第2話セックスがしたい男の子

 間宮信也まみやしんやは悩んでいました。


「俺、このまま一生童貞なのかな」


 彼はまだ20歳大学生なので、そこまで悩むほどではないのですが、それでも悩むものは悩むのです。周りは彼女が出来て童貞を捨てているやつばかり――でもないのですが、悩む彼には非童貞が目につくのです。視野が狭くなっているのです。


「んなことねーよ、考えすぎだって」


 対面に座る友人、立城一樹たちきかずきは手に持ったお酒を呷りながら答えました。

 ここは間宮信也の自宅――学生用アパートの一室――で、授業がないのをいいことに、まだ日のあるうちからお酒を飲んでいました。


「でも、まだ彼女も出来たことないし」

「そんな奴まだいっぱいいるって。気にするほどじゃねーよ」

「うぅ、でも……」


 普段はこんなこと無いのですが、どうやら悪い酔い方をしたようでネガティブに入ってしまっていました。

 立城一樹はどうしたものかと思いつつ、自分のコップに酒を注ぎました。

 別に20歳で童貞だからと言って、そんな卑下することもないし、今後彼女が出来る機会だってあるだろう。けれど、非童貞で現在彼女持ちの自分が何を言った所で、彼は納得しないだろうと思っていました。


「じゃあいっそ風俗でも行くか?」


 努めて軽い調子で言うと、間宮信也は少し悩んだ素振りを見せましたが、


「それでも結局は素人童貞のままだし。それに最初は好きな人がいい……」


 ちょっと面倒くせぇなぁと思いつつも、気持ちが分からないでもないので立城一樹は溜め息の代わりにお酒を飲みました。

 そう、男はなんだかんだでロマンチストだったりするのです。変形に憧れるのも、ドリルに憧れるのも、銃に憧れるのも、ロマンチストだからなのです。男の浪漫なのです。

 そんなロマンチストはやはり最初は好きな子がいいのです。出来たら格好つけて、デートの後に結ばれたりしたいのです。

 同時に即物的であることも否定できませんが。


「じゃあお前、いま好きな奴とかいんのかよ」


 ならば好きな相手とくっつければいいかなと立城一樹は思いました。


「今はいないかな」


 ダメでした。


「じゃあもう今は諦めろよ。その内、好きな奴出来てから悩めって」

「でも、それがいつになるか分からないじゃないか。もしかしたらずっと好きな人が出来ないかもしれない……よしんば出来たとしても、向こうが俺のことを好きになってくれるとは限らないし。そうして30歳になり、40歳になり、僕はずっと童貞のまま世界の隅っこで生きていくんだ……」


 なんだかとんでもなくネガティブな方へ入っているようです。こいつヤバイもんやってねぇだろうな。もしかして酒に変なもんでも入ってるとか? そんな風に考えてしまうレベルです。

 本格的にどうしたもんかと立城一樹は考えました。どうせ酒に酔った上での事だから、寝て目を覚ませば元通りになってる可能性は高いですが、それでも童貞に悩んでいることは事実なのです。友人の悩みなんだから、可能な範囲で何かしてやりたい。立城一樹はそう考える人間でした。

 そんな悩める少年に一つの連絡が届きました。

 画面には神南玲奈の文字。

 立城一樹の恋人の名前でした。

 スマートホンは振動して着信を知らせ続けています。けれど友人と遊んでいる時に恋人からの電話は取らないのが立城一樹という男でした。

 しかし、長く続く着信に彼のみならず間宮信也も気が付きました。


「電話取らないの?」

「あぁ、別にいい」

「誰から?」

「あー、カンナ」

「彼女でしょ? 出てあげなよ」

「んー」


 立城一樹は逡巡して、


「すまねぇな」

「いいよ」


 電話に出ました。


「おう、どうしたよ。は? あぁ悪かったよ。いまダチと飲んでんだ。あ? あぁ。で、何のようだよ。は? おう。おぉ」


 何を話しているかは分かりませんが、詮索するつもりもないので、間宮信也は大人しくお酒に口をつけていました。


「はぁ!?」


 立城一樹が急に大声を出したので、びっくりしました。彼自信も酷く驚いた様子でした。不可解な様子と言ってもいいかもしれません。

 話している内に落ち着きを取り戻していき、今度は間宮信也の方をチラチラと見るようになりました。

 なんだろう? そう思いながらも、ちびちびとお酒を飲みます。


「あぁ、それなら丁度いいのがいるぜ。おう。じゃあ、いつにする? は? 今から? それはさすがに無理だ。明日? あーちょっと待ってろ」


 立城一樹は一旦電話から口を離すと、間宮信也へ向きました。


「シンヤ、お前明日暇か?」

「え? うん、午前の授業終わったら暇だけど」

「おっけ。じゃあ、空けといてくれ」

「うん、分かった」


 立城一樹は再び電話に戻ると、いくつか確認のようなものを口にして、通話を切りました。


「こいつはグッドタイミングってやつだな」


 立城一樹は上機嫌で呟きました。


「? なんだったの、さっきの」

「おう、喜べ。 カンナが女の子紹介してくれるってよ」

「え、ホントに!?」

「ああ。カンナのツレで彼氏欲しがってる奴がいてよ、誰かダチ紹介してくれつってたから、お前のこと言っておいたぜ」


 あぁ、彼氏ですね。はい、彼氏。さすがに神南玲奈も、その友達がセックスがしたいだけとは言えなかったようです。

 少しして立城一樹のスマートホンに画像が届きました。2人の女の子が写っている写真でした。片方は神南玲奈なので、もう片方がおそらく話に上がった女友達でしょう。セミロングの大人しそうなお嬢様然とした女性が涼しげに立っていました。


「ほら、こいつだってよ」


 間宮信也はスマートホンを受け取り画面を見ました。その瞬間、硬直しました。続いて小刻みに震え始めました。ちょっと気味が悪いです。


「どうした?」

「か……」

「か?」


 間宮信也は居ても立ってもいられないといった風に立ち上がりました。


「かわいい! すっごいかわいい! なにこれ! 全部が全部、俺の好みなんだけど!」


 顔を真赤にしてはしゃぎ回りました。


「おお、マジか! そいつはよかったぜ!」


 立城一樹も同じように喜びはしゃぎました。

 紹介相手の条件に「童貞」なんてあった事を頭の隅に追いやってはしゃぎました。


 この時の二人は知る由もありませんでした。

 明日、何が起こるのか。

 どういう経緯の元、紹介されるに至ったかを。

 相手の女の子――葉鳥紗友里のことを。

 

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セックスをしよう(しない) 林檎亭みーすけ @apple-tea

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