第二章 ここはどこ? 私は森!

その3-1 ショートカット

 と、いうことで――

 エリコ王女の情報を頼りに、私達は新たな旅の目的地『管国ホルン村』を目指し、ヴァイオリンを後にしたのであります。


 懸念していた初めての長旅でしたが、道中はとても快適でした。

 馬車って窮屈なイメージがあったのですが、流石は王室御用達の高級馬車。

 全然そんなことはなく、チョクさんの運転も早すぎず遅すぎずで乗り物酔いなどを起こすこともなかったし、夜も野宿することなく街道沿いにある宿屋で一泊する事ができていたのです。

 それもこれも、チョクさんが事前に行程を調べて、無理ない運転をしてくれていたからなのですが。


 チョクさん、どうも私達が長旅が初めてということを知って、色々と気を遣ってくれていたみたいですね。

 本当に気配りができて優しい人だなあって、尊敬しちゃいました。

 流石はあのエリコ王女のお付きを長年やっていただけありますよね。

 とまあそんなわけで、特に目立った問題も起きず、馬車は意外にも順調にホルン村を目指して進んでいたのです。


 え? じゃあなんで森の中にいたのかって?

 いやその……本当に順調だったんですよ? 快適な旅だったんですよ?


 ええ……ついさっきまでは――


 はあ、ほんと油断してたというか……今回は大丈夫そう! とか思ったのが悪かったのでしょうか。

 やっぱり私達、冗談抜きで『トラブルの神様』(会長談)とかいうのに憑りつかれてるんですかね?


 それはヴァイオリンを出発して三日目の昼でした。

 トラブル人災は、突然降って湧いてきたのです――

 


♪♪♪♪



弦国東部、テールピース草原地帯中央付近――


 ヴァイオリンをやや北上し、途中で東西に伸びる『クレシェンド第十三街道』に入ると馬車は進路を東へと変え――

 弦国東一帯に広がるそれはそれは雄大な草原地帯に足を踏み入れたら、あとは国境まで、ただひたすらに東へ東へと、真っすぐの日々だった。


 馬車は今日も代り映えのない大草原の真ん中を、四頭の白馬に引かれてカッポカッポと蹄の音を響かせ東進する。

 草原地帯に入ってすぐの頃はその雄大な景色にカッシー達も幾度となく感嘆の声をもらしていた。

 だが三日もその景色ばかりが続けば流石に飽きてくる。


 つい先ほど昼食を終えたせいも相まって、その時少年少女はソファーで寛ぎながらついうとうと、午後の惰眠を貪ろうとしていたのだ。

 だがしかし。

 

  

 ガタン!――

 と、不意に訪れた下から突き上げるような振動により、船を漕いでいたカッシーは何事かと目を覚ます。

 

「……なんだ?」


 周囲の様子を窺うようにしてソファーから身を乗り出し、少年はキョロキョロと馬車の中を見回した。

 同じく居眠りをしていた日笠さんも、眠そうに目を擦りながら身を起こし少年に向かって首を傾げる。

 今のは何?――と。

 

 日笠さんのその視線を受け、カッシーは口をへの字に曲げつつ無言で首を振ってみせた。

 だが様子がおかしいのは確かだ。聞こえてくる蹄音の間隔が今までより段違いに早い。

 まだ速度が上がっているようでもあった。

 窓の外に見える見飽きた景色も、先刻より早く過ぎ去っていくのが感じ取れる。


「おーい、なんだぁ一体?」


 いびきをかいて眠っていたこーへいもようやく目を覚まし、ぼりぼりと脇腹を掻きながら起き上がる。

 東山さんは既に起きていたようだ。彼女は即座に気づいたようで、眉間にシワを寄せながら馬車の様子に神経を集中していた。


 と――


 ドン! と一際大きな音と共に今度は間違いなく馬車が浮いた。

 確かに浮いた。ほんの一瞬ではあったが。

 たまらず悲鳴をあげて、カッシー達はソファーにしがみつく。

 

「にゃむ?!」


 時を同じくして馬車の後部から、床に落ちたドスンという音と共に、寝ぼけ気味の可愛い悲鳴が聞こえてきた。

 刹那、日の光が遮られ急に馬車ないが暗くなる。まるで夕刻のようにだ。


「いったぁ~い……もう、なによ突然……」


 と、したたかに打ち付けた頭をさすりながら目を覚ましたなっちゃんを余所目に、カッシーは慌てて立ち上がると窓へと歩み寄った。

 そして視界に映った外の景色の変貌ぶりに、思わず息を呑む。


「……なんだこりゃ?」


 後ろへ飛ぶように消えていく景色を目の当たりにし、少年は感じたままを言葉にした。

 そこには、ついさっきまで広がっていた大草原の姿はなく、鬱蒼と茂る背の高い樹々がまるで柱のように聳えていたのだ。


「ドゥッフ、ヤバいディスよコレー!」

 

 時を同じくして、屋根の上で昼寝をしていたかのーが、血相を変えて窓から中に飛び込んでくる。

 バカ少年の身体は葉っぱだらけのスリ傷だらけで、自慢のスパイキーヘアーには生け花のように枝が突き刺さっていた。

 

「かのー、どうしたのその恰好?」

「なんかネー、目が覚めたらモリの中なんディスけど?」

「も、森……?」

「おーい、どうなってんだこりゃ?」


 かのーに言われて日笠さんとこーへいも慌てて窓に近づき外の様子を確認すると、なんじゃこりゃ――と言わんばかりに顔に縦線を描く。


「道を……逸れてる?」


 一体何が起こっているのか?――

 ますます振動が激しくなってきた馬車内を不安げに一瞥しながら、カッシーは唸っる。そして足早に御者席につながるスライド式の小窓に歩み寄るとそれを開けた。


 馬の駆る音が途端に大きくなる。

 吹き込んでくる風をそのままに、少年はそこにいるはずの眼鏡の青年を覗き込む。

 だがしかし。

 

「おい、チョクさんどうした? 何が起こって――」


 覗き込んで早々に少年は自分の目を疑った。

 その場にいるはずだったの眼鏡青年の姿は、メガネの「メ」の字ほども見えなかったのだ。

 代わりに見えたのは、紅い外套を靡かせ、ご機嫌で手綱を振るう『お騒がせ王女』の姿――


 訳が分からず、カッシーは酸欠の金魚の如く口をパクパクしながら固まってしまう。

 

「エ、エ、エリコ王女?!」

「あら、おはよー目が覚めた?」

「ちょっと待てボケッ! なんであんたが運転してんだよ? チョクさんはどこだっつの!?」

「……ファッ!? は、はいッス姫! 呼んだっスか?!」


 と、我儘少年の半ギレの声に反応し、聞こえてきた寝ぼけ声は意外にも少年の背後からであった。

 は? 何で後ろから?――

 カッシーだけでなく皆一斉に振り返り、そこにいたチョクを見て目を点にする。


 彼等の視線が集うその先で、チョクは漫画のように「3」の形となっている寝ぼけ眼を擦りなら、寝袋ごと上半身を跳ね起こしていた。

 

「チョ……チョクさん? な、なんでそこに?」

「いや、姫が運転を代わってくれるっていうので、ちょっと仮眠を――」


 どうかしたッスか皆さん?――

 未だ状況が把握できていないチョクはじゅるりと涎を拭い、頭を掻きながら首を傾げる。

 つい一時間ほど前のことだった。

 チョク、アンタ連続運転で疲れてるでしょ? 代わってあげるから少し休んだら?――

 そう言って妙に優しい微笑みと共に話しかけてきたエリコを、彼は疑うべきだった。

 

 だが四日に渡る馬車の運転。ついでに言うと赤紙を受け取ってパーカスを飛び出してから、ろくに休みも取らず御者を務めて来ていたこの青年は、流石に疲労が溜まって、うとうとしかけていたのも事実であった。

 そんな判断力が鈍っていたところに投げかけられた、『お騒がせ王女』の普段は見せない部下を気遣う優しい言葉。

 ちょっとうるっときてしまったのも致し方ないだろう。


 真っすぐな道だ。本当に真っすぐな道だったのだ。

 だから流石の彼女だって普通に運転すれば問題は起きないだろう――

 そう思ったからこそ、彼女の言葉に甘えて運転を代わってもらっていたのである。

 

 甘かった。

 などするわけがないと思うべきだった。


 だが彼の最も致命的な判断ミスは――

 よっしゃ任しときなさい!アンタはアンタはゆっくり寝てていいわよ。きっと起きる頃には国境に着いてるから!――そう言ってキラキラと、いやギラギラと輝いていたエリコの瞳から、彼女の真意に気付くことができなかったことだろう。


 そう、単に彼女は暇つぶしがしたかっただけだったということに。


 その結果がこのありさまである。

 ドスン!――と、馬車が再び大きく跳ね、ようやくその事の異様さに気づくと、チョクは胸元にしまっていた眼鏡を掛けた。そして何事かと前方を見やる。

 

「ひ、ひひひひ姫ぇ!?」


 途端に一気に目が覚めた彼は、顔面蒼白になりながら飛ぶようにしてカッシーの傍らにやってくると、御者席に続く小窓にしがみつきエリコを覗き込む。


「なんだチョク、アンタもう起きたの?」

「ええもう、姫のお陰でもう眠気バッチリ覚めたっス! それより一体何をしてらっしゃるので!?」

「見りゃわかんでしょー近道よ、近道」

「近道って……これどう見ても森の中でしょ! これのどこが近道ッスか?!」

「真っすぐばっかで飽きた。つまんない」

「つまんない――じゃありませんって! 今すぐ馬車を止めてください! 俺に代わってくれっス!」


 一直線だったあの街道を。

 子供だって多分運転できそうなあの真っ直ぐな道をだ。

 一体どうやったらこうも見事に外れることができるのか?!

 チョクは涙目になりながら、懇願するようにエリコに向かって叫んだ。


 だがエリコはちらりとチョクを振り返った後、極めて心外であると言いたげに、口を尖らせぷいっと顔を逸らす。


「やだ」

「はぁ!?」

「私の勘が囁いたのよ! この森を突き抜ければショートカットになるって!」

「いやいやエリコ王女、絶対にこれ、道逸れてますってっ! 戻りましょ? ね? ね?」


 開いた口が塞がらないチョクに代わって、日笠さんがまるで駄々をこねる子供をあやすようにエリコを諫める。

 もはや馬車内はガッタンゴットンと凄い揺れだ。地面は相当の悪路なのだろう。

 まあ考えてみれば道でもないただの森の中なのだから当たり前である。

 

「いい加減にしろボケッ! いいから早くチョクさんに代われって!」


 たまりかねて、カッシーは窓から手を伸ばしエリコから手綱を奪い取ろうとした。

 だがお騒がせ王女は、ケラケラとご機嫌で笑いながらカッシーの手をひょいっと避けると、返す手綱で馬の背を叩く。


 嘶きをあげて、白馬はさらに走る速度をあげた。

 

 途端に馬車は地震と見紛う程上下左右に激しく揺れ始める。

 悪路をこのスピードで走られては馬車の中にいる者はたまらない。

 カッシー達は転倒しそうになり、大慌てで近くの物にしがみつく。


「きゃあっ!」

「ひ、姫ぇぇーーっ!?」

「いいからいいから! 私に任せておきなさいって、アンタだって早く着いた方がいいでしょカッシー?」

「ならせめて道を走ってくれっ! 森から出ろっ!」

「いーやーだ! 森を突っ切った方が絶対早い! そーれもういっちょ!」

「お、おいっ!? やめ――」


 パシン!

 少年の制止の声も空しく、乾いた手綱の音が響き、馬車はさらに速度を増す。


「うおお!」

「ひゃ!?」

「ドゥッフ?!」

 

 刹那、カッシー達は洗濯機の中の洗い物の如く、宙を舞い、跳ねて、そして転がりまわる羽目になった。

 

 しばらくの間、鬱蒼と生い茂る森の中に、少年少女の恐怖に満ちた絶叫が木霊していた。



♪♪♪♪



 と、まあこういうわけでして……。

 降って沸いたお騒がせ王女の人災的大冒険(?)によって、私達を乗せた馬車は道を逸れ森の中へ突入。

 あろうことかエリコ王女はその後も完全に勘だけで馬車を走らせたのです。しかも全力で……。

 

 もちろん結果はおわかりですよね。

 

 馬が全力疾走に耐えきれずばててしまい、馬車が緩やかに停止した頃には、右も左もわからない森の奥深くにまでやってきてしまっていたのでした。


 おまけに日も暮れかかり、あたりはどんどん闇に包まれていく逢魔が時……。

 とどのつまり『遭難』した私達は、鬱蒼と茂る森の中途方に暮れるしかなかったのです。

 はあ、私達ってなんでこんなについてないんだろ……。


 そして時は戻り、今に至る――というわけであります。

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