その20-2 意地? 違うね『誇り』さ
ちょっと待て、コル・レーニョがうちらを狙っている?
大陸一の大盗賊団が躍起になってるだって!?――
カナコの口から飛び出た衝撃の事実を聞いて、カッシー達は言葉を失う。
なんだそりゃ、冗談じゃない。
それになんだ『神器の使い手』って。
俺達『タダノコウコウセイ』ですよ!?
そんな大そうな呼ばれ方されるような力なんかないっつの!
そもそも、こんな厄介なことになると分かってれば、チェロ村で――いや、あーその……使わざるを得なかったから多分楽器は使っただろうが。
けど仕掛けてきたのはあっちじゃねーか!しょうがないだろ、あれは村を護るための不可抗力だったんだから――
カッシーは辟易したように口を半開きにしながら、逆ギレしそうな勢いで唸り声をあげる。
だが必死になって心の中で言い訳してももう遅い。
どうやら盗賊団を本気にさせてしまったということはよくわかった。
これは困った。相手は大陸各地に拠点を持つ盗賊団。つまりどこへ行っても狙われることになる。
おまけに自分達だけじゃなく、これから先は部員達も危険に晒されるということだ。
日笠さんも顔色を真っ青にしつつ、どうしよう?!――という顔つきで皆を振り返っていた。
こーへいも、なっちゃんも東山さんも流石にこれはちょっとまずいかな?――という態度で各々剣呑な表情を顔に浮かべているのがわかる。
唯一、まったくもって事の重大さを理解していないかのーだけは、こちらを振り向いた少女に向かって、何ディスカーひよっチ?――と首を傾げていたが。
そんな少年少女達を余所目に、カナコとツネムラは『知己の仲』といった雰囲気が感じられる態度で話を続ける。
「変わったねあんた。いつから奴隷に手を出すようになったんだい?」
「たまたま狙った娘が奴隷だっただけだ。俺の狙いは『神器の使い手』……
「アッハッハ、黒鼬も底が知れてるねえ。尻尾撒いてコル・レーニョの傘下に入るとは」
「言ってろ。あっちが副頭領に命じると勝手にほざいてるだけだ。誰かの下に着くつもりはねえよ」
奴等のことだ。大方このパーカスを支配下に置くため、邪魔な俺達を懐柔しようと考えているに違いない。
だが群れるつもりはねえ。
鼻で笑ったカナコに対し、ツネムラはサングラスの奥の三白眼念を光らせて、念を押すようにそう付け加えた。
そんなツネムラの睨みを軽くいなし、カナコは再びノトを向き直る。
「そういうこった。わかったかいノトさん、ウエダは何がなんでもあんたが匿ってる娘を奪い返したいんだ」
しかし警備隊に被害届をだして大事になると、下手すれば盗賊団と取引をしていることが明るみになる可能性がある。
そうなれば流石にまずい――
「だからなるべく事を荒立たせず、この店を使ってノトさんを脅す作戦に出た――こんな所だろウエダ?」
そう尋ねつつも、カナコのその目は明らかにこう言っていた。
いけ好かない野郎だ――と。
はたして、カナコの問いかけを受け、ウエダは至極感心したように拍手をしつつ、しきりに頷いてみせる。
「さすがは組合長、素晴らしい情報収集力に洞察力ですね……まさかそこまでご存知とは」
「そりゃどうも、お褒めの言葉と受け取っとくよ」
「ですが一つ、間違っています」
途端、青年は本性を垣間見せ、ややどすの聞いた声でそう反論していた。
そしてカナコに対しても怯むことなく野望に満ちた笑みを浮かべながら、ピンと人差し指を立てそれを横に振る。
「たとえ盗賊団と取引している事が明るみ出たとしても、私はあの娘を奪い返すつもりですよ?」
「アッハッハ、そうきたかい。ますますもっていけ好かない野郎だ」
「それはどうも。お褒めの言葉と受け取っておきますよ」
先のカナコの言葉を返すようにしてそう言い放ち、ウエダは慇懃にぺこりとお辞儀をするとノトを向き直った。
「つまり状況は変わっていないのです、ノトさん」
「え……」
「この場で素直にあの娘を私に返すか、それとも警備隊に『窃盗容疑』で連行された挙句、強制的にあの娘を私に返品させられるか――まあ後者ともなれば、下手すればこの街にいられなくなりますがね」
「そんな……」
いずれにせよ娘は返してもらいます――
サイトウは戸惑うノトにそう言って、再度決断を迫ったのだった。
訪れた苦渋の審判に、ノトは生気を失った白い唇を噛み締め、言葉を詰まらせる。
「……どこまで最低な奴なの?!」
事の成り行きを静観していたアリはひょこひょこと飛び出しウエダを睨みつけた。
そんな少女を見下ろして、聞き分けのないお嬢様だ――と、ウエダは苦笑しながら肩を竦めてみせる。
「お嬢様、黙っていていただけませんか?これはこの街で商いをする『商人』として、決して妥協してはならない問題なのです」
「何言ってるの? おばさんを騙そうとしていたくせに!」
「だとしても、物を得るには対価を払わなければなりません。それがこの街のルールなのですから」
「でも……でも、人を売るなんて最低の商売よ! 許されるわけない……そうでしょ母さん?」
そうだ。こんなこと許されるわけがない。
人が人を物のように売るなんて、商売でもなんでもない。
母さんならきっとわかってくれるはずだ。
母さんならきっとウエダを懲らしめてくれるはずだ。
いつものような大きな声で、今すぐ辞めろウエダ!と叱ってくれるはずだ。
だって母さんは曲がったことが大嫌いなのだから――
アリは期待の眼差しと共に、助けを求める様にしてカナコにそう問いかけた。
だが――
少女の母親は、その問いかけに神妙な顔つきで一度、首を横に振ってみせる。
「いいや、残念だがウエダが正しい」
「え……母さん」
予想に反した母親の返答に、少女は期待に満ちていた表情を凍らせ、戸惑う様に首を傾げた。
だがカナコはそんなアリからノトへと向き直りさらに話を続ける。
「ノトさん、ここは『商売の街』だ。物を得るなら対価はきちんと払わなきゃいけないよ」
「く、組合長……」
「母さんっ!? どうして! どうしてそんなこと言うの?! おばさんは――」
「黙ってなアリ、これははっきりさせなきゃならない大事なことだ。子供が口を挟むんじゃない」
初めて聞く母の厳しい口調。
思ってもいなかったカナコのその言葉に、アリはびくりと身を竦ませ、言葉を詰まらせる。
と、同じく傍らで沈黙し、戸惑いから身を震わせていたノトに対してカナコは強きな笑みを浮かべみせた。
「ノトさん、うちらは『商人』だ。『盗賊』じゃない……誇りを忘れちゃいけないよ」
「組合長……私は――」
「あの娘を助けたいのなら、どうすればいいかなんてもう決まってる。迷うこと無いだろ?」
諭すようにそう言ったカナコの顔は、見紛う事なき商人としての誇りに満ちた、この街の組合長の顔だった。
その場にいる全員の視線を受けつつ、だがなおノトは胸の前で手を握りしめ、戸惑う様にして俯いてしまう。
と――
「おばさん……」
店の奥からやにわにそんな声が聞こえて来て、一同はその声の主へと視線を向けた。
奥に通じる扉の前に立っていたのは、カッシー達が良く知る小柄な少女。
元の世界の服ではなく、売り子衣装に白い三角巾とエプロンを纏っていたが、チャームポイントのカエルのヘアピンを見間違えるはずがない。
「ハルカちゃん!」
「ホーラいたデショー? ネーいたデショー?」
「お久しぶりです先輩!」
と、カッシー達が嬉しそうに少女の名を口にする中、ハルカは元気よくその呼びかけに返事した。
そして心配そうに自分を見つめるノトの傍にてくてくと歩み寄り、少女は寂しげににっこりと笑う。
「ハルカちゃん、出て来ては――」
「いいえおばさん。もういいんです」
未だ葛藤を続けながら、それでも心配そうに少女を見おろしたノトへ、ゆっくりと首を振ってみせ――
そしてハルカは意を決した表情でウエダを振り返った。
「逃げ出してごめんなさい、あなたの下に戻ります。だから……どうかおばさんのことは見逃してください」
「ハ、ハルカちゃん?!」
「おーい、待てって。何言ってんだよ?」
「竹達さん、戻ったらあなたは――」
「先輩方、ごめんなさい……でもこれ以上おばさんに迷惑をかけられません」
だが口々に引き留めるカッシー達にフルフルと首を振り、ハルカは困ったように苦笑してみせると、やにわにノトを向き直った。
言葉が出てこなかった。ノトは吃驚した表情のまま、凍り付いたようにハルカを凝視する。
「ハルカちゃん……」
やっとのことで紡ぎだすことができたノトのその言葉に――
ハルカはクリクリの瞳を一度瞬かせ、そして精一杯笑って見せた。
知らない世界に飛ばされ、挙句路頭に迷っていたところを奴隷として捕まって。
しかし、なんとか売られる寸前で、逃げ出すことができた。
でも一人だった。誰もいなかった。訳が分からなかった。
孤独の中で、どうしようと途方に暮れていた。
そんな自分を匿ってくれたのがノトだった。彼女の優しさがどれほど嬉しかったことだろう。どれほど心の支えとなっただろう。
トラウマにもなりかねない体験の末、追うようにして少女を襲う『孤独』と『望郷』の念――
それでも今までハルカがそれらに耐えてこれたのは、間違いなく彼女のおかげだった。
「おばさん、お世話になりました。匿ってくれてありがとう!」
深々と感謝を籠めてお辞儀をすると、少女は踵を返し、怯えと震えを隠しきれていない白い顔で、だが迷いなく真っ直ぐにウエダを見据える。
「まあ、いいでしょう……さあ、こちらへ――」
予定通り――と。
一人ウエダはほくそ笑み、ハルカのその視線を真っ向から受け止めた。
そして勝利を確信し、満面の笑みを珍しく浮かべながら、こっちへこいとハルカへ手招きする。
コクンと頷き、少女は一歩足を踏み出した。
だがそんな少女をの言葉を受けて、一斉に覚悟を決める少年少女が六人。
冗談じゃない。
奴隷?商品?バカ言うな、そこの娘はうちらの後輩だ。
お ま え ら の 好 き に さ せ っ か よ ! ――
途端に空気が張り詰めだした。
ひしひしと伝わってくる、熱い気焔にツネムラはほう――と、感心したように小さく唸る。
「日笠さん悪い……」
「カッシー?」
「今日でこの街とさよならでもいいよな?」
「はぁ……仕方ないわね」
我儘少年のその問いかけに、日笠さんは溜息をつきつつもしかし嬉しそうに頷く。
自分も同じ気持ちだったからだ。
よし、と頷き、カッシーはブロードソードへ手を伸ばしゆっくりと腰を落とした。
カナコさんはああ言ってたが知ったことか。
最悪街を敵に回したって、うちらの
再び漂い始める一触即発の雰囲気。
と――
様々な思惑が飛び交う店内で、葛藤していたその女性は決意を秘めて顔をあげる。
そして離れ行く少女の細い腕を力強く握りしめ、強引にその身体を引き戻したのだ。
「おば……さん?」
戸惑いながら恩人を見上げ、ハルカはしかし自らの腕を強く握る彼女の手を無意識に握っていた。
ノトは何も言わずに少女を強く抱きしめ、その背中をポンポンと優しく叩く。
「……どんなに苦しくても、商人としての『誇り』を忘れずにいたからこそ、あのどん底からも這い上がれた……誰の手も借りずに、私達の手だけでこの街を復興できた――そうでしたね、組合長?」
自信に満ちた、迷いのないその問いかけを受け、カナコは嬉しそうにゆっくりと頷く。その通りだよ――と。
そうだ。迷うことなどなかった――
それを受け、ノトは穏やかな表情でにこりと微笑んだ。
そして彼女はカウンターにあったペンを取り、レジ前に置かれている契約書に目を落とす。
まさか!?――
と、同時に目を見開く二人の人物。
だがハルカとウエダ、二人がノトを制するよりも早く、彼女はスラスラと自らの名を『物々交換担保契約書』に署名していった。
「やめておばさん!どうして――」
「何をバカなことを……血迷ったのですか!?」
「店なんてなくても商売はできるわ。儲けたお金でいつか店も取り返してみせる。もしダメでも新しく買えばいいこと……私だって商人だもの」
けれど――
彼女は『商品』ではない。
彼女は『奴隷』でもない。
決して『物』と同じ秤に乗せることのできない存在なのだ。
だからこそ――
「この店は好きになさい。けれどこの娘は絶対に渡さない!」
「……おばさん」
きょとんとして思考を止めた、ハルカのその目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。そして込み上げる嗚咽を堪えるように、顔をくしゃくしゃにしながら俯いた。
そんな少女を、いつも通りの優しい笑顔で見つめると、ややもって庇う様に自分の後ろへと隠し、ノトは目を逸らすことなくウエダを睨みつける。
「バカな……認めない、認めないぞ! こんな契約は無効だ!」
破棄だ! 無効だ! バカな! そこの奴隷がこんな店と等価な訳がない!――
店に入って初めて怒りと焦りの表情を露わにすると、ウエダは契約書へと慌てて手を伸ばす。
だが青年の手が契約書を掴むより早く、その真横から延ばされた白く細い手が、寸でのところでそれを掴みあげた。
あっ――とウエダが狼狽する中、その手の主であるシズカは手にした契約書を鞄にしまい、口元に涼しげな笑みを浮かべる。
「確かに受理致しましたウエダ様、そしてノト様……後は商人組合にお任せを――」
「アッハッハ、目出度く契約成立だね。組合長として確かに立ち会わせてもらったよ」
と、軽く会釈した敏腕秘書の傍らで豪快な笑い声をあげ、カナコは悔しそうに歯噛みをするウエダの肩を小気味よさ気にポンと叩いた。
そして即座に強気な笑みを浮かべながらこう尋ねる。
「なあ若造、どんな気持ちだい? 自分で仕掛けた罠にまんまと嵌められるってのは?」
「フン、おまえの負けだなウエダ」
「ツ、ツネムラさん……」
これまでだな――
事の顛末を静観していたツネムラは、サングラスを押し上げながら小さな嘆息を漏らす。
買い手の呆れっぷりを背中で感じ、ウエダは大きく一度床を踏み鳴らすと踵を返した。
「くっ……こんな茶番、私は認めない!」
と、吐き捨てるようにそう言って、少年少女達を掻き分けると、若き奴隷商人は逃げるようにして店を出ていく。
やや乱暴に鳴り響くベルの音に舌打ちし、ツネムラはやれやれと肩を竦めてみせた。
「とんだ無駄足だったようだ。俺もこれで失礼するぜ」
そう言ってツネムラは椅子にかけた上着を手に取ると、ゆっくりと立ち上がりつつカナコを向き直る。
「物を売って人を助ける――か。商人の『意地』ってやつかカナコ?」
「意地? 違うね『誇り』さ」
吐き捨てるようにそう返答したカナコに苦笑すると、ツネムラは入り口に向って歩き出す。
その無言の威圧に思わずカッシー達は道を開けた。
だがそんな中。
その場を動かず、ポケットに手を突っ込みながら、彼を待ち構える少年が一人――
はた、と足を止め、ツネムラは三白眼でこーへいを見下ろしながら、小首を傾げる。
「……なんか用かボウズ?」
「なあ、おっさんさー、リュウ=イーソーにはどこに行けば会える?」
出し抜けにそう尋ね、クマ少年は咥えていた火の付いていない煙草をピコンと上に向けた。
面白い奴だ――自分を前にして動揺一つ見せない少年を眺めながら、ツネムラは口の端を歪める。
「悪いが俺もあいつが昼間何やってるのかは知らん」
「あいつとよー、勝負したいんだけどさ?あんた会わせてくんね?」
「それはあいつが決めることだ。俺が決めることじゃねえ」
「おーい、つれねえなー?」
「どうしても奴と勝負したきゃ、おまえもカジノ大会に出たらどうだ?」
ま、出れたらの話だが――
そう付け加えてこーへいの横を通り過ぎると、ツネムラは店の外へと姿を消していった。
カラン――
と涼しい音色を立てて閉まった扉を振り返り、こーへいはにんまりと猫口に笑みを浮かべた。
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