その15 俺も参加できねー?

一時間後。

パーカス中央地区

娯楽堂『ミリオナリオ』―



「よっしゃあー! リーチよリーチっ!」

 

 こい!こい!――と口の中で呪文のように呟きつつ、エリコはクルクルと回る残り一つのドラムロールを食い入るように見つめる。

 チェリー、プラム、BAR、ベル――目まぐるしく回っていた色あでやかなドラムはややもってその回転を緩やかとし、やがて『7』の絵文字を表示させながら止まった。

 ドラムロールは横一列に『7』の絵文字を三つ並ばせ――

 同時に、派手なネオンを瞬かせながら、スロットマシーンはプレイヤーの勝利を称えると、その報酬コインを下部についた口からジャラジャラと吐き出していった。

 

「きゃああああああっ! やったわやった!」

「お、おいっ!?」


 ガッツポーズと共に喜びの悲鳴をあげてエリコは立ち上がると、後ろに立って様子を眺めていたカッシーに思わず抱き着いた。

 我儘少年は、そのまま後ろに倒れそうになるのをなんとか踏み止まると、慌ててエリコを引き離す。


「おちつけって、はしゃぎすぎだっつの」

「アハハッ、これが落ち着いてられるかっての、大当たりよ大当たり! ちょっとそこのボーイさん、箱持ってきて箱!」

「あのさ……エリコ王女」


 と、満面の笑顔でひらひらと手を振り、通りがかったボーイを呼び止めたエリコを見下ろして、カッシーは眉間を抑えつつやれやれと首を振った。


「んー? なによカッシ-?」

「俺さ……もう帰っていいかな?」


 ちょっと付き合ってくれない?――そういって部屋を訪ねてきた彼女についてきてみれば、やってきたのは中央区の煌びやかな娯楽街にある大きな建物。

 屈強な用心棒らしき男達が開けた扉をくぐって中に入ってみれば、そこは巨大なカジノホールだった。

 喜怒哀楽様々な声が所狭しと響き渡るそのホールを、ミラーボールが松明の灯りを反射して照らす下、エリコはカツカツとヒールを踏み鳴らしながら、悠然と進んでいく。

 そしてその先に見えた、カードにスロット、ルーレットにビンゴ……思わず目移りしてしまう魅惑的な賭場の数々を見据えて、彼女は強気な笑みを浮かべたのだ。

 よし、いっちょやってやるわ――と。


 そんな彼女に仕方なくつき従ってはや三十分。

 別に俺、いる必要ないんじゃないか?――と、ようやく気付いたカッシーは、落ち着かない様子で周囲の喧騒を眺めながら思い切って、感じていた本音を口にする。

 やにわにエリコは、白けたように笑顔をひっこめ、少年を向き直った。


「何よアンタ、付き合い悪いわねー仏頂面してさ」

「悪かったな、元々こういう顔だっ!」

「大体カジノっていったらパーカスの華よ華? ここ知ってる? 大陸一おっきなカジノなんだから! もう少し喜びなさいよ」

「あのな、馬車調達のために必要だ――って、王女がいうから仕方なく付いてきたんだぞ? 遊びに行くって知っていれば付いてこなかったっつの!」


 今日は明け方から獣に襲われ、でっかいトカゲに襲われ、挙句に警備隊に追われて――いやはや改めて思い返すとひどい一日だった。

 少年もできることなら、早くベッドに潜り込みたいという気持ちでいっぱいだったのだが、エリコに馬車のため、と言われてやむを得ず付き合ってきたのである。

 話が違うとカッシーはエリコを問い詰めるようにして顔を近づけていたが、しかしエリコは、そんな少年を上目使いで覗き上げると、得意げにふふんと息をつく。


「だからさっきからやってるじゃない」

「何をだよ、遊びをか?」

「違うわよ、馬車調達のために『資金稼ぎ』に決まってるでしょ?」


 と、ボーイから手渡された箱に、鼻歌交じりでコインを移し替えるエリコを見て、カッシーは口をへの字に曲げる。

 

「……まさかとは思うけど、カジノで一攫千金ってつもりじゃないだろな?」

「そのつもりだけど?」

「はぁ……真面目にやれよエリコ王女」

「ちょっと何よその顔ー、私は至って大真面目なんだけど? 趣味と実益を兼ねた、立派な『資金稼ぎ』じゃない」


 やれやれと溜息をついたカッシーを、エリコはむっとしながら睨み付ける。

 確かに短期間で大金を稼ぐには合理的ではあるが、だが大事なことを一つ忘れてはないだろうか――

 睨みつけてきたお騒がせ王女を諫める様にして見下ろしつつ、カッシーはこう反論した。


「そりゃ当たれば――の話だろ、本当に大丈夫なのか?」

「これ見なさいよ、いきなり大当たりだったんですけどー?まあ任せておきなさいって、この調子でじゃんじゃん稼いでやるから」

「もう勝手にしてくれ……てかさ――」

「なに?」

「お金なかったはずだよな? 種銭は一体どうしたんだよ?」

「……あー、それは……」


 と、少年に尋ねられ、エリコはコインを箱に移し替えていた手を止めて、苦々しい顔と共に言葉を詰まらせる。

 途端にカッシーは目を細めて彼女を追及しだした。

 

「まさかエリコ王女、あんたさ――」

「え?」

「カツアゲとかやってないよな?」

「す、するわけないでしょそんなこと!」

「じゃあ、どこで手に入れたんだよ?」

「なによ、やけに突っ込むわね……まあ、なんていうの?こういうこともあろうかと思って……えーと、隠し持っていたお金があったのよ。それを使ったってワケ」


 訝し気に尋ねてきたカッシーに慌てて否定しつつ、だがややもってから、エリコは歯切れ悪くそう答えた。

 そして無意識に右手の薬指を隠すようにして手を組む。

 ついぞ先程、そこの換金所で大事にしていたお気に入りの指輪を、無理矢理押し付けて質代わりとしたのよ――などとは、プライドが高い彼女は口が裂けても言えるわけがないのだ。


 ちなみにコインと交換した指輪は、それ一つでトランペットの一等地に豪邸が軽く建てられる程の値打ちを持ったルビーの指輪だったのだが、足元を見られかなり叩かれてしまっていた。

 しかし背に腹は代えられない。

 見てなさい、すぐに取り返してやると、エリコは臍を噛む思いで差し出されたコインを握りしめていたのであった。


 それもこれも全てアイツのせいだ。

 頭の中で、資金繰りに行ってくるッス――と、夜だというのに街へ飛び出していった、眼鏡青年チョクのことを思い出し、彼女は不機嫌そうに眉を顰め、カリカリと眉間を擦る。

 元従者が、昼夜を問わず何とかしようと奔走しているのを、なんだかんだ言って面倒見の良い彼女は放っておけなかったのだ。

 そしてまどろっこしい事が苦手なこの王女様が、だが彼女なりに何とかして稼げる方法はないかと知恵を絞った挙句、思いついたのがこのパーカス名物の『カジノ』だったわけである。


 と、まあそんな経緯があったとも露知らず、割と鈍感な少年は、エリコの苦しい言い訳を真に受けて、へぇー、と無味乾燥な返事を口にしていたが。

 

「とにかく馬車がなかったらアンタ達だって困るでしょ? そういうワケだから、もうちょっと付き合ってよ。ほらコインあげるから」


 そう言って、エリコは箱の中からコインを一握り掴み出すと、カッシーの手を取って強引に乗せる。

 正直、賭け事は苦手なのだが、まあ仕方ないか――手に乗せられた何十枚のコインを見下ろしつつ、カッシーは再び口をへの字に曲げた。

 

「そういやこーへいはどこに?」


 と、そこで一緒にやってきていた、クマ少年の姿がいつの間にか見えないことに気が付いて、カッシーは周囲を見渡しながらエリコに尋ねる。

 なお、日笠さん達女性陣は、流石に疲れていたのか今日はもう寝ます、と丁重に断って自分達の部屋に戻っていたし、かのーはアリに誘われるがままどこか遊びに行ってしまっていた。

 そんなわけで、エリコに付き合ってカジノここにやって来たのは彼とこーへいだけである。


「あの子なら遊びに行ってくるって、どっかいっちゃったけど?」


 んー、俺にもちょっと分けてくんね? 後で返すから――

 つい先刻、そういいながら心なしかわくわくしたような猫口を浮かべ、手を差し出してきたクマ少年へ、エリコは数枚のコインを渡していた。

 そして貰ったコインをピンと弾き、小気味よい音を立ててキャッチするや否や、彼はご機嫌で煙草をふかしながら、足早に去っていってしまったのだ。


 だか、エリコの話を聞いてカッシーは剣呑な表情を顔に浮かべると、ううむと唸り声をあげる。

 

「こーへいにコイン渡したのか?」

「ダメだった?」

「ダメだった」

「なによその言い方。あの子、そんなにギャンブル癖が悪いの?」

「凄く悪い」


 被せ気味にエリコの問いに即答し、やれやれと溜息をつきつつ少年は踵を返す。

 そしてそそくさと彼は歩き出した。


「ちょっとアイツ探してくる」

「え、あ……ちょっと」


 言うが早いがエリコが止める間もなく、カッシーの姿はカジノの奥へと消えていく。

 

「何だっていうのよ? 渡したの二、三枚よ?」


 そんなに焦る程のことじゃないでしょ?――

 取り残されたエリコは、少年の懸念の意図が分からず首を傾げていたが、まあいいかと気を取り直すと次なるゲームを求め、箱を抱えて席を立ちあがったのだった。

 



♪♪♪♪



 一方その頃。

 噂のクマ少年はというと――




娯楽堂『ミリオナリオ』ポーカーブース―



「んっふっふ、エースのフォーカードってか?」


 テーブルの上に手札を広げ、こーへいは得意げに煙草の先からぷかりと煙を吹かす。

 いつの間にかできていた観客から、感嘆の溜息が上がり、そして少年の相手をしていたディーラーは、なんとも苦々しい表情を浮かべてがくりとテーブルに手をついていた。


「わりーねー、またかっちゃった」


 のほほんと言い放ち、猫口を浮かべながら彼は差し出されたチップを手元に手繰り寄せる。

 これで彼の二十五連勝。

 彼がこのブースにやって来てから僅か三十分しか経っていない。

 にもかかわらず、その間に変わったディーラーの数は実に二桁。

 そして開始当初、僅か三枚であったコインは今や山積みとなって、クマ少年の視界を遮っていたのであった。

 

 我儘少年曰く『あいつはギャンブル癖が悪い』――それはつまりご覧の通りの意味であり。

 このクマ少年は、持ち前の勘と豪運を活かし、こと賭け事については大人顔負けの天賦の才を持っていたのであった。

 しかもこの世界に来てから、なんだか知らないが絶好調。

 やけに勘が冴えるし、今なら負ける気がしない――と、こーへいはここぞとばかりに勝負師魂をたぎらせる。


 だがしかし――

  

「さぁてと、んじゃ次いこうか?」

「お客様、申し訳ございません――」


 と、にんまりと笑って次のゲームを催促したこーへいの下へ、立派な団長ひげを生やした初老の男性が足早に近づくと、彼は青ざめた顔でクマ少年に声をかけたのだった。

 

「んー? おっちゃん誰?」

「このカジノの支配人を務めておる者です。大変失礼ながら、どうかここで打ち止めとさせていただきたく――」

「おーい、もう終わり?」

「お客様の相手ができるディーラーがもうおりません」


 つい先刻、彼の相手をしたのが、このカジノで一番腕の立つディーラーであったのだ。

 にもかかわらず、そのディーラーですらまったく歯が立たたずに一方的にコインを奪われる始末。

 これ以上続けられては大損になってしまう。

 支配人と名乗ったその男性は、苦笑いを浮かべつつぺこりと頭を下げた。


 せっかくノって来たところなのにもう終わりかよ――

 不満そうに眉尻を下げ、こーへいは咥えていた煙草をプラプラとさせる。


「まあいいか、んじゃ、他の所いってみよっかなー?」

「いやいやお客様、どうかこの辺でご勘弁下さい!こう毎晩打ち止めにされては、うちは商売上がったりで――」

「んー、毎晩?」


 毎晩ってどういう事だ?

 席を立とうと腰を上げたこーへいはピタリと動きを止め、支配人の言葉に首を傾げた。


「実はその……ここ一週間ほど、毎晩の如く訪れては、ほとんどのブースを打ち止めにして帰っていかれる方がおられまして」

「おーい、マジか? すごくねーそいつ」

「はい。お客様と同じく、うちで雇っているディーラーではまったく勝負にならない腕前の方です」


 しかもイカサマを使っている気配もなし。情けない事に正真正銘の実力で、完膚なきまでにボロ負けしてしまっているのだ。 

 おかげで、カジノはオープンして以来初となる連続赤字で窮地に陥ってしまっていた。

 支配人は大きな溜息をつきながら、胃が痛いと言いたそうに腹をさする。

 だが話を聞いた途端、クマ少年は支配人に同情するどころか、逆に楽しそうににんまりと笑みを浮かべ、瞳の奥に光を灯らせていた。

 もしや余計な事を言ってしまったか――と、支配人が気がついた時にはもう遅かった。


「んー、そいつってさ、今どこにいるんだ?」

「さ、さあ……まだ今日はいらしてないみたいですが……」

「そっか、会ってみたかったんだけどな」

「それはどうかご勘弁を。その代わりこちらを差し上げますので――」


 と、誤魔化すように胸の前で両手を振り、支配人は誤魔化すようにして一枚のチケットをこーへいに手渡した。

 こーへいはプカッと煙草の先から煙を吐くと、訝し気にそのチケットへと目を落とす。

 

「なんだこれ?」

「来週行われる『カジノ大会』の観戦チケットです。一枚で何名様でも入れますので」

「ふーん、カジノ大会ねえ――」


 子供だと思って飴玉で丸め込もうとしているのが見え見えだ。

 新聞の勧誘じゃあるまいし、今更チケット一枚で丸めこもうなんて考えが甘い――

 そんなこーへいの思惑に気付かず、まんまと誤魔化せたとニコニコ笑いながら、支配人は得意気に話を続ける。


「このパーカスで年に一度行われる『商業祭』の中で行われるイベントです。名うてのギャンブラー達が、鎬を削って優勝を狙う、我がカジノ一押しの大イベントですから、ぜひ見にいらしてください」

「賞金とか出るの?」

「勿論、優勝賞金はなんと百万ピース。おまけに副賞としてビッグな景品も用意してあるのですよ」

「おーい、やばくねー?」


 ピースとは管国の通貨の単位だ。簡単に言うと『一ピース』=『百ストリング』くらいであると、チョクからは聞いていた。

 と、なると結構な額じゃね?馬車なんか余裕で買えそうだ――

 途端にいいことを思いついたとこーへいは、にんまりと猫口の端を歪ませる。


「今回は管国もスポンサーとして名乗りを挙げて下さいまして。私としても商業祭の目玉イベントとして盛り上げたいと思っており――」

「それ、俺も参加できねー?」

「へっ!?」


 思わず熱が入り、もはや独白に近い口調で話を続けていた支配人は、やにわに聞こえてきたクマ少年のその問いかけに意表を突かれ、素っ頓狂な声をあげてしまっていた。

 

「だってよー、強い奴たくさん集まるんだろ? 勝負してみたくてさ」

「あー、お客様は確かにお強いですが、しかし残念ながら出場は無理かと」

「え~、なんでだよ?」

「それは――」

「あ、いたっ!おい、こーへい!」



 と、苦笑しながら理由を説明しようとした支配人の声を遮り、聞こえてきたその声に気づき――

 こーへいは、心配そうな表情でこちらに駆けてくるカッシーを向き直り、猫口を浮かべて手を振ったのであった。

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