第35話「狐狗狸廃病院島」15

 「!!!!!!!!!!!!」

 突如として背後から大声が上がったかと思う

 や、否や、

 助手の巨体が飛び出す。

 熊か何かと見紛う。

 引き換えに寿命をかなぐり捨てる様な疾走。

 危うさの塊。

 媒体を顧みない暴走行為は、即祓うべしを決定付ける。

 ありふれている。

 とてもありふれている。

 憑き物の関わる場では至極、ありふれている。


 …しかし、なぜ今?

 初歩的な暴走は端から不安定なモノがさっさと発露してぱっぱと祓われるのがセオリーだろうに。


 「サム。 プランBだ」

 兎も角、危うきは祓うべし。


 サム「OK」


 もう30メートルは離れているが何ら問題ない。

 私とサムは最強なのだ。

 …

 器を精査し魂を射照らす極光はその恵体より。

 八十の奥義がまた一つ。


 流水が如き目まぐるしさで形状を変えるその光帯は瞬間的、広範囲に展開される除霊の瞬き。

 まるで初めからそこに有ったかのように大規模かつ迅速。

 絶え間なく変化し流れるその蛍光色の実態は、

 選別し天に還す審判者。


 民宿でのテストはご破算だ。

 改め、疑わしきは矢田光輝。

 判定基準は今回、私の選り好みである。

 残念。

 いや、本当に残念。


 …

 沈む巨体をゆっくりと地に下ろしたところでさて、疑問が一つ。

 身のうちまで冷静に語って接近してくる悪意のない者が急に "良いタイミング" で、理性を喪失する。

 こんな、仕掛け罠じみた心霊が自然と発生し得るものだろうか?

 …人の心の織り成す多様、で片付けるにはあまりにも存在が出来過ぎている。


 むしろ心霊特有のある種の場当たり的、純真的性質とはまるで逆。

 生きとし生けるものの特権、相手をはめて徹底的に喰い荒らしてやろうという策謀を感じる。


 「ともあれ、見たかね諸君! 

 ざっとこんなものなのだよ!」


 川部「ぇ〜? まぁ… スゲぇわ。

 いや、スゲぇんだけどさぁ…」


 澤部「矢田さん… 

 ミューちゃんの約束とかどうするんですか?」


 「まぁまぁ、取り敢えず改めて得意の警戒をしてみた前よ。 何だか臭くなってきたとは思わないかね?」

 引っ張り出した硝子瓶に踊る青い粒子は、すでに我々を囲んでいるようだ。

皆無だった当初から爆発的に増加している。

前回とは違い特異空間何てこともなし。

 …総じて

 不自然に、心霊現象のあらゆるセオリーから示し合わせたかの如くここでの諸々は逸脱している。

 そしてそういう逸脱の背景には我々に対する明確な殺意がちらついてしかたがない。


 澤部「げっ!」


 武部「はぃい? 澤部さぁん? マジですか?」


 川部「マジ? あり得ねえだろ! 何で急に湧いてくんだよ」


 澤部「そんでさ、一つ二つじゃないの。 ざっと分かるのだけで20は近くに密集してんの…」


 川部「はぁ?」


 武部「いやいや、おかしいっしょ普通にさ… あん時の学校じゃあるまいし…」

 "超常は異常で端から掴めないもの" だから "そういう事も有り得るか" と流さないあたりやはり優秀だ。


 澤部「! 速いの一体接近! 構えて!」


「!」!!!!!!!!!!!!!!!」


 先ほどの肉塊とは違う。

 虚ろな頭部は皮肉一枚横に揺れ、今にも垂れ切れ落ちそう。

 首もとからグズグズに露出したのは脊椎。

 その脊椎と両腕をプロペラのように振り乱しその心霊は、枯れ葉の様に静かにでたらめなステップを踏みながら接近してくる。

 若干黄ばんだ機能性とコスパ第一みたいな白い作業靴は片方脱げ、紛れもなく生気の無いであろうむき出しの素足。

 足首を折っていたのか針のように鋭い骨が覗く。

 一歩踏み出す度、尚も垂れ従う分厚い足首から先の肉に骨が突き刺さる。

 絶妙にアンバランスなクッション性能は歪でグロテスクな骨肉の機構より。

 全てが、静かな死者の踊り走りに貢献していた。


 …死の間際、特に大きな事故などであまりに変貌したその身に対する認識は、絶大な衝撃となって精神にこびりつく。

 生前のトラウマが時に死後の在り方すら縛るとは、痛ましい限りだ。


 川部「うゎ! キッショォ!!!」

 心底気持ち悪そうな声をあげてすかさず射飛ばすや、先頭の澤部と接近する前にソレは立ち消える。

 腕の良さは腐っても回梨の代表といったところなのだろう。

 しかし、相変わらず不謹慎で無礼な奴だ。


 「手短に! 諸君! 矢田氏なる心霊含め罠だと思われる!  危険! 撤退だ! 撤退! 安全第一! 生き延びるぞ! 諸君!」

 さぁさぁ、緊急時こそ真に力量が試されるものだ。


 …?


 景気付けに振り上げたお気に入りのストレートグレインに無数の点がこびりついて見えた。

 毎日磨いている筈だが?

 なんぞ? 


 武部「ムシっ!! フナムシっ!」


 ムシ? 

 冬だぞっ? ムシ!?

 いっ! 

 いつの間にかそこら中を這いずる群れは容赦なくわっ、我々のっ…足っ! 脛!

 …頬、頭が…

 思えば少し痒いのだが…


 「ヒッ! ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


サム「 Oh my God!!!!!!! 」


 …

 死せる一切が道標、光の奔流はその恵体より。

 八十の奥義がまた一つ。

 

 それはより広きを照らし、導く黄金色。

 例えに、光る水。輝く風。

 それは寄り添い還さんと焦がれるもの。

 すなわち死せるを、溢れるに溢る限り追い求む求道者。


 …なんて御託は後でじっくり落ち着いた脳内で噛み締めれば良いか。

 有る限りに力を絞っていつの間にか奥義は発動しっぱなし。

 身に付けた超緊急時の条件反射がこういう形で発揮されるとは思わんよ。

 せめて回梨校の時に発揮したかった。

 …

 …理性の堰を切ってドバドバ吸われる生命力が体に無重力を錯覚させた瞬間、霞む脳裏に想起するのはある日の清々しい早朝。

 それは九歳という年甲斐もなく、寝小便に濡れた布団の中で覚醒した日。

 心地よくも不快で情けない朝っぱらの記憶だ。


 …


 堀部「…大丈夫か?…皆…」


 澤部「大丈夫!」


 武部「問題なーし」


 川部「OKOK… ってかさぁ! いきなり光るなよ! チビ!」


「…耳元でわめくなバカ。 すまんが緊急時はああいう事になる体質何だ」

 幸い漏れちゃいないようだ。

 この馬鹿の前で粗相をするのは死んでも嫌だ。


 川部「緊急時~? 虫だろ?ただの。 虫~ チビだから虫でビビりまくってぶっ倒れてやんの」


「バカに何と言われようが別に構わんが?」


 川部「はぁ~? 何喧嘩売ってんだチビ! 早く立てよ逃げんだろ? いつまで余裕ぶっこいて寝っ転がってんだよチ~ビ」


「喧嘩売っているのはどっちだバカっち! 後、緊急時の無意識的な奥義なので立てない、歩けない。担いでくれ」


 川部「くそチビがふざけたこと申してますがどうしやしょ? リーダー?」


 堀部「…社長は自分が担ごう。澤部は警戒を、川部、武部で遠距離からの迎撃を」


 武部「リーダー、意識戻ってない佐藤さんはどうすんの?」


 堀部「…そうだった。佐藤さんを自分が担ぐ。社長は悪いが担げそうな川部に任せる」


 川部「はぁ~? そんなの筋肉もりもりの澤部が適任だろ? チビ仲間の武部が無理なのはわかるけどよぉ!」


 武部「ふざけんなバ~カ」


 川部「言ってろチビ2号」


 堀部「…澤部には引き続き警戒を維持して貰う」


 澤部「いや、でもリーダー。 社長のビカビカで今のところ跡形も無いよ? 大丈夫じゃない?」


 堀部「…跡形もないのは煙で燻した後も同じだった。 油断は禁物… 

 不意な遭遇は避けたい」


「こうしてバカに担がれるのは癪だが的確な判断だよ。素晴らしい」


 川部「癪に障るのはこっちだチビ!」


 武部「はいはいはい、何時も通りうっせーな!

 それよりリーダー、道覚えてる?」


 堀部「…いや、覚えていない」


 川部「っか~! 使えねぇ~!」


 堀部「…すまん」


 澤部「しょうが無いと思うけどな! 無駄に曲がったり扉開けたり多かったし!」


 今にして思えば無駄に入り組んだ案内も罠であったのかもしれない。


「早速躓いているな諸君! 大丈夫! ここに来るまでに大して長くも険しくもない階段を一回上がった。

 そして、この廊下に出る二つ前の部屋には窓があったことを私は覚えている。

 高さはあっても大したことないだろう。

 そこからすぐ外に出よう。

 内部構造の素早い把握は大切だぞ! 諸君!」


 川部「な~にが "諸君!" だっつ〜の。人の背で大声上げんなよ無駄にうるせぇんだからよぉ!」


「はっはっはっはっ! 悔しいか! そうかそうか!」


 川部「…リーダー。 こいつ道すがら海に浸けてもいいっすか?」 


 堀部「…止めとこう、磯臭い。

 …無事に宿に着いたら回復後、枕投げにでも参加して頂こう。

 …色々と募ることをぶつけ合うべきだ」


 川部「OK、OK、断然OK。

 ちなみに霊能力は禁止だからなぁ? 

 チ〜ビ、サムは出れねぇぞ?」


「舐めるなよバ〜カ、泣いても知らんぞ?」

 実際、霊山で修行を積んだ身だ。

 このボンボンバカにはフィジカルでも負ける気がしない。


 澤部「は!? 何で? 8メートル前方! 反応あり!」

  悲鳴にも似た警告が場を一変させる。


 "ぁああああぁぁぁ…"


 まともな二足走行故か、ここで見た中で一番速い。

 無数の耳はライオンのたてがみの様に顔面周囲から。猫と犬。

 腹からは何か… 毛むくじゃらの腕…猿か? 走りに合わせてジャイロの様に激しく回転。

 きもい。

 口内は異様に光る刃物で満ちているが、インプラント治療にしちゃあ物騒だ。

 これは、どうやったらそうなる?

 人に何をどうしてか縫い付けられたパーツは雑多の極みだ。


 川部「めっちゃキッショォォォォ! チ~ビ! ちょっと落ちとけ」


 「ぐぇ!」

  あのバカ! 急に背中から落とすなバカ!

 危うく舌を噛むところだ!

 …しかし、アレは… あまりに不自然。歪。

 グロテスクな何者かの趣向と害意を改めて確信できる。



 武部「マジキモ… キモキモキモ!」


 相当嫌だったのかすぐに風穴まみれにされ上半身右をごっそり削られるが、つんのめりながらも尚迫る。が、

 途中で壁にでも当たったかの様に勢いを殺し、消えた。


 精神力を障壁となすもまた護り刀の所以か。

 精神武装何て時代に取り残された化石だと門下生は貶すが、やはり格好いい。

 少し片手間にかじってみようか…


 武部「澤部ナ~イス♪」


 川部「守護神最高~♪」


 澤部「イエ~イ♪ 急いだ方が良いねこれは」


 …そう、急いだ方が良い。

 集まっているのか、溜めこまれているのか知らんが予想以上に心霊の復帰が早い。


 堀部「…走るぞ」


 …


 せいぜい屋内で慣らした程度だろうと思っていたが中々どうして速い速い。

 走るにしても捌くにしても無駄がないのは流石、四部衆と評されるだけは有る。

 あるいはあの異常空間サバイバルの賜物か? まぁ何れにしろ助かる。


 澤部「…ぇ?」

  走行の勢いにまかせて二枚目の鉄扉を蹴り開けたと思えばさわっちの前進が止まった。


 川部「おいおい! 窓が有るのはここだろ? 急げよ…」

  あぁ… 確かに、確かに私の分析通り窓は有る、有るが…


 川部「何でオメェが出てくんだよ!!! はぁああああ!?」

  窓を塞ぐ様に肉、巨大な肉塊は以前と同じく怪しげなうめきを上げる。


“ミぇえェェェェェ…”


 武部「いや… マジか、何で除霊したのが出てくんの?」

  すかさずの連射も軟質な肉の奔流が塗り潰す。


 澤部「分からないけど… 動かないし、配置からして窓は出口になるっぽいね」

  強烈な袈裟斬りに大きく崩れはするものの、切れた端から肉は繋がる。


 堀部「…また刻んで潰すか?」

  膨大な風圧を伴う凪ぎ払い。

 肉の一部が横にバンジージャンプしただけだ。


 澤部「ダメ! 後ろから10は接近、時間なし!」


 武部「ヤバくね?」


 堀部「…ヤバいな」


 川部「オラ! ちょっと落ちてろチビ!」


 「痛っいった!! バカ! いきなり落とすなバカ!」


 川部「よ~しピンチだ。 それでは諸君! 研究の成果をご覧に入れよう!」

  仰々しく両手を広げる。


 武部「勿体つけてんじゃねえぞ! バカ!」


 川部「うるせえぞチビ二号!」

  喚きながらポケットから取り出したスキットルからは酒の香り。

 あぁ…あれやるのか。 未成年飲酒には…なるか? なるのか? 

 いやいや、生命の危機なのだ。 コンプライアンス的なそれは緊急時のなんたらで大丈夫だろう。 多分。


 川部「酔いどれ川部砲! with ロマ○・コン○ィ!! ご覧あそばせぇぇ!!!」

  ガバガバと品も情緒もなくすかさず中身を干す。


 武部「バーカ! それウィスキー入れるやつだし! バーカ!!」

  まぁ、蒸留酒入れる容器だとは聞いたことが有るな。うん。

 確かにバカだ。バーカ。


 川部「!!!フゥ~!! キタキタキタァァァ!!!! 消し飛べよぉおおお!!!!!!!!!!」


 顕現したるは眩いばかりに輝く大弓。

次の瞬間には強いアルコール臭を巻き上げながら、すくむ程の風が一陣走り抜ける。

追いかける様に顔を向けるがもうそこに、不快な肉塊は跡形も無かった。






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