その3-2 迷いの森

弦国東部、テールピース草原地帯中央付近……から突入した東の森

  不  明 ―



 話はこの部の冒頭へと戻る。

 

「てかさー、アンタだって正直退屈してたんでしょ? ならよかったじゃーん、スリルが味わえて楽しかったんじゃない?」

「いらんわいこんなスリル! どーすんだよこれから? どう見てもこれ迷ってんじゃねーか!!」

「ならアンタが運転すればよかったのよ、グースカ寝てた癖にえらそーにさー」

「んだと!? じゃあやってやるっつの!」

「はいはいどーぞ、どうせ運転なんてしたことないクセに」

「だとしてもあんたよりはマシに運転できらぁ、この暴走特急王女!」

「あ゛あ゛!? 何ですって?!」


 だめだこりゃ―― 

 顔と顔がくっつくくらい近づいて、犬のように唸り合うカッシーとエリコを傍観していた日笠さんは、がっくりと肩を落とす。


 始まってかれこれ十五分。

 我儘少年とお騒がせ王女のこの不毛な口論はまだ終わりが見えない。

 

 最初はまあまあと仲裁に入っていたこーへいは、諦めて近くにあった朽木に腰かけ、我関せずを決め込み煙草を呑んでいたし、なっちゃんに至っては既にガン無視で、焚き火に当たりながら、出発前にヴァイオリンの城下町で買ったこの世界の純文学本を黙々と読んでいた。


「お待たせ」


 と、近くの茂みを掻き分けて、両腕一杯の枯れ木を抱えて姿を現した東山さんとかのーの姿に気づき、カッシーとエリコを除いた一同はおかえり、と出迎える。

 夜目が利くこの二人は、周囲の偵察がてら焚き火の燃料を調達に出ていたのだ。

 

「おつかれさま二人とも、どうだった?」

「道らしいものは発見できなかったわ。この周囲一帯森が広がっている感じね」

「そう……」


 焚き木の近くに枯れ木を下ろし、パンパンと手を払いながら東山さんは無念そうに眉間にシワを寄せる。

 予想はしていたが――と、残念そうに日笠さんは肩を落とした。


「ムヒョヒョー、でもいいもの見つけたディスヨー!」


 そんな日笠さんとは裏腹に、ツンツン髪の少年はご満悦といった感じでご機嫌な笑い声をあげる。


「いいもの? もしかして道でも見つけた?」

「ムフン、でっけークワガタ見つけタ!」

「今すぐ捨ててきなさいそんなもの!」


 ポケットからカサカサと肢を動かしもがいている、それはそれは立派なクワガタ(ぽい昆虫)を取り出したかのーに、日笠さんは脊髄反射でツッコんでいた。


「最低……まったく理解できない趣味……」

 虫が大嫌いななっちゃんは、一瞬にしてこーへいの影に逃げ隠れ、眉をひくつかせながらかのーを睨みつける。

 渋々ながらかのーが手放すと、クワガタっぽい虫はブイーンと羽音をあげて上空へ飛んでいった。 このバカに秒でも期待したのが誤りだった――やれやれと溜息をつき、日笠さんは再び焚き火の近くへと腰かける。 そして傍らで先刻から微動だにせず、唸り声をあげながら地図とにらめっこを続けていた眼鏡青年の様子を窺った。


「あの…チョクさん、何かわかりましたか?」


 地面に広げられた地図を後ろから覗き込むような形で少女は尋ねる。

「うーん、恐らくですけど、ここはオーボエの森の一画ッスね」

「オーボエの……森?」


 また楽器の名前が出てきた。まあもう今更驚くことでもないが――目をぱちくりさせながら日笠さんはチョクの言葉を復唱した。

 チョクは顔をあげると眼鏡を指で押し上げてコクンと一度頷いてみせる。


「弦菅両国をまたいで、大陸の南部に広がる大森林地帯ッス。別名『迷いの森』」

「ま、迷いの……!?」


 ふぅ、と弱々しい溜息をついて二、散歩よろめくと日笠さんは近くの朽ち木に思わず寄り掛かってしまった。

 こりゃやばい。名前からしてどんなところか容易に想像がつく森だ。話を聞いていた一同もその『別名』を聞き思わず顔に縦線を描く。

 

「マジで? ここオーボエの森なのっ? うわ、もうめんどくさーい! 何でそんな厄介な所来ちゃったのよ!」


 と、依然カッシーといがみ合っていたエリコが、聞こえてきたその地名に反応し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて振り返った。


 誰のせいだよ!?!―― そこにいた全員が、シンクロしたように一斉に心の中でツッコミを入れていたのは言うまでもない。


「い、一応聞きますけど……その『厄介』って?」

「場所によっては磁場がおかしくてコンパスが狂ってしまうんス」

「デスヨネー……」


 そうでありませんように――ワンチャン淡い期待を持って尋ねてみたが、やはり王道ともいえる方角狂わせの『迷いの森』だったようだ。

 なんだか血の気が引いてきた。そんな場所で迷子って相当まずいんじゃないだろうか。

 日笠さんは途方に暮れたように思わずトホホと呟いていた。


「それに危険な動物も多く生息してるっス。狼やクマに虎……あとドラゴンとか」

「そうですかドラゴン…………ド、ドラゴン?!」

「おーい、マジかー?」

「ちょっと待て……嘘だろ?!」


 ドラゴンっていったらあれだろ?

 でっかくて、火を噴いて、空飛んでて、大抵ラスボス近くの城付近にしか住んでない所謂化け物じゃねーか。

 勘弁してくれ。そんな生物までいるのかよ?――

 半ば自然消滅という形でエリコとの口論を中断し、カッシーは青ざめた表情でチョクに詰め寄る。

 

「まあ、ドラゴンと言ってもトカゲの一種ッスけどね。竜じゃないッスよ?」

「な、なんだ。びっくりさせんなっつのもう……」

「竜なんて実際にいるわけないッスよ。せいぜい十五オクターブくらいの大きさッス!」

「……オクターブ?」

「長さの単位よ。一オクターブがこれくらい」


 と、読んでいた本をパタンと閉じて、なっちゃんが自分の肩幅よりちょっと広めに両手を開いてカッシーに見せる。


「なっちゃん良く知ってるな」

「本で読んだのよ。でも十五って……ふざけてるわね」


 だが両手を開いてみせてから、微笑みの少女は気づいてしまったかのようにはっと目を見開き、やがて眉間を抑えて溜息をついた。

 そんな彼女の様子に気づかず、カッシーは頭の中で尺度を計算していく。

 大体一メートルくらいって思えばいいか? じゃあ十五オクターブってことは……


「ちょっと待て!」


 計算を終えたカッシーはチョクをガバッと振り返った。

 

「やっぱ化けモンじゃねーかそのトカゲ! ゾウよりでかいっつーの!」

「まあドラゴンの名を冠するくらいッスから」

「ちなみにその……何を食べるんですか?」

「肉食って聞いてるんで、そうっスね……馬とかシカとかヤギとか?」

「あの~……それじゃあ人間とかは?」

「多分いれば食べるんじゃないッスかね?」


 実際に見た事はないので、想像でしかないが――と、眼鏡を指で押し上げながらチョクは答える。

 冗談じゃない。どうしてこうなった。 チョクの言葉を聞いて日笠さんはさらに口元を引きつらせた。

 そんな巨大トカゲがいる森なんかに、何で自分達はいるのだろう――少年少女は恨めしそうな表情で、一斉に視線をお騒がせ王女へと向ける。


「な、なによ、私のせいだっていうの?!」

 

 どう見ても『100パー』、『絶対』、『確実』にあんたのせいだろ――

 彼等の目はそう語っていた。


「あーもうっ、そうです私が悪かったわよゴメンゴメンゴメン! だからそんな目で見ないでってば。でもね、こっちが近道なのは確かなんだからっ!」


 流石に悪いと思ったのだろう。エリコは居直るように声を荒げたが、ややもってバツが悪そうにそっぽを向いたのだった。


「まあ確かに国境を通るよりかは、この森を抜けた方が近いんスけどね」


 と、チョクがフォローするように口添えして苦笑を浮かべる。


「そうなんですか?」

「街道はこの森を迂回するように北側に敷かれてるんッスよ。だから直線距離だけなら森を抜けたほうが早いッス」


 直線距離だけならッスけどね――

 十年前の冒険の事を思い出しながら、チョクは横目でちらりとエリコを見た。一度だけであるがこの森を抜けた経験があるのだ。

 たしかあの時は国境を通る事ができない事態に陥ったため、止むを得ずこの森を抜け管国から弦国へと向かったのだった。

 ただその時は『森の守り神』と呼ばれる動物の案内があったから、問題なく抜ける事ができていたのだが。


「まあともかく、幸いにも森の深部までは到達していないようなので、うまくいけば抜け出せそうッス」

「ほ、本当か?」

「ええ。まだコンパスも効くみたいだし」


 地図の上でしっかりと南北を指しているコンパスを確認した後、案ずるなかれとチョクはにこりと笑ってみせた。

 よかった。ならば何とかなりそうだ。一同はホッと安堵の表情を浮かべる。


「今日はもう日が暮れてしまったし、夜に移動するのは危険ッス。明日の朝一番で移動開始ってことでどうっスか? 」


 何もない平坦な街道でさえ夜の移動は危険が伴う。

 ましてやここは『迷いの森』。無理して強行移動したら、さらに道に迷ってしまう可能性もあるのだ。

 本音を言えばさっさとこんな物騒な森からは抜け出したいが、致し方がない――

 異論はもちろんなく、一同は素直にチョクの提案に賛同したのだった。


 たった一名を除いて。


「えー野宿?!」

「姫……我慢してくださいっス」

「やだっ、フカフカのベッドがいい!」


 だから誰のせいだと思ってるんだっつーの――ついさっき自分のせいだと認めた事をすっかり忘れ、早速ごね出したエリコを見てカッシーは溜息をつく。

 まあいい。彼女は放っておいて野営の準備だ。

 よし、と気合を入れなおすとカッシーは皆を振り返った。

 

「じゃあ、どしよっか?」 

「んー、じゃ俺メシ作るわー、ちょっと作ってみたい料理あるからさ?」

「中井君、私も試してみたいレシピがあるんだけど、一緒にいい?」

「おーいいねえ委員長」

 

 と、腕まくりをしてにんまり笑うこーへいに、強気な笑みを浮かべる東山さん。

 

「私も手伝う。恵美、こーへい指示ちょうだい」

「ありがとう、助かるわなっちゃん」

「ドゥッフ、じゃメシできるまでムシ獲ってくるディス」

「やめろっつのおまえはっ!」


 と、平常運転のカッシーとかのーのお決まりのいざこざはさておき。

 かくして、目的が決まれば行動は早いお馴染みの六人は、気持ちを切り替え早速準備に取り掛かる。


 だがこの時、彼らは気づいていなかった。

 まだ彼等が引き寄せる災難トラブルは終わってなどいなかったことに――

 

 

 迷いの森での『長い夜』が幕を開けようとしていた。

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