その9 当てがあるから大丈夫

一時間後。

パーカス 中央地区外れ市民公園内―


「いつつ……」


 キュポン――と、鼻に差していたガーゼを抜き取り、ようやく止まった鼻血を確認しつつ、やれやれとカッシーは肩を落とす。

 まったくひどい目にあった。身体中痣だらけにひっかき傷だらけだ。

 原因は他でもなく、あのお騒がせ王女のせいだ。

 

 必死の形相で逃げるチョクと、鬼のような形相で追走するエリコ。

 それに振り切られまい、いや捕まるまいと、前を『追いかけ』つつ後ろから『逃げ回る』少年少女達。

 そして最後尾にはそんな彼等全員を捕縛しようと追跡する警備隊の皆様方――

 はたから見れば何とも滑稽なこの『喜劇』は、街中至る所を縦横無尽に駆け回った少年少女達が、根性でなんとか逃げ切ることにより幕を閉じることとなった。


 だが、警備隊の追跡を振り切り、雪崩れ込むようにしてこの外れにある公園に到着した少年少女達が見た光景は、とうとう中央の小さな噴水の淵に追い詰められ、エリコの振り上げたブロードソードによって今にも打ち首にされようとしているチョクの姿。

 

 冗談じゃない! 人の得物を殺人の凶器にされてたまるかボケッ!――

 と、カッシーは最後の力を振り絞り、飛びつくようにしてお騒がせ王女を羽交い絞めにした。

 しまいにはカッシーだけではなく、こーへい、東山さん、ついには日笠さんまでが間に割って入ったおかげで、なんとかチョクはの命は繋ぎ止められたのであった。

 

 その後も怒りの収まらないエリコは、なおもオーボエドラゴンも真っ青な大暴れを続けたのだが、カッシー達のとりなしもあって、次第に落ち着きを取り戻し、とりあえずチョクを打ち首にすることは諦めてくれたようである。

 だが彼女が怒りを静め、それでも不満そうに舌打ちしながらベンチに腰掛ける頃には、カッシーやこーへいはさらに痣だらけの傷だらけになってしまっていたが。


「たくよー、ひっでーめにあったぜ……」


 と、少年の隣で同じくベンチに腰を降ろし、濡れたハンカチで右目を冷やしていたこーへいがぼそりと愚痴をこぼす。

 哀れその右目の周りには大きな青痣が円を描くように出来上がっていた。

 と、腕組をしながらじっと彼を見ていた東山さんに気づき、こーへいはなんだ?と言いたげに首を傾げた。

 

「中井君……」

「んー?」

「クマじゃなくて、パンダみたいね」

「ほっとけ」


 至って真面目な顔でそう言ったの東山さんにクマ少年……もといパンダ少年は眉尻を下げつつ即答した。

 ちなみに彼女はあれだけ走りまわっても一人元気な様子だ。流石はスポーツ万能な『鬼の風紀委員長』、どんな体力してんだ――傍目で二人の様子を見ていたカッシーは呆れたように口をへの字に曲げる。

 一方で日笠さんが心配そうに声をかけている微笑みの少女は、生きているだろうか?――とちょっと不安になるくらい、さっきから微動だにしない。


「な、なっちゃん平気?」

「…………だめ、死ぬ」


 と、なっちゃんはまるでチェロの下敷きになったかのようにそれを担いだまま、人が見ていようがかまうものかと地面に突っ伏していた。

 元々運動は得意ではないのに、そのうえチェロまで担いでこの喜劇の逃走劇に食らいついてきていたのだ。

 そのガッツを誰か称賛してあげてもいいくらいだろう。


 しかしまあ、彼女エリコと共に旅を始めてからというもの、ろくな目に遭っていない。しかもそのどれもが彼女が原因という事実。やはり彼女の同行を承諾したのは間違いだったのだろうか――

 もはや溜息しか出てこない少年は、ようやく奪い返した腰のブロードソードを、やるせない表情でちらりと見下ろしながらそんなことを考えていた。


「んでよー? これからどうするつもりだ?」

「そりゃ、あの二人次第だろ?」


 閑話休題。

 火の付いてない煙草を咥えながら、だるそうに尋ねてきたこーへいに対し、カッシーは憮然とした表情で答える。

 勢いで逃げてきたはいいものの、どうするかなんて少年だって見当もつかないのが本音だ。あの二人が今後どうするつもりなのか、それ次第でうちらもどう動くか決まる。

 何とも人頼みで情けない話だが、自分達だけでホルン村へ向かうのも一苦労だろう。なんせうちらは、この世界に疎いし、それにパーカスこの街に来るのだって初めてなのだ。

 

「お金落としたって、言ってたけど大丈夫かしら……」

「今夜の宿もどうする気なのかな?」


 ロイヤルスイートか、ちょっと泊まってみたかったな――少し後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、日笠さんは東山さんの言葉に呟くように続ける。

 確かに今日の寝床も心配は心配だが、それよりもっと問題なのは馬車だろう。一体どうするつもりなのか。

 カッシーは少し離れたベンチで『説教タイム』に入っているエリコとチョクを眺めながら、喉の奥で小さく唸り声をあげた。



 一方でそんな少年達の懸念など露程も知らない、お騒がせ王女とその元お付きの青年はというと――


「大変申し訳ございません姫ぇぇぇ! このナオト=ミヤノ一生の不覚! どうかお許しを!」


 地面に額を擦り付けて土下座するチョクを、ベンチにデーンと腰かけ見下ろしながら、エリコはちっと舌打ちする。

 そして膝を組みなおすと、トントンと爪先で地を叩きながらややもって口を開いた。


「はぁ……もういいわよ」

「ひ、姫それじゃ許し――」

「許すわけないでしょ? アンタの詫びなんてこれっぽっちも解決にならないから、やめろって意味よ」


 幾分落ちついたものの、やはりその額の青筋はさっきから引っ込んでいない。

 ぱっと顔を明るくして面を上げたチョクに対し、エリコはいっ!と食いしばりながら、前傾姿勢で彼を睨みつける。

 途端にジョバーッと滝のような涙を流し、チョクはまたもや俯いた。


「泣くなっての! それよりさ、どうするつもりよこれから?」

「ど、どうすると言われても……」

「一文無しじゃ馬車も調達できないじゃない。なんとかしてホルン村への『足』を考えなきゃ」

「……なら歩いてホルン村へいくしか――」

「アンタこの私に歩けっていうの?」


 急ぐ旅ならそれが一番堅実な方法ではある。徒歩でも四日あればホルン村には辿り着けるッスよ!――

 だがやにわに彼女の瞳が紅く光を灯し始めたのに気づき、チョクは咽喉まで出かかったその言葉を飲み込むと、慌ててブンブンと首を振った。

 

「そ、それじゃ銀行でレッドカードの発券を――」


 幸いパーカスは大きな街のため国営の銀行がある。

 事情を話して身分さえ証明できれば、レッドカードを再度発券することができるかもしれない。もし無理だとしても、最悪お金はおろせるだろう。

 我ながらいいアイデアではなかろうかと笑顔でチョクは提案したが、それを聞いた途端、エリコは細い眉根にシワを浮かべて、手をパタパタと横に振る。

 

「チョクさーん、私お忍びで来てるんですけどー? 足が付くとまずいんですけどー?」


 エリコが赴けば、王族特権で即レッドカードの発券は可能だろう。

 ただしその際に身分を明かせば、もれなくトランペットに連絡が行って彼女の所在がばれることになる。

 そうなれば彼女を連れ戻すために、城の連中がやってくるのは目に見えていた。

 まあたとえ連れ戻しに来たとしても、このお騒がせ王女は逃げ切る気満々ではあったが。

 とはいえ、余計な騒動は避けたいところだ。

 その案は却下――といいたげに、彼女は目を細めながらチョクを一睨みする。


「……な、なら俺の名義でもいいッスよ?」

「止めはしないけどさあ、アンタも足が付いたらまずいんじゃないの?」

「うっ……」


 そうだった――と、考えないようにしていた自らが置かれている状況を思い出し、チョクは言葉を詰まらせた。

 今現在の彼の立場はというと、女王の命で赴いた、関税交渉に失敗したうえにその任務を放棄して、さらにトランペットに帰還せずだらだらと油を売っているという何ともまずい立場である。

 つい先日、関税交渉が思ったより難航しており、時間がかかっている。今しばらくお待ちいただきたい――という旨の手紙をトランペットに送ったが、そんな言い訳がいつまでも通じるとは思えない。


 そんな状況で、彼が銀行から用途不明の金を引き出したという情報が女王の耳に入ったらはたしてどうなるか。

 彼に対する女王の心象はますます悪くなるだろう。

 現行のトランペット女王はとにかくミスに厳しい女性だ。ダメと判断すれば、いかにそれまでお気に入りだった人物でもあっさり切って捨てる。

 もしそうなれば、順風満帆だった彼の出世街道は瞬く間に崩壊し、お先真っ暗な人生を送る羽目になることは想像に難くなかった。


「だから泣くなっての鬱陶しいわねえ!」


 再びボロボロと涙を流し、えぐえぐと嗚咽を漏らしはじめたチョクを見て、エリコは面倒くさそうに顔を顰めながら彼の頭をはたく。


「ううう、あんまりっス……」


 そもそも誰のせいだと思ってるんスか?――彼女の我儘のせいで強引に拉致され、そして彼女の気まぐれのために道を逸れて森に突っ込み、挙句、巨大なトカゲな追われる羽目にならなければ、財布だって落とさなくて済んだのだ。

 流石に口が裂けてもそんなことは言えなかったが、だが眼鏡青年の訴えるような視線を受け、さしものエリコも罪の意識を感じたのか目を逸らして口を尖らす。


「そ、そりゃ私もちょっとは悪かったって思ってるわよ?」

「ちょっとッスか?」

「何よ、文句ある? でも財布落としたのはアンタの責任でしょ?」

「そ、それはそうっスが……」

「なら考えなさい、どうすればいいかを」


 泣いてたって事態は好転しない。

 馬車が手に入らなければあの子カッシー達も困るだろう。

 徒歩でいけなくもないが、大人数での移動の場合、馬車があるとないとでは旅の負担は雲泥の差なのだ。

 少し時間がかかってもできれば馬車は調達したいところだが、ホルン村の様子も気になるところではある。さてどちらを天秤にかけるべきか。

 深い溜息をついてエリコはベンチにもたれ掛かった。

 

「私は約束したんだから、必ずホルン村へ案内するって――」

「姫……」

「約束を破るのは嫌なの」


 彼女は呟くようにそう言って、相も変わらず青い空を見上げる。

 約束とは命より重い物だ。だからこそ彼女は一度交わした約束は決して破らない。故に、天衣無縫で破天荒な性格であるにもかかわらず、彼女をよく知る者からの信頼は厚かった。

 よし、と意を決するようにエリコはスッと指を三本立ててチョクへと突きつける。

 その指の意図するところが分からず、青年は僅かに首を傾げた。

 

「仕方ないから私も手伝ってあげるわ。でも三日よチョク。三日で全て調達しなさい!」


 当初の予定通り猶予は三日。彼女は断言する。

 ホルン村のことも気になるため、それ以上時間を割くことは避けたい。

 ダメなら諦めて次の行動に移るべきだろう。

 エリコが掲げた三本の指はそういう意味であった。

 珍しく神妙な顔つきを浮かべたエリコを見つめ、チョクは涙を引っ込めると眼鏡を指で押し上げる。


「三日ッスか……」

「そうよ。ま、それでもだめなら――」

「う、打ち首っスか?」

「バーカ、違うわよ……徒歩で勘弁してあげるわ」

「え?」

「今回だけだからね?」


 と、さらに念押ししてフンと鼻息をつくと、エリコは照れ隠しのためそっぽを向きながら腕を組んだ。

 思わずうるっときてチョクはまた泣きそうになりながら、彼女を見上げる。

 

「姫……」

「ま、あんまりあの子達待たせちゃまずいしさ……だからって手抜くんじゃないわよ? 意地でも馬車調達してみせなさい」

「わかったッス姫、このナオト=ミヤノにお任せを!」


 チョクは意を決したように一度頷くと、パンパンと膝に着いた砂を払いながら立ち上がった。


「なんかいいアイデア思いついた?」

「今はまだなんとも……けど必ず馬車を手に入れてみせるッス、だから少し時間を下さい」


 そうだ俺だって成長したのだ。曲がりなりにも叩き上げから宰相補佐まで成りあがったのだ。

 例え一文無しでも、この十年で鍛えた手腕で馬車くらいなんとか調達してみせよう。


「うっし、じゃあ気合入れていくわよ」

「はいッス!」


 元教育係の眼鏡青年は、泣きすぎて垂れてきた鼻水をぐしぐしと啜りながら、力強く答えた。

 それを見て、エリコは満足げににんまりと笑みを浮かべると、よろしい――と頷きベンチから立ち上がる。

 そして、軽くチョクの胸をグーで小突いたのだ。

  

 何だか知らないが話がまとまったようだ――

 先刻までとは異なり、ある種の決意が感じられる顔つきでこちらへと歩いてくるエリコとチョクを見て、カッシーは意外そうに片眉をあげた。


「お待たせカッシー」

「お恥ずかしいところをお見せしたッス」

「ほんとだっつの。人の剣を勝手に使うのはもうやめてくれよな?」

「わーってるわよ、それでこの後のことなんだけど――」


 エリコは先刻チョクと決めた事を手短に少年少女達に説明する。

 ベンチに頬杖をつきながら話を聞いていたカッシーは、なるほどね――と小さく息をつく。


「三日か……」

「ま、そういうワケで、当初の予定通りもう少しこの街に滞在することにしたわ。アンタ達が急いでるのはわかってるんだけど、やっぱり馬車はあった方がいいと思うの。徒歩より速いし、何より安全だしね」


 少年の言葉にエリコは頷いてみせた。


「皆さん、どうか今しばらくお待ちを。このナオト=ミヤノ、必ず馬車を調達してみせるッス、最悪腎臓売ってでも!」

「い、いやそこまでしなくても」


 そうまでして手に入れた馬車なんて乗りづらい――やけに気合の入った顔つきでそう言ったチョクを見て、日笠さんは顔に縦線を描く。


「んー、うちらに気を遣わなくてもよー? 俺は別に徒歩でも――」


 と、頭の後ろで手を組んで話を聞いていたこーへいがのほほんと答えようとしたが、彼は持ち前の勘が警鐘を鳴らしはじめたことに気づいて口を噤んだ。

 そして恐る恐る後ろを振り返り、そこに見えた凄まじい殺気を放つ微笑みの少女に気づいて思わず息を呑む。

 歩きでもいい?なら、あなたが代わりにこれチェロ持ってよね?――

 痛いくらいに背中に突き刺さる、なっちゃんの視線はそう訴えていた。


「――あーやっぱりお言葉にあまえよっかなー?」

「どうしたの中井君?」

「なんでもなーい」

「エリコ王女、そういうことなら私にも手伝わせてください」


 確かに彼女のせいで命からがらな窮地に陥ったりもしていたが、だがここまでこれたのも二人のおかげなのだ。

 おんぶにだっこでは流石に悪い、と日笠さんは進んで協力を申し出た。

 そんな少女の好意に嬉しそうににこりと笑みを浮かべたが、エリコはややもって小さく首を振りその申し出を丁重に断る。


「ありがとマユミちゃん。でも今回のはでもあるの。私とチョクに任せておいて」

「じゃあせめて宿代を私達で出しますから……」


 流石にロイヤルスイートは無理だが、普通の宿なら二人くらい増えたって賄える。

 日笠さんはちらりと財布の中に目を落とし、まだまだ余裕のある懐事情を確認した後、うんと頷きながらエリコを見た。

 だが少女のその申し出にも、右手をストップ――と言わんばかりに突き出して、エリコは首を振ってみせる。


「それも当てがあるから大丈夫」

「当てって……お金は大丈夫なんですか?」


 落として一文無しだと思っていたが、当てとは一体――と、東山さんは訝し気にエリコへ尋ねた。

 心配ご無用と、チッチッと立てた人差し指を振りながら、エリコは勝気な笑みを口元に浮かべる。


「友達ん家に泊めてもらおうと思ってるわ」

「友達ん家?」

「姫……まさかカナコの家ッスか?」

「そうだけど?」


 チョクがもしやという表情で眼鏡の奥の目を細めながら尋ねると、エリコは億尾にもせず当然と言いたげに真顔で答えた。

 そんな二人の会話を聞きながら、カッシー達は聞き覚えのある名のその人物が誰であったかを、記憶の糸を手繰り寄せ頭の中で検索していた。


「あの、エリコ王女。カナコって人はもしかして――」

「十年前に一緒に旅したマブダチよ。ああ、マーヤから話聞いてる?」

「ええ、ちょっとだけですが」


 実際には、舞の描いた絵本の登場人物として知った名前ではあるが。

 ああでも、確かマーヤも部員捜索のための協力要請を、パーカスのカナコ組合長に送るようにってイシダ宰相に指示してたはず――コクンと一度頷いて、日笠さんは答える。


「でも姫、彼女も今は組合長ッスよ? いきなり押し掛けるのはまずいのでは――」

「あ? なら聞くけどアンタ他に当てあるの? 私野宿は嫌だからね?」

「うっ、それは……」


 逆に問い詰められチョクは困ったように言葉を飲みこんだ。

 お金をかけずに泊まるなんて誰か知り合いの家に泊めてもらうくらいしかないだろう。何とも厚かましい話ではあるが。

 だがチョクだって、この街の知り合いなんてカナコくらいしか思い浮かばない。

 思案の末、ややもって眼鏡青年は残念そうに頭を垂れた。

 

「な、ないッス……」

「ならカナコん家でいいわね。アンタ達もそれでいい?」


 と、エリコに念押しされ、カッシー達はお互いの様子を窺うようにして顔を寄せ合う。

 

「そりゃうちらは構わないけどさ――」

「チョクさんも言ってましたけど、こんな大所帯でいきなり押し掛けて迷惑じゃないですか?」

「子供が何遠慮してんのよ、マブダチっていってんでしょ? 全然問題ないって」

 

 あんたのマブダチ発言は信用なんないだっつーの。なんせ相手の都合を全然考えてないんだから――

 突然式典の最中にドアを蹴り破って乱入してきた彼女の事を思い出し、カッシーは訝し気にエリコを見た。

 だが、このお騒がせ王女が言いだしたら聞かない性格なのは、僅か一週間にも満たない付き合いではあるが、彼等もわかり始めていた。

 正直宿代を出すのはやぶさかではないが、どうせこれ以上提案しても無駄だろう。

 カッシーが無言で頷いたのに気づくと、日笠さんは皆を一瞥する。残りの皆も諦観の表情で各々頷いてみせた。

 まとめ役の少女はそれを見届けると、エリコを向き直る。

 

「それじゃお言葉に甘えて、よろしくお願いします」

「じゃあ決まり。早速行きましょう」


 素直でよろしい――と、満面の笑みを浮かべた。

 さてカナコの家だが、彼女とはお忍びでこの街に来る度、何度か会っている。

 引っ越していなければ家は中央地区にあったはず――

 エリコは踵を返すと歩き出した。


「……ちょっと待って」


 と、彼女について歩き出そうとした一同の背後から、やにわに風紀委員長の声が聞こえ、何事かとカッシー達は振り返る。

 どうしたの恵美?――という皆の視線を受け、だが念のためもう一度周囲を見渡した後、東山さんは眉間にシワを寄せつつ徐に口を開いた。


「さっきから思ってたのだけど……かのーは?」


 言われてみればと、カッシーは周囲を見渡す。


「そういやいねーな、あいつ」

 

 やけに静かだと思ったら、彼女の言う通りツンツン髪のバカ少年の姿が見当たらないのだ。

 

「んー? どこいったんだ?」

「どうせまた虫捕りじゃないの?」


 おぞましいディテールの昆虫を頭の中で思い浮かべてしまい、辟易するようになっちゃんが言った。

 あいつのことだからその可能性も否めない。大事な話し合いの時には大抵我関せずを決めてその辺をブラブラ自由に歩き回っていたし。

 だが今回は公園ここについてから声が聞こえなかったような……まさか逃げ切れずに警備隊に捕まっちゃったのだろうか――

 日笠さんは心配そうに眉根を寄せてうーんと唸りつつ、記憶を辿っていく。

 

「エリコ王女と一緒にいなかったっけか?」

「途中まではいたのは覚えてるけど――」


 チョクを追いかけるのに夢中で正直覚えていない。

 カッシーの問いかけに答え、エリコは虚空へ目を向けながら、頬をポリポリと掻いた。まったくどこへ行ったのかあのバカは――と、カッシー達は困ったように一様に唸り声をあげる。


 だがしかし――

 

「まああいつの事だし――」

「そうね、平気でしょ?」


 しばしの思案の後、彼等はあっさりとそう言ってかのーを放置することに決めたのだった。

 

「あの皆さん、ほんとにいいんスか?」

「あ、いいんです。お気になさらず」

「んだなー? あいつなら匂い嗅ぎ付けてそのうち追っかけてくんじゃね?」

「に、におい?!」

「アンタ達ってさ、一人でも欠けたら元の世界に戻れないんじゃなかったっけ?」

「いいからいいから。さ、行こうぜエリコ王女」


 あいつなら放置しても平気だろう。なんせ四階から落ちても死なないギャグ体質だし。

 まったく心配する様子もなくカッシーはエリコを促す。

 何だか釈然としないが、まあいいかとエリコは再び歩き出した。


 かくしてエリコの案内の下、カッシー達は公園を後にする。

 このパーカスの商人組合長。そのカナコってどんな人なのだろうか――

 期待と不安を胸に抱きながら。

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