その24-2 俺が出んぜー?
「それだけではありません。もう一つあります」
と、
一斉に顔をあげた彼等に対し、彼女はファイルからさらに書類の束を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
「なんだこりゃ?」
「同じく商業祭で開催されるカジノ大会の企画書です」
「この前『ミリオナリオ』支配人から組合に提出されたんだがね、そこの『賞品』のところを見てごらん」
顔を寄せ合うようにして書類を見つめるカッシー達に、シズカとカナコが補足する。
言われた通りに日笠さんが書類を捲っていき、『賞品(案)』の項目で手を止めると彼女はその内容を読み上げていった。
「優勝賞金百万ピース、その他現在巷で噂になっている『神器』を副賞として提案――」
「じ、神器?」
「企画書下部のイラストをご覧ください」
嫌な予感しかしない。
日笠さんが読み上げる大会報酬の中身を聞いていたカッシーは、やにわに聞こえて来たシズカの言葉に誘導されるがままイラストに目を落とし――
「……マジか」
――そして案の定、引き攣った顔で口をへの字に曲げた。
先刻のトンボーン同様、精巧に描かれたそのイラストは、大きなベルと、巻貝のようにぐるぐるに巻かれた銀色の胴体を持つ、金属でできた器物。
そう、それはやはり
「おーい、これ『ホルン』じゃね?」
と、口から驚きのあまりぼふっと煙を吐き出しながら、後ろから覗き込んでいたこーへいが思わず呟く。
なっちゃんも東山さんも、そして読み上げていた日笠さんも、見慣れた金管楽器のイラストをまじまじと見つめながら絶句していた。
「あんた達
「えと、その……そうです。これ私達の楽器です」
厳密にいえば自分達が捜している仲間が持っているはずの楽器ではあるが。
先刻と同様の反応を示したカッシー達を見て、カナコが確信したように尋ねると、日笠さんはコクンと頷いてみせた。
「やはりそうかい、じゃあこれがマーヤの手紙にあった『奇妙な楽器』で間違いなさそうだね」
と、カナコは合点が言ったように大きく頷いてみせる。
それにしても一体どういう事だろう。
オークションに出品された『トロンボーン』、そしてカジノ大会の副賞として挙がった『ホルン』――
何故これらがパーカスにあるのか?
そしてこの楽器は一体誰のものなのか?
次々と沸き起こってくるそれらの疑問に、カッシー達は一様に剣呑な表情を浮かべながら、テーブルの上のイラストを見据えていた。
「ねえカナコさん、『トロンボーン』や『ホルン』って、この街にあるものなの?」
と、頬杖をつきながらイラストを凝視していたなっちゃんが、カナコを向き直って尋ねる。
「それが、この『奇妙な楽器』の名前なのかい?」
「ええ。そうよ」
カナコはその問いを受け、神妙な顔つきのまま首を振ってみせた。
「いいや、こんなもの初めて見るね。そう言った名前の村は管国にあるが」
「……そう」
どうやら本当に知らないようだ。彼女に嘘をついている気配はない。
チェロ村でペペ爺は言っていた。
この大陸では楽器はせいぜい合図か儀式に使われる程度の代物で、複雑な構造の楽器は存在していない――と。
しかし物流も多く、『大陸の玄関』と呼ばれる
そう思い、少女は思い切って尋ねてみたのだが当てが外れたようだ。
なっちゃんは、自分の推論が外れた事に対し、残念そうに眉根を寄せた。
そうなると当初の予想通り、これらのイラストが示す楽器はやはりうちらの世界の楽器と考えるのが妥当だが――
だとすればこの楽器の持ち主は誰なのか?
振り出しに戻り、微笑みの少女は困ったように、白い指でテーブルをトントン、と叩く。
と――
「私からもいいかね?」
「なにかしら?」
「あんた達は一体何者なんだい?」
依然変わらない神妙な顔つきで、カナコはカッシー達を一瞥して尋ねた。
長年商人として異国の品物も目にしてきてはいたが、それでもこんな代物は初めて見た。
だがその代物をこの少年少女は知っており、しかも『楽器』だという。
それに先程の会話から聞こえてきた『エン』という、どうやら通貨らしき名称――
商人としては悔しい限りではあるが、そんな通貨を使う国をカナコは聞いたことがなかった。
見たことも聞いたこともなかった楽器と、通貨を使う国からきた少年少女。
しかし彼等は自分達と変わりない容姿をしており、しかも話す言葉に違和感もない。
だとすれば、彼等は一体どこの何者なのだろう。
はたして、彼女はそう結論に至ったのである。
彼女の問いかけを受け、少年少女はお互いを見合った後、しかし誰もが反対の意志なくコクンと頷く。
ここまで来ては話さないわけにもいかないし、何より彼女が信用に足る人物であることは十分なほどわかっている。
皆を代表し、日笠さんはカナコを向き直ると、彼女が口にしたその疑問に対する『答え』を掻い摘んで説明していった。
数十分後。
「なるほど、異世界からねえ」
突拍子もない少女の話を聞き終え、カナコは呆れと感心が入り混じった何とも複雑な表情で呟いていた。
傍らで同じく話を聞いていたシズカも、珍しく驚きの表情を顔に浮かべカッシー達を見つめている。
ノトに至っては言葉も出ないようだ。
彼女は目を白黒させながら、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔つきで、ハルカを見てなるほどと頻りに小さく頷いていた。
そんな彼女に見かねてハルカは申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
「あの、黙っててごめんなさいおばさん」
奴隷として捕まり、しかも逃げ出してきた身である自分が、こんな突拍子もないことを正直に話しても、頭のおかしい子と思われるだけだろう。
そう思ってハルカは自分の素性をノトには黙っていたのだ。
だがノトは頭を下げた少女に対し、フルフルと無言で首を振ってみせていた。
「気にしないで、ちょっと吃驚しただけだから」
「ま、俄かには信じられない話ではあるが、聞いてみれば合点がいくことばかりだね」
見たことがない楽器も聞いたことがない通貨も、異世界の物であるというのであれば自分が知らなかったのも無理はない。
ますますもって興味がわいた――カナコは豪放に笑い声をあげ、カッシー達の顔を改めてまじまじと覗き込んだ。
「それでは、『神器の使い手』と呼ばれている者達は、別の世界からやって来た皆さんのお仲間ということですか?」
「そうです。けど私達、そんな大そうな呼び名で呼ばれるような存在じゃないですよ?」
この世界に来てからどうも噂だけが独り歩きしているようだ。なっちゃんはうまく利用しろと言ってはいたが、今回はそれが裏目に出て大盗賊団から目を付けられてしまったようであるし。
シズカの問いにそう答えながら、日笠さんはトホホ――と困ったように溜息を吐く。
「あんた達には気の毒だが、『楽器』や『神器の使い手』のことは水面下じゃかなり噂になってるよ」
「ええっ!? 本当ですか?」
「ああ。『楽器』が出品されるっていう噂を聞いた武器商人やら権力者達の間で、今回のオークションは注目されてる。
「あ、あいつらも!?」
そのため商人組合では商業祭に向けて警備隊による巡回を強化し、普段より街中の治安維持に力を入れていた。
数日前に彼等が起こしたトラブルに、警備隊がすぐに駆け付けてきたのもその影響のせいである。
素っ頓狂な声をあげた日笠さんに対し、カナコは同情するように苦笑してみせた。
「てか、そもそもなんだけど、この『楽器』の持ち主であるあんた達の仲間はどこにいるんだね?」
「それがわかんなくて俺達も困ってるんだ」
「この『トロンボーン』と『ホルン』は、一体どういう経路でオークションとカジノ大会の副賞に?」
「オシズ、調べられるかい?」
「かしこまりました。至急出所を調査してみます」
恐らくは裏ルートを流れてきた代物だと思われるが、もしかすると持ち主の居場所が掴めるかもしれない。
一行の感じていた疑問を受け、シズカは手帳を取り出してメモしながら答える。
すまないね――と、シズカの回答に礼を述べると、カナコは再びカッシー達を向き直った。
「とにかく、このイラストの『楽器』があんた達の仲間の物で、なきゃ困るってことはわかった」
「ああ。かなりまずい」
カッシーはその通りと頷いてみせる。
仲間もそうだが楽器も重要なのだ。
『運命』を全員で演奏してこの世界に飛ばされた。そして戻るにはまた全員で『運命』を演奏する必要がある――ササキはそう言っていたのだ。
楽器と奏者、どちらか一方でも欠けてしまえば、元の世界に戻れなくなる可能性がある。
つまりだ――
「んー、このトロンボーン取り返さないとよー、うちらやばくね?」
「そういう事になるわね……」
「でも競り落とすにしても、そんな大金持ってないよ?」
競り合う相手は武器商人や権力者とか、できれば関わりたくない類の方々のようだ。
出がけにマーヤより十分過ぎる程お金は貰っていたが、それは旅をするに当たっては『十分』という意味の金額である。
とてもじゃないが、そんなお金持ちな方々と張り合えるほどのお金など持っていない――念のためにちらりと鞄の中を覗き込んでから、日笠さんは絶望的な表情を浮かべていた。
と、そんな少女に対し、カナコは強気な笑みを浮かべながら首を振ってみせる。
「その辺は私に任せておきな。あんた達を頼むって
「カナコさん……?」
「楽器は私が競り落とす。絶対にあんた達の元に届けてやるよ」
「でもその……立て替えてもらっても私達お金が――」
「立て替える? アッハッハ、若いのに細かいこと気にするねえ。親友の頼みとあっちゃ金は取れないさね。旅の餞別さね、プレゼントしてやるよ」
「本当ですか?!」
「あ、ありがとうございます!」
稼いだ金はこういうことに使うものだ――と、痛快なほど漢気溢れる笑い声をあげるカナコに対して、少年少女達は口々に何度も礼を述べていた。
とはいえ、これでトロンボーンの方は何とかなりそうだ。
と、なるとあとは――
「ホルンのほうはどうしよう?」
むしろこっちの方が問題だ。
カジノ大会の
皆の思いを代弁するかの如く、そう尋ねた日笠さんを見て、カッシーは腕を組んで唸りだす。
「要はどうすれば優勝になるの?」
「企画書の要綱では、まず予選が行われるようです」
と、シズカがテーブルに置かれていたカジノ大会の資料を手に取り、パラパラと捲りながらなっちゃんの質問に答えた。
資料をさらに目で追いながら彼女は説明を続けていく。
「ゲームの種別を問わず、ブースを回って手持ちのコインを増やし、一定時間経過後の総額から上位四名が本選に進出できるようですね」
「上位四名?! たったそれだけ?」
「本選は抽選で分かれてトーナメント方式による、一対一のカードゲームでの対戦と記載されています」
つまり、純粋な実力勝負で全てに勝ち進み、優勝しなくてはならないということだ。
こればっかりは、カナコの力でも流石にどうにもならないだろう。
まずい。これってかなり厳しくないか?――
カッシー達は顔に縦線を描き、どうしたものかとお互いを見合う。
だがしかし――
「んー、優勝すりゃいいんだろ?」
やにわに聞こえてきた、いつも通りのお気楽極楽なのほほん声。
だがその口調の奥に、今回は何とも言えぬ高揚感が混じっている事に気づき、途端に我儘少年は口をへの字に曲げつつ、その声の主を振り向いた。
「俺が出んぜー? カジノ大会によ?」
そう言って、咥えていた煙草の先からぷかりと紫煙を浮かべ――
その声の主であるクマ少年は、大胆不敵ににんまりと笑い、カッシーの視線に応えてみせたのだった。
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