その2-1 あーもうわかったッスよ!
「ダメダメダメ! 絶対ダメッスよ姫!」
部員の情報を渡す代わりに、私も一緒に行く――
そう言い放ったエリコに対し、真っ先に大反対したのは他でもない。
彼女の元教育係だった、眼鏡の青年であった。
この人は何を言い出すのか!!――
止める間もなく突拍子もない提案を切り出したエリコに対し、チョクはブンブンと首と手を同時に振りながら、顔がくっ付くくらい彼女へ詰め寄る。
だがそんな制止もなんのその。
エリコは詰め寄って来たチョクに逆に自ら顔を近づけ、不満気に口を尖らせた。
「なんでよ? いいじゃない別に」
「ダメに決まってるでしょう、姫は自分のお立場をなんと心得ているんです?」
『ちょっとお忍びでバカンス』までなら、長年の付き合いもあるし目を瞑ってはいたが、仲間捜しに同行するとなれば話は別だ。
一国の第一王女が、しかもそろそろ次期女王に就任するとの噂もある立場の彼女が、今までと同じ気持ちであちらこちらをブラブラされては困るのだ。
ましてや、この『お騒がせ王女』は、ただでさえその放浪癖から評判もあまりよろしくない。神出鬼没で管国各地に現れては、行く先々でトラブルを巻き起こし、新聞のトップを飾ること多数(しかも悪い方で)。
彼女の評判をこれ以上落とすような行動はできる限り避けなくてはならないのだ。
「トランペットの第一王女ですが何かぁ?」
「わかっておられるならいい加減勝手に城を抜け出して、自由気ままに放浪するのは控えて下さい。少しはマーヤ女王を見習ったらいかがッスか?」
「え? あーその……アハハ」
自分も本音はどちらかというとエリコに近いのだが――と、マーヤは苦笑するしかなかった。
だが『今を生きる』がモットーのこの天衣無縫な女性には、真の忠臣である眼鏡青年の諫言など鬱陶しいだけのようで、彼女はますます不満げに眉根を寄せる始末だった。
「アンタに言われなくても、十分自覚してるわよそんなこと」
「だったら――」
「でも困ってる民を助けるのは、上に立つ王族としての立派な務めでしょ? 仲間と逸れて困ってるこの子達を助けるために力を貸すことのどこがいけないの?」
「うっ……そ、それは」
と、心配そうに様子を窺っていた少年少女らをズビシィ!――と指さし反論したエリコに対し、チョクは言葉を詰まらせる。
ただ当の少年少女達はどうにも胡散臭いその口上に懐疑的な眼差しをエリコへ向けていたが。
「どうなんですかー? 答えてくださいよチョクさーん、私の考えは間違ってますかねー?」
「い、いや、とても……り、立派なお考えッス」
あれ、何だかおかしいぞ?――とてもとても納得いかない感情に包まれながらも、押しに弱いチョクはしどろもどろで肯定してみせる。
途端エリコはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、押し黙ったチョクの顔をさらに覗き込んだ。
「じゃあ、い・い・わ・よ・ね・?」
「し、しかし何も姫自ら行かなくともいいでしょう? そう言った事は別の者に――」
「今から代理頼んだら、管国まで何日かかると思ってんのよ? 時間がかかりすぎでしょ」
「――ですが、何が起こるかもわかりませんし……どのような危険があるかもわからないッス」
「はー? 私の実力はアンタも知ってるでしょ。一緒に旅したんだしさ」
「……いや、ま、まあそうなんスけど」
彼女もマーヤ達と並んで『英雄』と称される人物である。
さらに放浪癖のあるエリコは、大抵の修羅場は潜ってきていたし、旅の経験も豊富なのだ。
本当にこの人王女様か? 実は冒険者なんじゃないか?――と、思うほど彼女は旅慣れしているし、腕っぷしも強い。
そんじょそこらの一兵卒では相手にならない程の実力も兼ね備えているのは長年付き添ってきた彼が一番よく知っていた。
ああまずい、これは完全論破される一歩手前だ。
自分も宰相補佐として経験を重ね、交渉術もそれなりに身に着けてきたのだが、なぜこうも目の前の女性を相手にすると口が回らなくなるのか――
それが長年に渡るエリコの不条理な要求による、体に染みついてしまったトラウマのせいであることに気づかず、チョクは悔しそうに歯噛みする。
「んじゃーいいでしょーかねえチョクさーん? アンタの言ってること、全クリなんですがー?」
「ま、待ってくださいッス! 万が一、姫の身に何かあってからでは遅いんッスよ?ここはどうか深慮いただきたく!」
お、今回は意外と頑張るわねコイツ――
と、尚も食い下がるチョクに感心するように、エリコは片眉を吊り上げる。
だが口が達者で強気なこのお騒がせ王女に、優しくて気が弱い性格の彼が到底適うわけがないのだ。
もうひと押しと言わんばかりに、彼女はわざとらしく深い溜息をつくと、さらに話を続ける。
「あっそ。わかった、もういいわ」
「姫! わかってくれましたか!」
「じゃあ、アンタも付いてくればいいじゃん」
「……へ?」
予想外の言葉がエリコの口から飛び出してきて、チョクは丸眼鏡を曇らせた。
「お、俺もッスか?」
「そ、私が心配なんでしょ? じゃあアンタも来なさい」
勿論『嫌』とは言わないわよねえ、チョクさん?――
そんな青年を揶揄うかのように、何とも無邪気な笑みを口元に浮かべエリコは首を傾げていた。
ややもって金縛りが解けたかのように我に返ると、チョクは大慌ててかぶりを振ってみせる。
「む、無理っすよ姫! 俺には仕事が――」
今回は『赤紙』のためにやむなくエリコに付き従ってきたが、宰相補佐である彼の仕事は関税交渉だけではない。
その名通り補佐として、交通網の整備と維持、治安の強化、国家予算の割り振り補助etc。やる事は手が足りないくらい山積みなのだ。
だがチョクは任されたこの政務に穴を空けることなく、持ち前の誠実さと几帳面な性格でそつなくこなしていた。
故に女王以下、臣下からの信頼も厚く、宰相に就任する日も近いと噂される程の評価を得ていたのだ。
元々は農民出の教育係であったのだから、本当に大出世といえよう。
つまりだ。
彼にとって今はさらなる出世がかかった重要な時期なのである。
そんな中、エリコの気まぐれに付き合って政務に支障をきたすわけにはいかないのだ。
だがそんな眼鏡の青年の事情など知ったことではない『お騒がせ王女』は、自分の申し出を断ったチョクをジトリと睨みつけた。
「何よチョク、アンタ私のお願いが聞けないっての?」
「お互い昔と置かれてる立場が違うんッスよ。どうかご理解ください姫」
「あっそう、じゃあ私一人で行くからいいわ」
「はっ?! いやそれはダメですってば! さっき言ったでしょう!?」
「じゃあ、アンタが一緒に行くってことでいいわよね?」
「……いやいやいや、だからああああああああ!!」
話が振り出しに戻ってしまった事に気付き、チョクはやや減ってきていた毛髪を掻き毟って叫んだ。
以下、無限ループに陥りそうな、何とも不毛な押し問答が二人の間で繰り広げられたのは言うまでもないだろう。
なんかこの二人、仲が良いのか悪いのかわかんない。
ただ一つ言えるのは、この誠実で本当に本当にお人好しな眼鏡の好青年が、哀れでならないという事だが――
泣き叫びながら必死に説得を試みるチョクと、そんな彼を面白がって揶揄い手玉に取るエリコを、カッシー達は呆れながら眺めていた。
そんなこんなで十分後――
「あーもうわかったッスよ! 俺もいくッス! いけば良いんでしょぉぉぉぉー!」
そこにはがっくりと膝をつき、ぽたぽたと大粒の涙を大理石の床にこぼすチョクの姿があった。
まあ、そうなるよね――周囲でその様子を見ていた一同の予想通りというか、不毛な押し問答はエリコの強引さに、チョクが根負けする形で決着がついたのだ。
「最初からそう言えばいいのよ。アンタが私に口で勝とうなんて百年早いっつの」
「うおお……俺は、俺は一生姫に勝てないのかあぁぁー!」
「ミヤノ宰相補佐……心中お察し致しますが、どうか落ち着かれてください。皆が見ております故……」
滝のように涙してオイオイと泣きじゃくるチョクを、腰に手を当てて鬱陶しそうに見下ろしながら、エリコはやれやれと溜息をついた。
そして、見かねたイシダ宰相がハンカチを片手に、ぽんとチョクの肩を叩くのを余所目に、エリコはそそくさとカッシー達を振り返る。
「ま、そういうわけでチョクも同行するわ。それが交換条件ってことで……いいでしょ?」
「うーん……」
本当にこの人同行させて大丈夫だろうか。どう控えめに見ても単なる暇つぶしについて来ようとしているのがありありとわかる。
会ってまだそれほど経っていないにもかかわらず、 なんとなく彼女の性格がわかってきていたカッシー達は、遠慮がちにお互いを見合う。
とはいえ、背に腹は代えられぬ状況なのも確かだ。
サヤマ邸を無事脱出してから授与式までの間も時間を無駄にせず、城下町を回って聞き込みを続けていたのだが、残念ながら収穫はゼロに終わっていた。
浪川とは無事再会できたものの、今の処それ以外の部員の有力な情報は掴めていないのだ。
となれば、今は彼女の情報が唯一の情報源――
「仕方ない……よね?」
「他に有力な手がかりも今はないしなみんなもそれでいいか?」
「異論なし、今は彼女の提案にのるのが得策だわ」
「変動常無し、敵に因って転化す……とりあえず行ってみましょ?」
「んー、まあなんとかなんじゃね?」
「ムフ、イイヨー今度はどこ行くディスかー?」
選択肢はなさそうだと、日笠さんの一声に残りの五人は諦めた表情で賛同する。
そして――
「その条件で結構です。よろしくお願いします」
「じゃ、決まりってことで。よろしくね小英雄さん達♪」
ややもって日笠さんが代表で返事をすると、エリコ姫はしてやったりと満面の笑みを浮かべてみせた。
「んー、でもよ?チョクさんは本当にいいのか?」
「そこのメガネまだガン泣きしてるディスよ?」
「あーいいのいいの。いつものことだからほっといて」
『ああ、そう……』
というわけで。
思いがけず次なる目的地が決まり、急ではあるが六人は新たな部員捜しの旅に出発することになったのだった。
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