その1-2 同行させてもらうわ

「なあ、もしかして、その噂ってもう管国まで広まってるのか?」

「まさか、マーヤの手紙で知ったのよ」


 と、エリコは先ほどちらりとサクライに見せていた弦国からの書状を取り出してカッシーに見せる。

 噂は広まるのが早いといわれるものの流石にまだ管国までは行き届いていないようだ。そして広まった頃には、きっととんでもなく大袈裟な尾ひれがついてるのだろうが。

 ともあれ、ほっとしたような、けれどなっちゃんが言っていたことを思い出せば、残念であるような――複雑な表情を浮かべ、カッシーはなるほど、と頷いていた。


「で、アンタ達を一目見ようと思ってさ、はるばるヴァイオリンまで来たってワケ」

「にしては随分とお早い到着じゃないか?」

「そうね、私が手紙を送ったのは一週間前なんだけど」


 弦国首都ヴァイオリンと、菅国首都トランペットはオラトリオ大陸の西と東の端といってもよい程の距離がある。

 エリコへ宛てた手紙は管国独自の高速通信手段である『鷹便』を利用させてもらっていたが、それにしたって僅か一週間でここまでやってくるなんて、いくらなんでも早すぎではないだろうか。

 一体どんな方法を使ったのか?――と、サクライの言葉に続けて、マーヤも興味津々でエリコに問いかけていた。

 二人の疑問を受け、エリコはと得意げに指をチッチッと横に振る。


「ま、なんてーの?私の第六感が囁いたって感じかな。『弦国で面白い事が起こってる』って。だからマーヤから手紙が届くよりも前にこの近くまで来てたのよね」

「おー! 流石エリコ! 凄い!」

「でしょー?」

「うんうん……で、本当は?」


 端からそんな妄言信じているわけがないマーヤは棒読みでさらりと流したのち、作り笑顔のままエリコに詰め寄っていた。


「何よ疑うの? ホントだってば!」

「――姫は暇つぶしと避暑を兼ねて国境近くまで遊びに来てたんッス。それで女王からの手紙を早く受け取っただk……ぶっ?!」


 と、ぼそりと呟いたチョクの顔面に一瞬のうちにエリコの裏拳がヒットして、彼は仰け反る。

 余計な事いうんじゃねえ――

 鼻を抑えて蹲る青年に向けて、エリコはまるでレディースの如きガンを飛ばしながら、チッと舌打ちした。

 そして苦笑するマーヤと唖然とするカッシー達を余所目に、彼女は何事もなかったように話を続ける。


「あーそのね……王女として国の情勢を常に把握するのは当然でしょ? だから見聞を広めるために、ちょっと旅して回ってたワケよ」

「へぇーそーですかぁー」

「まったく……君はまだ城を抜け出して遊んで回っているのか?」


 それ、兄さんが言うの?

 自分の行動を棚に上げて呆れたように呟いたサクライは、ジト目をマーヤに向けられて藪蛇だったと視線を逸らした。

 だがこの二人では所謂『お忍び』の際の行動範囲に雲泥の差があった。

 サクライも確かに城を抜け出すが決して遠出はしない。以前マーヤも言っていたがその日の内には必ず城に戻ってくる。

 しかしエリコは一度城を抜け出したらしばらくは戻らないのだ。時には一月、長ければ半年もトランペットから姿を消すことがある。放浪癖といってもいいだろう。


 今回に関してもその実チョクがぼやいた通りで、彼女は無断で城を抜け出して弦国東部にある王室御用達の別荘まで足を延ばしていたのであった。


 そこにおあつらえ向きにマーヤから鷹便が届いたわけだ。

 最初の内は懐かしい思い出に浸りながら親友からの手紙に目を通していたエリコであったが、読み進めるうちに彼女の顔はみるみるうちに上気し、次第に興奮した笑みを浮かべていた。

 

 『仲間を捜して旅する少年少女』

 『見た事もない楽器を操る者達』

 『チェロ村の小英雄』――


 手紙に記されていた、ものの見事に彼女のツボをつく言葉のオンパレード。

 こうしちゃいられない!――と、『管国一のお騒がせ王女』は即座に別荘を飛び出し、一路ヴァイオリンへと馬車を走らせたのである。

 そして今に至るというわけだ。


「しかし大した行動力だな君は。まったく感服するよ」


 呆れたようにサクライは苦笑する。

 思い立ったら即行動。一国の王女より冒険家の方がよっぽど向いているのではないだろうか。

 だが、話を聞いていたマーヤは辻褄が合わないと言いたげにチョクを向き直っていた。

 

「でもチョク君まで何故ここに? 貴方も付き添いで来ていたの?」


 10年前、この青年はエリコ付きの教育兼お目付け役として、常に彼女に付き添って旅をしていた。

 だが戦争終結後、彼はその任を解かれ、政務に関わる仕事に異動となっていたはずだ。

 今や大出世をして宰相補佐という立場である。未だお目付け役として彼女に付きっ切りというのは考えづらいが――

 はたして、マーヤのその疑問を受けたチョクは何とも言えない苦々しい表情を浮かべ、ちらりとエリコを見た後に眼鏡を押し上げた。


「あーその……騙されたっていうか」

「騙された?」

「人聞き悪い事言わないでよチョク、いつ私が騙したっていうのよ?」


 心外だと言いたそうにジロリと睨みつけてきたエリコに対しチョクは一瞬怯んだが、それでも負けじと彼女の視線を受け止めてジトリと睨み返す。


「だってエマージェンシーコール赤紙使ったでしょ姫?」

「赤紙?」

「王族だけが使用できる、緊急事態を知らせるための訓練をされた特別な鷹がいるっス」


 納得いかない顔のまま、チョクはマーヤの疑問に答えた。

 その鷹が届けた紅い手紙を受け取った者は、いついかなる状況にあろうとも、手紙の指示を最優先とし直ちに行動すること――

 王族の緊急事態の際に使用されるその鷹便は、紅い便箋を連絡手段として用いることから『赤紙』と呼ばれていた。

 

 その手紙がつい数日前、なんとチョクの下に届いたのだ。差出人はもちろんエリコ。

 彼が吃驚したのは言うまでもない。


 その頃、この若き宰相補佐は、管国女王の命により諸外国との貿易関税交渉を行うため、大陸中央に位置する港町パーカスに滞在していたのだ。

 当然チョクは葛藤した。

 交渉は彼の巧みな話術と、持ち前の才覚により、菅国側有利な条件でまとまるあと一歩というところまで行きかけていたのだ。

 

 政治の世界へ足を踏み入れて早数年。

 彼も多忙となりあまり城に戻らないことが多く、教育係の任を解かれてからはエリコと顔を合わせる機会はあまりなかった。

 にも関わらず久々に届いた彼女からの便りがなんと赤紙とは……。

 あの方は一体何を考えているのだろう。だが詳細ははわからないものの、赤紙が届いたということは、彼女が窮地に陥っており、そして名指しで自分に助けを求めてきているということ。

 ならば助けに行かねばなるまい――


 そう考えた心優しきこの青年は、関税交渉を相手の条件を全面的に呑むような形でやむなく締結させると、馬に跨りパーカスを発ったのだ。

 そして、手紙で指定された弦国街道沿いのとある宿屋を目指し、昼夜を問わず駆け続けたのである。

 

 なんていい人なんだろう。

 話を聞いていたカッシー達は、チョクの忠義心に敬服し、各々感嘆の声をあげていた。

 が、しかし――

 

「でも、三日三晩飛ばしてやっと着いたのに、この姫ったらピンチどころか全然ピンピンしてて――」

『……は?』


 感動の忠臣物語が何やら雲行き怪しくなってきたことに気づき、カッシー達は表情を強張らせる。

 

 パーカスを発って四日目。

 街道沿いの小さな宿屋に、王室御用達の立派な馬車が停泊していたのに気づき、チョクは走らせていた愛馬を隣に停めると、取るものもとりあえず宿屋に駆け込んだ。

 そして宿の亭主にエリコのいる部屋を訪ね、急ぎ彼女が宿泊する部屋に飛び込んだのだ。


―姫、無事ッスか? 一体何が起きたのです?!―


 息せき切らして部屋に飛び込んだ彼の視界に映ったのは、今にも息絶えそうな重傷を負いベッドに臥したエリコの姿……などではなく――


 ソファーに寝転がり、三流新聞ゴシップを斜め読みしながらお菓子を頬張る『お騒がせ王女』の姿であった。

 そして目を点にして固まるチョクに気づくと、彼女は読んでいた新聞をテーブルに放り投げ、苛立たし気にこう言ったのである。

 


おっそいのよチョク! 呼んだらさっさと来なさい! まったく使えないわね!



 ――と。


(ひっでえ……)


 顛末を聞いたカッシー達は顔に縦線を描きながら絶句していた。

 だが話の途中でなんとなくオチが読めていたマーヤとサクライは、やっぱりね――

 と、思いつつ咽び泣くチョクへ憐憫の視線を向けていたが。


「何言ってんのよ、ピンチだったでしょ?」

「馬車の車輪が外れただけじゃないッスか! そんなんで『赤紙』使わないでほしいッスよ!」


 経緯を話し終えた途端、チョクは滝のような涙をジョバーっと流しながら、訴えるような視線をエリコに向けた。

 だが当の『お騒がせ姫』はそんな青年の涙にまったく悪びれる様子もなく、泣き崩れたチョクを鬱陶しそうに眺めている。

 

「だって私、直し方知らないんだもん。しょうがないじゃん」


 目的のためなら手段を選ばない彼女のことだ。

 恐らく緊急事態用の鷹便すらも、チョクパシリを呼び出す程度の軽い気持ちで使ったのだろう。

 というか共に冒険をした身であれば、エリコの考えなどなんとなく想像がつきそうなものだが、この青年はそんな事疑いもせず彼女身を案じて馳せ参じてしまったわけだ。

 まったくチョク君は優しすぎる――あのころと変わりない純朴で泣き虫な青年を見て、マーヤは思わず苦笑いを浮かべる。


「ううう。纏まりかけてた関税交渉仕事を捨ててまで来たのに! トランペット戻ったらミドリ女王になんて報告すればいいっスか?! 女王はめっちゃ厳しいんッスよ!? 知ってるでしょ!」

「しらなーい。自分でなんとかすれば?」

「姫ぇぇーー!」


 鬼だ、鬼すぎる――無関心にべっと舌を出したエリコを見て、カッシー達は一斉にドン引きする。

 

「心中お察し致します、ミヤノ宰相補佐」

「ううっ、お気遣い痛み入りますイシダ宰相……そちらも苦労されているようですが……」


 何やら共感できるものを感じ取り、両国の苦労人の代表格である二人タイガとチョクは、お互いの健闘を称えるようにしみじみと目で語り合っていた。

 

「もういいじゃんさー、過ぎた事でしょ? アンタだって、久々にマーヤ達と会いたいって思ったから着いてきたんじゃないの?」


 マーヤとエリコはその様子を白けた表情で眺めていたが、やがてエリコが肩を竦めつつ強引に話を戻した。


「ま、まあそれは、そういう気持ちがなかったわけじゃないッスけど……」

「ま、そういうことよマーヤ。チョクに馬車を修理させて、ついでに運転もお願いしてここまで来たってワケ」

「なるほどね、よくわかったわ」


 何はともあれ経緯は理解した。

 しかし期せずして『英雄』と呼ばれる五人のうち、四人もがこの場に集まることになったのだ。これならカナコも呼べばよかったなあ――と、今はパーカスの商人組合長に着任した、気風が良い小柄な少女の事を思い浮かべ、マーヤは思わずフフっと笑う。


 さて、閑話休題。

 経緯はわかったが、どうにもさっき聞いた『目的』だけでは、このお騒がせ王女にしては大人しすぎる――

 十年来の付き合いであるマーヤはさらに疑問を彼女へと投げかけた。

 

「で、エリコ。だけじゃないでしょ? 貴女だもの、それで終わりじゃないよね?」

「さっすがマーヤ、よーくわかってるじゃない」


 はたして、エリコはその通りと言わんばかりに満面の笑みを浮かべてマーヤの問いかけに答えると、カッシー達を向き直る。


「ねえアンタ達、仲間を捜してるんでしょ?」

 

 なんだ?――と、思わず身構えてしまった六人を一瞥しながら、彼女はやにわに尋ねた。

 

「え?」

「どうなのよ?」

「は、はい。そうですけど……」


 戸惑う六人を代表して日笠さんが答えると、エリコはニヤリと不敵な笑みを浮かべ懐から数枚の紙を取り出してみせる。


 と、それは数枚のスクラップらしき何かの切り抜き。

 なんだろ?――と日笠さんは目をぱちくりさせながら、彼女の持つその紙束に視線を向ける。


「えっと……なんですそれ?」

「いくつか集めてきたわ、アンタ達の仲間と『思わしき』情報」

「ええっ!?」

「おーい、マジかー?」

「お願いです!教えてください!」


 途端血相を変えて詰め寄ってきたカッシー達に、だが、エリコはドヤ顔を浮かべつつ、ピンと人差し指を立てて『待て』と合図する。


「教えてもいいけど、条件があるの?」

「条件……ですか?」

「そっ、条件。当然、アンタ達捜しに行くでしょ? この情報を元にさ」


 紙きれを見せびらかすようにヒラヒラとさせながら、エリコは小首を傾げてみせる。

 カッシー達はお互いを一瞬見合った後、ややもって力強く頷いてみせた。


 刹那。

 少年少女のその反応を見て、管国――いや大陸随一の『お騒がせ王女』はキラリと栗色の瞳を輝かせる。

 そして目の前にいた我儘少年の顔を覗き込み、彼女は有無を言わせぬ口調でこう言ったのだ。

 

「私もその旅同行させてもらうわ」

「は!? 王女様がか!?」

「そっ! それが条件……ま、この私がついて行ってあげるんだから勿論『NO』とは言わないだろうけれど」


 と、自信満々にフフンと鼻息を一つ吐き、エリコは得意げに胸を張る。


 何故だろう。

 しめしめ、これは面白い玩具を発見したわ――

 彼女の瞳の輝きが雄弁にそう語っているように感じてしまい、日笠さんは嫌な予感が先立って手放しに喜べないでいた。


 だがそれは間違いではなかったのだ。

 

 その嫌な予感が気のせいでも杞憂でもなんでもなかった事を身をもって実感することになるのは――そう遠くない未来の出来事であった。

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