その25-3 リュウ=イーソー

「アイコちゃんは、着の身着のままで逃げた――そう言ってたのよね?」

「ええ、そう」

「彼女、楽器を置いて来たってこと?」


 なっちゃんのその問いかけを聞いて、カッシー達はそれが何を意味するかに気づき、一斉に息を呑んだ。

 

「確認はしていないけれど、でも話を聞く限りは恐らくそのはず」


 風呂に入ると見せかけて店から逃げ出したと彼女は言っていたのだ。

 だとしたら楽器まで持っていく余裕はなかったはずである。

 質問を受けたエリコは、アイコの言葉を思い出すように目を閉じていたが、やがて栗色の瞳を開きながらコクンと頷いてみせる。


「となると、楽器はまだその奴隷商人の所にあるってことだろ?」

「おーい、やばくね?」

「いいえ大丈夫。それなら合点がいくから」


 これはまずいのでは――と、カッシーは口をへの字に曲げる。

 だがなっちゃんは至って冷静な顔つきのまま、案ずるなかれと小さく首を振ってみせた。

 訳が分からず、一同は微笑みの少女へ視線を向ける。


「合点がいくって、どういうこと?」

「ずっと考えてたの。オークションに出品されたあのトロンボーンの持ち主は誰かって――」

「もしかして……夏実先輩は、あのトロンボーンがアイコちゃんのだっていいたいんですか?」

「ええ、そうよ」


 ご名答♪――と、クスリとハルカに向かって微笑み、なっちゃんは話を続ける。

 

「最初はパーカスにもトロンボーンがあると思ったの。だからカナコさんに尋ねてみた。でも、彼女言ってたわ。こんな物見た事がない――って。ということは、やっぱりあのトロンボーンはうちらの部員の誰かの物ということになるでしょ?」

「うんうん――」

「なら順当に考えて、あのトロンボーンはアイコちゃんの物って考えたほうがしっくりくるじゃない?」


 もしアイコがトロンボーンを持って逃げて来ていたとしたら辻褄が合わなくなるが、だが置いて来たというなら合点がいく。

 頭の中で組み立てていた手がかりのピースが噛みあって、なっちゃんはすっきりしたようにご機嫌でフフフ、と笑う。

 

「でも、待ってくれよ。他の部員のトロンボーンという可能性もあるだろ?」

「それもないわ」

「どうして?」

「トロンボーンパートで、アイコちゃんの他に、あの日読み合わせに参加していたのは二宮君だけでしょ? でも彼の楽器は――」

「ああ、そっか。あいつ『バストロ』だ」


 話を聞いていたカッシーが、なるほど――と、ポンと手を打ち答える。

 トランペット奏者である彼はトロンボーンセクションとは距離が近いため、よく覚えている。

 なっちゃんの言う通り、あの日音楽室に来ていたトロンボーン奏者は、アイコの他にもう一人、カッシー達と同じ三年生の二宮久義にのみやひさよしのみだった。

 となると、この世界に飛ばされたトロンボーン奏者は二名のみということになる。

 そして二宮が演奏していたのは、『バストロンボーン』と呼ばれる、通常のトロンボーンよりも一回り大きいトロンボーンだった。


 先も言った通り、この世界にはトロンボーンはない。

 ならオークションに出品されたあの楽器は、二宮かアイコの所有していたトロンボーンいずれかになるが――


「思い出して、オークションのカタログに載ってたあのイラストはどう見てもテナートロンボーンだったじゃない?」


 通称『バストロ』と呼ばれるこのバストロンボーンは、一般的にトロンボーンと称されている『テナートロンボーン』と比較してF管が長く、二週ほど巻かれている。

 だが、イラストに描かれていたトロンボーンはF管の部分が短かった。


「じゃあ、やっぱりアイコちゃんのに間違いなさそうだな」


 カッシーはそう言って日笠さんを向き直る。

 彼女は念のためにチェロ村を出る際にササキから預かっていた、『部員一覧』のメモをカバンから取り出し眺めていたが、カッシーの視線に気が付くと間違いない――というように首を縦に振ってみせた。


「でも、どうしてオークションに出品されてるのかしら? 奴隷商人の店に置いて来たんでしょう?」

「それはシズカさんの出所調査を待ってみないとわからないけれど――」

「おおかた、アイコちゃんに逃げられた奴隷商人が、腹いせに売り捌いたのが流れ流れて――とかそんな感じじゃない?」


 あくまで憶測でしかないので根拠はないが、当たらずとも遠からずと言ったところではないだろうか。

 話を聞いていたエリコは、なっちゃんの言葉に続けて東山さんの問いに答える。


 ともあれ、アイコのトロンボーンの問題は、予定通りオークションで競り落とせば万事解決ということになる。

 部員が少ないおかげで逆に所有者を特定することができた。

 まあ、交響楽団としては素直に喜べないところではあるが――と、日笠さんは、複雑な心境でとほほと肩を落としていたが。

 

「でもトロンボーンはアイコちゃんのってわかったけれど、ホルンは一体誰の物なんでしょうか?」

「それも複雑に考えなくていいわ」

「複雑に考えなくて……って、夏実先輩それじゃあのホルンは――」

「そう、あのホルンはモッキーの楽器だと思うのだけれど――」


 そちらについても大体予想はついている――

 ついでとばかりに所有者不明となっているもう一つ楽器を挙げたハルカに対し、なっちゃんはあっさりとそう答えると、頭の中で組み立てていた一つの推理を立証するため、再度エリコを向き直った。


「モッキーは、アイコちゃんがトッシュさんに匿われている事や、街から逃げ出そうとしていることを知っているの?」

「多分知らないと思う。彼女逃げ出してから一度も『スズムラ君に会っていない』って言ってたし――」

「目下トッシュさんが彼の事を捜している感じだったッス」


 彼女は無事であるということを伝えるため、トッシュは何度か奴隷市場に足を運んでいたが、いずれの機会にもモッキーらしき少年と会うことはできないでいたのだ。

 エリコに続くようにして、チョクも馬車屋で聞いていた話を補足するように答えると、なっちゃんは唇の下に指を当て、静かに思案を継続する。

 しばしの間の後、彼女はうん、と頷くと微笑を浮かべつつ皆を見渡した。


「じゃあやっぱり、あのホルンはモッキーの物で間違いないと思う」

「どうしてそう思うの?」

「彼が偽名を使ってまで、カジノ大会に出ようとしている理由を考えると、その方がしっくりくるから――」

「偽名?」

「ちょっと待てなっちゃん。もしかしてリュウ=イーソーのことか?」

「そう。彼はモッキーだと思う」


 もしやと思いつつ尋ねたカッシーに対し、なっちゃんはその通りと頷いてみせる。

 カッシーとこーへいがカジノで会ったという『鈴村裕也モッキー』そっくりのリュウ=イーソーという少年。

 グレーな存在だった彼はやはりモッキー本人である――少女はそう断言したのだ。

 この発言に大喜びしたのは他でもない。

 俄然得意気ににんまりと笑みを浮かべたこーへいを見て、カッシーは呆れ顔で彼を見据える。


「なー? そーだろそーだろー? 俺はあいつがモッキーだって思ってたぜー?」

「おまえは急に嬉しそうに……」

「彼、きっと自分の楽器を奪い返そうとしてるんだと思うの。でもカジノ大会に出場するには資格がない……だから代理人として出場するために、名前を偽ってツネムラに近づいたんだとしたら?」

「なるほどね、確かに辻褄が合うわ」

「でもさ、あいつ俺達のこと『知らない』って言ってたぜ?」

「それは……例えば『知らないふり』をしてたとか」

「なんでそんな必要があるんだよ?」


 理由が分からない。カッシーは不満そうに口をへの字に曲げる。

 仮になっちゃんの言う通り、リュウ=イーソーがモッキーだったとして、ではどうして自分達のことを知らない振りなんかする必要があるのか?

 なっちゃんはまた少し間を置き、今度はこめかみに指を当てて考えてはじめる。


「『神器の使い手』……」

「え?」


 やがてぼそりとそう呟いた少女を見て、我儘少年は訳が分からずますます眉を顰めた。

 しかし微笑み少女は、薄い唇の端に蠱惑的な微笑を浮かべ、一人頷くとさらに言葉を紡いでいく。

 

「私達と仲間であることを知られたくないんだと思う」

「どういうこと?」

「ノトさんのお店で会った時、カナコさんが言っていたでしょ? ツネムラは私達のことを狙ってるって」

「ああ、確か『神器の使い手』だっけ?」

「そんな大層なモンでもねーのになー?」

「それはこの際置いておいて、もしモッキーがその事を知っていたとしたら?」

「そっか! 不用意に私達と接してツネムラに『神器の使い手』の仲間だと知られたら、モッキー自身が危険に晒されるから――」


 日笠さんがうんうんと頷きながらそう言うと、なっちゃんは正解――と、いいたげにクスリと微笑んでみせた。


 モッキーとしては、なんとしてでもツネムラの代理人として、カジノ大会に出場しホルンを取り返す必要があるのだ。

 だがツネムラは、巷で噂となっている『神器の使い手』――つまり音オケの部員達を捜している、コル・レーニョ盗賊団とは同盟関係にある。

 自分もその『神器の使い手』の一人だという事が知れたら厄介なことになるだろう。

 だからカッシー達とカジノで会った時、モッキーは彼等のことを知らない『ふり』をした。

 幸いなことに、ツネムラはその時点ではまだ、カッシー達が捜している『神器の使い手』であることを知らなかったが。

 だが常に慎重で冷静なあの後輩なら、それくらい用意周到に立ち振る舞うのではないか――なっちゃんはそう考えたのである。


「こんな所じゃないかしら? だからアイコちゃんのことは、モッキーと、カジノ大会で会った時に伝えてあげればいいと思うわ」


 半分推論でしかないけれど――

 そう付け加えてなっちゃんは皆を一瞥する。

 しかし、今更だがもっとシンプルに考えてよかったかもしれない。

 この街に『トロンボーン奏者』と『ホルン奏者』がいるのだ。

 ならば、あの『トロンボーン』と『ホルン』が誰の物かなんて、変に曲解して考える方が不自然なのである。

 私達の楽器はこの世界にはない。そして、その楽器の奏者がすぐ傍にいる。

 ならば直感で答えを結びつけても、きっと当たらずしも遠からずの結果になっただろう。

 なっちゃんはそこまで考えてから、蛇足になってしまう事に気づき、口には出さなかった。

 と、そこで彼女は、自分をじっと見つめるカッシーとこーへいに気が付き、何?――と、首を傾げてみせる。

 

「いや、なんかなっちゃんさ、段々ササキさんに似てきたなって思って」

「……は?」

「おー、それ俺も思ったぜ?」

「だよな? 冷静に淡々と推論して答え出していくところとか――」


 そこまで意気投合してから、二人はひしひしと漂いだした殺気に気づき、失言だったと口を噤んだが既に遅かった。

 恐る恐る向き直った先に見えた少女の顔は、いつもながらの微笑を浮かべていたが、その額には大きな青筋が一つ浮かび上がっている。

 

「……こーへい、煙草貸しなさい」

「え?」

「あなた達の穴という穴に煙草突き刺してあげるわ^^」

「……ごめんなさい。勘弁してください」

 

 次の瞬間、速攻で土下座するカッシーとこーへいの姿がそこにはあった。

 そんな彼等を苦笑しつつ眺めながら、日笠さんはふと考えていた。

 やはり、この世界に来てからのなっちゃんの聡明ぶりは目を見張るものがある――と。

 いや、彼女だけではないかもしれない。

 みんなこの世界に来てから、元の世界でただただ平凡に過ごしていては、きっと気づくことができなかったであろう、意外な一面を見せている。

 そういう意味では、この世界に飛ばされたのは、災難ではあったけれども、得るべきものはあるのかもしれない――

 そう結論に至り、人知れず彼女は微笑んでいた。

 

 閑話休題。


「というわけで、アイコちゃんの一件は以上よ。わかってもらえた?」

「ああ。ありがとうエリコ王女」


 トッシュに匿われたアイコのことも、そしてモッキーが偽名を使って動いている理由も、推測ではあるが大よそわかった。

 それにトロンボーンとホルンの持ち主についてもだ。

 それにしても予定外のトラブルに見舞われ、成り行きで寄ったこの街で、まさか次々と仲間が見つかることになるとは僥倖といえよう。

 まあそれに比例するように次々と問題トラブルにも巻き込まれているが――

 頭を後ろを掻きながら、カッシーは辟易するように口をへの字に曲げた。

 

「一気にやる事山積みだね。ちょっと整理してみない?」

「ああ、そうだな。えっとまずオークションだろ?」


 と、日笠さんの提案に賛成したカッシーが指を折りながらそう発言すると、俄然やる気な表情でハルカが頷いてみせた。


「ノトおばさんのために、絶対あの店を取り返してみせます!」

「気合入ってるわねハルカちゃん……」

「もちろん、ウエダの好きになんてさせませんよ!」

「うちらはトロンボーンを競り落とさなきゃ」


 カナコ頼みとなってしまうが、こればっかりは自分達にはどうしようもない。

 任せておけ――と、豪快な笑い声をあげていた彼女を思い浮かべ、カッシー達は神を拝むように思わず手を合わせていた。


「んー、そんでもってカジノで優勝ってか?」

「ボケッ、違うだろ? 目的はホルンの奪還だからな? そこを取り違えるなよ?」

「へいへーい、わかってるって」

「まあそれはいいとして、あのー……エリコ王女――」

「なによ?」

「『あの名前』で、本当にいいんですか?」


 と、日笠さんは先刻のエリコとシズカのやり取りを思い出し、確認するように尋ねていた。

 少女が敢えて尋ねたのは、エリコが登録エントリーした際のその『名前』のことである。


「大会規定を確認しましたが、資産の確認ができれば登録する名はなんでも大丈夫のようです」


 と、意気揚々とカジノ大会への登録を宣言したものの、その後のことを考えていなかったエリコに対し、シズカは資料を読み進めながら助け舟をだしていたのだ。

 別にこれが原因で所在がばれても逃げればいい――とエリコは気にする様子などまったくなかったが、チョクはそうはいかないのだ。

 飛び火して彼がエリコに同行していることがばれれば色々まずいことになる。

 

「なんでもいいの?」

「はい。王女の他にも、立場上こういった場に出ると色々とまずい方々が参加されるようですね――」


 一定以上の資産が出場資格となれば、それなりに高名な人物の出場も見込まれるのだろう。

 そう言った人物の中には、エリコとは違った理由で名がばれるとまずいVIPもいる。

 支配人はその辺を配慮して匿名・偽名による登録を許可していたようである。


 シズカは淡々とそう述べると、いかがいたしましょうか?――と、エリコに確認していた。

 これ幸いとばかりに、にやりと笑うと、エリコはこう即答していたのだ。

 

「じゃあ、『カレー』で」

「……はい?」

「ちょっと短いか、んーとレッドカレー……あ、『レッドカレー=ベ=ト・オン』でお願い」

「……承りました」


 流石は敏腕秘書。表情には出さなかったが、人知れず溜息をつき、彼女はさらさらと手帳にそのネーミングセンス最悪な登録名をメモする。

 ちなみに、カッシー達はわかりやすい程その顔に呆れた表情を浮かべ、そんなにカレーあれが気に入ったのかよ――と、お騒がせ王女を凝視していたことを追記しておこう。

 かくして、エリコ=ヒラノ=トランペット改め『レッドカレー=ベ=ト・オン』のカジノ大会出場が決まったわけである。

 

 話を元に戻そう。

 

「良いに決まってるじゃない。どうせ偽名なんだから、ちょっと小洒落た名前の方がいいのよ」

(あれのどこが小洒落ているのだろう――)

「どうでもいいけど、『ベ=ト・オン』ってなんだ?」

「んー、なんか誰かから聞いた名前なんだけど、思い出せないわ。なんとなく響きで選んだだけ」

「ああそう……」


 誰だったろうか、何かの際に身内から聞いた名前だったはずだが――

 しかしやはり思い出せなかったエリコはそこで記憶の糸を手繰るのを断念し、適当に返事していた。

 やれやれとカッシーは肩を竦める。

 

「まあとにかく、カジノ大会は私とコーヘイに任せておきなさい」

「本当に頼むぜ? 二人とも」

「わかってるわよ」

「ンッフッフー、まかせとけって」

「じゃあ、カジノ大会とホルン奪還はこれでよしと。あとは――」

「全て終わったら、アイコちゃんとモッキーを連れてパーカスを脱出ね」

「問題はその後二人をどうするかだけど……」

「んー、一緒にホルン村来てもらうしかなくね?」


 ベストなのはパーカスから遠く離れたチェロ村に一度戻って、彼等を匿ってもらうといったところだろうか。

 ペペ爺なら事情を話せばきっと受け入れてくれる気がする。ダメならマーヤに頼んで、ヴァイオリンに住まわせてもらうかだ。

 だが今はホルン村の様子も放っておけない。あちらもあちらで、なんだか物騒なことになっているようだし――

 こーへいの言う通り、ここは二人にも同行してもらい、ホルン村へ向かうのがよさげだ。

 皆もそう結論に至ったようで、こーへいの意見に同意するようにして一行は頷いていた。

 と、これで、二人の今後についても仮ではあるが目処が立った。


「こんなところかな? みんないい?」

「派手に行くわよ! 派手に!」

「いや、姫はあまり目立たないで下さい……」


 全ては六日後、今回はやる事一杯!

 日笠さんの言葉に、皆は気合を入れつつお互いを見合う。


 と――


「あ、今更なんだけど一ついいか?」

「何よカッシー、盛り上がってるのに――」


 空気を読まず、水を差すように口を開いたカッシーを横目で見ながらエリコは首を傾げる。


「いや、モッキーのホルンってさ、何でカジノ大会の副賞になってるんだ?」

「……え?」

「だってアイコちゃんと違って、あいつは別に捕まってないだろ? なのになんで――」


 そこまで言ってから、皆が自分に向けていた既視感ある視線に気づき、カッシーは思わず言葉を飲み込んだ。

 ちょっと待て、なんだこの視線。なんだこの『残念な子』を見るような視線は!?――と。

 

「……カッシー」

「な、なんだよ日笠さん」

「なっちゃんがさっき質問してたじゃない?『モッキーは、アイコちゃんがトッシュさんに匿われている事や、街から逃げ出そうとしていることを知っているのか?』って――」

「ああ、してたけど?」

「で、私は『多分知らないはず』――って答えたワケ。わかる?」

「は?」

「先輩、モッキーは『必ず戻る』って言ってたんです! きっとおばさんと同じ気持ちだったんです!」

「同じ気持ち? ハ、ハルカちゃんまでなんだっつの! どういうことだ?!」

「柏木君……流石にちょっと鈍すぎじゃない?」

「じゃ、そういう事で。おやすみなさーい^^」

「あ、おい! ちょっと――」


 と、女性陣は、やれやれと我儘少年の鈍感さに溜息を吐くと、各々自分の部屋へと戻っていってしまった。

 残されたカッシーはしばらくの間きょとんとしていたが、やがて悔しそうに拳を震わせながら舌打ちする。

 

「なんだよあいつらみんなしてさ! こーへい、おまえわかったか?」

「んーまあ、そりゃなー?」

「マジか!? 教えてくれ!」

 

 と――

 

 そんなカッシーの肩を優しくぽん、と叩く者が一人。

 

「チョクさん?」

「カッシー、愛故に……ってことッスよ!」

「……は?」

「男は愛のためなら全てを投げ打つ生き物なんッスよ! じゃ、おやすみなさいッス!」


 そう言って、スチャっと手を翳しチョクは去っていく。

 

「さ、さっぱりわからん――」


 目を点にしてカッシーは立ち尽くす他なかった。




 そんな少年をちらりと眺めた後、咥えていた煙草の先からハートマークの煙をぷかりと吐きだすと、こーへいはやれやれ、と肩を竦めていた。

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