その10 ガキって言わないでよ

 一方、その頃。

 カッシー達と逸れてしまったかのーはというと――


パーカス中央地区。

とある民家屋根上―


「ドゥッフ、絶景カナ絶景カナ」


 オレンジ色の鮮やかな屋根の上に寝そべり、バカ少年は大きな鼻息を一つつくと、青い空を眺めながら呟いた。

 そして右手に持っていたリンゴを頬張って、満足そうにケタケタと笑い声をあげる。


 当たり前だがその表情に仲間と逸れた『不安』の色などなく――

 むしろ、あいつら迷子になりやがって!まったく世話の焼ける奴らディス!――という『上から目線』の思考が彼の少ない脳みそを支配している状態であった。

 さて、なぜ彼がこんな所にいるかを説明しなければなるまい。



 話は少し前に戻る。


「まあてええええ!」 

「ドゥッフ!? ちょ、ねえ待っテ! 止まってプリーズ!」


 鬼のような形相でチョクを追いかける彼女をなんとか止めようと、珍しく頑張ってみたかのーではあったが、暴走特急と化したお騒がせ王女を彼だけで止めることなど到底無理な話であった。

 みるみるうちに遠ざかっていく仲間の姿。そして唸るように自らのツンツン髪を靡かせる向かい風。

 なんて速さディスカこのチンチクリン!?――と青ざめながら、それでもかのーはエリコから振りほどかれないように必死にしがみついていた。


 だが、限界は意外にも早くやってきた。

 それはエリコが少しも勢いを緩めず、見事なまでのコーナリングを決めて何度目かの角を曲がった時のことである。


「チョォォォクゥゥゥ!」

「フンガー! いい加減止まるディスヨ!」


 と、真横から襲ってきたGに耐えつつ叫んだバカ少年の顔面に、エリコが振り上げた右肘がめり込んだのだ。


「ケポッ!?」


 鼻血をまき散らしつつ、振りほどかれた少年は慣性の法則に従い――

 シュポーン!という音が聞こえてきそうなくらい、勢いよくその身を曲がり角の外側へと躍らせる。


 不幸はまだ続く。

 先も述べたがパーカスは入り江の周りを囲む斜面に作られた街のため坂が多いのだ。

 はたして、宙へと躍り出た彼の身体を待っていたのは、まさしく坂道それだった。


「オウフ!?」


 着地したバカ少年の身体は、案の定ゴロゴロと坂を下り、みるみるうちにエリコやカッシー達と引き離されていった。

 通行人が驚いて避けていく中、彼の身体は加速しつつ坂道を下り切ると――

 その行き止まりにあった崖から、引き攣った笑みを浮かべながら落下していったのである。


 数秒後。

 派手な音を立てて彼が落下した先は、林檎やオレンジ等の果物が詰め込まれた木箱の真上だった。

 おりしもそこは、買い物客で賑わう港沿いの生鮮市――


「ムフ、ウマイ」

「コラァ、なんだてめぇは!? 売り物を台無しにしやがって!」

「ドゥッフ、マズイ……」


 突如空から降って来たツンツン髪の少年に、吃驚した買い物客の間から悲鳴があがる。

 かのーはリンゴを頬張りながらひょっこりと木箱から顔を出すと、怒りの形相で拳を振り上げる店主から、這う這うの体で逃げ出したのであった。

 その後、店主の追跡を振り切ったかのーは、そこでようやくカッシー達と逸れた(彼に言わせるとカッシー達『が』逸れただが)ことに気づいたのだが、しかしそこは超がつく程ポジティブシンキングな彼である。


 まーなんとかなるディスヨ――と、気にせずバカ少年は街の中をうろうろと見物していたのであった。

 そして、そのうち見物にも飽きた彼は、一休みのために屋根に登り、今に至るというわけだ。


 ちなみに、なんで屋根に登ったかというと、なんのことはない。

 バカと煙はなんとやら――の通り、彼が単に高い所が好きなだけだった。



 話は元に戻る。


「しっかしアイツラ、どこいったディスカー」


 残りのリンゴを芯ごとぱっくりと一口で飲みこむと、かのーは上半身を起こし、屋根上から見える港町の景色を一望する。


 ぐぎゅるるるるる~~


 やにわに見事な音を立てて少年の腹が悲鳴をあげた。

 時刻は十五時を回った頃だ。朝から何も食べていなかった彼の腹は、リンゴ一つくらいじゃまったく満たされない。

 むしろ半端に食べ物を与えられた彼の胃袋はもっとよこせと主に催促しだした。

 

「ドゥッフ……腹減ったディスヨ」


 げっそりと頬をやつれさせて、かのーは項垂れる。

 と――


「なんだとてめえっ!」


 屋根下から声が聞こえてきて、かのーはぴくりと顔を上げた。

 そして虫のようにシャカシャカと屋根を這い、彼はひょこっと屋根下を覗く。

 眼下に見えたのは小さな公園だった。

 その公園の中央で、数人の子供達が対峙し合っているのが見えて、バカ少年はムフンと一つ鼻息を噴く。 


 人数は六人。うち五人は男の子、そしてもう一人は女の子。

 向き合う様子からどう見ても五対一、それもわかりやすく『男子対女子』に分かれているようだった。

 それでも女の子は堂々としたもので、意地悪そうな笑みをにやにやと浮かべる男の子達に負けじと、胸を張って対峙しているのがわかる。

 

「……ムフォフォー!」


 なにやら面白そうな事が起こっているみたいじゃないディスカー?――

 と、ケタケタ笑い声をあげるや否や、かのーは近くの雨樋に飛びつくと、器用にそれを滑って下に降りていったのだった。



♪♪♪♪



パーカス中央地区。

子供公園広場―


「やいアリ! てめーいまなんつった!?」


 と、今しがたかのーが傍観していた男の子のうちの一人が、ずずいと一歩前に踏み出して大声をあげる。

 他の四人の男の子と比べても一際体格が良く、『ガキ大将』という言葉がぴったりくるようなその態度からもわかる通り、彼はこの五人組のボスであった。

 しかし、そんな恫喝とも取れる少年の発言を受けてなお怯まずに――

 

「何度でも言ってやるわ。シマとかナワバリとかくだらない事言うのはやめなさい! 公園はみんなのものでしょ? アンタ達のせいで遊べない子がいて困ってんのよ」


 彼等と対峙していた女の子は、両手を腰に当て、堂々と胸を張りながら主張する。

 勇敢なその女の子の風貌は、対峙する男の子達と比べて異彩を放っていた。

 明るい赤毛のソバージュ髪に白い肌、そしてハッキリした目鼻立ち。何よりも特筆すべきはその瞳であった。

 少女の瞳は深海のように澄んだ、深い蒼色をしていたのである。


「んだとアリ! おまえ、かあちゃんがだからってちょっと調子に乗ってんじゃねえのか? 生意気なんだよ!」

「母さんは関係ないでしょ? アンタ、六歳にもなってケンカに親出すのは恥ずかしいからやめてくれる?」

「う、うるせー!」

「なによ? 私のいうこと間違ってるかしら?」


 その蒼い瞳から強い意志の輝きを放ちつつ、彼女は太っちょ男子をギロリと睨みつけた。

 その視線に一瞬たじろきながらも、負けじと太っちょ男子は少女の顔を覗き込むようにして睨み返す。

 途端に始まる睨み合い。だが両者とも一歩も引く気はないようだ。


「くっ、もう一度いうぜ、この公園は俺達『タンバリン組』のシマだ。勝手に使うんじゃねえ!」

「公園はみんなの物よ。それを一人占めするなんて男のする事じゃないわ。顔洗って出なおしてきなさいな、このスットコドスコイ!」


 ドン!――

 と、女の子は一歩足を踏み出し、その小さな体のどこから出てきたのかと思えるほどの大声で、男の子達を一喝する。

 脅して怯ませようと目論んでいた太っちょ男子は、逆に女の子の気迫に負けて思わず尻餅をついた。

 いい気味だと言いたげに、女の子は彼を見下ろしフフンと口の端に勝気な笑みを浮かべる。


「あら失礼、びっくりさせちゃったかしら? 見かけに寄らず意外と肝っ玉小さいのね」

「ち、ちくしょー! てめーなんかイジンの子のクセにっ!」


 慌てて起き上がりつつ、太っちょ男子は悔しそうに女の子へ言い放った。


 と――


「……今なんて言った?」

 

 それまで勝気な笑みを浮かべていた女の子は、途端に余裕を表情からストンと落とし、蒼い瞳に激昂という感情を灯した。

 流石に言い過ぎた――彼女の様子に太っちょ男子は息を呑んだが、そこはまだ子供。それに女に負けてたまるかというプライドから、彼は躊躇せずに罵倒を続ける。

 

「け、けっ! おまえのとーちゃん、ハ・オン人じゃないんだろ? 俺のとーちゃんが言ってたもん!」

「だから何よ?」

「それに、おまえのとーちゃん、コル・レーニョ盗賊団が恐くて、おまえやかあちゃん置いて自分の国へ逃げ帰ったんだろ? ヨワムシ野郎じゃねーか!」

「父さんを馬鹿にしないでっ!」


 もう我慢できない!――

 ぐっと拳を握って耐えていた女の子は、目一杯に涙を溜めながら太っちょ男子に飛びかかった。


「コノヤロっ! やんのかよっ!」

「うるさい! 取り消しなさい、父さんは弱虫なんかじゃない!」

「生意気なっ! やっちまえーっ!!」


 太っちょ男子の号令で、彼の背後でその様子を眺めていた四人も加勢に入る。

 途端に公園の中央で、取っ組み合いの喧嘩が始まった。

 この年代の男女にそれほど体力的差はないが、しかし多勢に無勢。

 あっという間に女の子は男の子達に突き飛ばされ、地面に羽交い絞めにされてしまった。


「どうだアリ! これで手も足も出ねーだろ? 負けを認めてさっさと謝れよ!」


 それでも彼女は負けるもんかとふとっちょ男子をギロリと睨みつけ、抵抗を続ける。

 

「誰が謝るもんですか! 謝るのはそっちでしょ? どきなさいよこのデブ!」

「な!? デブじゃねえ! デブっていうな! 俺はぽっちゃり系だ!」

「だって重いのよ! 重すぎ! お腹がつぶれちゃう!」

「くっ、このやろ……!」


 と、身体的特徴をバカにされて、ついカッとなってしまったふとっちょ男子は、女の子に向かって拳を振り上げた。

 流石にまずいと感じた女の子は表情を強張らせ、思わず目を閉じながら、手で顔を庇う。



 刹那――



「ドゥッフ、サンネンゴローシ!」

「はうっ!?」


 ブスリと、尻穴に突如走った激痛に、ふとっちょ男子は振り下ろそうとしていた拳を止め、悲鳴をあげつつ飛び上がった。

 そして、いつの間にか現れていたツンツン髪の男に気づくと、着地と同時にお尻を抑えつつ後退る。

 誰よこいつ――と、拘束を解かれ上半身を起こした女の子も、目をまん丸くしながらバカ少年を見つめていた。


「な、なんだよてめーっ! なにすんだ!」

「グーはやめとくディスヨクソガキ。アブナイデショー?」


 と、涙目で訴えたふとっちょ男子に対し、両人差し指をふきふきとサマーパーカーの裾で拭きながら、かのーはケタケタと笑い声をあげる。


「なんだこいつ、変な喋り方しやがって! もしかしてイジンか? アリ、おまえの仲間だろ?!」

「なっ!? わ、私は知らないわよ!」

「くそっ、ずりーぞ大人を呼ぶなんて!」


 大人が出て来ては勝ち目がない。ここは逃げるが勝ちだろう。

 元々悪い事をしているという、後ろめたい気持ちがあったのもあって、男の子達は青ざめながら一斉に踵を返した。


「アリのヒキョーモン! 覚えてやがれコノヤロー!」

「だから私は関係ないって言ってるでしょ!」


 と、女の子は悔しそうに叫んだが時既に遅し。

 ふとっちょ男子を先頭に、男の子達は捨て台詞を吐きつつ、スタコラと公園を飛び出して逃げていったのであった。


 公園内には、少女とバカ少年のみが取り残される。


「ムフン、おいクソガキー。へいきディスカー?」


 男の子達の姿が見えなくなると、かのーは女の子の傍らにしゃがみ込み、彼女の小さな頭をポンポンと叩いた。

 だが女の子はそんなかのーの顔をちらりと見上げた後、悔しそうに眉根を寄せつつ深い溜息をつく。

 そして大きく右脚を振り上げ、見事なローキックをバカ少年の脛にお見舞いしたのだった。


「ドゥッフ!?」


 顔に縦線を描きつつ、かのーは悲鳴をあげて飛び跳ねる。


「何しやがるディスかこのクソガキーっ!」

「頼んでもないのに、子供のケンカに大人がしゃしゃり出てこないでよ!」


 格好悪いったらありゃあしない――

 先刻同様大人相手でも全く怯まず、女の子はフン!と、かわいい鼻息をついてかのーを見上げた。


「ムカー! せっかく助けてやったのに、ナマイキなガキディス!」

「ガキって言わないでよ、私もう六歳なの。それにちゃんとアリっていう名前があるんだから」

「ムフ、アリ?」

「そうよ。アリ=スフォルツァンド=タケウチ。それが私の名前」


 腰に両手をあてて、アリと名乗った女の子はどうだ?と言わんばかりに胸を張る。


「……ムカツクからクソガキでイイディスか?」


バチーン!――


 と、どうでもよさげに鼻をほじりながらそう言い放ったかのーだったが、今度は見事な平手打ちを食らい、顔を押さえて蹲る羽目となった。


「今度クソガキって言ったら、MAXでソバットお見舞いするわよ?」

「コノヤロー……チョーシノリやがって」

「そう言うあなたはなんていう名前なの?」


 頬を抑えて怒りに打ち震えるかのーの顔を覗き込み、アリは蒼い瞳を輝かせながら尋ねる。

 バカ少年は顔をあげると鼻の穴を大きく広げつつ、得意げににやりと笑った。


「かのー様だ、ヨロシク敬えヨーロクサイジー」

「カノー? 変な名前……」

「ムッカー、テメーにいわれたくネーヨ、アリンコみたいな名前してるクセニ!」

「まあ助けてくれなんて言ってないけど、結果としてそうなっちゃったし……一応お礼はいっとくわ。ありがとう」


 この類の人間は、まともに相手するのは無駄である――

 少女はそう悟ったのか、呆れ気味に溜息をつきつつ、かのーへ礼を述べた。

 どうやら年の割には聡い子のようだ。これではどっちが大人なのかわからない。


「ところで、あなたどこからきたの? この国の人じゃないでしょ?」

「ムフ、アタリー! よくわかったディスネ」

「だって変な服着てるし、喋り方変だし……」


 上から下までまじまじとかのーを眺めながらアリは答える。


「……まあいいわ。この町じゃ異国の人なんて珍しくないしね」

「テメーだって似たようなモンデショー? だってハーフじゃん」

「なんですって?」


 と、かのーはケタケタ笑いながら、まったく悪びれた様子もなくアリに尋ねた。

 彼のその発言に、少女は目を見開き、再び瞳に怒りを灯そうとしたが、しかしかのーに悪意がない事に気づくと、やれやれと肩を竦める。

 はたして、アリのその見立ては当たっており、帰国子女であるかのーにとって、ハーフや白人種など何ら珍しくもない存在であったのだ。

 むしろこいつ何を気にしてんだ?くらいのつもりで、アリに向かって尋ねていたのである。

 

「ムフ、ちがうのーアリンコー?」

「別にいいじゃないそんな事。初対面のあなたに話す必要はないでしょ? じゃあね、これで失礼するわ」

「どこ行く気ディスカ?」

「帰るのよ」


 デリカシーのない奴――

 そう思いつつ、アリは踵を返して公園を後にしようと足を踏み出した。

 しかしその途端、鈍い痛みが足首に走り、彼女は表情を歪める。

 どうやらさっきの喧嘩の最中に捻ってしまったようだ。


「オーイ、どしたのアリンコー?」


 その様子を頬杖をついて眺めていたかのーはニヤニヤ笑いながら、アリの背中に言葉を投げかける。


「……別になんでもない」

「アッソー、そんじゃ気を付けテ帰るディスヨー」


 背後から聞こえてきたケタケタ笑いに、アリは頬を膨らませつつ何か言いかけたが、ぐっとその言葉を飲み込むと、ひょこひょこと足を引きずりながら歩き出した。



 と――

 

 

「きゃあっ!?」


 突然ふわりと宙に浮く感覚に身体が包まれて、アリは吃驚しながら声をあげる。

 視界が一気に高くなった。急に大人に成長したように――

 訳が分からず混乱する少女は、しかしやにわに下から聞こえてきたケタケタ笑いによってすぐに状況を把握した。

 

「ムフン、ショーガナイディスネー」

「お、降ろしてよ!歩けるから!」


 自分を肩車するかのーのツンツン髪を引っ張りながら、アリはむすっと下唇を尖らせる。


「おまえ足ネンザしたデショー? ダッサー、カッコワルー」

「誰も頼んでないでしょ! 大きなお世話よっ! おろしてってば!」

「ムッカー可愛げない奴ディス。ガキはスナオがイチバンディスヨ、アリンコ」

「アリンコはやめて! そのあだ名は嫌いなの」

「ムフ、じゃあ『スー』でいいや」

「……スー?」

「『スフォルツァンド』の『スー』ディース」

「なんでミドルネームからあだ名つけるのよ! 訳わかんない……」


 もはや言うだけ無駄だというのがわかったのか、アリは呆れた表情で溜息をつきながらかのーの頭に頬杖をつく。

 そしてぶすっとした表情のまま、少年の肩車に甘んじて受け入れることにしたのであった。性格に問題はありそうだが、どうやら悪い奴ではない――少女はそう判断したようだ。

 そんな彼女を見上げて、かのーは満足そうにケタケタと笑い声をあげる。


「で、スーの家はどこディスか?」

「あっちよ、そこをまず右に曲がって?」


 と、アリはかのーの髪を引っ張り、まるでバカ少年を操縦するように的確に案内していった。

 

「ところでさ――」

「ムフン?」

「あなたも棒術を学んでるの?」

「ボージュツ?」


 元々人見知りしない性格の少女は、先刻までの大人びた口調とは異なり、年相応の子供らしい口調で、かのーが右手に持っていた棒を指差し尋ねていた。

 だがかのーはというと初めて聴くその単語にきょとんとしながら頭の上に『?』を浮かべたのみである。

 

「違うの? 母さんが持ってるものと似てたから」

「スーのマミーも棒持ってるんディスか? ムシ捕りスンの?」

「虫捕り? ち、違うわよ。母さんは棒術の達人なの、すっごく強いんだから! なんてったって魔王をやっつけたことがあるくらいだし」


 と、アリはまるで自分のことのように胸を張りながら、得意げにかのーの質問に答える。

 だが大人げないバカ少年は、そんな少女のあどけない発言を真っ向から受け止めると、小バカにするように笑い声をあげる。

 

「ムフ、オレサマの方が強い」

「はぁ? 何言ってんの? 母さんの方が強いもん! アンタなんか一撃よきっと」


 途端に始まる意地の張り合い。

 いや子供の喧嘩――

 

「ムフ、オレサマの方が強い」

「母さんよ!」

「ダメーオレサマー」

「母さん!!」

「オレサマディース!」


…………

………

……



 そんな不毛な口喧嘩がかれこれ十分は続いた頃だろうか。

 

「ストップカノー! ここよここ、止まって!」


 スタスタとかのーが通過しようとしたとある家の前で、アリは少年の髪を引っ張りながら呼び止める。

 かのーは歩みを止めると、目の前に見えた『豪邸』という言葉がぴったりな建物を見上げて、ムフンと鼻息を一つついた。

 ヴァイオリンで潜入したサヤマ邸など比ではないくらいの広い敷地の奥に、これまたどこぞの大国の領事館と見間違えるほどに立派な建物が佇んでいるのが見える。


「ここがスーの家ディスか?」

「そうよ、降ろしてちょうだい」


 言われるがままかのーがアリを降ろすと、彼女はひょこひょこと片足で跳ねながら、その豪邸の門に近づいた。

 そして彼女は、門の端にさがっていた紐を引っ張り、その先に付いていた鐘を鳴らす。

 ややもって、その鐘の音をきいたメイドらしき女性が奥から出てきたかと思うと、彼女はアリの姿を見て吃驚しながら何やら話をしだした。

 そんな二人の様子を、かのーは暇そうにクルクルと棒を回しながら眺めていたが――


「ありがとうカノー、助かったわ」


 しばらくしてアリがメイドと共にこちらへやってくるのに気が付くと、少年は胸を張りながらケタケタと笑い声をあげる。


「ありがたく思えヨ六歳児、そんじゃオレサマは戻るディース」

「あ、待って」


 と、踵を返して歩き出そうとしたかのーを、アリは呼び止めた。

 なんディスか?――と少年は振り返る。

 彼のその視線を受けて、アリは照れくさそうに頬を赤くしながらも、ややもって口を開いた。

 

「一応助けてもらったでしょ? だからお礼がしたいのだけど――」

「マジディスか? じゃメシ食わせろ!」

「……普通、こういう時は遠慮するものじゃないの?」


 間髪入れずに即答したかのーを見て、アリは口の端を引き攣らせつつ、やれやれと肩を竦めてみせた。

 だが今朝からリンゴ以外何も食べていなかったバカ少年は、そんな少女の皮肉などなどまったく気にも留めず、飯だ飯だ♪とスキップしながら歩み寄る。

 

「まあいいか。それじゃこっちよ、ついてきて」

「ムフン、案内されてやるのディース♪」



 アリとメイドに案内され、かのーはその豪邸の中へと消えていった。

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