その24-1 やります! やってみせます!


一時間後

パーカス中央地区 カナコ邸来賓部屋―


「それではオークションの流れについて簡単に説明いたします」


 シズカは持っていたファイルを開くと、顔を上げて一同を見渡した。

 丸いテーブルを囲って集っていたカッシー達はシズカのその言葉に頷いてみせる。


 ウエダとツネムラが去った後、カナコ邸に戻ってきていた一行は、早速オークションに向けて作戦会議を行うため、こうして集まっていたのである。

 ちなみにパン屋『ギオットーネ』は、契約が締結し、正式に組合管轄の取引物件となってしまったために、ノトとハルカは店を立ち退き、しばらくの間カナコ邸でお世話になることとなった。

 そんなわけで会議には二人も同席中である。


「先程も申し上げましたが、オークションは六日後の午前中より開催となります。オークション自体は毎週行われておりますが、今回は商業際の一環という事もあって、いつもより出品数も多いですね」

「多いって、どれくらいなんですか?」

「現段階で通常の二倍程がリストアップされています」


 日笠さんの問いに対し、シズカはパラリとファイルを捲って数値を確認しながら答えた。

 

「今の段階で二倍か……」

「それじゃまだまだ増えるってことですよね?」


 その通り――と東山さんの問いに頷いてシズカは話を続ける。


「競りの方法は一般的なオークションと変わりません。購入価格をその場で提示し、一番高い値を提示した者が出品対象を購入できます」

「あの……ちなみにあの店の初値はいくらなんでしょうか」


 と、ノトが祈る様に胸の前で手を組み合わせ、恐る恐るといった感じで尋ねる。

 やはり自分の店にどれくらいの価値があるのか気になるのであろう。

 と、シズカは彼女の質問を受け、手帳の上にペンを走らせて計算を始める。

 

「商業組合が管理している出品は物に関係なく、組合員が査定した価格の半分から競りが開始されます」

「それはその……いくらほどに?」

「そうですね――」


 ややもってペンを止めると、シズカはコクンと頷きながら顔を上げた。


「あくまで予想ですが、約五万ピース前後からの開始になるかと――」

「五万……そうですか」


 そう答えたノトの表情はなんとも複雑で険しいものに変わっていた。

 この世界の相場に疎いカッシー達には、五万ピースという値段が安いのか高いのか、いまいちピンと来ない。

 だが彼女の表情を見るに、それが『だいぶ買い叩かれた』値段なのであろうということは、なんとなくではあるが感じ取ることができた。

 

「て、ことは最低でも五万ピースは用意しないと駄目ってこと?」

「それ以上必要になるわ。初値で落札できるなんてこと恐らくないと思うし」


 日笠さんが人差し指を顎に当てながら呟くようにそう言うと、なっちゃんはすぐに首を振ってみせた。

 誰一人として競りに参加しないなんてまずないだろう。それに今回は現段階で既に通常の倍以上の出品数らしい。

 当然ながら競りに参加する人数もそれなりになることは、素人の彼女にだって容易に想像できた。

 と、二人のやりとりを聞いていた、クリクリ瞳のマメ娘は、可愛い溜息をついて着ていたエプロンの裾を握りしめる。


「うーん……初値五万ピースでも結構な大金なのに、それ以上となるとすぐに用意するのは難しいです」

「んー、五万ピースってそんなに高いのか?」


 幾分はなれた窓際に灰皿を置き、煙草を吸いながら会議に参加していたこーへいは興味本位でのほほんとハルカに尋ねた。

 ハルカはそんなクマ少年に向かってコクンと頷くと、これはざっくりですけど――と、前置きしたうえで口を開く。


「ノトさんの店を手伝ってて感じたこの世界の物価と比較してですけど、大体一ピースが百円くらいですかね」

「ってことは五万ピースだから……五百万くらいってこと?」

「五百万!? そ、そんなにするの!?」

「そりゃまあ不動産ですし、それくらいは――」


 びっくりして目をぱちくりさせた日笠さんにハルカは頷いてみせた。

 むしろ不動産で五百万は安めの相場だと言えよう。それでも大金には変わりないが。

 だからこそ、ハルカとノトは先ほどから複雑な表情を浮かべていたのだ。

 自分達の店の値段が安かったことと反面、そのような資金をどうやって集めればいいのかと。


「その点は心配しなくていいよ。さっき言ったろ? 緊急事態だから私が立て替えるって」

「でも組合長、そのお言葉は嬉しいのですが――」

「立て替えてもらっても、その大金を返す当てがないんです」


 任せておけ――と胸を張ったカナコへ途方に暮れた表情を浮かべながら、ノトとハルカは交互に口を開く。

 無利子無期限で返済してくれればよいと、カナコは言ってくれたがその言葉に甘えることはできない。

 彼女のパン屋はパーカスに居を構える住民相手に日がなパンを売り、その日の売り上げで細々と暮らしていたのだ。

 当然利潤はそれ程よいとはいえず、完済などいつになるか、その目処すら現段階では立ちそうにない――

 ハルカは数週間という短い期間であるが、ノトを手伝い店を回していた間の売上簿記を思い出しながら、可愛い顔を曇らせた。


 だがカナコは猶のこと任せておきなという自信に満ちた顔を引っ込めず、少女のその曇り顔を覗き込む。


「一つ提案がある。けどその前に聞きたいことがあるんだよ」

「あ、あの……なんでしょうか?」

「ハルカ、あんたノトさんの店を手伝っていたんだろ?」

「は、はい」


 ハルカはやや緊張の面持ちでカナコを見据え、首を傾げた。


「あの店、この前と内装が変わってたんだがね、あれはあんたの提案かい?」

「は、はい。そうです」

「ふむ、なんで店の窓越しに陳列棚を移動させたんだい?」

「それはパンが見えたほうが看板見なくてもパン屋って一目でわかるし、中に入らなくてもどんなパンを売ってるかわかるし、なによりこんな美味しそうなパンを見てもらえないのはもったいないから――」


 見ただけで食べたくなるほど、おばさんの焼くパンは見栄えもいいし、何より味も最高なのだ――

 だから道側の窓をショーウィンドウ代わりにデコレーションし、パンを陳列してみたのである。

 なるほど――と、頷いてカナコは質問を続ける。

 

「それじゃ店内にテーブルを置いたのは何故だい?」

「あれはイートインです。店内で食べる事ができれば、お昼時のお客さんも増えると思ったから――」


 店に来る客はほとんどがこの街の商人だ。だが忙しい商人達の中にはランチを食べながら商談をする者もいる。それにごく稀ではあるが、観光客が来る時もあった。そういった客を狙ってイートインスペースを設けてみたのだ。


「もう一つ、店の前に焼きあがり時刻を書いたボードを出したのは?」

「誰だって焼き立てを食べたいって思うじゃないですか。だから、焼き上がりの時刻がわかればその時間にくればいいから、便利かなあって――」


 これは他でもない。自分が何より焼きたてが食べたい!そう思うからではあったのだが――

 と、そこまで答えてから周りの空気がなにやらおかしな事になっていることに気が付き、ハルカは皆を一瞥する。


「せ、先輩方、どうしたんですか?」

「いや、相変わらずだなって思って……」

「ええ。竹達さん、あなたやっぱり凄いわね」

「そ、そうですかね?」


 はたして、次から次へとカナコが投げかけた問いに、テキパキと明確に答えていくハルカを見てカッシー達はぽかんとしてしまっていたのだ。

 知ってはいたけど、この子は本当に商才があるなあ――と。

 一方で、一通りの質問を終えたカナコは、満足そうに何度か頷くと豪放な笑い声をあげながらノトを向き直る。

 

「ノトさん、いい娘を匿ったね。この娘は化けるよ」

「ええ。私も凄い助かっています」


 事実、少女が店を手伝うようになってからというもの、店の売上は以前より上がっていたし、客も徐々にではあるが増えてきていたのだ。

 カナコの賛辞を受け、ノトはまるでわが娘を誇るかのように、嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 と、そこでカナコはピンと指を一つ立てて、そんなノトへ商談を持ち掛ける。


「どうだろう、あんたのパン屋で、うちの会社グーフォ・アランチョーネの社員弁当を作ってもらえないかね?」

「お弁当……ですか?」

「そうさ、昼食用のね」

「――なるほど!おばさん、是非引き受けましょう。チャンスですよ!」


 すぐにピンときたハルカは、目をキラキラと輝かせながら興奮気味にノトの顔を覗き込んだ。

 その頭の中では材料購入にかかる経費や、一日当たりに焼くことが出来そうなパンの数の見込みについて、既に計算が始まっているようだ。

 商人じゃないのが勿体ない娘だ――そんなハルカを微笑ましく眺めながら、カナコは話を続ける。


「立替えた金は、その収入から少しずつ返済してくれればいい。どうだい? 悪い話じゃないと思うけどね」

「あー、そういうことか」


 なるほど、これなら一定数の固定客を確保できるし、何より収入も増えるはずだ――

 話を聞いていたカッシー達もようやくカナコの意図を理解して、表情を明るくしていた。


「うちの社員は結構多いからね、慣れないうちはしばらく大変かもしれないが、やれるかい?」

「やります! やってみせます! 絶対に!」

「ハルカちゃん……」

「おばさんやりましょう! 私、今まで以上に頑張りますから!」


 絶対に店を取り返すんだ!

 今まで以上に早起きしてみせる。パンの作り方だって教わって私も作れるようになる!――

 胸の前でぐっと両手を握りしめ、顔を紅潮させながらハルカは俄然やる気を見せて頷いた。

 ノトはそんな少女を誇らしげに、嬉しそうに見下ろしながら小さく頷き返す。


「あ、ついでに昼食の時間帯だけ、カナコさんの会社の前のスペースを貸してくれませんか?」

「そりゃ構わないけど、何をするつもりかね?」

「あそこに出店出してパンを売ってみたいんです。だってあの辺のオフィス街、食べ物屋さん少ないでしょ?」

「……アッハッハ! そりゃいい、やってみな!」


 大した商才の持ち主だねこの子は――

 抜け目なく追加提案をしてみせた少女を一目置くように見据え、カナコは嬉しそうに笑い声をあげた。

 

「よーし、それじゃあ商談成立だね。六日後を楽しみに待ってな。あんた達の店は私が絶対に取り戻してみせる」

「組合長、本当に何から何までありがとうございます」

「いいや、いいのさ。あんたは正しい選択したんだ、商人としてね――」


 気のせいだろうか。カナコの口ぶりが、まるで自分自身に言い聞かせるように聞こえ、ノトは剣呑な表情を浮かべる。

 だがノトのそんな表情に気が付くと、カナコはゆっくりと首を振り、自嘲気味な微笑を口元に浮かべてみせた。

 

「なんでもない、ちょっと昔を思い出しただけさ」

「昔……?」

「こっちの話さね。さて、ギオットーネの件はこれくらいにしてだ。この会議の本題に入ろうかあんた達」


 閑話休題。

 カナコは元の表情に戻るとそう言ってカッシー達を向き直り、そして彼等の顔を一瞥した。

 少年少女達は突然話題を変えた組合長の顔を見つめながら、各々不可解そうな表情を浮かべる。


 本題?ノトさんのお店を奪い返すのがオークションの目的じゃないのか?――と。

 

 はたして、カナコはその表情から彼等の心境を読み取ると、ニヤリと強気な笑みを浮かべてシズカを向き直った。

 敏腕秘書は無言で頷き、説明を開始する。

 

「オークションに参加してノト様の店を取り戻すのは、新たに加わった目的の一つに過ぎません」

「他にもオークションに参加する目的があるってことですか?」

「その通りです」


 日笠さんの問いかけに端的に答え、シズカは傍らのサイドテーブルに山のように積んであったファイルの中から一冊を手に取ると、やにわにそれを開いた。

 そしてパラパラと捲りながら何かを探し始める。

 と、今度は代わりにカナコが口を開き、話を始めた。

 

「マーヤから手紙を受け取って以来、あんた達に関係しそうな情報を調べていたんだけどね。それが今回の商業祭に色々関わってきてるようなのさ」

「関わってって――」

「おーい、どういうことだ?」


 話が見えてこず、カッシーとこーへいは眉根を寄せてカナコに尋ねる。


 と――

 

「ありました。こちらをご覧ください」


 ページを捲る手を止め、シズカはとあるページが開かれたそれをテーブルの上に置くと、少年少女達へと顔を上げた。

 促されるままに彼等はテーブルの上に開かれたそのページを覗き込む。

 開かれたページには数々の品を精巧に模写したイラストが描かれているのが見て取れた。

 食器セットにナイフやフォーク、宝石、絵画等の美術品の他、はては剣に槍に鎧等の武具まで、開かれたページだけでもそのイラストは多岐に渡っている。


「これってなんです?」

「今回のオークションに出品される物を描いたカタログです」

「カタログ……」

 

 だがこれが一体何だというのだろう。

 カッシー達はやはり意図するところが分からず、カタログから顔を上げてシズカを見た。

 と、敏腕秘書は徐にすっとカタログに人差し指を落とし、その指をツツツ――と右側のページへと移動させる。

  

「右側のページの下から三番目をご覧ください。こちらのイラストに見覚えはありませんか?」


 聞こえてきたシズカの声とその細い指を辿り、六人は誘われるがまま彼女の指し示すイラストへと目を落とした。


 刹那――


 視界に映ったそのイラストに対し、彼等は一斉に口をぽかんと半開きにして――

 ついでに、目もまん丸くしながら硬直する。


「嘘……」

「こ、これって――」

「おーい、マジか?」


 やはり当たりか――

 カッシー達と、ついでに一緒にカタログを覗き込んでいたハルカの一様な反応を見て、カナコは確信していた。

 

 敏腕秘書曰く、『右側のページの下から三番目』。

 そこに描かれていたものとは――


 大きなベルと、長くUの字にくねったスライド管が取り付けられた、金色に輝くボディーを持つ器物。


 この三年間、いや人によってはそれ以上になるが。

 とにかくそれは彼等が何度となく音楽室で目にしてきていた、所謂『金管楽器』と呼ばれるものであったのだ。

 

 

 そう、それは即ち――


「ねえ、このイラストって……どう見ても『トロンボーン』だよね?」

「ああ、どういうことだ?」


 どうして楽器がオークションに?――

 確認するように呟いた日笠さんその言葉に、狐につままれたような顔つきでカッシー達は頷くしかなかった。

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