その4-2 ホルン村の救世主

 そしてさらに一時間が経過。

 それぞれお腹一杯になるまで堪能し終えると、この美味なる夕飯を作ってくれた料理愛好家へ忘れず「御馳走さま」とお礼を述べて、あとは各々休息をとるに至っていた。

 食欲が満たされ、旅の疲れが溜まった身体に焚き火の暖かさが染みてゆく。

 森の中は静謐に包まれている。時折聞こえてくるのは火の爆ぜるパチパチという音と、梟らしき鳥の鳴き声くらいだ。

 

「マジで? それじゃアンタ達、違う世界から来たって言うの?!」


 そんな中、エリコの驚きと興奮に満ちた声が森に木霊する。

 これまでの経緯を簡単ながら話し終えた日笠さんは、その通り――と、頷いてみせた。


「元の世界に戻るためには、逸れたみんなと合流しなきゃいけなくてですね――」

「なるほどね、それで仲間を捜して旅をしてるってワケ?」

「ですです」


 地理に疎いことも、見た事もなかった謎の激うま料理もそういうことか。半ば信じられない話だがこの子の言っていることと今まで自分が感じた疑問の辻褄はあう――

 少年少女を一瞥しながら、エリコ姫はなんとも言えない感嘆の声をあげていた。


「しかしまあ別の世界とは……興味深い話ッス『ニホン』でしたっけ?」


 傍らで話を聞いていたチョクも、驚きを隠さず顔に浮かべながらも、しかしこのような災難に巻き込まれた彼等に対して同情の眼差しを向けていた。


「そうです……あの信じてもらえないかもしれませんが、嘘は言ってません」

「別に信じないとは言ってないわ」

「それじゃあ……」


 嘘を言っていないのはこの子達の様子を見ればわかる。エリコはコクンと即答しながら頷いた。

 言っちゃ悪いが思ったことがわかりやすいくらいすぐ顔に出る子供達だ。『異世界から来ました』などという突拍子もない嘘をつけるわけがない。


「あ、ありがとうございますエリコ王女!」

「フフン、まっかしておきなさいよ! 私にかかれば残りのアンタ達の仲間全員、ちょちょいのちょいですぐに見つけてやるわ!」

「……タヨリニシテマス。ハハハ」


 正直なところ、ますます持って興味が沸いた。

 面白そうじゃない!――疑うどころかさらに期待の眼差しを投げかけてきたエリコに気づき、日笠さんは嫌な予感を増長させつつ思わず背筋を正す。


「それにさ、私は約束したでしょ? 必ず連れてくって――」


 一度交わした約束はどんな小さなものであれ、決して破らない。

 破天荒で自由気ままなお騒がせ王女だが、義理堅い女性なのである。それに親友にも言われたのだ、「彼等をよろしく頼む」と――


 エリコはカッシー達を安心させるように、いかにも彼女らしい強気な笑みを口元に浮かべてみせる。

 

「でも疑う訳ではないけれど、王女様のその情報って信用していいの?」


 閑話休題。

 マーヤから旅の餞別に貰ったワインをゆっくりと味わいながら焚き火に当たっていたなっちゃんは、前々から思っていたことをエリコに尋ねる。


 そもそも情報源ソースは?――

 それに彼女は何をもってその情報が自分達の仲間のものだと判断したのだろうか。

 はたしてその問いを受け、エリコはやや得意げに不敵な笑みを浮かべると先日彼等に見せた、数枚の新聞の切り抜きを再び取り出し、ヒラヒラと見せた。

 

「それってこの前ヴァイオリンで見せてた紙切れだろ?」

「そっ、新聞の切り抜き。世間じゃいまいち信頼の薄い三流記事ゴシップよ」


 運悪く馬車の車輪が外れてしまい、街道の宿屋でチョクが来るまでの間、彼女が暇つぶしに眺めていた新聞である。

 内容は非常に薄い所謂タブロイドに相当するものだ。


「ゴ、ゴシップって……」

「おーい、そんなの当てになるのかよ?」

「ノンノン、ゴシップだからいいのよ」

「どういうことだ?」

「言っちゃ悪いけど、アンタ達がさっき話したような内容、一体誰が信じると思うの?」


 途端に不安を募らせ、表情を曇らせたカッシー達へエリコは逆に問い返した。


 見た事もない奇妙な服装を着ており、そしてこれまた見た事もない楽器を持つ少年少女。しかも彼等が操る楽器は、魔法の如き奇跡を生み出す――

 そんな突拍子もない話を一般的な情報誌が取り上げるわけがないのだ。


「メジャーな新聞じゃそんなの取り扱わないのよ。情報を集めるならゴシップ専門で記事書いてる怪しい新聞のほうが確実なの」

「なるほど」


 言われてみればもっともだ。カッシーは納得したように頷く。

 かたやチョクは、こういったことに関しては本当に勘が働く方だ――と、別の意味で王女の動物的直感に感心していたが。


「ま、そういうワケよ。で、気になった記事を集めてみたんだけどね――」


 そう言ってエリコは切り抜きに改めて目を落としながら話を続ける。

 そしてその中の一枚を抜きとるとそれを日笠さんへ差し出した。

 日笠さんが恐る恐るといった感じでそれを受け取ると、一同も興味津々で彼女の後ろから切り抜きを覗き込む。

 

「なんだこりゃ……『ホルン村に救世主現る』?」 


 記事のタイトルを思わず口に出し、カッシーはさらに顔を近づけ記事を読み進めた。


「……数週間前から管国北部ホルン村付近で、アンデッドが大量発生。時期を同じくして身元不明の奇妙な服装の少年少女四名の目撃情報多数……あの、これってもしかして――」

「そ、おまけに全員が謎の器物を携帯していて、どういった経緯かはわからないけれど、村を襲ってきたアンデッドを見事撃退したって書いてある」


 どう? これってアンタ達の仲間のことじゃない?――記事の内容を読み終え顔を上げた少年少女に向け、エリコは得意げに人差し指を突きつける。


「謎の器物っていうのがもし『楽器』だとしたら――」

「ああ、うちらの仲間っぽいよな?」


 話を聞く限り、内容はどんぴしゃりだ。これはもしかするともしかするかもしれない。少年少女は嬉しそうにお互いを見合う。

 だが記事の内容でよくわからない文言があったのが気になった。それは――

 

「けどよー? なんだこのアンデッドってのは?」


 なんとなくどこかで聞いたことのある言葉ではあるが、あまり聞きなれない単語ではある。はたして、カッシーと同じ疑問をもったのであろうこーへいが、咥えて煙草をピコピコと揺らしながら尋ねた。

 チョクはそれを受け、眼鏡を押し上げるとその疑問への答え合わせを始める。


「アンデッドっていうのは、簡単に言えば化け物の一種ッス。不死の亡者ッスね」

「不死の亡者!?」

「そっ、ゾンビとかスケルトンとか、俗に言う『生ける屍』ってやつ」

「ゾ、ゾンビ?!」

「ドゥッフ、腐った死体キター!」


 なんか物騒な名前が飛び出してきた。いやいやそれよりも、今さらりと凄いこと言わなかった?!――日笠さんはチョクの言葉に付け加えるようにして口を開いたエリコの顔を青ざめながら覗き込む。

 

「あ、あの今ゾンビって言いましたよね!? そ、そんなもの本当にいるんですか?」

「いるわよ」


 と、あっさりお騒がせ王女が肯定したのを見て、日笠さんは開いた口をそのままに絶句する。だがそれは他の面々も一緒だった。


「何よその驚きよう……てかアンタ達の世界にはいないの?」

「いるわけねーだろ! いや、いてたまるか!」


 ゾンビやスケルトンなんて映画とかゲームの世界でしか見たことない。それが現実にいるだと? まあ郷に入っては郷に従え。ところ変われば品変わる……この世界で常識って言うなら納得せざるを得ないが、だがしかしゾンビ……ゾンビか……気味悪いな――カッシーは口をへの字に曲げて小さなうなり声をあげる。


「でも、なんでそんなものが突然大量発生したの?」

「それはわからない。けど、急いだ方がいいかもね」


 話を整理するように思案していたなっちゃんが尋ねると、エリコは肩を竦めながら首を振ってみせた。


「アンデッドは厄介ッスからね。奴等一度死んでるからとにかくタフで、倒しても倒しても起き上がってくるッスよ――」


 まさしくその名を冠する通りアンデッド不死の者

 十年前の旅で味わった、無限アンデッド地獄を思い出し、チョクが苦々しい表情を浮かべつつ答える。

 だがたとえゾンビでなかったとしても、現在進行形で化け物に襲われている村に仲間がいることになる。そう悠長に構えている時間はなさそうだ。


「なあ、こっからホルン村までってあとどれくらいなんだ?」

「この森を抜けないと何とも言えないっスが……そっスねえ……順当にいけば国境まで一日、国境を抜けて二日ってとこッスかね」


 ということは、順調に進めばあと二、三日ってところか――カッシーはよしと頷くと一同を振り返った。


「みんな無事だといいのだけど――」

「こればっかりは祈るしかないわね」


 切り抜きの日付から逆算すると、目撃情報は時期的に自分達がチェロ村に飛ばされた頃と同じと見ていいだろう。となると記事から既に数週間が経過していることになる。

 誰かはわからないがその部員達は大丈夫だろうか――

 心配そうに眉を顰めた日笠さんに、なっちゃんは唇の下へ指をつけつつコクンと頷く。


「できるだけ早く向かうしか手はないか」

「さっきも言ったスけど、明日朝一番で出発するつもりッス。道中もなるべく急ぎますので」

「ありがとうチョクさん」


 ぺこりと頭を下げたカッシーの表情はしかし険しかった。

 だがこれ以上今できることはなさそうだ。

 今後の方針を決め終え、途端襲ってきた疲労と眠気に誰ともなく、今日は早く寝ようということになり――

 かくして、手早く片づけを終えた一同は、各々床に就いたのであった。

 

 

♪♪♪♪



 深夜

 オーボエの森、場所不明―

 

「カシワギ殿」


 誰だろう――

 焚き火の傍らで毛布にくるまり寝息を立てていたカッシーは、自分を呼ぶ声に気づき目を開けた。

 もう朝か? 少年は二、三度瞬きすると上半身を起こし、声の主を捜す。

 と、すぐ傍に眼鏡青年の顔が見えてカッシーは首を傾げた。


「チョクさん? もう出発か?」


 だがチョクは剣呑な表情を崩さず、しずかに――と言いたげに口元へ人差し指を立てると、目で近くの茂みを示して見せる。

 やや寝ぐせのついた髪をガシガシと掻きながら、なんだろうとカッシーはその視線を辿った。そして、視界に映ったその違和感を分析しようと、未だ寝ぼけた頭をフル回転させる。

 何故だろう、茂みの奥の木々がガサガサと音を立てて動いている。

 ちょっと待て……これはひょっとして?――


 一気に眠気が吹っ飛んだ。少年は目を見開くと、反射的に朽ち木に立てかけておいたブロードソードを手繰り寄せる。

 

「何かいるようッス」


 健気にも自主的に見張りをしていたこの青年はそれが功を奏し、いち早くこの違和感に気づいたのだ。

 そして取り急ぎ、隣で寝息を立てていた少年を起こしたというわけである。


 茂みの奥から感じる気配は先刻よりも増えてきていた。時おり、焚火の光を反射して緑色に光る瞳がこちらを覗いているのがわかる。それも一つや二つではないようだ。

 加えて、森の中に木霊する雑多な動物の鳴き声に入り混じって聞こえ始めた、唸り声とも取れるこの低い音――


「こーへい、かのー、起きろ」


 女性陣は馬車の中で寝ている。このまま何事もなく済むなら中にいてもらった方が安全だろう。

 だが、こいつらは起こした方がよさそうだ。

 カッシーは傍で寝ていたこーへいとかのーの身体を乱暴に揺する。


「来たッス」


 チョクが警戒するように立ち上がり、腰に差していた細剣レイピアに手をかける。

 寝ぼけ眼でクマ少年とバカ少年がむくりと起き上がるのと、眼鏡の青年が強張った表情で敵襲を告げたのはほぼ同時だった。

 

 刹那、威嚇とも取れるはっきりとした唸り声が彼等に向けて放たれる。

 


 茂みを掻き分け姿を現したそれは――

 全身を見事な銀色の毛皮に包んだ狼の群れであった。

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