第37話「狐狗狸廃病院島」17

 "ビーッ ビーッ ビーッ"

 耳慣れたプリインストールが忌々しい。


「あ~クソ野郎かよぉ~」

 気だるい寝覚めが、手に取った画面上の通知一つでさらに酷い。


クソ野郎、桑具井。

新感覚兵装と称して僕の作品をチープに改造、大量生産。

紛争地帯で這いずり回る下品な雑兵どもに売り捌くクソ野郎。

不穏分子の即殺は朝飯前。

手っ取り早く調達できるようなら身内すら躊躇なく材料に組み込むクソ野郎。

 同じ呪物製作畑の人間とはいえ、こいつほどの人でなしはなかなか見ない。


 …指定された某メッセンジャー系アプリを起動する。

ながったらしいパスコード入力がムカつく。


 七面倒くさいそれのあとに野太いメッセージが飛んでくる。


 クソ「お疲れ! 吉川君。 忙しいところすまん! 昨日の動画みたら感動してな! 連絡してしまったよ!」

 ガハハ、と大口開けて笑うクソ野郎スタンプ。

 一見、明朗快活。

一皮剥けば地獄の商人。

サイコパス筋肉バカ。


「わざわざありがとうございます」


 クソ「八十の跡取りに回梨のホープ四人、一国の対心霊トップグループに勝ったようなものだよ。 我が社はじまって以来の快挙! 今回の製品テストはこれで十分だな!」


「本当ですか?」


 クソ「何なら明日から有給の消化も兼ねて、二週間程度の休暇に入ってくれても良い」


「それなら是非お願いします」


 クソ「こっちの役員報酬、そっちの賞与にも色付けるから旨い寿司でも食ってくれ。

こっちは物価が高くてね、毎日ハンバーガーとドーナツで胃もたれ気味だ。 

名物は現地で食える時に食えるだけ食っといた方が良いな!」

 …お前の食生活なんて聞いてねぇよ。


「ありがとうございます」


 クソ「いやーしかし、

上々な仕上がりで本当、満足だよ。

これなら向こうの営業妨害軍団も一掃できるだろうし」

  …そこがそもそも納得いかない。


「すみません疑問では有りましたが、

わが社の製品を組織的に祓う集団を排除することが狙いなのであれば、現地の傭兵崩れを雇った方が効率的かつ安上がりではないでしょうか?」


クソ「甘いな吉川君! 世界は広いんだ!」


クソ「ターゲットは  "国境なき祈祷団"  並の相手じゃないぞ!」


「教国御抱えで組織されたというだけの、海外版霊能士集団みたいなものではないですか?」

 ネーミングが某医療団体のパクり臭いこの組織について、それ程の脅威を感じた事が無い。

そもそも、霊能士風情が集まったところで現場は戦場。

高々、小国一つの一組織に何ができるというのか?

 伝承級の守護霊なり霊装なりが効果的に運用できれば多少マシだろうが、それでも一時的なものだ。

まともな行動が継続できるとは思えない。


 クソ「問題は教国御抱えって所だな。

どうも  "マレフィキウム審問機関"  がフォローに入っているって話だ。

本業が暇なのか知らないけれど」


「知らないですね」


クソ「そっちでもテレビで特集組まれたりはしていたぞ?

 "教国の魔女狩り部隊" って俗称の方が有名かな?」


「はい、それなら分かります。

この前の情報バラエティーですよね? 

天災並みの被害を人類にもたらす魔女なる存在を狩る為に、世界中に散らばり日夜活動しているとかいう胡散臭い内容でした。

てっきりそういう大人のごっこ遊びかと」


クソ「実のところ前に傭兵を雇って襲撃をかけたりはしていたんだよ。 

それがことごとく返り討ちにあった。 

不思議なんで調べて貰ったら、この魔女狩り部隊がバカみたいに強いぞって話だ」


「所詮は小国の一組織です。

補給線なんかまともに無いでしょうし、頻度の問題ではないのでしょうか?」


クソ「予算分は何度もやったけど、それが全部ダメだった。

現地いわくあらかた片をつけたら丸ごと一瞬で消えるんだとさ! 

そしてまた一瞬で現れる。

消耗も損耗も負傷も見られないやつがいきなりだ!

めちゃくちゃ画質は悪いが映像もあるぞ」


 …本当にクソみたいな画質だが確かに、小隊程度の機械化部隊がクリップ動画の中では急に出現していた。


「フェイク臭い画質の悪さも相まって信じがたいですね」


クソ「まぁ、我々が用意できる物理的戦力では埒が明かなかった事は確かだよ。

それなら得意分野で徹底的に潰すしかないでしょ」


 と、来島者を告げるブザー音がいつの間にかブーブー鳴っていた。

もう来やがった。


「すみません。 テスターが来たみたいなので切ります」


クソ「お疲れ。 とりあえず今夜は適当に流してくれていいよ。

残りの日数は消化試合だし。

明朝からは代打に後藤君送っとくから、適当に切り上げて勝手にバカンスして」


「ありがとうございます。 失礼します」

 …やった。

やった。やった。やった。

 久々のまとまった休みだ。

ほんの少し見直したぞクソ野郎。


砂を蹴る音。 続けてガララッと、砂粒を噛んだサッシが音を立てる。

僕はここに配置されてから類を見ない、一番機嫌が良さげだろう顔でテスターどもを迎えてやる。


「こんばんは! 夜分遅くにお疲れ様です!」


 

 月夜、潮風に揺れる猫耳というのも乙なものである。


「う~ぬ、風流」


お玉にゃん「お爺さん! ちゃんと前向いて運転して下さい! 夜の海は危ないですよ!」


「中々どうしてツンツン気味なお玉にゃんも可愛いにゃん」


お玉にゃん「そういうところがとても気持ち悪いからこういう事になっているんですからね!」


「あ~ あったかい部屋でこの感覚を新作に注ぎたいもんじゃ」


お玉にゃん「だったら集中して下さい!」


「ほいほい」

 まったく、上客だと思ったらとんでもない珍客だったわい。


"ぷにょぷにょぷにょぷにょ"

 推しキャラ、プユミたんのワンコール。

どうやら何時でもOKらしい。

それはそうと何じゃ、何かワクワクするのは良いことじゃな。

 冬の寒空老いぼれ海上にて、心は夏の少年時代。


お玉にゃん「もう! 潜入と撹乱何ですからせめてバイブにして下さい!」


「おっ! お玉にゃん! 今のもう一回!」


お玉にゃん「? 潜入と撹乱?」


「カーッ! うちのお玉にゃんは最高に純情かわええんじゃぁあああああ!!!」


お玉にゃん「だから!! 静かに! 目だたないようにして下さい!!!!!!」

 かわええ娘っ子に罵倒されながら冬の海を疾走するのは最高に気持ちがええ。

向かうは未知、これぞロマンって感じじゃ。

持ってて良かった小型船舶免許。


 前に見ゆるは島を縦横無尽に巡る巨大な廃墟… の、その脇。

プレハブを魔改造したような建物がターゲット。

一丁前にソーラーパネルを屋根に乗せ、風力発電とおぼしき風車、ディーゼル発電機も備えているのか喧しいエンジン音に、ご立派なアンテナ。


「ここがあの女のハウスね…… !」


お玉にゃん「何言ってんですか? 八十さんのお話では二十代っぽい男って話だったじゃないですか」


「フッフッ、これから敵陣に乗り込む時の景気付けじゃよ」


お玉にゃん「もう! ボケてもおかしくない歳何ですから紛らわしいこと言わないで下さい」


「お玉にゃん、実は心配性で優しいにゃんね~」


お玉にゃん「人前でその話方は本当に止めて下さいね」

 冷たいにゃん。

さっさと終わらせてお玉にゃんに機嫌をなおして貰うにゃん。


「おほぉ~ スキマから沁みてくる真冬の海水が良い感じじゃ~ 癖になる~」


お玉にゃん「体を気遣ってウェットスーツ着せたのが間違いでした! 変な声出さないで下さい!」

 世知辛いにゃん。



 クソ野郎の話では流すだけで良いとの話だった。

僕としても自動制御に任せて、うたた寝でもしたい気分ではある。

…ただ昨夜、土壇場で見せられた超ド級守護霊による除霊ないし、精神武装のブーストは中々に心配だ。

馬鹿なクソ野郎は結果ばかり見て満足していたが、

初っ端の全域燻煙処理といいやることの内容やらスケールやらが、想定を超えてくる。

 せっかくのバカンス前、あのテスター共にシステムの存在が露呈すること又は、露呈はせずとも何かの弾みでシステムが破壊されるといった事態は回避したい。

 …つまり懸念はたったの一点。 

廃病院内、粉砕機に偽装したB動力装置だ。

どうやっても制御機器の障害に繋がるので中に配置せざるを得なかったウィークポイント。

二重三重に物的、霊的な防護と偽装を重ねてはいるが至近距離、万が一何がしかデカイのをぶっ放されでもしたら、疑似霊力循環回路まわりの繊細さにはひとたまりもない。

 …昨夜の様に無関係な箇所で襲撃を仕掛けるなりして消耗を強いて退かせるか、始末するのが得策だろう。

あの前後の様子なら警戒すべき高威力技は数を撃てるものではない筈、グイグイ飲んでいた謎のブーストアイテムが液体ならば高々量は知れている。

 …対してこちらの攻撃は遠隔にて、デジタル制御によるコピー&ペースト。

指定座標にペーストされた各種疑似心霊のコピーが製造時固定化された通り、生者の精神機能、及びその残滓に対して各々の特徴に沿った攻撃行動を取る。

わが社オリジナル、対霊障加工済み高性能暗視カメラは院内全域をカバー。

動力に関しても電力、疑似霊力共に三日は無補充でフル稼動できる充実ぶりだ。

 スピーディーで快適なオペレーション環境、そして一夜たったの五人に注ぐにはオーバーが過ぎるエネルギー量… 負けるわけがない。

 やはり僕は頭が良い。 同じ慢心でも視点が凡人とは違う。


 …しかし、昨夜の危機的状況が堪えたか? 中々院内に入ってこない。

"浮遊憑依型疑似心霊矢田" の消耗促進効果か本日一人欠けてしめて五人、なんならこのまま朝になってくれれば僕としては万々歳。

オペレーションに係る気苦労もなくバカンス突入。 

素晴らしい流れじゃないか。


 "ガララッ"


 !? 遅れて六人目か? いや、ブザーはどうした?

誰だ…


?「やらないか」

 くすんだ裸体、あばら骨が浮いている。

ヒョロヒョロと、


 異常だ。

冬場に素っ裸で地下足袋を履き、頭部にはどこかで見たブサイクな馬のラバーマスク…

いや、それ以上に…

 嫌でも目が向いてしまうその… 股ぐらにはモノがない。

…正確ではないな。 過去にはしっかりあったはずの一物は見た目恐らく数ミリ程度飛び出しているだけの、肉の断面だ。 あれではもはや陰"茎"とは呼称し難い。

鋭利な刃物で切断されたかの様で、およそ自然とは思えない造形が異様。

中央付近に見える空洞が、かろうじて排泄機能をギリギリ維持していると推察させる。

 だが… 陰嚢がまるごと見当たらないのはなぜだ?

その、極端な窪みはまるで… 

えぐりとったみたいに滑らかじゃないか…

 …どこからだ? 院内から漏れたか? いや、あんなユニットはそもそも用意していないし、浮遊霊の類いでもないのに設定区域外で顕現できるわけがない。

すると外部からの混入か? 

 だとすれば海渡りが可能な程か。

こんな時にふざけやがって。

対心霊用装備は確か…


 ?「くぎゅううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!」

 耳慣れない、見た目通り老人とおぼしき掠れ具合、生理的嫌悪を催す絶叫。

呪詛の類いでは無さそうだが、哭き霊の類だとすれば後が…


"バツバツバツッ!"


 青、黒、ケーブルが反射的に耳を塞いだ目の前で跳ねる。

 は?

………は?

は? 


監視用PC持ち逃げしやがった!

キツ過ぎる見た目のせいで心霊かと思ったじゃねぇかクソ! 

 クソ!! 地下足袋だけのくせに足速えな変態爺!



 ひゃひゃひゃひゃひゃ!

やってやったわ! あの若造が!

ああいうチャラチャラした、髪染めてピアスなんぞしとる甘ちゃんの呆けた顔は小気味いいのう!!

いひひひ!

火照った肌に潮風が気持ちぇえええええええ!!!!

年寄りだからなんてことないとでも思っとんのかねぇ?

半世紀近く重化学工業の現場でしごかれたワシがチャラチャラした金髪もやしに負けるわけなかろうが。

この程度の重さなんぞ屁でもないわ。

 オラオラオラ、そんなんじゃ追っ付けんぞ若造が!!



 はぁ~

こんな寒い日に私は何をしているのでしょう。

早く温かい所でゴロゴロしたいです。

ま~幸い、寒さのお陰か昨夜みたいに興奮しませんし、マーキングの心配も無さそうですけど。

 それにしても、大したことのない内容で本当に安心です。

だいぶ怪しい感じでは有りそうですけど、相手の方たちもまともではない感じですし。

いざとなったら全員燃やしますし。

 …それにしたって、お爺さんの変態具合はどうしましょう?

これ以上は警察さんも黙っていないでしょうし…

 …思えば最初から変態でしたねお爺さん。

ひもじくてひもじくて散々断られた末にお爺さんの家に転がり込めたあの時は、何だか呼吸が荒かったですし。

お風呂に案内してくれた時はなかなか出ていかなかったですし。

食事の時は食べているそばでやたら触ってきましたし。

久々の温かいお布団で安心していたら急に素っ裸で潜り込んできましたし。

…鼻息荒くして迫ってくるお爺さんが怖くて走って逃げて転んだのは、あの廊下でしたねそういえば。

まあ、スッ転んだ私に突っ掛かってそのまま窓ガラスで下半身をズタズタにしてくれたお陰で、看病ついでになし崩しで同居できていますから、むしろ変態で良かったんでしょうか?

 …あ、思い出していたらお爺さんです。

変態行為も今日で終わりですよ? お爺さん。

明日からは、もう残り少ない前髪燃やしてでも止めてあげます。

 エンジンをかけておきましょう。



「クソジジイィ!!!

ふざけやがってふざけやがって、どうしてくれんだクソジジイ!!」


糞爺「ひゃひゃひゃひゃ!

遅い! 遅いのぉ~! ヒョロっヒョロもやし君!

うん? お外で運動するのは苦手かな~?

ひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 …ふざけやがってクソジジイ!!

オペレーションが台無しだ!


糞爺「フォー! さてさて~?

残念じゃけど追いかけっこもそろそろ終わりじゃね~ もやし君!」


 …船着き場にエンジン音。 フラッシュライトの閃光。

クソクソクソ共がこんな場所まで徒党組んでコソ泥か! ゴミが!

クソクソクソ…


?「お爺さん! 急いでくださーい! 後ろ来てますよー! 寒いですしー!」

 …目だし帽に猫耳のクソ女だ! ガキじゃねぇか!!


「はっ! 孫と一緒に窃盗か! イカれてんな!」


糞爺「はい~? 違います~ お玉にゃんは嫁です~ 幼妻です~

毎日お味噌汁作ってくれる最高にかわええワシの嫁です~

童貞もやし君には分からなかったかな~?」


「チッ! 童貞ちゃうわ! クソジジイィィイイイ!!」


糞爺「おっひょぉ~ 怖い怖い! ほれほれお玉にゃんよく掴まっとき! 脱出じゃ!」


?「くれぐれも事故の無いようにお願いしますよ!」

  …見れば分かる。 

あの距離は、とどかない。


「クソがぁああああああああああ!!!!」


糞爺「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 …ムカつく糞爺の笑い声が尚も背後を追いかけてきてすこぶる不快だ。

……もういい。

別に監視ができなくなったところで何だという話だ。

フル稼働設定で朝まで自動運転にすれば良い。

端から流してもいいという指示だった。

後は後藤に連絡を入れて、朝イチで支社から予備PC を持ってきて貰えばそれで済む。

それだけの話だ。

 ……クソクソクソクソジジイィィイイイ! 殺す殺す殺す殺すクソクソクソクソクソクソ… 

…バカンス中の作品作りは年寄りをメインにしよう。

禿げ上がりかけたヒョロヒョロ長い体型の爺が、良い。 そうしよう。

 …? 何か煙臭い。

タバコとかそういうあれじゃない。

もっと遠慮なく有害物質をじゃんじゃんくべたような、喉奥を直接燻すような…


 あ?

なに燃えてんだよ



 現実の私立探偵は創作のなかで語られるほど冒険に溢れた職業で無いことは、今日日よく知られている。

逃げたペットの捜索から、パートナーの浮気調査、人物の信用調査などなど、まぁ地道な内容がほとんどだそうだ。

…しかしながら今晩、俺に課せられた業務は大規模殺人組織糾弾の為の潜入調査という、実社会のそうした探偵業の実態からかけ離れた血生臭く冒険的な代物である。

興信所という看板をダミーにしているとはいえ酷い話だ。

 正直、鍵となる代物が心霊などという、一般的には認知されていないとされている超常現象でなければ、即警察なりにでも丸投げするべき凶悪案件だとは思う。

しかし餅は餅屋、現実は小説より奇なりということで、とりあえず心霊関わりは霊能士の預かりらしい。

超常的危険領域に仕事とはいえいきなり放り込まれる善良な国民が一人でも減るように、全国の警察組織は心霊組織犯罪対策課でもすぐに創設するべきだろう。

 …人為的悪意で動く心霊現象に対する恐怖を無理矢理なクレームに変換してみた。

自分自身が丸二日間近く他人の好き勝手に操縦されていたという気色悪さ、それを塗り潰す。

 大丈夫だ。

チビ社長ご自慢のお祖父様もバックアップしてくれている。

大丈夫だ。

…フラッシュライトの閃光が予定通り俺を招く。


女将「寒いなかお待たせしてすみません。佐藤様!」


「いえいえ、元々そういう手筈ですし、謝らないで下さい」


変態「フッ… 待たせたの若造…」

 半脱ぎのウェットスーツ姿がキモい。


「目に毒ですね」


変態「ワシもそう思う。 どうせならお玉にゃんの脱いでるところが見たい」


「そういう言動は止めましょうね」


変態「んもぅ、いけずぅ♥️」

 キモ。


「キモ」


変態「ワシもそう思う。 どうせならお玉にゃんの裸が見たい」


「そういう言動は止めましょうね」

 恐ろしいループに入った気がするので女将さんに視線を送る。


女将「前髪から燃やしますか? お爺さん?」


変態「 」


女将「大人しくしましょうね?」

 頼りになるな。

「センサーは切断してあるので余裕は有りますが、そろそろ行きましょうか」


変態「いざ参るか!」


「…格好はそれで良いんですか?」

 素っ裸の老体が、某安売りの殿堂で売っていそうなラバーマスクを被り変態度を高めていた。

…過去の大怪我か下半身、主に股間部分がやたら痛々しい。

二重の意味で見ていられないとはこの事だろう。

 

変態「伝説の装備に死角なし!」


「それじゃあ行きますか」

 勾留されてくんねぇかなこの変態。


…静かな冬の浜を変態と行く。


変態「寒ぅい!」

 言わんこっちゃない。


「当たり前でしょう。 真冬ですよ」


変態「教えてくれても良いじゃろうに!」


「体温くらいはご自身で管理して下さい」


変態「んもぅ、いけずぅ♥️」


「キモ」


変態「まぁ確かに」


「女将さんが居ないと暴走しなくて助かります」


…いきなり変態がひっくり返った。


変態「寒いから動きたくないぃ~♥」


「はぁ?」


変態「動きたくないぃ♥」


「いや、勘弁して下さいよ」


変態「無~理~♥」


「あぁ?」

 無性に一発殴りたくなったが手を出したら逆に国家権力マウントを取られそうな気がする。


「ほら、ジャケット貸してあげますから!

立ちなさい! ほら!」

 

変態「オヒョヒョヒョ! ありがと♥」


「…」

 奮発して買ったベビーラムスキンのジャケットが変態を温めている様は、何だかひどく屈辱的だ。


 「ほら! そろそろですから! ジャケット返して下さい!」


変態「んもぅ、残念♥」


「そういうのいいですから、きっちり誘導して下さいよ!」


変態「うん、…ち♥」


「あぁぁ! ほら! 早く行きなさい! ほら!」


変態「うぅん! 激しいっ! 

そんな年寄りの背中叩かんといて!

あぁ~イクイク! …痛っ! ちゃんと行くから! 痛っ!」


「ふざけないで下さいよ! 全く!」


変態「ノリ悪いのう~ 

あまりの世代間格差にお爺ちゃんの頭はフットーしそうだよおっっ!!」


「沸騰しそうなのはこっちですから!

早く行く! ほら!」

 …変態の尻(背中)を叩くのは今日限りにしたいものだ。

 しばらく戸口の影で身を潜めていると変態がパソコンを担いで走り出てきた。

少し遅れてクソがクソが、と喚きながら誘導対象が後を追う。

パソコンを担いでいる割に存外、引き離しているのでまぁ大丈夫だろう。

変態から取り戻したジャケットを羽織る。


モニターがひっくり返っていたり、爪の折れたケーブル各種が散らばっている。

…パソコンの方は変態がわざわざ担いで行ってくれたわけだし、別を物色しようか。

 どれ、一丁デスクの鍵でも破壊しますかね?

 ?

何だか首筋がムズ痒い。

? 痒みが逃げた。 

は?

 はぁああああ!?

自分の意思とは無関係に縦横無尽に動き回る掻痒感。

頭髪に潜り込む。


「ぁがぁあああ!」


" ガッシャァン! "


 酷い爆音。

慌てた勢い、後ろ足で何か蹴り飛ばしたようで…

火の海だ。


知っているぞこれは。

ほら、ほらあれだ、石油ストーブってやつは運転中に横転させると燃料が漏れて危ないってやつだ。

皮膚が熱せられ、焼け縮むかのように錯覚する熱量だ。

…これじゃあ放火魔じゃないか。

とりあえず何か証拠は…


 殺人的熱気の中、辛うじて見つけた机上の携帯端末を掴み。

走り出る。

うまくやるつもりだったのだが…


…掻きむしった頭からフナムシが一匹、落ちてきた。






 

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