その17 面白くなってきたよなー?
男が捲ったカードは『2』。
残念ながら絵札ではなかった。エリコは不満げに舌打ちをする。
だがこれで合計は『8』だ。
絵札か『10』が出れば彼女の勝ちは確定する。
男は続けざまにカードをヒットした。
配られたカードは『7』。
合計は『15』。
しぶといヤツ――
男の悪運の強さに、エリコは表情を顰める。
同時に心の中にもやもやと生まれ始める、もしや――という不安感。
だがそれを拭い去るように、彼女はブンブンと頭を振ると男を見据えた。
「なあ、こーへい」
「んー?」
と、勝負を眺めていたこーへいは名前を呼ばれ、カッシーを向き直る。
我儘少年は腕を組み、仏頂面でクマ少年と同じく勝負の行く末をを眺めていたが、やがて言葉を続けた。
「ルールがわからん……これ、どうなりゃエリコ姫の勝ちなんだ?」
「……おーい、今更かよ?」
思わず眉尻を下げ、こーへいは呆れたように呟く。
カッシーは、うっ、と恥ずかしそうに唸り声をあげ、口をへの字に曲げた。
しかたねーな――と、こーへいは説明を始める。
「細かいルールは色々あるんだけどさ? 簡単に言うと、カードの合計が『21』に近いほうが勝ちな? 絵札は全部『10』、『A』は『1』か『11』どっちに換算してもいい」
「へぇ……」
「ただ『21』以上になったら『バスト』っつって、その時点で負け確定。つまりドボンってことだ」
そう言ってこーへいは右手をぱっと開いてみせながら、ぷかりと紫煙を燻らせた。
なるほどと、カッシーは頷く。
「てことは、エリコ王女が『20』だから、あの男が勝つには『21』を揃えるしかないってことか?」
「そーゆうことだな? けど、今はあの男が『親』みてーだから、あいつは合計が『17』以上になるまで、カードを引き続けなきゃいけないし、それ以上になったらヒットはできねーんだよ」
「あー……つまり?」
「んー、『21』揃えるより、『バスト』の確率が高いって感じかねー?」
男の手札の合計は『15』。
『7』以上のカードが配られればその時点で即男の負けが確定するのだ。
つまり、どう見てもエリコが有利なのだが……。
そう言いつつもこーへいは、彼の勘が何故か鳴り響かせる『警鐘』に表情を曇らせていた。
おーい、やばくね?――と。
トントン、と男が再びテーブルを叩く。
滑るようにして手元に配られたそのカードはスペードの『A』――
テーブルに綺麗に並べられたカードは四枚となった。
これで『16』。
なんという粘り強さ。
固唾を呑んで成り行きを見守っていた観客から思わずため息が漏れる。
だがもう後はない。
これで男が『5』を引かない限り、彼女の勝ちは確定となったのだ。
これで決まる――
エリコはニヤリとほくそ笑んだ。
だが男は動揺する素振りを見せることなく、相変わらずの
そして下唇を右人差し指で弄りながらしばし思案した後、ゆっくりと配られたカードを捲る。
「……んー?」
どこかで見た事がある仕草だ――
誰もが
刹那。
どよめきがブースに走る。
男が捲ったそのカードの数字はなんと『5』。
合計は『21』。
嘘でしょう?――と、捲られたそのカードを見つめ、呆然と固まるエリコに向けて顔を上げ。
男はフードの中から僅かに覗かせた三白眼で、彼女を見据える。
だが――
「ファイブカード……レート三倍で俺の勝ちだぴょん」
「へっ?」
「んー?」
初めて口を開いた男の言葉に、カッシーとこーへいはほぼ同時に彼へと向き直っていた。
『ぴょん』?
なあ、いまおまえ『ぴょん』っていったか?
おい、ちょっと待て。なんだその聞き覚えのある口癖は!?――と。
だがそんな二人の疑問は、発狂しながら詰め寄って来たお騒がせ王女によって中断される。
「きぃぃぃぃ! 悔しい! なんでなんでなんで?!」
「うお!? ちょっ、落ち着けエリコ王女」
「どうしてよ!? 信じられない!ここで『5』引くとかありえない!」
「おいっ!? く、苦しい――」
涙目で叫ぶエリコに胸倉を掴んで引き寄せられ、カッシーは呼吸ができずに青ざめながら慌てて彼女を諫めた。
そんな賑やかな二人を気にも留めず、勝負を終えた男はエリコのチップを手元に手繰り寄せると、その場を去るためそそくさと立ち上がる。
と――
テーブルの上に金貨の詰まった小袋がポンと置かれたのに気が付いて、彼は動きを止めた。
そしてその小袋を投げ置いたクマ少年へと視線を向ける。
「最後の上がり、
咥え煙草の先からぷかりとわっかを浮かべながら、こーへいはにんまりと笑った。
「この人、あんたのお仲間なのか?」
ちらりと騒いでいるエリコを見た後、男は躊躇する素振りを一瞬見せる。
だがやや持って彼は小袋を手に取り、無愛想にそう尋ねた。
「んー、まあそんな感じだ。んでよー? アンタだろ?」
「……なにが?」
「最近、このカジノでうち止めしまくってるっていう凄い奴」
違うか?――
こーへいはテーブルを挟んで男を覗き込むように上半身を乗り出すと、小さく首を傾げた。
「……だとしたら?」
「次は俺と勝負してくんねー?」
片眉を吊り上げ、楽しそうに目を輝かせるクマ少年のその顔つきは、いつも通りののほほんとしたものながら、どこか気迫に満ちている。
男はフードの奥の目を僅かに細め、そんなこーへいをしばしの間眺めていたが、やがてチッチッチ――と音を立てて舌打ちした。
そして僅かに見せた勝負師の輝きをその瞳から消し去り、彼は静かに首を振る。
「……断る」
「おーい、なんだよつれねーなあ?」
「今は時間がない」
「んー、時間って?」
「こっちの話だぴょん……なあ、見てただろ? これで約束は果たしたぜ?」
言うが早いが小袋を懐にしまい、男は背後を振り返ると誰かを呼ぶようにしてそう言い放った。
「――合格だ」
渋くそしてやたら重くて低い声。
やにわに返事が聞こえ、こーへいはその声の主へと視線を向ける。
んー? 誰だよあいつ――
視界の先に、数人の男達が立っているのが見え、クマ少年はぷかりと紫煙を吹かすと訝し気に目を細めた。
黒いスーツに黒いネクタイ、そして全員オールバックにまとめた髪。
肌の色は白、黒、黄色と様々であったが、皆統一されたその出で立ちに身を包んだ彼等はのっしのっしとこちらへやってくる。
ヤクザ、マフィア、ギャング――
呼称は様々だがそんな言葉を思わず連想してしまうような出で立ちの集団であった。
と、彼等のその先頭に立つ、他の男達よりも頭一つ飛びぬけた大柄の男。
その男だけはグレーのワイシャツに赤いネクタイ、そして顔にはラウンドサングラスをかけており、周囲の男達と比較しても一際異彩を放っていた。
例えるならば『抜き身の刃』――
鋭い殺気と気合を纏うその男の気配に気づくと、取り乱していたエリコはようやくカッシーの胸倉から手を離し、誰だ?と言いたげにそちらへと視線を向ける。
周囲の観客達が畏れるようにそそくさと道を開けていく中を、男達は悠然と通り過ぎ、やがて対峙する謎の男とこーへいの前までやってきて足を止めた。
「約束通り一週間以内に百万枚稼いだ。これで俺を雇ってくれるか?」
謎の男はそう言って、大柄なマフィア風の男を見上げる。
対して、大柄の男はサングラスを指で押し上げ、上から下まで品定めするように謎の男を見てから深く頷いてみせた。
「ああ、アンタの腕前しかと見せてもらった。よろしく頼むぜリュウさんよ」
大柄なその男は約束すると付け加えると、サングラスを外し、虚ろで厚い瞼の中の鋭い瞳で謎の男を見下ろした。
その左目の上に、額の半ばから頬の上あたりまで、刃物で切られたような傷跡が見て取れて、こーへいはお~、と思わず息を吐く。
と――
「ああ!? またお客様ですかっ!?」
そこに騒ぎを聞きつけた支配人が顔を真っ青にして飛んで来ると、謎の男に気づいて素っ頓狂な声をあげた。
「お客様どうかご勘弁してください。これ以上はあなたにやられては――」
「すまなかったな、支配人」
慌てふためく支配人の様を見て、苦笑しながら大柄な男が口を開く。
と、支配人はその男の姿に気が付くと、目を白黒させながらさらに声を上ずらせる羽目になった。
「ツ、ツネムラ様じゃないですか!? どうしてここに――」
「ちょっとこいつを試すために、カジノを利用させてもらった。こいつが巻き上げた金はすべて返すから安心してくれ」
「ええ!? 本当ですか?」
大柄の男の言葉を聞いて、ほっと安堵の表情を浮かべると、途端に支配人は低頭となり、何度も何度もぺこぺこと頭をさげる。
ツネムラ――そう呼ばれた大柄の男は、現金にもコロッと態度を変えた支配人を見下ろしてまたもや苦笑していた。
「でだ。来週のカジノ大会だが、うちはこの男を代打ちで出すことにした」
「こ、この方をですか?」
「そうだ、おい――」
と、戸惑い気味で鸚鵡返しに尋ねた支配人に一度頷き、大柄な男は顎をしゃくって合図を出す。
謎の男はその合図を受け、ちらりとこーへいを見た後、意を決したようにフードに手をかけるとパサリとそれを降ろした。
現れたのは髪を中分けにした、まだ十代半ばの少年の顔――
「紹介するぜ。『リュウ=イーソー』だ」
「よろしくだぴょん」
やや面長のその少年は、三白眼を瞬かせ、少し厚目な下唇を弄りながら、チッチッチ――と舌打ちする。
だが――
「ちょっと待てボケッ! おまえモッキーだろ?!」
「おーい、なんだよ『リュウ=イーソー』ってさー、まんまじゃね?」
正体を現した謎の少年を見て、目をまん丸くしながら固まっていたカッシーとこーへいは、我に返るや否や即座にツッコミを入れていた。
リュウ=イーソー――そう名乗った少年の容姿は、二人が良く知る音オケホルン奏者の後輩と瓜二つだったのだ。
どういうこと?――と、突然叫んだ二人を向き直り、エリコは首を傾げる。
「知り合いか?」
「いや……全然知らない奴等だぴょん」
と、食い気味に叫んだ少年二人を眺めながら、大柄な男が意外そうにリュウに尋ねる。
だが、リュウはそんな彼等を訝し気にちらりと見ただけで、はた迷惑そうに首を振ってみせた。
まあいい――と、大柄な男は騒ぐカッシー達を余所目に支配人へと向き直る。
「とにかくそういう事だ、当日はよろしく頼むぜ」
「は、はい! わかりました登録をお待ちしております」
「ではまたな、行くぞリュウ」
何度も頭を下げる支配人の肩をぽんと叩き、大柄な男は踵を返すと歩き出す。
「お、おい、ちょっと待てよモッキー!」
なんで無視するんだっつの?!――
カッシーは大柄な男に続いて歩き出した少年を追いかけ、その肩を掴む。
と、ぴたりと足を止め、リュウは面倒くさそうに我儘少年を振り返った。
「なあ、おまえモッキーだろ?
「人違いだぴょん。俺はアンタなんか知らない」
「なっ!? 俺だって! 同じ中学の先輩で――」
「くどいな、俺はリュウだ……モッキーなんて名前じゃない」
肩に掛けられていたカッシーの手を乱暴に振り払い、リュウは冷たい口調でそう言い放つと大柄な男の後を追っていった。
どういう事だ?本当に別人なのだろうか――
カッシーは、小さくなっていくリュウの後ろ姿を眺めながら、釈然としない表情のまま口をへの字に曲げる。
「ちょっとどういうこと? もしかしてあのリュウって奴、アンタ達の仲間なの?」
「……なんでだよモッキー」
「んー、なーんか裏がありそうだよな、こりゃ…… 」
と、状況がいまいち掴めていないエリコが、肩を竦めながらそう尋ねる中、クマ少年はプカリと紫煙を燻らせながら呟いた。
後ろから聞こえてきたその呟きに、カッシーは我に返って振り返る。
「裏って……?」
「コーヘイ、それどういうこと?」
カッシーとエリコに詰め寄られ、だがこーへいはにんまりと猫口を浮かべると、トントンと自分のこめかみを叩いてみせた。
ただの勘だ――そう言いたいのだろう。
「期待して損した……」
「そっかー? けどよ、俺の勘は結構あたるぜ?」
カジノの入口から出ていく大柄の男、そしてちらりとこちらを振り返ったリュウを見つめながら、こーへいはにんまりと笑った。
ああ、こりゃあ来たぜ。とびっきりのギリギリで、ワクワクってやつじゃねーか?――と。
「なあカッシー、面白くなってきたよなー?」
またこいつの悪い癖が出始めた――
口調も表情も普段と変わりない。しかし何となくわかるのだ。
何度か見かけたことがある、このクマ少年のスイッチが入る瞬間というものを。
静かな気迫と共に、『勝負師の魂』をその瞳に灯し始めたこーへいに気づき、カッシーは呆れた顔で彼を向き直る。
「……お前、こんな時に何考えてるんだ?」
そんな我儘少年の問いかけに、ぷかっと紫煙の輪っかを宙に浮かばせ――
しかしこーへいはただただ、不敵ににんまりと笑ったのみであった。
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