いたずら心

あめのあいまに。

第1話

 珍しくクラスメイト以外から声をかけられた。

 振り返ると、違うクラスなのにしばしば私のいるクラスに遊びに来る菊池さんが、招き猫のように持ち上げた手をちょいちょいと動かしていた。

 いや、“私のクラス”ではないか。

 案の定というか何と言うか、彼女は彼女がよく一緒にいる生徒について聞いてきた。

「水谷さんなら今日は休みだけど」

 私がそういうと、ありがとね、と言って彼女は去っていく。

 それはまるで友達同士で挨拶するような自然さと気軽さだった。まるで私達が昔からよく遊ぶ仲だったと錯覚するほどの。

 彼女は友達……なんだろうか? 彼女にとっては誰もが友達なんだろうけど。

 そこで、数瞬のやり取りだけで友達なのかどうかなんて考えてしまう自分の甘っちょろさに気づいた。

 彼女のことを単純だなんて考えたけど、私の方がよっぽど単純だ。

「瞳子、どったの」

 今度はクラスメイトの由佳に声をかけられた。私が友達だと自信を持って言える、数少ない子だ。

「別に。水谷さんがどうしてるかって聞かれただけ」

 私がそういうと由佳は下卑た笑みを浮かべる。

「ほほう……。あの二人異常に仲良いよね? もしかしてデキてるんじゃない」

 想像通りの下らない言葉に私は呆れ返る。

「なに言ってるの、下品だよ由佳。仮にそうだったとしてもアレコレ気にするもんじゃないよ」

「堅いなあ、瞳子は」

 私は内心、由佳がおちゃらけ過ぎるのよと思いつつも口には出さない。

「それに、もし付き合ってるなら登校してるかどうかも知らない、なんてことはないんじゃない?」

 私がそう言うと、それもそっかと由佳は納得する。元から対して興味もなかったのかもしれない。

「そんなことよりさあ、聞いた?」

「用件言ってくれなきゃ答えようがないって。テレパシー使いじゃないんだからさ」

 全く意図の伝わってこない疑問文に、私は至極平凡な返答をする。こういうところが堅いとかつまらないとか言われる原因なんだろう。

「えー、私は瞳子のこと何でも分かるのにな」

 由佳の唐突な言葉にドキッとする。彼女はときどき屈託のない笑顔で不意打ちを食らわせてくるから困る。普段のふざけた調子から自然にこういう言動ができることが、私はとても羨ましい。

「じゃあ当ててもらおうか? 今私が考えてること」

 私は冷静さを取り戻すため由佳のノリに合わせてイジワルをしてみる。

「え、うーん。……あ! 愛しい私のことでしょ! そうに違いない」

 由佳は勝手に言って勝手にいやーんだとか恥ずかしいけど瞳子になら、とか盛り上がってる。

「残念。由佳じゃなくて由佳が言おうとしたビッグニュースについてだよ」

 放っておいても鬱陶しいので私は早々に正解を言う。正直、ちょっと気になってるので早く聞きたいというのもあった。

「ビッグニュースだなんてそんな……照れるますなあ。というか、珍しいね。瞳子が私のノリに合わせるなんて」

「たまたまそういう気分だっただけ。というか言うなら早く言ってよ」

 ついに気になりすぎて急かしてしまった。

「つれないなあ。まあ良いや。実は、今度私達のクラスに転校生が来ることになったのです!」

「転校生? ずいぶん中途半端な時期だけど……」

 冬休みも見えてきたこの時期に転校だなんて、テストやら何やら大変だろうに。

「そりゃ中途半端な時期に来なかったらタダの転入生だからね」

「え、なにそれ」

 由佳の意味不明な台詞に私は戸惑う。そして私の反応に由佳も戸惑う。

 そんなやり取りから数分後、私から転校生と転入生について説明を受けた由佳は、わざとらしく床に手をついて嘆く。

「私が今まで信じてきたものは一体……およよ」

「ほら、そんなことしてたら汚れるよ。というか初めて聞いたよ。新年度に転校してきた人を転入生と呼び、他の時期に来た人を転校生と呼ぶなんて風習」

 どういう経緯でそうなったんだろうかとか誰が言い出したんだろうかとか、どうでも良いことが少し気になる。

 大方、聞き間違えただか言葉の意味の一片だけを聞いただかした子供が、勘違いしたまま伝言ゲーム式に言葉の意味を伝えていく過程で原型から離れてしまったんだろうけど。

「隙ありっ」

「きゃあ」

 いつまでも起き上がろうとしない由佳に手を貸そうと近づいたら、いきなりスカートをめくられた。

 驚きの余り思い切り足蹴にしてしまい、彼女はぐふっとおよそ女の子らしくない呻き声をあげる。

「由佳は明るくて可愛いんだから、そういうところが無ければモテると思うんだけどね」

「いてて……。照れること言わないでよ。惚れちゃうでしょ」

 由佳は起き上がりながらそんなことを言ってくる。ちょっとまぬけだ。

「惚れても良いけど、その恋はけして叶わぬ悲恋の道だからね」

「それは辛いなあ。でも、ぶっちゃけ好きになっちゃったらどうしようもないよね」

 真面目な顔して何を言い出すんだろうか。由佳が男の子といるところをあんまり見た記憶がないけれど、いつもこの調子なら数多の男子を勘違いさせてるんじゃないかな。 

「ほら、いつまでもバカなこと言ってないでそろそろ教室行こう」

 くだらないやり取りをしてる間にけっこう時間が経っていたようで、窓越しに見えた教室の時計は着席時間すぐ近くを指していた。

 くだらないと言っても別に嫌じゃないしむしろ由佳との会話は楽しいけど、それで遅刻していたら後味が悪い。こういうのは水を差されないようにやるからこそ楽しいんだから。

「私のことは置いて、先に行ってくれ……ガクッ」

 私はそう言って地面と一体化した彼女の首根っこを掴み、雑巾がけしながら教室へと向かった。


 数日後、その日が来た。

 その日の朝も由佳と下らない会話をして、途中からバカみたいな演技で地面に倒れ伏した由佳を引きずり、教室に着いたのは時間ギリギリだった。

 息をつく間もなく鳴ったチャイムと同時に入ってきた担任の後ろを、小くて可愛らしい女の子が着いて歩いていた。

 男子からおおっと低い声が上がる。女子も一部あらまあみたいな反応をしている、主に他人を彩るのが大好きな人達が。

 可哀想に、彼女は早々に着せ替え人形となる運命が決まったみたいだ。人は見かけに依らないというけれど、彼女は人の頼みとか断るの苦手そうだし。

 転校生は担任に呼ばれ教壇に上がると自己紹介を始めたが、この辺りから私の意識は彼女から逸れた。雑巾もとい由佳が細かくちぎった消しゴムを私に投げつけてきたからだ。ガキか。イジメか。

 私は律儀に飛んできた消しカスを集め、5分休みになった瞬間それら全部を由佳の背中に流し込んだ。

「うひゃあ」

 教室で上げたら恥ずかしい感じの声を上げ、クラスメイトが一斉に彼女を見た。

「な、なにすんの!」

「何するのはこちらの台詞なんだけどね」

 どう考えてもことの発端は私じゃなくて由佳だ。

「乙女のスカートで雑巾がけしといてそういうこと言う?」

「遅刻しそうなのに由佳が馬鹿やって動かないからでしょ」

「そういえば転校生可愛かったよね。え、あれ、転入生だっけ」

 由佳は都合が悪くなったからか露骨に話題を変えようとする。

「どっちでも通じるよ……。私は外見以外全然知らないけどね。誰かさんが気を散らせてくるから」

「言うねえ、お嬢さん」

「おっさんみたいだよ」

 こんな感じで由佳と話してその日の学校は終わった。目の端に映った転校生は休み時間の度にクラスメイトに囲まれていた。



 放課後、私は誰もいない教室にいた。

 外から部活をしている生徒の声が聞こえてくる。

 私もあんな風にしてる可能性があったのかと考えたけど、自分が部活に精を出す姿なんて全く想像できなかった。

 頭をもたげた変な考えを振り払い、私は忘れ物を回収して教室を出ようとする。

「わぷっ」

 不意にドンと何かがぶつかったような衝撃を胸に受ける。同時に覚えのある声が頭の下から聞こえた。

「転校生……佐藤さんだっけ? どうしたの」

 視線を下に向けると、転校生の姿があった。

「あ、あの。小百合で良いです。 忘れ物をしちゃったので……」

「そっか。じゃあ小百合って呼ぶよ。私のことも瞳子って呼んで良いよ」

「はい、瞳子……さん」

 小百合は少し迷ってからそう言うと机の中を探り始める。

 どうしようか。別に帰っても良いんだけど。

「ねえ、良かったら一緒に帰らない?」

 気づけば私は小百合に向かってそう投げかけていた。


 オレンジ色になった街を小百合と並んで歩いていた。

 私の問いかけに彼女は驚いていたものの、特に断るようなことはせず一緒に帰る運びとなった。というか彼女は誰かの誘いを断ることがあるのだろうか。

「へえ、出身は三重なんだ」

「はい。親が転勤族なので、いろんなところを転々としてるんですけど」

「そうなんだ。私は生まれてからずっとこの町だから想像つかないなあ。大変なんだろうけど」

「大変ですけど、行く先々で皆さんに良くしてもらってますから」

 それだけに転校する時は辛いですけどね、と彼女は付け足す。

 確かにせっかく仲良くなれても離れ離れになっちゃうのは寂しいかもしれない。

「でも、手紙やメールくれる子もいますし、長期休みに遊んだりもするので悲しいことばかりじゃありません」

 うーん、前向きだなあ。それにとても良い子だ。

 というか、なんだろうこの可愛い生き物は。

「小百合はとっても可愛いね」

「えぇ!?」

 思わず私が口を滑らすと小百合はびっくりしたような声をあげる。

 何を言っているんだ私は。小百合は動揺してアタフタしている。会って間もない人間にコミュニケーションじゃなくマジトーンでそんなことを言われたら無理もないけど……。

 私はいたたまれなくなって視線を明後日の方向に外す。

「ご、ごめんね。急に変なこと言って。いや、可愛いってのは本音だけど、本当は良い子だねって言いたくて」

「い、いえ……突然でびっくりしましたけど、お褒めいただきありがとうございます」

 言葉こそ今まで通りなものの、若干引き気味なのが伝わってくる。

 小百合は視線を泳がせ顔を真赤にしている。それを見て自分まで恥ずかしくなってきた。

 そんな風だから私も小百合も足元への注意が疎かになっていた。私が道路に転がった小さな薬瓶のようなものに気づいた時には、すでに小百合がそこに足をかけていた。

「危ない!」

 私は咄嗟に叫んで手を伸ばす。ワタワタしていた小百合がきょとんとした顔でこちらを向く。瞬間、瓶を踏んで足を滑らせる。

 背中側に倒れていく小百合を抱きかかえることには成功したけど、私と小百合はそのまま路上に倒れこんで二転三転してしまう。

 止まりきる直前にガツッと口の中に衝撃が走った。

「んんーっ」

 下の方からくぐもった声が聞こえ、私は目を開ける。するとほとんどゼロ距離に小百合の顔があった。

 一瞬理解が追いつかず凍りつくものの、小百合と目が合ってしまい勢い良く飛び起きた。

「ご、ごめん! これは事故というかなんというか……ほんとごめんね!」

「い、いえ! 私が注意力散漫だったからで! むしろ助けていただきありがとうございます」

 そうは言っても元を辿れば小百合の動揺の原因も私だし、それで感謝されていてはマッチポンプ甚だしい。

「元はと言えば私が変なこと言ったせいだし……」

 私の言葉を聞いて先ほどのやり取りを思い出したのか小百合が再び顔を真赤にする。

「きょ、今日はありがとうございました。用事を思い出したのでお先に失礼します!」

「あっ」

 私は走り去っていく小百合の姿を立ち止まって見送るしかなかった。

 

 夜、なかなか寝付けずに私はベッドの上で無意味に何度も寝返りをうっていた。

「気にしても仕方ない……けど」

 目を閉じると、どうしても転んだ時目の前にあった小百合の顔が浮かんでしまう。

 気にしないなんてことはできなかった。

 あれは完全に事故だったし、感触だって全く記憶にない。ノーカウントだけど、それでも私のファーストキスだったんだから。

 それに、別に悪いものじゃなかった……なんて考えてる自分に気づき頭を振る。

 何を思ってるんだ私は。それに女の子同士だなんて。あんなことがあったからちょっとおかしくなってるみたいだ。

 私は無理やり寝ようと目をギュッと閉じた。



 朝日が眩しい。同じ道を行く生徒達の喧騒が煩わしい。

 結局昨日はほとんど眠れなかった。

 今日の授業は後で多めに復習しないとなあ。それより、教室に行ったら小百合がいるんだよね。どんな顔して会えば良いんだろう。

「おっはよー瞳子!」

 寝不足の私の頭に朝っぱらに似つかわしくない元気な声が突き刺さる。

「おはよう、由佳。いつにも増して元気だね」

「そういう瞳子はいつも以上にダウナーだね!」

 なんでそんなに楽しそうなの。少しイラッとしたが、それ以上に今はその元気さが羨ましかった。

「由佳と違って私にはいろいろ悩みがあるからね」

 つい辛辣な言葉が口をつく。もう、由佳がウザいくい元気なのはいつものことだし、私の悩みも不調も原因は私自身にあるのは分かってるのに。

「ぐぬぬ……たった今友人に脳天気キャラに見られて困るという悩みができたよ」

「ごめん。言い過ぎたよ。お詫びに何か悩みとかあったら聞くから」

「残念ながら、生まれてこの方一度も悩んだことがないのが自慢だからね」

 本当にこの子は……私にもったいないくらいの良い子だ。

「なにそれ、さっきと言ってること違うじゃん」

 由佳と話していたら自然と笑みがこぼれる。気分も大分軽くなった。

「ありがとね」

 私がそう言うと由佳はきょとんとした顔をする。

「急にどうしたの。最終決戦のため死地に赴く前の主人公みたいだよ」

「長いし意味わからないよ、それ」

 こういうのも本気でやってるのか気遣っててくれてるのか、どっちだか分からないけど由佳のノリにはとても救われる。

「そういえばさ」

 由佳が不意に声のトーンを落とす。

「女の子同士ってどう思う」

「どういう意味?」

 由佳が何を言いたいのかいまいち汲み取れず、私は聞き返す。

「いや、私見ちゃったんだよね。菊池さんが水谷さんにキスしてるとこ」

 キスと聞いて一瞬体がビクっとする。

「逆ならともかく、それだと行き過ぎたスキンシップって可能性も考えられるんじゃない」

 冷静を装って私らしいコメントをなんとか捻り出す。

「いや、それが結構マジっぽい感じだったんだよね。それで、二人の関係がどうこうじゃなく、瞳子ならそういうのどう思うのかなあってちょっと気になってさ」

「驚かないって言ったら嘘になるけど、別にお互いがそれで良いなら性別なんて関係ないと思うよ」

「なるほどね! まあ私も同じ感じかな」

 そもそも私は惚れた腫れたなんて分からないけどね、と由佳はアハハと笑いながら言った。

 そんなの私だってわからないけど。

 でも……そっか。女の子同士でも良いんだ。

「のんびり話してたらけっこう時間ヤバいよ。急ご」

 私は由佳を急かして学校へ向かう。もともと彼女と話して軽くなっていた気持ちは今や空を飛ぶほどで、昨日からの悩みなんて最初から無かったかのように晴れやかな気分だった。


 教室に入ると私は真っ先に小百合の机に目をやる。

 席の持ち主はすでに座って1限目の準備をしていた。

「おはよう、小百合」

「あ……。お、おはようございます。瞳子さん」

 私の挨拶に対し、小百合は昨日のことを気にしてかうつむきがちに辿々しく挨拶を返す。

「昨日はごめんね。改めて謝りたくて」

「い、いえ。気にしてませんから。……それに別に嫌ではなかったですし。むしろ助けていただいて私の方こそお礼を」

「まあまあ。堂々巡りになるからやめておこう。本当に気にしてないならそれで良いんだ」

 私達のやり取りを後ろにいる由佳が不思議そうに見つめている。

「なになに、何の話?」

「由佳には言わないよ。二人だけの秘密だからね」

 私がそう言って目配せすると、小百合も俯いたまま、はい、と小さい声で言った。可愛い。

「えー、二人だけずるーい。私も乙女の秘密共有したーい」

「ダメダメ。あ、そうだ小百合。今日良かったら一緒にお昼食べない?」

 私は騒ぐ由佳を無視して小百合に提案してみる。

「私で良ければ喜んで」

 すぐに予想通りの答えが返ってきた。やっぱりこの子は疑うとか断るってことを知らないんじゃないだろうか。

 悪い人にだまされないように私がずっと守ってあげたい。

「ありがと。多分そこで喚いてる由佳も一緒だと思うけど。屋上が生徒有志の手で解放されてるからそこで食べよ」

「私今日は部活の子と食べるからパスで」

 今度は予想外の返事が来た。

「ふーん。珍しいね」

「まあね。たまにはファンサービス? スキンシップ? しておかないとさ」

 由佳は、大会も近いし連携強めなきゃね、とかなんとか言ってるが、個人作中心の美術部員で何を連携するんだろ。荷物の運搬? そもそもコンクールと大会って意味違うんじゃない?

「澤田さんって部活動やってるんですか」

 どうでも良いことを考えていると、由佳との会話を聞いて小百合が話に入ってきた。

「うん。美術部入ってるよ。似合わないとは自分でも思うけど」

「そんなことないよ。それに私は由佳の絵とても良いと思う」

 由佳は半分照れ隠しだけど、一部で本当に自分が美術に向いてないと想っている節がある。

 でも私は由佳の絵が好きだし、彼女にそんな風に弱気になってほしくなかった。

「部活……かあ」

「お、興味ある? うちでヌードモデルやる?」

「え、えええ?」

 小百合は想像してしまったのか、顔を真赤にしてうろたえている。

「こらこら、冗談はそこまでにして。小百合が本気にしちゃうでしょ」

「ちぇー。てか二人っていつの間に名前で呼び合ってるの? 私も佐藤ちゃんと名前で呼び合いたい! いい?」

 由佳は一瞬ふてくされてから一気にまくし立てる。

「え、ええ」

 その剣幕におされて小百合は由佳の頼みを受け入れる。

「ありがと。じゃあ小百合ちゃんって呼ぶね。私は澤田由佳。改めてよろしく!」

「佐藤小百合です。よろしくお願いします、由佳さん」

 二人の挨拶が終わると同時に予鈴が響き渡った。


 昼休み、私は小百合と屋上にいた。

「お弁当自分で作ってるんだ」

「はい。お弁当作りは私の分担なんです」

 私も毎日小百合のお弁当を食べたいなあ。

「偉いね。私はお母さんに作ってもらってる」

 お弁当を作るってことは今より早く起きなきゃいけないんだよね。私には難しいかな。朝弱いし。

「一個食べて良い?」

「お好きなのをどうぞ」

 私が頼んでみると、小百合はそう言ってお弁当を両手で差し出してきた。

「じゃあ玉子焼きにしようかな。うん、おいしい」

「ありがとうございます。自信作なんですよ」

 甘くて柔らかくて本当に美味しい。玉子焼きはしょっぱいのもあるけど、私はふわふわしてて甘い卵焼きが好きだ。

 好きなものを自分で作れたら楽しいだろうな。

「私も料理練習しようかなあ。その時は教えてくれる?」

「はい。私で良ければ」

「ありがと。あ、そうだ。私が作ったわけではないけど、小百合も一つ私のお弁当から選んで良いよ」

「ほんとですか。じゃあ、これを」

 そう言うと小百合はミートボールを一つ指さした。

「はい、あーん」

「え」

 私が当たり前のように食べさせようとすると、小百合も流石に驚いて固まった。

「あ、あの、自分で食べれます」

「あーん」

 小百合は抵抗したが、なおも食べさせようとする私に諦めて口を開ける。

「あーん……あ、美味しいです。でも恥ずかしいですね」

 小百合が照れながらミートボールを食べる。

「ふふ、もっと食べる?」

「遠慮しときます」

「それは残念」

 昨日あんなことがあったけど、大分自然に話せるようになったかな。


 それから私は小百合と過ごす時間が多くなった。

 部活動の体験入部も付き添ったし放課後はいつも一緒に帰った。

 コンクールが近いからか、そこに由佳の姿はあったりなかったりだったが、朝や食事の時間はいる時が多かった。

 由佳も人見知りはしない方なのですぐに小百合と打ち解けた。

「どうして瞳子さんは私に良くしてくれるんですか」

 ある日小百合が私に尋ねてきた。

「理由なんているかな」

「いえ、特には。とても助かってます。転校して右も左も分からない時期からすぐこの学校に馴染めたのは、瞳子さんと由佳さんのおかげです。ただ……」

 そこで一旦小百合は言葉を区切る。

「その、抱きついたりあーんしたりというのは、恥ずかしいので」

 言われる側から私は小百合に抱きつく。

「小百合がいけないんだよ。こんなに可愛いから」

 小百合は顔を真赤にする。

「本当に嫌ならやめるけど」 

「……嫌ではないです」

 恥ずかしそうにはしているけど、その顔や声からは実際嫌そうな感じはしない。

「ありがと。じゃあもっと抱きついちゃう」

「も、もう」

 小百合は子供みたいに頬をふくらませる。やっぱり小百合は可愛い。

 あまりに可愛すぎてついついからかいたくなってしまう。

「ねえ、キスしよっか……なんてね」

 その言葉であの日のことを思い出したのか、小百合は真っ赤になって目を回している。

 そんな彼女を見て、当分は今のままで楽しく過ごせそうだと私は思った。

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いたずら心 あめのあいまに。 @BreakInTheRain

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