その8 嘘でしょ? 冗談でしょ?!

三十分後。

パーカス中央地区。ホテル『テルツェット』前―


 部屋の空きを見てくるので、ここで待っててくださいッス――

 そう言ってチョクが中に入ってから約五分。

 豪邸と見間違えるほどにゴージャスなその宿の前で、少年少女達は大通りを眺めながら時間を潰していた。


 ちなみに、チョクがロビー前に停車させたボロボロの馬車は、飛ぶようにしてやってきたボーイの手によって、そそくさと宿裏手にある駐車スペースに移動されてしまっていた。

 ボーイの狼狽した様子から察するに、流石にあの馬車……いや  車| がこんな高級宿の前に止まっていては、営業妨害になりかねないのだろう。

 パーカスに入った途端、通行人も驚きの表情でまじまじと見つめてきたので、カッシー達も恥ずかしさに溜まりかね、途中からは馬車を降り歩いていたくらいだったのだ。

 

 閑話休題。

 とまあそんな経緯は置いておいて。

 チョクが戻ってくるまでの間、ヴァイオリンとはまた違った活気のあるパーカスの街並みをは少年少女は飽くことなく眺めていた。


 石畳の敷かれた大通りは人に溢れ、大小様々な店がずらりと並んでいるが見える。武器屋に防具屋、馬屋に服屋に食品店、果ては鉄鉱や宝石などの鉱物資源を扱う店など、その種類は実に様々だ。

 エリコ曰く、パーカスに来れば手に入らない物はない――というほど、この街には古今東西のあらゆる商品が集まるのだそうで。

 流石は『商人の街』といったところだろうか。

 

 だが、それよりもカッシー達が驚いたのは行き交う人々の容姿だった。

 通行人の中にはカッシー達と同じ容姿をした所謂『ハ・オン』人種の他に、この世界で初めて見る人種が混ざっていたのだ。

 金髪に白い肌をした、背の高い商人らしき男性。

 重そうな樽を肩に乗せ、忙しそうに歩いていく黒人種の船乗りらしき男。

 そして赤い髪の、エスニックな出で立ちに身を包んだどこかの国の高貴な身分らしき女性――

 貿易で栄える港町なだけはある。

 一瞬外国に来てしまったのかと錯覚に陥り(まあ実際異世界に来てしまっているのだが)日笠さんは目をぱちくりとさせていた。

 

「せっかく来たんだから見物して回りたいわね」

「おーいいねえ、それ俺も賛成」


 古今東西の品が集まるのなら、興味を惹かれそうな本もきっと売っているだろう。馬車の中で読む分を買いだめしておきたい――と、本好きななっちゃんが弾む声で呟くと、新しい食材があっかもしんねーし、市場見に行きてーなあ――とこーへいも咥えていた煙草からぷかりと煙を浮かべ賛同する。


「二人とも、遊びに来たんじゃないのよ?」


 だがその呟きを聞いて、傍らにいた東山さんはやれやれと釘を差すように二人を向き直った。


「おーい、つれねーなぁ。委員長だってほんとは見て回りたいだろ?」

「そ、それはそうだけれど……でも見物している余裕はないでしょ? 必要な物を買い揃えたら、すぐにホルン村へ向かうわよ」


 と、クマ少年のツッコミに一瞬心揺らいだ東山さんではあったが、自制心の強い彼女は状況が状況である、と首を振って否定する。

 

「エミちゃん硬い硬い。どうせ二日は逗留することになるんだし、準備の時間さっぴいても見物くらいできるでしょ。せっかくだから見て回ってきたらいいじゃん」


 そんな彼らのやり取りを見て、エリコは胸の前でパタパタと手を振りながらこーへい達に助け舟を出した。


「エリコ王女、でもですね――」

「少しは息抜きも必要でしょ」


 気持ちはわかるけど、もっと肩の力抜かないとバテるわよ?――当惑する生真面目な委員長の顔を覗き込むようにして、お騒がせ王女はパチリとウインクをしてみせる。


「あ、でも夕飯までには帰ってくんのよ? この宿の夕飯すっごく美味しいから!」「ドゥッフ! マジディスカー?」


 と、即座に飯の話に食らいつくバカ少年が約一名。


「ええ大マジ、ぶ厚くてジューシーなステーキだったかな」

「ムッフォー、ステーキキター!」


 この宿なら以前泊まったことがある。その時も相変わらずお忍びではあったが。たしか肉料理が素晴らしく絶品だった。分厚く切ったステーキと赤ワインが出てきたことを覚えている。

 そんな彼女を見て、この人本当に王女様なのだろうか――と、東山さんは改めて残念そうな愛想笑いを浮かべていた。


「ところでエリコ王女。この宿って凄い値が張りそうなんですが――」

 

 と、宿屋の話題が出て渡りに船だと、タイミングを見計らっていた日笠さんは、恐る恐る宿泊費のことを切り出す。

 マーヤ女王から旅費は貰っていたが、できる限り無駄な出費は控えたいところだ。ましてやスイートルームと彼女は言っていたし、はたして一体いくらかかるのか少女は気が気でなかったのである。

 だがそんな日笠さんの心境を察して、エリコは任せておけといわんばかりに胸を張ると、強気な笑みを顔に浮かべてみせた。

 

「だいじょぶだいじょぶ! 宿代ならアタシが出すから、アンタ達は心配しなくていいわよ」

「えっ、でも……お高いんでしょう?」

「平気平気、私を誰だと思ってるのよ?」


 曲がりなりにも一国の王女が、子供に払わせるなんてそんなケチな真似するわけないでしょ?―― お騒がせ王女は、そう言いたげに今度は日笠さんの顔を覗き込む。

 日笠さんは彼女のその視線を受けて、やや申し訳ないような、でもほっとししながら頭を下げた。

 

「ま、そういうわけよアンタ達、今日はスイートルーム中のスイートルーム。その名もロイヤルスイートの素晴らしさをたっぷり堪能させてあげるわ!」

「ロ、ロイヤルスイート?」

「そう、ロイヤルスイート。泡のお風呂つき。ジャグジーよジャグジー!」

「泡のお風呂?! ほ、本当ですか?!」

「ええ。それに高級ワインも飲み放題!」

「……ワイン?」

「イカスディース!」

「いいわねアンタ達、今夜はぱーっといくわよー!」

『イエーイ!』


「おまえら浮かれ過ぎだ」

「恥ずかしい……」


 お風呂と聞いて目を輝かせる日笠さん。

 そして食欲と酒につられて、やはりくいついたなっちゃんとかのー。 行き交う人々が盛り上がる一行に訝しげな視線を向けるのに気づいて、カッシーと東山さんはやれやれと恥ずかしそうに眉間を抑える。



 と――

 

 

 宿屋の入口から眼鏡の青年が出てくるのが見えて、待ってました♪とエリコは手を振り上機嫌で彼を出迎えた。 だが気のせいだろうか。

 こちらへとやってくる青年の顔つきが、心なしか浮かないものに見えて、どうしたのだろうとカッシーは日笠さんは片眉を上げる。


「おっそいわよチョク、ちゃんと部屋取れた?」


 もはやスイートルームでレッツパーリィしか頭にないエリコは、そんなチョクのいつもと違う様子など露ほども気づかずに、満面の笑みで尋ねた。

 そんな彼女の満面の笑みが、青年にさらにプレッシャーをかけたのだろうか。

 彼は浮かない顔をさらに青くして、困ったように視線を逸らした。

 明らかに様子がおかしい。流石に日笠さんだけでなく、カッシー達もお互いを見合うと、どうしたのだろうと首を傾げる。


「あーその……すいません、部屋取れなかったッス……」

「……は?」


 ピタリと動きを止め、エリコは片眉を吊り上げた。だがその顔はまだ満面の笑みのままだ。

 久々のちゃんとした宿だ。久々のフカフカベッドに泊まれるという思いが、傍若無人な彼女を珍しく寛大にしていた。

 フッと余裕の笑みを浮かべ、彼女は話を続ける。

 

「なによ、ロイヤルスイート一杯だったってワケ? 仕方ないわねじゃあスイートルームでいいから――」

「姫、それが……スイートどころか、このホテルには泊まることはムリっそうッス」

「ハァァ?! どういうことよ? まさか満室だったの?」

「いえ実は……」

「実は?」

「……財布……落としちゃったみたいで……」


 消え入りそうな声でチョクはぼそりと答えた。

 またもや動きを止め、エリコは今度は額に青筋を浮かべながらも、寛大な心で辛うじて満面の笑みをその顔に――

 

 留めることはもはや無理であった。



「はぁ?! 落としたぁ?!」


 青年の言葉を聞いて、途端に彼女はカッと見開くと、チョクへと詰め寄る。

 思わず身をのけ反らせながら、チョクは落ち着いて下さい――と苦笑を浮かべて見せた。

 つい先刻のことだった。

 予約を済ませ、フロントで支払いをしようと腰のポーチに手を入れた彼は、なんだかやけに中がすっきりしていることに気が付いた。

 もしかして――嫌な予感を拭い、意を決して穴の開く程鞄の中を見つめるも、やはり財布が見つからない。

 吹き出る汗をそのままに、訝し気に彼を見るフロントマンに愛想笑いを浮かべ、チョクは逃げるようにしてホテルを後にしていたのであった。


「落としたってどこでよ?!」

「多分なんスけど、オーボエドラゴンに追われて逃げた時に……」


 今の今まで気づかなかったが、落としたとすればあの時が一番濃厚だろう。

 まったく踏んだり蹴ったりッス――トホホと溜息を吐いてチョクはがっくりと肩を落とす。

 だがそんな青年の傷心などどうでもよい、といいたげに、エリコはがっしりと彼の胸倉を掴んで引き寄せると、再び満面の笑みで首を傾げてみせた。

 その額にビキビキと青筋を浮かべながら。


「チョクさーん、念のため聞きたいんですがー」

「な、なんでしょう姫……」

「まさか私が預けた分も落としたワケじゃあないでしょうね?」

「………」


 姫は持っているとあるだけ使うから、俺が預かっておくッス――

 ヴァイオリンを出発する際に、この青年がそう言って手を差し出して来たので、彼女はお忍び用に持ち出していたお金を彼に渡していたのだ。

 まあ王族の嗜みとして、鞭より重いものは携帯せず、必要な時は従者が払えばいい――がモットーだった彼女は特に気にもしていなかったが。

 だが落としたとなれば話は別だ。

 どうなのよこのハゲ!――目で語るようにして、エリコはさらにずずいと顔を近づけた。それこそもう、鼻と鼻がくっつくくらいに。

 

 チョクは彼女のその問いに答えようとはせず、だらだらと脂汗を垂らしながら目を逸らす。

 途端に新たな青筋を額に生み出しつつ、エリコは満面の笑みをとうとう表情からストンと落とし、青年を睨みつけた。


「目を逸らすんじゃない! 嘘でしょ? 冗談でしょ?! じゃあ王室紅切手レッドカードは? あれがあればとりあえず宿は泊まれるでしょ!」


 レッドカードとは管国王家が発行している所謂小切手だ。

 領内であれば、よほどの辺境でなければ金銭と同等の取り扱いができる代物で、もしものためにエリコは数枚携行していたのだった。

 それもお金と一緒に彼に預けていたのだが。

 いやいや待て待てアンタ何でさらに目を逸らすの? もうそれ後ろ向いてるのと一緒じゃない! もしかして――


「アンタまさか小切手も?」

「………えっと」

「チョクさーん? 怒らないから答えなさいよ?」


 ひくひくと口の端を引き攣らせ、エリコは極力感情抑えてチョクへと尋ねる。

 それでも声は込み上げる怒りのために震えてはいたが。


「えっと……姫から預かった財布と小切手も、鞄の中にしまっていたんッスけど……」

「………けど?」

「すいません……それも落としちゃったみたいッス」


 タハハと誤魔化すように笑いつつ、チョクは申し訳なさそうに答えた。

 スゥと青年の胸倉を掴んでいた手を放し、やにわにエリコは踵を返すと、傍らで呆然とその様子を眺めていたカッシーへ歩み寄る。


「……エ、エリコ王女?」


 なんだ突然? 何の用だ? なんだか嫌な予感がする――

 我儘少年はこちらへ歩いてくる彼女の名を恐る恐る呼びながら、思わず身じろいだ。

 

 俯き気味のため、彼女の顔の上半分は陰で見えない。

 だがその全身から滲み出るどす黒い『殺気』はひしひしと感じとれた。

 刹那――


 エリコはカッシーの前で歩みを止めると、予備動作なしで彼の腰に差してあったブロードソードをすらりと抜き取ったのだ。

 

「へっ?」


 あまりに突拍子もない出来事に、少年は一瞬思考が飛んでしまった。

 だがその一瞬はあまりにもでかかったのだ。

 我に返ったカッシーが、慌てて彼女を止めようするも時既に遅し。


「こんのハゲぇぇーっ!」


 エリコは一気に間合いを詰めて、天高く振り上げた剣をチョク目がけて振り下ろした。

 

「ひ、姫ッ!?」


 ぎょっとしながらレイピアを抜き放ち、チョクは、自分目がけて迫りくるブロードソードの刃を慌てて受け止める。

 涼しい剣戟の音色がホテルの前に鳴り響いた。


 傍らに立っていたボーイはその音に思わず身を竦ませたが、すぐに我に返ると目を皿のようにして突然斬り合いを始めた男女を凝視する。

 大通りを行き交っていた人々も何事だ? と歩みを止めて刃を交える二人へと視線を向けだした。


「なっ、何するッスか姫! どうか落ち着いて――」


 間違いない。今のは本気で斬りに来ていた。

 背筋に冷たいものを感じながら、チョクは涙目になりつつ叫んだ。

 しかしエリコは聞く耳持たぬといった様子で両手に持ったブロードソードの柄にさらに力を籠める。

 

「やかましい! アンタこの場で死んで詫びなさい! 骨は私が拾ってやるからっ!」

「じょじょ、冗談ッスよね? 冗談ッスよね?」


 大 マ ジ だ よ こ の ハ ゲ !――


 ギリギリと音を立てて押し迫る刃の向こう側で、爛々と紅い輝きを放ちつつ、エリコの瞳はそう語っていた。

 期せずして始まった『英雄』同士の真剣勝負。

 ただその理由は何とも情けないものではあったが。

 だがこれはまずい。

 周囲の視線を一斉に集め始めた二人の喧騒に、カッシーとこーへいは大慌ててで仲裁に入る。


 だがしかし。


「――って、うおおお!?」


 小柄なくせになんつー力だ。この人本当に王女様か?

 我儘少年とクマ少年がなんとか後ろから羽交い絞めにして制したものの、怒りに打ち震えるエリコはそんな二人を引き摺りながら、なおのこと逃げるチョクを追いかけようとしたのだ。

 やばい、このままでは殺人事件が起きてしまう――


「くっ、おまえらも見てないで手伝ってくれっ!」


 仕方なくカッシーは、あまりの出来事に硬直していた日笠さん達を向き直り、助けを求めた。


「まったくもう……」

「ドゥッフ、メンドクセー」


 やれやれと東山さんとかのーまで加わって、ようやく小柄なお騒がせ王女はその動きを止める。


「ちょっと放しなさいよアンタラァ! くぉらまてぇチョォォーク!」

「お、おい! エリコ王女やめろって!」

「おーい王女さんよ? やばくねー、もうこんくらいにしとけって」


 だが怒り収まらぬ彼女は、手に持つブロードソードをブンブンと振り回しながら、あらん限りの声で怒号をあげ続けていた。


「逃げるなそこのハゲメガネッ!」

「ハ、ハゲてませんて!ちょっと額が広がっただけで――」

「うっさい! アンタの髪全部剃ったうえで、打ち首にしてやろうか? お?」

「ひ、姫ーっ! それだけは平にご容赦をーっ!」


 とうとう彼女の周りには人だかりができ始める始末。 すいません、その人この国の王女様なんです。スイマセンスイマセン――様々な人種の人々が何やら異国の言葉を話しながら、物珍し気に剣を振り回しているエリコを眺めているのに気づき、日笠さんは恥ずかしそうに俯いた。

 

 と――


「コラーッ貴様等っ! 何を暴れているっ!?」

「ん?」

 

 大通りの向こう側から大きな声が聞こえて来て、なんだ?と、カッシーは振り返る。

 少年の目に映ったのは、鎖帷子に身を包んだいかつい男達が、手にした槍を構えながらこちらへと駆けてくる光景だった。


「まずいッス、パーカスの警備隊ッスよ!?」

「……へっ!?」


 さらに顔を青くしつつ、呟くようにそう言ったチョクを向き直りカッシーも顔色を変える。まあ無理もないだろう、白昼堂々刃物を持った女性が高級ホテルの前で暴れているのだ。

 話だけ聞けば危なさ満点の刃傷事件。通報されても仕方ない。

 と、チョクの言葉に気を取られ、思わず少年は手の力を抜いてしまったのがまずかった。

 その隙をお騒がせ王女は見逃さない。

 

「チョォォォクゥゥゥゥ!」

「ぶおっ!?」


 逃すか!と振り上げた彼女の右肘がもろに鼻面にめり込んで、カッシーは鼻血を吹き出しながらもんどりうって地へと倒れる。


「おーい、大丈夫かカッシー……っておうっ?!」


 と、派手に転倒した我儘少年を見て思わず手を放してしまったこーへいの右目にも、エリコの振り翳したブロードソードの石突きがやはりクリーンヒットし、後を追う様にしてクマ少年もズシーンと地に倒れた。

 

「か、柏木君、中井君、大丈夫!?」

「ふぐぐ……ダメだ委員長、手を離すな!」

「……あっ!」

「おーい、やばくね?」


 委員長まで手を離したら誰があの暴れ馬を――

 心配そうに駆け寄ってきた東山さんに、カッシーは鼻を抑えながら叫んだがもはや後の祭りであった。


「そこを動くなこのハゲメガネッ!」

「ひぃぃぃ、姫どうか慈悲を!」


 聞こえてきたチョクの悲鳴に、少年はぼたぼたと流れ落ちる鼻血をそのままにして、東山さんの背後を覗き込む。

 視界の先には人だかりを掻き分け、全力疾走で逃げる眼鏡の青年を、鬼のような形相で追いかけていくお騒がせ王女の姿が見えた。

 遅かった――カッシーはやれやれと溜息をつく。

 

「まあてええええ!」 

「ドゥッフ!? ちょ、ねえ待っテ! 止まってプリーズ!」

 

 一人必死に止めようと肩にしがみつくかのーを、まるでマフラーのように靡かせて、エリコの姿はあっという間に遠ざかっていった。

 取り残されたカッシー達ががっくりと肩を落としたのは言うまでもないだろう。

 だが彼等も悠長に呆れている余裕はなかったのである。

 

「動くなお前達! ちょっとついてきてもらおうか!」

 

 と、警備隊の声が聞こえてきて、少年少女は我に返る。

 振り返った先には案の定、間近に迫る警備隊の姿が見え、彼等はやばい――と、一斉に顔に縦線を描く。

 

「どどどどどどど、どうしよう?!」


 このままじゃ、とばっちりでお縄を頂戴する羽目になるのは火を見るよりも明らか……顔面蒼白になった日笠さんが、鼻を抑えた我儘少年を振り返り食い入るように尋ねた。


 どうしようも何も、やる事は一つしかない。

 補導されたとしても身元保証人などいないのだ。

 ならばそう、取るべき行動など決まっている。

 ここは――


「くそっ、逃げるぞ」


 言うが早いがぼたぼた垂れる鼻血をそのままに、カッシーはエリコとチョクの後を追う様にして走り出した。

 デスヨネー……諦めたように溜息をつき日笠さんも彼の後に続く。

 

「待てお前達! 止まれ!」

「わ、私達は何もしてないですってば!」

「おのれ、逃げるとは益々怪しい奴等めっ!」

「んー、だって止まったら捕まえる気満々だろ?」

「当たり前だ! いいから止まらんか!」

「冗談じゃないっつの! なんで俺達が追われなきゃ――」


 必死の形相で少年少女らは警備隊から逃げる。

 まったく、どうしてこうなるんだろう?――と、やり切れない想いを抱きながら。



 集まった人々は唖然としながら、警備隊の怒声がドップラー効果を残して聞こえなくなるまで、その騒々しい集団の姿を眺めていたのだった。

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