その24-3 気づくの遅い!

 わかってはいる。

 ことギャンブルにおいて、実力で優勝を目指すとしたら、うちらの中でこいつ以上に適任な奴なんていない。

 にもかかわらず、さっきから少年は一抹の不安を拭いきれない――

 理由は簡単だ。この前のカジノでの一件以来、どうにもこいつが大会に出ようとしている理由が、別にある気がしてならないからだ。

 そして、その理由についても何となくではあるが察していた我儘少年は、こーへいをさらに見据えて尋ねた。

 

「おまえ、何考えてんだ?」


 ――と。

 はたしてクマ少年は、咥え煙草をぴこぴこと動かしながらにんまりと笑い、白々しく首を傾げてみせる。


「そりゃ決まってんだろー? 優勝してホルンを奪い返す――ってか?」

「ボケッ、どうせ『ついで』だろ?」

「さーてねー」


 絶対あいつリュウ=イーソーと勝負したいだけだこのクマ――

 テーブルの上に肘をつき、やれやれとカッシーは顔を覆うようにして自分の手にもたれかかった。


「うーん、まあ妥当といえば妥当だけれど……」


 と、話を聞いていた日笠さんは、やや不安そうな面持ちではあったが、仕方がないか――と彼の立候補を承諾する。

 彼女もこのクマ少年が持つ、大人顔負けの賭博運についてはよく知っている。

 はたしてそれがこの世界でどれ程通用するかはさておき、自分達だけでホルンを奪い返すとなれば、彼に任せるのが適任だろう。

 なっちゃんも東山さんも同じ考えのようだ。

 だが『優勝できなければ帰れない』というこの状況においても、相変わらずのマイペースオーラを出し続けている彼を見て、東山さんが釘を刺すように言葉を投げかける。


「……中井君」

「おーい、委員長まさか止めはしねーよな?」

「いいえ、でも出るからにはわかってるわよね?」

「へいへーい」


 狙うは優勝のみだ――東山さんの強き意志を秘めた問いかけに、こーへいは頷いてみせた。

 これで大会出場の大義名分もできた。

 おーい、面白くなってきたんじゃね?――

 クマ少年は猫口を浮かべつつ、ご満悦で腕を鳴らす。


「こーへい、勝算はあるんでしょうね?」

「なきゃ出るわけねーだろー?」

「それじゃホルンの方はうちらでなんとかするってことで――」


 まとめるように、パンと手を叩き日笠さんは一同を見渡した。


「シズカさん、大会への登録エントリーってどうすればいいですか?」

「それは私にお任せください。ですが残念ながら――」


 登録自体は可能だ。そう、あくまで登録自体は――

 シズカは今一度確認のために持っていた資料に目を落とし、やはり間違いない――と、話を続けた。

 

「ナカイ様は資格を満たしていないので、参加は無理かと」

「し、資格?!」

「資格なんてあったんですか?」

「はい、こちらに――」

 

 これで大方決まったと安心していたところに聞こえて来た、寝耳に水な敏腕秘書のその言葉に、日笠さん達は一斉に彼女を向き直る。

 シズカは目を通していたその頁を開いたまま、資料を再びテーブルの上に置いた。


「――えっと……『参加資格:以下の条件のいずれかを満たす者

 イ、管国通貨XXXXXXX万ピースに相当する総資産を所有している者――

 ロ、上記『イ』の資格を持つ者が委任した代理人――

 参加費用:登録料として500ピースまたは5万ストリング……って、うそ?!」


 と、読みあげていく日笠さんの顔は、みるみるうちに白くなり、そして聞いていたカッシー達は途端に顔に縦線を描いて絶句する。

 こんなん無理だろ――と。


「なんだこの条件……」

「大方、冷やかしで参加する奴等を足きりするための『ふるい』ってとこかね」


 恐らくあの支配人はこのカジノ大会を、商業祭を盛り上げるための『エキシビジョン』的に催したいのだろう。だから水を差すような輩を最初から弾いておくつもりなのだ。

 一流の賭博人ギャンブラーなら実力でパトロンを見つけてみろ――そう言っているようにもとれた。

 中々考えてるじゃないか――と、カナコは感心したように頷く。

 だが少年少女達にしてみれば、甚だ迷惑な条件以外のなにものでもない。

 この世界での自分達の立場といったら、住所不定無職、おまけに総資産なんて日笠さんの持ってる財布の中に入っているお金で大体全てだ。

 聞くだけだとなんだかすごい底辺階層の存在に聞こえるが、事実なのだから仕方がない。

 ああでも、楽器を『資産』としてもいいのであれば、そりゃあまあ、『神器』とか変に誤解されているくらいだし、それなりの価値に換算されるかもしれないが――

 だがそんなことしたら、事態は余計ややこしくなってしまうだろう。

 なんせ楽器が元で、彼等は多方面から狙われる現状に陥ってしまっているのだから。

 こりゃ無理か――と、俄然張り切っていたクマ少年は無念そうに眉尻を下げ、ついでに珍しく落ち込みっぷりをその態度に露にしていた。


「自力での参加はこれじゃ無理そうね」

「ええ。いくら頑張っても『0』があと三つは足りないかな……」

「でも代理人でもOKなんでしょ?」


 そう言って微笑みの少女は、やにわにピンと人差し指を立てながら思いついた案を説明しだす。

 

「カナコさんに登録エントリーしてもらって、こーへいが代理人として参加――ってのはどう?」

「……それいいかも?!」


 ナイスアイデア、流石なっちゃん!――

 日笠さん達は途端に表情をパッと明るくして、一斉にカナコを向き直った。

 だが腕を組んで彼等の話を聞いていた豪放磊落な組合長は、彼等の提案に対し即座に首を振ってみせる。

 

「そりゃ無理だね。私は登録できない」

「へっ!? どうしてですか?」

「代理人を立てて参加する場合は、登録者も大会に出席しなければいけないのです」


 代理人を詐称して参加しようとする輩を防ぐために設けた、規定のうちの一つのようだ。

 少年少女達が一喜一憂しながら喧々諤々話していた間も、大会規定を読み進めていたシズカは、カナコの発言を補足するように、追って説明を加えた。


「ならカナコさんにも、出席してもらえばいいのでは?」

「カジノ大会は商業祭初日の正午開始とあります。ですが社長はその時刻に――」

『――そっか、オークション!』


 はっとしながら、カッシー達は異口同音そう言ってお互いの顔を覗き込む。

 はたして、その通りとシズカは頷いてみせた。

 オークションの開始は午前中から。

 となると正午あたりは競りの真っ只中となる。

 トロンボーンがいつ出てくるかはまだわかっていないが、カジノ大会にカナコが出席する余裕はないだろう。


「まあそんなわけさね。残念だけど、私はカジノ大会に登録できそうにない」

「そ、それじゃあノトさんは?」

「助けになってあげたいけれど、今の私にそんな資産は……」

「ですよねえ。す、すいません」


 唯一の資産ともいえる店すら、今は差し押さえとなっている状況なのだ。

 力になれず申し訳ない――と、ノトは残念そうに俯いてしまった。


「どうしよう? 今から協力してくれそうなお金持ちの人を探してみる?」

「まゆみ、そんな都合よく『あしながおじさん』がいると思う?」

「……デスヨネー」

「んじゃさー? 俺がカジノで稼いでくるってのはどうだ?」


 カジノの種銭はカジノで稼ぐ――

 と、いかにも彼らしい提案をしたこーへいであったが、しかしシズカがまたもやその案に対し、首を振ってみせる。


登録エントリーは明日までとなっております。いくらナカイ様が腕に自信があるとしても、流石に一日でこの額を稼ぐのは厳しいかと……」

「おーい、マジか?」


 結構いい案かと思ったが、たったの一日では、さしものこーへいもきついようだ。

 クマ少年はどっかりと椅子にもたれ掛かり、これもだめか――と、頭の後ろで手を組んだ。

 いよいよもって手詰まりとなってきた。

 カッシー達はがっくりとテーブルに突っ伏し、深い溜息を吐く。


 と――


「たっだいまー!」


 やにわにご機嫌な挨拶が入口から聞こえて来て、皆はその声の主を振り返った。

 だが勢いよく来賓部屋の扉を開き、丁度中に入って来たばかりのお騒がせ王女とその元お付きである眼鏡青年の姿が見えて、カッシー達は一様に複雑な表情で彼等を出迎える。

 災厄おさわがせが帰って来た――と、とても口に出せない失礼な感想を頭に浮かべながら。

 

「おっ、いたいた! アンタ達さぁひどくない? 私置いて行っちゃうなんてー」


 だがそんな少年少女達の心境など知るはずもないエリコは、カツカツとヒールの音を鳴らしながら、丸テーブルを囲む彼等の下へ歩み寄ると、膨れっ面を浮かべながら早速仲間外れにした件を問い詰める。

 それでもカッシー達は、依然として力なくテーブルに突っ伏したままであったが。

 

「何よ元気ないわね。どしたの?」

「今それどころじゃないんだっつの……」

「エリコ王女こそ、今までどちらに?」

「そりゃ、馬車を探してたに決まってるでしょ?」


 よくぞ聞いてくれたわね――と、得意げにドヤ顔を浮かべ、エリコはチョクをちらりと向き直る。


「皆さん、お待たせしました。馬車の件ですがなんとかなりそうッスよ」 

「ほんとですか?」

「はい。早ければ明後日には出発できそうッス」


 いやはや本当に何とかなってよかった。これで腎臓を売らずに済みそうだ――

 肩の荷が下りたチョクは、眼鏡を指で直すと、少し誇らしげに口元に笑みを浮かべてみせた。

 だがその朗報を耳にしてなお、ちらりとお互いの様子を窺うようにして顔を見合ったのみで、カッシー達はすぐにまたテーブルに突っ伏す。

 諸手を挙げて喜ぶ彼等の様子を想像していたエリコは、不満そうに眉をピクリと吊り上げた。

 

「なによアンタ達その浮かない顔は? せっかく馬車手に入ったのよ? もっと喜びなさいって」

「悪いけど、明後日出発はちょっと無理だ。他にやる事が出来た」

「やる事?」

「なんかあったんスか?」


 と、頬杖をつきながらだがやっとこさ顔を上げたカッシーのその発言をうけ、エリコとチョクは同時に尋ねる。

 実は――と前置きをして、日笠さんはこれまでの経緯を掻い摘んで二人へと話し始めた。

 

「なるほどね、楽器が見つかったと――」


 少女よりこれまでの経緯を聞き終えたエリコは、空いている席によいしょと腰かけながら納得したように感想を漏らす。

 その通りとカッシー達は頷いてみせた。


「そういう訳で商業祭が終わるまではここを発つのは無理そうです。出発は延期で……いいよねみんな?」


 今更ながら確認していなかった。

 ホルン村の状況も正直心配だが、身体は一つしかないのだ。

 目の前の問題を確実に解決していくべきではないだろうか――

 日笠さんは、異論はないかと一同を見渡した。

 無論反対など出るはずもなく、カッシー達は各々頷き、彼女の提案に肯定の意を示す。

 

「ま、アンタ達がそう決めたのなら、うちらは構わないわ」

「あの、すいません。せっかく馬車を調達してもらったのに……」

「気にしないでいいッス。仲間のためなのでしょう?」

「それより、カジノの登録だっけ? ちゃっちゃとしちゃいなさいよ、すっとろいわねー」


 何をもたもたしているのか――

 エリコは肩を竦めて苛立たし気にカッシー達を一瞥しながら言った。

 やにわにムッ、と顰め面を浮かべカッシーは顔をあげる。

 

「あのな、話聞いてたか?」

「聞いてたわよ」

「ならわかるだろ?登録したくても資格がないんだっつーの」」

「代打ちで出場しようにも、カナコさん無理だしよ?」

「他に資格を持った人なんて、当てないしね……」


 ほとほと困り果てた様子でカッシー達は一斉に口を開いた。

 だがしかし――

 途端、エリコは不機嫌そうに眉を吊り上げ、半身を乗り出して彼等に詰め寄る。

 

「ちょっと何言ってんの? いるでしょ?」

「いるって、どこに?」

「ここよここ!」

「はぁ?」

「失礼ね、忘れてない? アンタ達の目の前にいるのはどこの誰ですかー? もしもーし?」


 ビシっと親指で自らを差し、エリコは本気でわからない様子の我儘少年を覗き込みながら尋ねた。

 と、少年少女達は一斉に身体を起こし、カッシーに詰め寄ったエリコの顔を見据える。


「……まさか」

「気づくの遅い!」


 くっつくくらいに顔を近づけてきたお騒がせ王女に、思わず身をのけ反らせカッシーが口をへの字に曲げると――

 エリコはコクンと頷き、少年のその仕草に応えて見せた。

 そして徐に振り返り、指に嵌めていた鷹の紋章の刻まれた指輪を外すと、ピンとそれをシズカへ弾き渡す。

 

「エリコ=ヒラノ=トランペットで登録お願い。代理人はコーヘイ=ナカイでね。資産の証明は指輪それでいいでしょ?」


 それとも、王家うちの資産全部調べてみる?――

 エリコは強気な笑みを浮かべてそう付け加えると、敏腕秘書に向かって首を傾げてみせた。

 

「……承りました」


 凛と響いた、威厳と気品を兼ね備える正真正銘の『王族』の声に、疑う余地などどこにあろう。

 掌の中の、受け取った指輪を一目見下ろした後、シズカは敬意を持って一礼する。


 それを見届け、エリコは再び少年少女達を振り返ると、案の定あっけに取られてぽかんとしていた彼等を一瞥し、どうだ?――と言わんばかりに笑みを浮かべてみせた。

 

「というわけよアンタ達。意地でも両方奪い返して見せなさい」

「あの、エリコ王女……いいんですか?」

「何が? いいに決まってるでしょ。お祭りだもの、派手に行くわよ、派手に!」

「いや、そうじゃなくて――」

「アッハッハ、あんたお忍びで来てるんだろ? ばれたらまずいんじゃないかね?」


 やばい! そういえばそうだった!――

 一部始終を見ていたカナコは、少年少女達を代弁するように大笑いしながらツッコミを入れた。

 途端にドヤ顔をストンと表情から落とし、目を見開くお騒がせ王女……。


「ま、いいか。逃げきる自信はあるし」

「良くないッスよ! 今までの苦労は一体なんだったんスかもう!」


 そもそも足がついてもいいなら、こんな苦労せずとも馬車は買えたのだ。

 なのに何やってくれてるのだこの人は――

 ぺろりと舌を出してあっさりそう言い放ったエリコを横目で見つつ、チョクはやれやれと額を押さえて首を振る。


「でもこれで――」

「ああ、なんとかなりそうだ」


 とにもかくにも、これでトロンボーンとホルンの奪還目処が立った。

 日笠さんの言葉に対し、カッシーも嬉しそうに笑みを返す。


 そんな中。

 こーへいは窓辺に歩み寄り、灰皿に煙草を押し付けて消すと、窓の外を眺める。



「おーい、待ってろよモッキー?」

 

 これで同じ土俵に立てたぜ?――

 にんまりと猫口に不敵な笑みを浮かべ、彼は一人静かに呟いた。

 

 神器の使い手達による一大作戦決行の日まであと六日。

 すっかり暗くなった夜空には、この世界に飛ばされてきたあの日と変わらない、満天の星が輝きを放っていた。

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