏に浮かんだのは、のほほんと笑うクマ少年――
三白眼に燃えるような輝きを灯し、モッキーはぼそりと呟くと踵を返した。
と、店主が支払いを忘れて立ち去ろうとした少年に気づき、慌てて呼び止める。
「ああ、お客さん!お金お金!」
「構わねえ、俺が――」
ツネムラがそう言って、少年を引き留めようと手を伸ばした店主を制した時だった。
乾いた快音と共に、店主が少年目がけて広げた掌へと何かが収まる。
僅かに痺れるその掌を覗いた店主の瞳に映ったのは、翼を広げた鷹の刻まれた五ピース銅貨――
「借りは作らないぴょん――」
振り返りもせず肩越しにそう言って、モッキーはコキコキと指を鳴らす。
そしてそそくさと入口に立っていた青年の脇を素通りし、店を出て行った。
「くえないガキだ」
ぼそりと呟き、ツネムラは小気味よさげに笑い声をあげる。
しかし彼はすぐにその笑みを消し、代わりに面倒くさそうに憮然とした表情を浮かべることとなった。
少年と入れ替わりで、こちらに営業スマイルを浮かべながら歩み寄ってくる、恰幅のよい青年の登場によって――
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